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(3)オメガ

 助けてくれたのは教室に忘れ物をしたアルファの女子だった。  教師を呼ぶためもう一人のアルファの女子を職員室に向かわせ、ベータの女子たちに僕を囲んで保健室へ連れて行くよう指示してくれた。 「あたしでも今の竹沢くんは、ちょっとやばい」  彼女は苦く笑った。  お屋敷から迎えが来て、医者に連れて行かれた。  抑制剤が処方されたが、僕の体には合わないのか、効きが弱かった。このため他の生徒への影響を考え、僕は発情期には学校に行かなくてもよい措置がとられることが決まった。  しかし、そんなことより僕の心の方がおかしくなったことを大奥様は重視された。  僕はあの日以来、教室に入れなくなった。  教室が近づくとめまいがして力が抜ける。同級生の視線が怖い。頭痛と吐き気に襲われ、やっとの思いで食べた朝食を戻してしまう。  大奥様はおっしゃった。 「ま、正直今の学校なんざ、無理に行かなくてもかまいやしない。それにお前は家に入ることになるだろうからね」  そのお言葉で僕は学校に行かないことを許された。  それでもやはり卒業はしたい。屋敷の者に付き添われて、保健室や図書室に行って出席日数を稼ぎ、与えられたプリントを提出するという特別措置を取ってもらって、小学校を卒業した。  中学に入学したものの、本格的に男になってきた同級生が怖くて、やはり輪の中へは入れなかった。といって女子の中へ入れるわけでもない。大奥様が教育委員会に掛け合ってくださり、中学でも措置は継続された。  死にたいと本気で思うようになったのはあの日、あの時、無力に床へ押し倒されてからだ。  佐々木のお家のためにどこかに嫁すなり、妾に出されるなりしても、僕はきっと毎回、あの教室での出来事を思い出す。  あれを忘れさせてくださる方なんて、いやしない。  絶対に不可能だ。  僕は正紀と孝に告げた。 「もう、休むから」 「いいご身分で。こっちは大奥様からの宿題があるっていうのによ」 「全くだ」  僕は嫌みをいう二人の間を抜けて自室に入った。  アルファはどこまでもオメガを馬鹿にする。  曰く、「社会で活躍していない」「労働の義務を放棄し、納税の義務を果たさず、社会インフラの維持に貢献していない」「社会を回す輪の外にいる」――そういった諸々の偏見で。  それなら僕は何のためにここにいるんだろう。  目が勝手に熱くなってきて、胸の奥から何かがせり上がってくる。  敷いた布団の上で、両手で顔を覆いほんの少し泣いた。アルファたちに気づかれたら「これだからオメガは」とまた言われる。  ますます惨めになる一方だ。

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