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第12話 疲れた顔

 始業時間を10分ほど過ぎたタイミングで、営業部のあるフロアに戻れた。  出入口付近に設置されているコーヒーメーカから、コーヒーを注ぐ鞍崎さんの姿を見つける。  いつもなら、コーヒーを手許に置き、既に自席で仕事を始めている時間だ。  寝坊?  鞍崎さんにしては、珍しいと思いながらも近づき、その背に声を放った。 「おはようございます」  微かに揺れた肩に、鞍崎さんが、ゆるりと振り向く。  でも、その瞳は俺を映さない。 「……はよ」  視線を背けたまま小さく挨拶を返した鞍崎さんは、オレの横をすり抜けようとした。  立ち去ろうとする鞍崎さんの前に一歩踏み込み、オレは慌て、言葉を繋ぐ。 「電話の用件、なんだったんですか?」  鞍崎さんのコトだ。  何の用事もなく電話を掛けてきたとは思えなかった。  がやがやと騒がしかった状況に、伝えるコトを先送りしたのだろうと、改めて尋ねた。  瞬間的に、鞍崎さんの瞳がオレを映す。  その表情に滲む苛立ちは、気のせいか? 「用事なかったら掛けたらダメなのかよ?」  怒気を孕むような音で紡がれた言葉に、オレは慌て、口を開いた。 「そん……」 「なんでもない……」  そんなコトはないと、否定の言葉を紡ごうとするオレに、投げ捨てるような鞍崎さんの声が被ってきた。  声と共に、鞍崎さんの視線が、再び床へと落ちる。  疲れたような鞍崎さんの表情に、寝不足だと訴えるような、微かな目許のクマを見つけた。 「寝不足、…ですか?」  眼鏡の下のクマに触れようと伸ばした指先は、やんわりと避けられた。 「悪い。急いでるから……」  不機嫌そうに紡がれた声と共に、鞍崎さんは、オレの横をすり抜ける。

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