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第7話

 とんでもないことをしてしまった自覚はあった。  兄貴は何も言わなくて、それがさらに、二知翔の心胆を寒からしめた。  間違った道に入ってしまったと分かりながら、それでも方向転換する場所が見つからないから走り続けなければならないのと、どこか似ていた。  謝れば、よかったのかもしれない。でも……言い訳めいているかもしれないが……謝ったところで、正しいところには戻れないような予感がした。喧嘩をしたら、ごめんなさいして、握手しましょう……。昔は……幼稚園の頃は……どうしてあれだけで、仲直りすることができたのか不思議だった。そしてまた次の瞬間、喧嘩をすることもあったけれど、お昼寝したら、ケロッとしていた。けれど今は、どうやったら元に戻れるのか分からない。元に戻れない、こともあるのかもしれないと、ひやりとする。時間が巻き戻らない限り。不思議な力でも使って。不思議な力……  兄貴の背中を見ると、いらいらするのは変わらない。けれどその『いらいら』の種類が少し、変わってきているのを感じる。蹴り飛ばしたくなるような衝動がいつしか、強引にこちらを向かせたいものへと変わってきている。  学校で友達と兄貴が楽しそうに話すのを見かけると、いらいらする。どうしてあいつらとあんな風に話せるくせに、自分に対してはそうじゃないんだ。  そうじゃないんだ、って……  笑ってしまう。  それは当然の結果なのに、自分のやらかしたこととその結果とか結びつかず、いらいらする。身勝手な思考は、自分自身にとっても身勝手で、自分自身が生み出した毒で、自分自身が蝕まれていく。  家では意思のない人形みたいな兄貴。精を注いで揺さぶれば、息を吹き返すんじゃないかと夢想する。  やりたい、やりたい、と、誰彼構わずアプリで相手を探していたときが嘘みたいに、あれから不思議と『溜まらなく』なっている。でも兄貴を見ると……兄貴を見たときだけ、いいようのない熱が沸き起こる。性欲、なんて言葉じゃとても片付けられない。皮膚が裂けて、関節が砕けて、そこから臓器ではなく、得体の知れない醜いものが噴き出してしまうんじゃないかという衝動。  黒い染みを白くできないのなら、いっそすべて黒くしてしまうほかない。  兄貴は何故か、はっきりとは拒まなかった。心を端からじりじり、囓られているようだった。  気持ちいいんだろ、と揶揄すると、首を振る。  何言うこときいてんだよ、嫌なら嫌って言えばいいだろ。そう言っても、首を振る。  氷の人形のよう。それなのにこじあけたナカは、燃えるように熱かった。唯一そこだけに血が通っているかのように。言葉で、態度でどれだけ拒否しても、そこは二知翔を求めてくる。単なる生理反応だとは思いたくなかった。  そしてふと、我に返る。  兄貴はどうしてこんなに『慣れて』いるんだろう。  後ろでなんて普通、なかなかすぐには感じられない。兄貴は一体いつから、どうやってこんな風に感じられるようになったんだろう。自分が教えたわけじゃない。兄貴は……兄貴も……  あれ……じゃあ自分は……  そもそも自分は、いつからこんなに『男に慣れ』ているんだっけ…… (ほら、大丈夫、怖くないよ)  声がする。  あれはいつ、言われたのだっけ。幼いときプールで……いや、違う、この声は声変わり後で……かなり、最近のこと…… (怖くないから……ほら、怖くない……怖い、んじゃなくて……)  気持ちいい。  兄貴から距離を置き、さっきまで兄貴のナカをまさぐっていた指を自分のナカに入れる。指を通じて、粘液と粘液が絡み合う。きょうだいだから、タオルを共有したり、同じコップで回し飲みしたりすることは、別に何とも思わない。でもこれは……流石にしちゃいけないことだ。気持ち悪い。でも気持ち悪いのが、気持ちいい。この気持ちよさは、兄貴から教わった。兄貴、から……  ひやりと冷たい兄貴の指を、自分の後ろに誘導する。氷みたいな指は、ナカに入れたらすぐに溶けてしまうかもしれない。兄貴の指を、自分のきたないものがよごす。不思議だ。自分の指は、兄貴のナカに入れてもよごされた、とは思わないのに。常に自分は兄貴をよごして、いる。  くちゅくちゅ、と音が響く。同じように指を動かしているのに、響く音は微妙に違う。こき合い……とは言うけれど、これは一体何なのだろう。  次第に耐えきれなくなって、自分のために誂えられたような兄貴のものの上に腰を落とそうとして…… 「やめろ!」  本気の力で、はねのけられた。 「それだけは絶対、駄目だ!」

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