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第5話
兄貴がやっていることは何でも同じようにやりたかった。実際やってみると何だこんなことか、と思うことも多かったけれど、兄貴がやっていると、不思議ときらきら輝いて見えた。塾も、習い事も、服も靴も鞄も時計もゲームも漫画も。でもようやく同じものを手に入れた、と思ったら、兄貴は既に違うものに関心を移している。どれだけ頑張っても追いつけない。それはこの歳の差のように、縮めようのない距離のように思われた。
たった一年。
でも未来永劫、その一年、という差は、兄貴と自分の間に横たわり続ける。
先にスイミングを習っていた兄貴。送り迎えについていったのをきっかけに、自分もやりたいと母に泣いて縋ったのを覚えている。渋々了解した母の後ろで兄貴は、「お前はいいよな、そうやって駄々をこねたら何でも言うことをきいてもらえて」というような顔をしていたが、そもそも兄貴は自分のように必死こいてだだをこねなくてもはじめから全部持っていた。
意気揚々と向かった初めてのレッスン。けれど、プールサイドに飛んできた水飛沫が顔にかかった瞬間、急に怖くなってしまった。競技用の深いプールは底なしに見え、そこで兄貴たちが浮かんだり潜ったり、ばしゃばしゃと水飛沫をあげて楽しそうにしているのが、信じられなかった。小さな子のためにちゃんと足がつくエリアが設けられていたのだけど、そこに行くのすら怖くて、先生たちがどれだけ「大丈夫」と言っても信じられなかった。そんな二知翔を見かねてやって来た兄貴に、強引に腕を引っ張られた。先生たちより乱暴だったけれど……乱暴だったからか……不思議と恐怖心がどこかに行っていた。兄貴に引っ張られて、水の中に顔をつけた。目をあけろ、と言われたが、なかなか思うようにできなかった。ようやく目をあけることができたとき、満面の笑みを浮かべた兄貴と目があった。水の中で、初めて見た景色。兄貴に手を引かれると、魚になったように錯覚できた。もっともっと潜っていたい……そう思った瞬間、ザバッ、と引き上げられた。「すごい、すごい、よくやったな」
水泳帽がずれるほど頭を撫でられ、抱きしめられた。兄貴にすごい、と言われて、自分はすごいことをしたんだ、やったんだ、という実感がようやく、じわじわとこみ上げてきた。すごい。自分だってやればできるんだ。
「頑張ったな、もう怖くないよな」
「うん、うん……!」
嬉しかった。追いつけると、認めてもらえると思った。でも……
「じゃあ次はひとりでできるよな」
それはちょっと、思っていたのと違った。
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