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第15話
それは唐突、かもしれない。
だけど一瞬ポカンとしたあと顔が緩んでいくのがわかる。
目は口ほどにものを言う。
俺はそんなに物欲しげな顔をしてたんだろうか。
夾の目に映る自分がおかしくてたまらない。
口角を上げ、ほんの少し距離を詰める。
夾のほうが数センチ身長高いから目を細めじっと見上げた。
「ヤリたい」
無表情に戻った夾がなにを考えてんのかなんて知らない。
ただ聞かれたことに素直に答えた。
瞬間、ネクタイが掴まれ強く引かれた。
距離が一層狭まる。
吐息が触れ合うほどの距離。
間近で見ると綺麗な顔をしてるな、としみじみ思った。
晄人なんかはそりゃ美形って言葉がしっくりくるし、それに比べれば美形とかってのとは違うけど。
だけど女の子ならイケメンだと騒ぐだろうし、男前って言葉が似合う顔立ち、てか雰囲気なのかな。
切れ長の目が鋭い光を宿して俺を見据えてた。
「俺とヤリたいならこのまえのガキどうにかしろ。俺は他のヤツの手垢のついたものなんていらねぇんだよ」
低い声が鼓膜を震わせる。
視線が絡んで数秒、圧迫感が消えた。
ネクタイが離されて夾は持っていた煙草を消すと新しい煙草に火をつけた。
窓の外に向かって吐き出される紫煙を見ながら携帯を取り出し電話をかける。
どこの学校もいまは昼休みだろう。だからといってすぐに出れるわけでもないし、しばらくしてようやく電話は繋がった。
「もしもし!」
向こう側はどこかひとのいないところに移動したのか静かだ。
「奏くん? いまいい?」
「はい!」
「あのさ、話があるんだけど、今日の放課後って時間ある?」
「はい! 大丈夫……です」
元気な声のトーンが急に落ちた。
俺の言葉に奏くんがなにを思ったのかは知る由もない。
じゃあ、と待ち合わせ場所を決めて電話を切った。
短い電話を終えると、まだ吸えそうな煙草を消そうとしてるのが目に映る。
「煙草、ちょーだい」
言えば、手を止めた夾が俺を見て、煙草を俺の前に翳す。
それを首を伸ばして咥えた。
そして夾は部屋を出て行った。
すっかり馴染んだ匂い。でも特に慣れてはいない煙草の味。
少し吸って、大きく窓を開けて、あっと気づく。
「俺、灰皿持ってない」
しょうがなく窓枠に擦り付けて消した。
***
「俺、好きな人できたから奏くんとセックスするのもうやめるね」
奏くんの高校の近くの公園で落ちあった。
広い公園の一角にあるベンチに並んで腰かける。
公園では小学生たちが遊んでいて、遊具のまわりで楽しげな声が響いていた。
幸い高校生の姿は見当たらない。
もっと別の場所にすればよかったかな。
でもファーストフード店というのも微妙だし、奏くんの家も遠慮したいし、そんな話長引かせる気もないからここになってしまった。
で、会って早々告げた。
こんにちは、と挨拶しあって、週末ぶり、なんて笑って。
笑顔だけど不安混じり、もしかしたって微かな希望だとか色んなものを含めた眼差しを向けてた奏くんに、そう言った。
奏くんはきょとんとしてすぐ驚きに目を見開いて、困惑に顔を歪める。
「……うそですよね」
「本当。ごめんね、奏くん」
一度振って、二度目。
ごめんね、なんかで納得してもらえるなんてことは思わないし、納得してもらわなくてもいいんだけど。
「……っ、でも、僕っ」
安いメロドラマみたいなワンシーン。
ドラマだったらなんて言うんだろう。
新しい恋を進めたり? 俺のことは忘れてくれ、なんて言ったり?
ガキの俺たちに似合う言葉ってなんだろうか。
俺からはもう特に言うこともない。
ぼろぼろと涙をこぼしはじめた奏くんは必死な眼差しで俺を見上げる。
冷たい空気に色白な奏くんの肌はほんのり赤くなってて、潤んだ瞳とあわさると可愛いなぁとは思う。
流れる涙が気の毒だなとは思う。
でもそれだけ。
「先輩……のこと、本当に……好きなんですっ」
「ありがとう」
「……そのひとと付き合うんですか? もう付き合ってるんですか? そのひとがいてもいいから僕っ」
すごいこと言ってるな、って感心する。
同時に、可哀想なことしたな、ってさすがに罪悪感。
割り切ってーなんて向き不向きがあるだろうし、奏くんは向いてなかった。
だから滅多に会わなかったんだけど、それでもセックスした回数多すぎたかな。
振り返ってみたところで一緒だけど。
「ごめんね。奏くん。付き合ってはないけど、俺、好きな相手以外どうでもいいんだ。悪いけど」
ひどいなあって我ながら思うけど、しょうがない。
「だから奏くんから連絡あっても返事ももうできない」
そういや俺から奏くんに連絡取ったのって今日が初めてだったなと気づいた。
「ごめんね」
奏くんは泣き続けて、俺はそれだけを言った。
いろんな意味合いを含めたごめんね、で、おわり。
携帯から一件連絡先が消えた。
***
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