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第6話

 どうして忘れていたんだろう。  そうだ、水が怖くてしかたなかったのは自分の方だった。 『怖くないだろ』  不意に甦った兄の声が、波紋を描くように脳内を埋めつくす。  怖くない。  そう、確か『あの』ときもそう……言われたのだ。  今、自分が組み敷いている兄貴は、本当に兄貴なのだろうか(今、兄貴を組み敷いている自分は、本当に自分なのだろうか……)  迫り上がってくる恐ろしいものを押し返すように、快楽を追うことに没頭した。不思議と兄は抵抗しなかった。今にも息絶えそうな表情とは裏腹に、股間は熱く、硬くなっている。  馬鹿なことはやめろ、と声がする。こんなことをして、何に……  でも次第に、声が遠のいていく。誰かに音量のスイッチをいじられたみたいに、不自然にキュウウ、と小さくなって、小さくなって、極限まで小さくなったら、今度はまた別の声が聞こえてくる。……して、もっとして、もっとしよう、好きだよ、二知翔……  違う。  違う、違う、違うだろ。こんな予定じゃなかった。ちょっと泡を吹かせてやりたかっただけだ。ほら、どうしたんだよ、軽蔑した目で俺を見ろよ。いつもみたいに。出来損ないの弟だって。そんな弟の面倒をどうしてみなきゃならないんだ、って。ほら、何とか言えよ。いつもみたいに嫌みったらしく小言を言えよ。  言え……!  シャツをまくり上げて、剥き出しの腹の上に射精する。ほんの少しタイミングが間に合わず、シャツの端が白くよごれた。

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