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第3話 過去

 瞬間、頭の中にここ三か月の記憶がよみがえる。 「ふざけんなっ。お前がいないあいだ、俺達がどんな思いをしたと思ってるんだ」  母は司を心配するあまり精神をすり減らし、睡眠薬や精神安定剤に頼るようになった。おびただしい錠剤を飲み干し、そのたびに深い眠りに落ちる。その繰り返し。  父とふたりで母の面倒を看るかたわら、それまでほとんどしたことなどのかった家事に追われるうちに成績は落ち込んだ。混乱する母に釣られ、一時は昼も夜もないような生活に陥った。 「お前の真似をして、母さんに演技を何度もさせられた。俺は司だ、元気で帰って来たって、母さんが正気じゃないときに何度も言わされた。お前には分からないだろ、自分の存在をなかったことにされるつらさが」 「志郎」 「それなのに、俺で抜いてたって? よくその口で言えるな」  ドン、と司の胸を突き飛ばす。一瞬後ろに体が傾いだが、すぐに体勢を立て直した。 「志郎聞いてくれ、俺は」  司の声が聞こえるが、志郎は地面を睨む。兄の影が長く伸びて、自分の足元に掛かっている。 「消えろよ。お前がいない状況にやっと慣れてきたんだ」  幼い頃から兄が好きだった。  お互い兄弟以上に好きだと理解し合っていたが、それ以上のことをするという発想がなかった。  だけど、偶然見付けた海外の動画で、男同士でも男女のような性交が出来ると分かり、司とそういうことをしたいと願うようになった。  司に話すと、一も二もなく頷いてくれた。嬉しかった。どちらが下になるかという選択を迫られたとき、志郎は兄の前なら、どんな恥ずかしい格好だって出来ると思った。  共通の友達の家を借り、細いパイプベッドの上で初めて体を繋げた。電車を乗り継いで隣の校区まで行って買ったローションが役に立ち、司よりもそちらに感謝してしまった。  童貞を捨てた司に『志郎がめちゃくちゃ可愛く見えてきた』と言われ、痛いと言ったのに何回もやられてしまった。体力は同じ位だから、きっと体に太いものを挿れられ、緊張して消耗してしまったのだろう。

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