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第10話 あれ? 来ない……
来ない……。
鞍崎さんが、来ない……。
いつもなら、既に出社している時間なのに。
出入口の扉が開く度に、視線を向けるオレ。
でも、そこから入ってくるのは、大好きなあの人じゃない。
まるで、付き合う前に、バーで鞍崎さんを待っていたときのようで、胸が切なくなった。
体調を崩して、休みを取るつもりなんだろうか……。
それはそれで、心配だ。
「網野。お前、今のうちに開発部、行ってこい」
自分のデスクで始業前の一時をのんびりと過ごしていた部長が、オレに向け声を放っていた。
不思議そうな瞳を返すオレに、部長は言葉を足す。
「お前、試験要員に選ばれてただろ? 就業時間外でも構わないんだろ? あれ」
あぁ、そういえば。
今、開発部では、体温で香りの変わる香水を試作中らしい。
各部署からランダムに選ばれた人員が、試験の協力をする形になっていた。
オレは、ゆったりと腰を上げる。
「そうですね。ちょっと行ってきます」
席に座っていても、心の片隅が落ち着かない。
何かをして気を紛らわせる方が、得策だという結論に辿り着く。
開発部は、別のフロアになっていた。
営業部や販促マーケのあるフロアの下の階になるため、階段を一段飛ばしに下りていく。
「営業部の網野です。試験協力に来ました」
そっと開発部の扉を開け、声を放つ。
「お、網野。おはよ、お疲れ、ここ座れ」
流れるように言葉を放ち、近くに置かれてい丸椅子をポンッと叩いたのは開発部の小佐田 さんだ。
中途半端に伸びたボサボサの黒髪に、鼈甲フレームの眼鏡、少し縒れたスラックス。
一見、清潔感とは無縁かと思いきや、近くに寄れば、髭は綺麗に剃られているし、いい匂いがする。
オレに比べれば少し身長は低いが、身体はがっしりとした細マッチョで、女の子からもそこそこモテる。
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