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第2話
「雨谷ちゃんって、ヒートの時はあんなに欲しがって乱れるのに、普段は本当に綺麗なお人形って感じだよね。そういうところがそそるんだけど」
「だから厄介、なんです、よ……っ」
ベータである安曇さんにはわからないだろうあの感覚。
オメガ。口さがない人たちには、優秀なアルファの子を孕むことだけが存在意義だなんて揶揄される性。
そのオメガである雨谷翠 こと俺は、そうと知られると面倒な点がいくつかあって、基本的には家にこもって仕事をしている。物書きという仕事はやりとりの大部分をネットでできるというありがたいもので、だから一人でもなんとか生きていけるんだ。
もちろんベータが大部分である今の世の中でそこまであからさまな差別はないけれど、それでもオメガをオメガたらしめる性質の一つに「発情期」がある。
当然オメガである俺にも「ヒート」と呼ばれる発情期が存在して、その間は普段の欲のなさの反動のように性欲の塊となり、ただただセックスのことしか考えられなくなるんだ。アルファを誘う厄介なフェロモンをまき散らし、誰彼構わず欲情して、それ以外になにもできなくなるほどひどい衝動に襲われる。一週間ほどそれに支配される体質では、なかなか普通の仕事にはつけない。
その衝動を抑え込むための抑制剤なんてものもあるけれど、残念ながら俺には効きが弱く、結局狂おしいほどの情動を発散するためには実際に誰かに抱いてもらうしかないわけで。
仕事どころか最低限の生きる行動にさえ支障が出るほどの欲を受け流してくれるのが、たまたま知り合った階下の住人である安曇さんだった。作曲家という仕事のおかげで基本的には家にいてくれて呼び出しに応じてくれる、年上のベータの人。
だからギブアンドテイク。ヒート時の俺の無茶苦茶な欲を晴らしてもらう代わりに、普段は安曇さんのセックスパートナーを務める。セフレというのとも少し違う、だけど俺にとっては必要な人だ。
「辛そうだもんね、いっつも。俺は得してるからいいけどさ」
「んっあ」
伸び上がるようにして奥を突かれるのと同時に首を舐め上げられればさすがに声が出る。オメガにとって首は敏感にならざるを得ない。それを知っているからこそ、安曇さんはいじめるようにそこを舐めてくる。
たとえばヒート中にアルファを煽ってしまった時に間違ってでもうなじを噛まれれば、どんな相手だって「番 」として成立してしまう。「番」という、ほとんど強制的に結ばれる一生のパートナーは、結婚なんかの絆より強い。そんな場所だから、ベータである安曇さん相手でも敏感に感じてしまうんだ。
「中ビクビクしてる。普通の時でもこんな感じてるんだから、アルファに噛まれたらそりゃ大変だろうね」
「あっ、や」
「誰かいないの、ちょうどいいアルファ。誰かと番になればヒートも楽になるんでしょ?」
びくり、と体が飛び跳ねるように反応したのを首を舐められたからと取ってくれるだろうか。
なんにせよ、それ以上の話を聞く気はない。
「安曇さん、喋りすぎ」
「おっと。確かに片手間にヤるのは失礼だった。集中するよ。じゃないと雨谷ちゃんの貴重なイイ声が聞こえないからね」
一言強めの言葉で遮ったのは線引き。それをちゃんと受け取ってくれる安曇さんは、余計なところには踏み込まずに本来の目的に戻ってくれた。
アルファと番なんてとんでもない。
なぜなら俺は、それから逃げるためにここまでやってきたのだから。
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