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第18話 開発部へと逃げる
――プルルル
昼休み、部署直通の電話が鳴る。
ディスプレイを見やれば、そこには網野の名前が表示されていた。
むしゃくしゃする感情に、平然と会話できるとは思えなかった。
俺は、気づかないフリをして瞳を逸らせた。
「はい。販促、山南です」
パソコンゲームに没頭していた山南が、音に気づき、電話を取った。
「居るよ。なんで? オレじゃ不満?」
ちらりと俺に視線を向けた山南は、おかしそうにニヤつきながら、揶揄うように言葉を紡ぐ。
「あー、その辺なら鞍崎の担当だもんな。代わろうか?」
言葉に俺は、パソコンの中にまとめてあるファイルを開く。
グループウェアを見れば、網野のスケジュールなど手に取るようにわかる。
電話を寄越すだろうと予測していた俺は、先週中に、マーケティング結果をまとめあげていた。
「悪い。俺、開発部、行ってくるわ。ここにあるから」
開いたファイルを指差し、山南に背を向けた。
「って、ちょ、鞍崎、……」
山南の声を無視し、俺は、逃げるように開発部へと足を進めた。
香水の試験要員として名前が上がっていた俺は、下の階にある開発部のフロアへと赴く。
「販促マーケの鞍崎です。試験協力に来ました」
ゆったりと扉を開け、声を放つ俺。
弁当箱を片付けながら瞳を上げた小佐田は、ちょいちょいっと指先で俺を呼ぶ。
年齢的には小佐田の方が2つ下だが、俺と同期入社の同僚に当たる。
「お疲れさん、ここ座って」
側に置かれていた丸椅子を指し示す小佐田に、俺は、素直に腰を下ろす。
弁当箱を巾着の中にしまいながら、小佐田は言葉を繋ぐ。
「香水つけたりしてるか?」
問い掛けに、俺は、いやとだけ声を返した。
弁当箱の入った巾着を横に寄せながら、手許に資料を引き寄せた小佐田は、流れるように情報を書き込んでいく。
「おっけ。手ぇ出して」
小佐田の言葉に、俺は、甲を上にして右手を差し出そうとした。
差し出す途中で掴まれた俺の手は、くるりと返される。
「だから、掌が上だっつうの」
ちょっとキレ気味に放たれた言葉と同時に、手首の中央付近に、ぽたりと雫が落とされる。
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