「あー温かい」 自販機で買ってきたコーヒーの温かさに癒される。 12月に入り寒さは段々と深刻さを増してきていた。 陽が差してるから暖かいような気もするけど倍以上風が冷たい。 学校内なら暖房がついているし快適な昼休みを過ごせる――が、だ。 「藤代。クリームメロンパンいらない？　新発売」 はじめてのこの屋上で遭遇してから三週間。 約束したわけでもないのに昼休みに屋上で夾と会えるこのチャンスをなくすのは惜しい。 ―――俺って健気ー。 まあ三週間たったいまも夾が返事をくれることはないけど。 場所の共有はしててもとくに仲良くなったわけじゃない、ように思えるが俺はわりと近づいているんじゃないかと思う。 会話はなくても心の距離がきっと近づいるはずだ！ 俺と夾の距離いま何メートルだろう、100メートル？ くだらないことを考えながら食べる購買部の新発売クリームメロンパンは思ってたほど甘すぎずなかなか美味しかった。 ブラックのコーヒーとちょうどいい感じだ。 「藤代、まじで美味しいよ？　一口あげよっか？」 俺の鼻をくすぐるのコーヒーの匂いにまざって夾の煙草の匂いがしてくる。 返事があるなしにかかわらず、煙草の匂いと流れていく紫煙を、男前な夾の横顔を眺めながらな昼食はなかなか楽しい。 夾は一服すればすぐに立ち去るわけだけど。 今日もまた煙草を消して吸い殻を片付けるとドアへと向かう姿を見送る。 俺も飯食ったら生徒会室でも行こうかなーとぼんやり考えてた。 そのせいで、遅れた。 「―――か」 声がしたのはわかっていたけど、一瞬理解が遅れた。 いままで夾から話しかけてきたことなんてなかったからな。 なんという成長、心の距離はやっぱり縮まってたんだなと感心しながら、 「え？　なに？」 聞き逃してたから聞きかえした。 夾は眉を寄せて短く言った。 「お前、寒くないのか」 俺は空を見上げる。 澄み切った青空、眩しい日差し。―――冷え切った空気。 「寒いよ？」 冬だから寒いに決まってるし。 首を傾げて答えると、背を向けられた。 え、話終わりかよ。 と思わず内心つっこむ。 でも夾から話しかけてきてってのはすごいことだよなぁ、やっぱ。 うんうん俺すごいわ、て一人頷いていたらひときわ冷たい風が吹き抜けて、くしゃみが出た。 直後、ドアが閉まる音が響く。 ひとり残された屋上でぬるくなったコーヒーを飲みながら、テントでも張れば多少寒さも和らぐだろうかと寒さ対策を考えだしたら少ししてまたくしゃみが出た。 「明日はカイロ持ってこよう」 悪寒を感じてその日は食べ終わるとすぐに屋上を後にした。 ＊＊＊ 唐突に変化っていうものは訪れるものだ。 まぁ実際は突然ではなくて日々の些細な積み重ねだったりする。 それでも変化せずにそのまま終わるかもしれないし。 変化があった、というなら多少なりと良いも悪いもなにかしらの磁場が発生した―――的な。 なーんて考えるその"変化"はほんの数分前に起きた。 ＊＊＊ 「お前、寒くないのか」 昼休みいつものように屋上で昼食とっていたら夾がやってきて開口一番にそう言った。 弁当を食っていた俺は、口の中にちょうど卵焼きが入っていたので首を横に振りながらポケットからカイロを取り出して見せた。 無表情な夾の眉間にしわがより、呆れたような眼差しが寄越される。 「冬だし、寒いね」 卵焼きを咀嚼したあとそう言えば、うっすらと夾の唇が動いた。 馬鹿か、と確かに呟いた。 声としては聞こえなかったけど、明らかに夾はそう言った。 でもってタイミングよく、ハックシュ、とくしゃみをしちゃう可愛い俺。 「お前、馬鹿だろ」 今度ははっきりと言い、夾は背を向け屋上のドアを開ける。 なんだもう行くのか、と唐揚げを口元に持っていきながら眺めていれば、 「来い」 と続く言葉がした。 一瞬、呆けた。 さすがに投げかけられた言葉が予想外だったから一瞬だけ思考が停滞してすぐに俺は唐揚げを食べつつ弁当やお茶を掴むと夾の後を追った。 「どこ行くの」 返事はないだろうと思いつつ、声をかけるけどやっぱり返事はない。 無言で階段を下りていく夾の横顔は無表情だけど同級生たちよりもどこか大人びていて、多少の色気もあり――男前だよなぁ、とまじまじ見てしまう。 俺の視線に気づいたのか一瞥してきた夾に爽やかスマイルを向けると、あっさり視線を逸らされる。 本当、容赦ないほどツレないわ。 晄人のやつもそっけないけど、あいつはどうでもいいか。 幼馴染兼親友のことを思い浮かべつつ、それでもこうしてどこかに連れていかれてるってことはもしやいい傾向なのかっていう期待はあった。 夾は普段は使われない校舎の三階奥へと向かう。 そしてなにも書かれてない準備室らしき部屋の鍵を開けると中へ入っていった。 「……ここって？」 一体以前はなんの部屋だったのかしらないけど、4畳半ほどの中にはデスクが一つに二人掛けのソファが置いてあった。 「休憩所」 いやいや、この学園に休憩所なんて名目の部屋ないから。 無駄に教室が多いこの学園だから、きっと数年前まで教師が準備室として使っていた――のを不良くんが秘密の部屋として使用している、とかなのか？ 不思議な場所に迷い込んだような、秘密基地に潜入したような。 妙な高揚感を覚えつつソファに座る。 同時に夾は窓を全開にすると煙草を吸い始めた。 「寒い」 冷たい風が入り込んできてそう言えば、夾が俺を見て、死ね、と言ってきた。 え、だって窓開けたら寒いじゃん。 思ったまま言って、寒そうにしてる俺を心配してここに連れてきてくれたんだろう、っていうのは飲み込んで、煙草をふかしながら睨んでくる夾に卵焼き食べる？って訊きながらまた弁当を食いはじめた。 夾は煙草を吸い終えるとあっさりと部屋をあとにしたけれど、ぽい、と渡された鍵にひとりにやにやしてしまったのはしょうがない、だろ？ ＊＊＊