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第3話
「お前は私の期待に応じ、優秀に育ってくれた。失うには惜しい」
胸が軋む。イルメールは嘘をついているわけではない。仕事で必要なら、いくらでも嘘をつく男だが、これは本心だ。兄が本気で自分を認めてくれていることは自覚している。
本当の弟ではない自分を。優秀なアルファであった父母の死を招いた唾棄すべきオメガであり、本来なら「ドミニオン」に狩られる立場である、こんな自分を。
様々な感情で胸中は荒れ狂っているが、オメガの肉体は何よりアルファのくれる快楽に弱い。イイところだけに容赦なく加えられる愛撫が全てを飲み込んでいく。イルメールがいじくっている穴は湯気が立つほどに解れて蕩け、愛してくれる指を離すまいとむしゃぶりついていた。
「気持ちがいいのか」
「い、いいえ……!」
「こちらも勃っているが?」
不意に前に手を回され、反応している部分をきつく握り込まれた。その拍子に尻に押しつけられたイルメールのものも、熱く、固い。
兄さんだって、という反論を喉元でせき止める。お前の発情に引きずられたせいだ、と言い返されるのが関の山だ。そういう理屈でアルファは、「ドミニオン」は、この世界の人々は、オメガを抹殺し続けてきたのだ。その肉体から得られる快楽だけは、存分に貪りながら。
「ごめん、なさ、い。体が……勝手に……」
謝るしかないのだ。なぜなら、兄は謝らせたくてエミリオを追い詰めているのだから。分かっていたが、他に術もなく、エミリオは消え入りそうな声で謝罪した。
「そうだろうな。これだから、オメガは厄介だ」
さも迷惑そうにつぶやいたイルメールが指を引き抜き、腰を抱え直した。
「簡単に気をやるなよ」
取り出した太い物を濡れた穴に宛てがうなり、イルメールは間を置かず押し入ってきた。入り口が限界まで拡げられる圧迫に息を呑む暇もなく、ごつりと最奥に衝撃が走る。
急激な侵略に心は縮こまっているが、淫らな体は独りよがりに昂ぶっていく。待ち望んでいた快楽を逃すまいと締めつけて、勝手な男をもてなした。
「……っく」
思った以上の歓待を受け、イルメールの呼吸がかすかに乱れた。意趣返ししようとしたわけではないのだが、アクシデントを嫌う兄の逆鱗に触れてしまった様子だ。
「あ、ヒィ! らめ、ぇ、奥、響くぅ、ぐりぐり、やっ……!!」
根元まで突き立てられたものが、子宮口をこじるようにグラインドする。ごりごりと押しつぶすような、痛いほどの強さだったが、躾けられた体には悦びでしかない。瞳にあふれた涙も歓喜ゆえのものだった。
「うるさいぞ。部下たちに聞こえたらどうする……!」
苛立ったイルメールが手首を返し、ぱしりと尻を打った。その痛みさえ被虐の快感にすり替わる。開発された場所を集中攻撃され、エミリオは子供のように泣きじゃくった。
「や、いたぁ、痛い、ごめんなさい、許して、兄さん、ごめんなさい……!」
余裕にあふれた洒脱な遊び人の姿はどこにもない。イルメールに「仕置き」を受ける時のエミリオは、無力で淫らなオメガでしかなかった。
「……愚弟が」
エミリオが乱れたことでイルメールは冷静さを取り戻したようだった。たっぷりと時間をかけて子宮口をいたぶり、よがらせた後、その動きは変わった。エミリオを追い詰めるためではなく、自身を解き放つための動きだ。
「な、中、だめ、だめぇ、できちゃう、赤ちゃん、できちゃう……!」
ずぐずぐと湿った音を立て抜き差しされる狭間で、エミリオは譫言のように叫んだ。兄の動きは一方的で、エミリオのためのものではないが、自分の体で達しようとしてくれている事実がどうしても嬉しい。
だが同時に、一欠片だけ残された理性が言うのだ。このような愚かさは自分一人の責任の範疇だから、かろうじて許される。同胞を踏みにじりながら、叶わぬ恋に身を捧げて一生を終えるのはエミリオの自由だが、次の世代に罪を持ち越すことは許されない。
