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第19話 甘い香の正体

「はい、そのままキープ」  じわりと染み込む液体に、小佐田の言葉が続く。 「ちりちりしたり、痒かったりするか?」  資料に書き込みながら言葉だけを向ける小佐田に、声を返した。 「大丈夫」 「おっけ」  すっと俺に身体を向けた小佐田は、手首についた香水を試香紙へと写し取り、香りを嗅いだ。 「平熱低い?」  ちらっと向いた鼈甲メガネ越しの視線に、俺は、頷く。 「ぁあ、そんなに高い方じゃない」  小佐田は、俺の回答に、納得の声を放つ。 「なるほどねぇ。ほぼ檸檬」  手にしていた試香紙を俺の鼻先へと近づけた。  ふわりと漂ったのは、苦さを伴うような檸檬の香だ。 「温度が高いと、もう少し甘い香も混ざるんだけど……」  ふははっと堪えきれないというように、小佐田が笑い出す。  急に笑い始めた小佐田に、俺は、きょとんとした瞳を向けた。 「網野。朝、来たんだけどな。完全なる蜂蜜臭だったんだよ。子供体温なのな、あいつ」  けらけらとさも可笑しそうに笑う小佐田に、ふと過る。  朝、網野から香った甘い匂い。  言われれば、あれは蜂蜜の匂いだ。  前の日の女の香水じゃなかったのか……?  あのときの匂いは、この香水だったのか。  整理された情報に、俺は心の中で頭を抱えた。  マジか……。  何やってんだよ、俺……。  要らぬ疑惑をかけられ、要らぬ苛立ちを向けられた網野は、とばっちりもいいところだ。  はぁっと疲れたように息を吐く俺に、小佐田は、出しっぱなしの掌の上に小瓶を置いた。 「試験協力のお礼な。その匂い、お前に似合ってると思うから、存分に使え」  綺麗な弧を描く口許は、もっさりとした見た目とは裏腹に、人を惹きつける色気を纏って見えた。  次の電話は取ってやろうと、網野からの連絡を待っていたが、鳴らないままに就業時間が終わる。  昨夜の自分を彷彿とさせる現状に、胸の底に沈んでいた黒い感情が、じわりと浮上する。  女の胸を揉んでいたコトは、事実。  悩ましい声をあげていたコトも、事実。  ……やっぱりこんな硬い男の身体より、柔らかな女の身体方が、魅力的……なのかもしれない。

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