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第4話 告白
「志郎。……ごめんな。俺、もう行くから」
ジャリ、と靴に付いた土を踏む音がして、影が動いた。司がまた、ひとりで見知らぬところへ消えようとしている。足音がどんどん遠くなると同時に、陽が急に翳ってゆく。
(ダメだ。これじゃ、また前と同じだ)
兄を恨んでいた。
自分を置き去りにして、窮屈な家から解放された兄をうらやましく思い、母という重荷を背負わせたことを憎んだ。
失踪する前だって、両親の顔色を覗ってばかりの自分とは違い、のびのびとした自由な司が羨ましかった。その半面、失踪しても咎められることなく存在を許される彼に、何度嫉妬したことだろう。
(──だけど)
「……待てよ。俺を置いていくのか!」
気が付いた時には、足が動いていた。
もう薄暗くなった道で立ち止まる背に向かって、手を伸ばす。抱きしめると、三か月前より骨の浮いた体を感じた。
「司の馬鹿。ひとりで逃げやがって。俺も連れていけよ……!」
そう言うと、意外だというように目を丸くした司がいた。
「志郎。でも、俺には金もないし、今住んでいるところだってボロいアパートだ。バイト代なんてわずかで、暮らしていくだけで精一杯だ。家にいたほうがきっと幸せなんだ」
「それでもいい。お前と一緒にいたい」
「志郎」
「俺、お前に捨てられたと思った。俺たちあんなに仲がよかったのに、お前には俺は必要じゃなかったんだって。母さんと一緒に切り捨てられるような存在だったんだって」
『捨てられた』という言葉で、司の体が大きく動いた。
「違う。家を出ると苦労するだろ。なんの保証もない未成年だ。お前は勉強ができるし、来年大学受験もある。だから俺は」
「ありがたく思いやってくれたのかよ? そんなの、相談もなしで俺が喜ぶと思ったのか? 俺は、お前と一緒にいるのが一番いいんだよ!」
志郎を思って、という勝手な行動が癪にさわる。
「どうして相談もしないで、ひとりで決めちゃうんだよ……!」
抱きついたまま、司の頭を両側からてのひらで固定し、口付ける。これが最後かと思うと悔しくて、舌を入れてやった。ここが近所だとか、だれかに見られたら、とかは頭から綺麗に消えていた。
「俺と一緒にいる未来を選べよ、司」
「志郎……」
呆けたような司の唇についた唾液を、指で拭ってやる。
「お前がそんなに言うなら。……ほんとに貧乏だぞ。いいのか?」
「しつこい。またキスされたいならするけど」
襲うポーズをすると、司がクッと笑った。
「参った。……それにごめんな、志郎。この三か月、俺はお前にずっとつらい思いをさせていたんだな」
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