「避妊手術は受けているだろう。問題ない……!」
お決まりのやり取りが終わって間もなく、一際強く腰を打ちつけられた。紅く腫れた穴の縁が、最奥まで侵入したものを留めようとばかりに締めつける。びゅくびゅくと吐き出される熱を悦んではいけないのに、イルメールが唯一見せる人間らしさを受け止めていると思うと嬉しくて仕方がない。
「……は……、ぁ……」
全てを出しきったイルメールが体を離すと、支えを失ったエミリオはがくりと椅子の上に身を投げ出した。その足の間を、二人分の精液がぬめるような光を放ちながら伝い落ちていく。
「中で出すほうが、燃える体だろうが」
何もかも、分かっている。そう言いたげにつぶやいたイルメールは無言で服を直し始める。エミリオも今にもくっつきそうなまぶたを押し上げて、手近にあったナプキンで体液を拭い、どうにか人前に出られる格好に戻った。制服にも少し精液が飛んでいるが、自浄作用を組み込まれた布地は見る間に元の清潔さを取り戻していく。
「……自浄作用、万歳」
殺した相手の体液を消すよりも、こっちの始末でお世話になっている回数のほうが遥かに多い。自嘲的なつぶやきをイルメールは無視した。無駄だからだ。
「本部に戻るぞ。詳細な報告書は今日中に提出するように」
「……はい」
何事もなかったかのように手袋まではめ直し、イルメールは踵を返した。エミリオもじくじくと我が身を苛み続ける事後の熱を無視し、黙って後を追う。
いつものことだ。綿密な打ち合わせをした上で行われた始末劇は、報告書のベースファイルも先に用意してある。「ドミニオン」のシステム上で詳細を書き加え、兄に転送して承認してもらえば、この件は終了。
あの事件以来、何かと理由をつけて自分を犯すようになった兄の仕置きを受けるところまで、全てイルメールの想定内。
「ところで、私の婚約者候補のリストを更新したが、もう確認はしたな。閲覧の通知は届いた」
部屋を出て、部下たちの敬礼にうなずきつつ兄の隣に追いつくと、彼は急にそんな話題を振ってきた。咄嗟に頬の引きつりを抑え、エミリオは応じた。
「……うん、見たよ。でも、まだ精査できていないから、この件についても後日」
「早めにな。新たな候補はメリゴ・コンチネントの大物の娘だ。優先順位は高い」
容姿にも性格にもイルメールは触れない。結婚相手の地位以外はどうでもいいからだ。性別については女性アルファだと分かりきっているので、同じく話に出てこない。
「『バランス・オブ・ナチュラル』の一族だってね。いいんじゃない? あそこの組織は『ドミニオン』に比べて歴史は浅いけど、勢いはある。ただ、彼女、ちょっと男遊びが激しいって噂があるからね。兄さんと結婚するなら、その前に身綺麗にしてもらわないとなぁ」
スラスラと、兄の求めにふさわしい答えを返せば、イルメールは満足してくれたようだ。そのまま二人並んで用意されていた車の後部座席に乗り込み、規則正しい街並みの中を「ドミニオン」の本部へと向かっていく。
「でも、兄さんにだって、分かってないことはあるよ」
寸暇を惜しんで各地からの連絡をチェックする兄の横で、同じように仕事をしているふりをしながらエミリオは独りごちた。
「神の似姿(イコン)」の恥さらしとして生を受け、父母を自死させた憐れなオメガを救ってくれたのは、ウルヴァン本家の当主として将来を約束されたイルメールだった。俺の役に立てるなら、お前を生かしてやる。十にも満たない子供とは思えぬ威厳に圧倒され、両親の死に流した涙すら乾いてうなずいたあの日より、エミリオはイルメールの弟となった。
兄は命の恩人だ。その後も彼の保護がなければ、生き延びることはできなかっただろう。だからエミリオは、なんでもイルメールの言うとおりにしてきた。
それでも、受け入れられないことはある。
命の恩人だからこそ、二人の間に生じた命を独断で奪った彼のことを、決して許せはしないのだ。
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