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第6話 兄の部屋で

 パソコンに預金通帳、着替えに教科書、スマホ。  必要なものを揃えると旅行用のキャリーカートが一杯になった。滑りそうな坂道でカートを追い掛ける。 「お待たせ、司」 「志郎。……なにかあったのか」  目尻に残った涙に気付かれたのだろうか。 「あったよ。でも言わない。言うと悲しくなるからな」 「それよりも早くお前の部屋に行きたい」と告げると、 「そうだな」と髪をクシャクシャにされた。  改めて自分の発言を思い出すと、まるで男の部屋に行きたがる女のようだと思った。カッと頭が熱くなる。  司の部屋は、古いアパートの一階だった。  扉を開けると、敷きっぱなしの布団や片付けられていない食器がうず高く積まれた台所、散乱するゴミが目に入る。予想はしていたので、あまり驚かなかった。  互いに服を脱がし合い、唇を吸い合う。 「声、なるべく出さないでもらっていい? 壁が薄いんだ」 「了解」  きっと司も、隣家の生活音に苦労しているのだろう。自分たちの生まれた家はそこそこ裕福だったから、そんな苦労も珍しく思える。 「まるで人ごとって(つら)してるな。今日からお前も同じ部屋に住むっていうのに」  耳を囓りながらそんなことを言うので、半分くらいしか音として聞き取れなかった。下着から足を抜くと、布団へと誘導され、覆い被さられた。  目の前が裸の兄でいっぱいになったかと思うと、口のあたりを目がけてやみくもに吸い付いてくる。 「う、……ぷはっ」  正面からそんなことをされると、志郎の息を止める気なのではないかと思えてしまう。 「志郎、ほんとにごめんな」  そんな囁きが聞こえたので、軽く頭を小突いてやった。もちろん痛くないようにだ。 「いたっ」 「えっちしてるときに、謝ったりするなよ。終わってからならゆっくり聞いてやる」 「そっか。あと、ひとつだけ言いたいんだけど」 「なんだよ」 「苦労すると思うけど、志郎は俺が守るから。家でつらい思いをさせた分、幸せにするから」  裸のままで覆いかぶさった状態で、真面目な顔をしてそんなことを言う。 「に、新妻に誓いを立てる新郎かよ……」  耐えきれず笑っていると、仰向けの体勢では腹筋が痛かった。やっと笑いが止まった頃、柔らかく微笑む司に気付いた。

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