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第三部『夢の花綵(はなづな)』「夢も見ない」1
今回の語り手は大学生です
恋人同士になったようですけど、じゃあその日常は?
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おれの恋人はケータイの呼出音には敏感だ。長い髪を揺らして立ち上がりすぐさまそれを手につかむ。ケータイへの連絡はそれ即ち夢使い稼業の依頼に他ならない。だが、ごく稀に仕事の件ではないこともある。今夜の電話はそのプライヴェートのほうらしい。名乗ることなく電話に出た。
あなたのお師匠さんにプロポーズされたんだけど、どう思う?
委員長? いきなりどう思うか聞かれても僕にはその……
こんなこと高校時代のクラスメイトに相談しちゃうあたしもどうかしてるんだけど、情けないことにこういうこと話せる友達いないのよ。それに弟子なんだからひととなりがわかってるでしょうし。
僕が知ってるのは夢使いの師匠としてのそれで夫とか恋人とか家庭人としてのそれじゃないと思うよ?
やけに冷静じゃないの?
君が求めてる情報を提供したつもりだけど。
……そのようね。
よかった。
あのね、巻紙に毛筆で書かれた釣書わたされて、また来週きますとかいって、夢使いの会合のために週一でこっちに来る予定があるのは初めに聞いてて、そのために服を選んでほしいって頼まれたのがそもそもの発端なんだけどね。
君、考える余地があるってこと?
……意外?
いや、そうは思わないよ。お似合いとまでは言わないけどね。あのとおり師匠はとんでもなくモテるひとだし君は君で厄介なひとだからふつうのサラリーマンと一緒になるのは難しいだろうなと。
厄介って酷い言われようね。けど、あの家に婿に入れってだけでけっこうめんどくさいことになるしねえ。そういうことも含めて、あのひとなら世知に長けてるしあの土地のことよくわかってるっていうのもある。そのことをさいしょにあたしに告げていった。要するに見切られてる。それから、どうしてかこのアパートを知ってて……あなたに聞いたんじゃないっていうし、実家に尋ねたわけじゃないからって、あたしの居場所はどこであろうとわかるって。
ああ……
ああって思い当たる節があるの?
それは、師匠が話さないなら僕からは言えない。ただ「夢使い」の能力に関係することで、
あたしだってそれくらいは察しがついてるってば。他の夢使いにもわかったりするの?
その点は心配しなくていいと請け合うよ。それから、個人情報の取り扱いについては慎重を期してる。
あなたがそういうなら信用する。
いくら師匠とはいえ顧客の住所その他を教えたりはしないし、君から電話があったことも言わないから安心して。
電話の件は言ってもいいよ。むしろ、そのほうがいいくらい。
どうして。
あたしが結婚するに相応しくない甘ったれな子供だって伝わるでしょ?
僕には、それはわからないよ。
まあそういうしかないよね。じゃあ師匠としては?
誰に尋ねても素晴らしい師匠だとこたえが返るひとだろうけど、師匠曰く僕は可愛げのない弟子で世に云う師弟愛みたいなのは多分なかったんじゃないかな。
師弟愛ねえ。でもそれで仕事の件じゃ不都合ないんでしょ? あなた実は歴代最年少の夢使いだっていうし、師匠ともに優秀なんじゃないの?
僕の件はまだ駆け出しだしその記録も近年のはなしだからおいておくとして、くりかえすけど師匠の夢使いとしての力量については文句なく素晴らしいものだと誓えるよ。
そこはそうだと思う。でも、オットやオトコとしてどうかは違うはなしよね。ふりだしに戻るけど、つまりはそういうこと。
それはその、師匠の女性関係ってことになるのかな。
そうね、地元で知らないひとのいない女蕩し。あたしの友達もお持ち帰りしてたくらいだもの。浮気者の夫を持つのはイヤ。
ちょくせつそう言ってみたら?
言ったの。そしたら真顔で今は誰とも関係を持ってないし浮気はしないって返されちゃった。確かめようもないし確かめてどうするってはなしもあるし、あと以前あったときにはそんな態度おくびにも出さなかったのになんできゅうに結婚だなんて言い出したのかわからなくて。我ながらどうかと思うけど、何か御病気でもされたとかご親族に何かあったのかしらとか、不穏で失礼千万なこと考えちゃった。
僕の見るかぎり病気の様子はなさそうだよ。それに師匠には近しい親族はいない。
いない?
その釣書に何が書いてあったかわからないけど、僕を弟子にとったときすでにご両親はあの家にいなくてお祖父さんに育てられたはずだ。
例の伝説の?
そう、伝説の。
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