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第17話 ふわりと漂う甘い香
注いだコーヒーを手に俺は、ゆっくりと身体を反転させ、声を返す。
「……はよ」
こんな場所で何も言ってこないだろうとは思いながらも、胸がざわつく。
落ち着かない心臓に、この場を早く立ち去りたくなる。
網野の横をすり抜けようとする俺の前に、たんっと長い足が伸ばされた。
「電話の用件、なんだったんですか?」
あんな不自然に電話を切った俺を責めるでもなく、自分の友人たちの行動を謝るでもなく、何事もなかったかのように、用件を訪ねられた。
まるで普通に仕事の話をするかのように。
少しは、動揺とかするもんじゃねぇの?
俺は、その程度の存在ってコトか?
胸の奥で、チリっと焼けるような音がする。
混ざり合う感情の中から、苛立ちだけがじんわりと浮上した。
「用事なかったら掛けたらダメなのかよ?」
睨みつける俺の瞳に、網野の顔は焦りを見せた。
そうだ。
用事もないのに電話するなんて、俺らしくない。
網野はきっと、そんな乙女な俺など求めていない。
「そん……」
「なんでもない……」
絡むように放った言葉を撤回するように、視線を下げた。
「寝不足、…ですか?」
するりと上がった網野の右手が俺の頬に寄る。
――ふわり
鼻の周りに漂ったのは、甘い甘い蜂蜜のような香り。
いつもとは違う…、甘い匂いだった。
『萌のおっぱい、揉んでんじゃねぇよっ』
女の子を彷彿させるようなその匂いに誘発され、昨日、聞いた声が耳奥でリプレイされた。
女の子を愛でた手で、俺に触れるな。
苛立ちが燻る胸に、俺は、無意識にその手を避けた。
「悪い。急いでるから……」
キリキリと痛む胸と、ミシミシと音を立てて軋む心。
傍に居るコトも、姿を見るコトも、すべてが俺を責めている気がする。
するりと脇をすり抜け、足早に自席へと戻った。
「鞍さ……」
「山南、ちょっといいか?」
網野の声が耳に届きそうで、聞きたくないその音を掻き消すように山南に声を掛けた。
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