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第4話
とりあえずリビングで待たせている間に適当な服を身に着け、コーヒーを淹れるという名目で颯吾から離れて混乱する頭を落ち着かせる。
晴沢 颯吾。三つ下の幼馴染。
最後に会ってから五年以上経っているだろうか。高校生の時からいい意味で周りから浮くほど目立つ格好良さだったけれど、幼さが抜けた分よりイイ男になっている。
スーツが似合いそうな短く刈った髪もどこかオシャレだし、挑戦的な力強い目つきも変わらずより自信を増したように思える。服こそラフなトレーナーだけど、体が厚くなった分よく似合っているし、立派に大人の男に育ってくれた。それはとても嬉しいことだけど、それを確認できてしまう今がとてもよろしくない。
「偶然じゃないんでしょ?」
コーヒーの香るカップをソファーに座る颯吾の前に置きながら、俺の方は少し迷ってからパソコン前のイスに腰を下ろす。そして手っ取り早くそこに話を戻した。ここに引っ越してきたのは、どう考えても俺がいることをわかった上で、だ。
「おばさんにハガキ送ってただろ? そこの住所見た」
案の定隠すこともなくそれを認めた颯吾が、一応置いた砂糖を入れずにブラックのままコーヒーを口に含む。
颯吾にバレるといけないからと実家にも長いこと住所は知らせていなかったけれど、オメガという性質上心配事も色々あるからと頼まれて教えたんだ。普段はそんなことしないのに、たまたま綺麗な絵ハガキを見つけたから、そこに簡単な近況と住所を書いて送った。どうやらそれを見られたらしい。
ただ、たとえ住所がわかったからといって、普通に会いに来るのではなくいきなり引っ越してくる辺りが行動力の方向性が間違っていると思う。思うけれど、その積極的な間違い方は颯吾らしいといえばらしい。
「そんなことより、さっきの奴、誰? あいつと付き合ってんの?」
そして自分の話をさっさと終わらせた颯吾は、不機嫌さを前面に押し出して率直な問いを投げかけてきた。遠回しという考えはないらしい。
もちろん二人揃ってあれだけわかりやすい寝起きの格好で出てきたんだ。子どもではないのだからなにもないとは思うまい。
「……まあ、そんな感じ」
全然そんな感じではないけれど。
面倒だからそういうことにしておこうと心の中で安曇さんに謝りつつ強い否定はしないでおく。
するとむっとした顔のままここに座れとソファーの隣を叩く颯吾。早くと急かされて、仕方なく隣に腰を下ろした。たぶん言うことを聞くまで繰り返すだろうから、だったらさっさと座った方が早い。
「名前は? 年は? なにしてる奴? もう寝たのか? むしろ昨日ヤったのか?」
「そういうこと颯吾とは話したくないし、そもそも颯吾には関係ないでしょ」
「翠にちょっかい出してんなら関係大ありだ」
それでも案の定質問責めにされて、大きくため息をついて立ち上がろうとしたらそのまま腕を掴まれ引っ張られる。
「ちょっ……!」
そして抱えられるようにして首筋を晒されて、颯吾の指が確かめるようにそこを撫でた。
「とりあえずまだ噛まれてはいないんだな。あいつアルファじゃないのか?」
「だ、だから颯吾には関係ないってば」
「じゃあ関係持たせろ」
もがいてその腕からなんとか抜け出したと思ったら、次の瞬間にはもうソファーの上に押し倒されていた。しっかりと筋肉のついた手で肩を押さえ込まれると身動きが取れない。こんなところで大人になったことを実感したくないのに。
「颯吾、いたい」
「わかるだろ翠。俺がここに来た理由」
「颯吾。痛いってば」
真上から俺の顔を覗き込む颯吾はしっかり大人の顔。子どもっぽさは残っていても、口調が冗談ではなさそうだったから俺の言葉で颯吾が少し力を緩めたところを見計らってそこをすり抜け今度こそ距離を取る。もちろん広くないリビングだから距離はさほど離れていないけれど、大事なのは意思表示だ。
「なんで逃げるんだよ。翠だって俺のこと好きって言っただろ」
そしてその行動に対して不満な様子を隠さず伝えてくる颯吾も、無理に追う気はないという意思表示に軽く手を上げてみせる。
その手に押さえられた感触がまだ肩に残っていて、ほぐすように撫でつつ苦笑いで首を振った。
「あれは、子供の頃の話でしょ。それに、好きっていうのは弟としてって意味だよ」
「俺は翠の弟じゃない」
「弟みたいなものだよ。俺にとって、颯吾は弟で、そうとしか思ってない」
「俺はそうとは思っていない」
話は平行線。
三つ下の弟のような存在。俺はずっとそう思ってきた。そうやって育ってきた。だけど颯吾は違うと俺を睨みつける。
「だって俺がアルファで、翠がオメガで、こんなちょうどいいことないだろ?」
それが俺たちの間を隔てるものだとわからず、颯吾は不満げに言い募る。
ちょうどいい。ベータが一般的な世の中で、たまたま颯吾がアルファで俺がオメガだから。……パズルのピースならなんて雑な凸凹だろう。
「……悪いけど仕事があるからそろそろ帰ってくれない?」
離れている間に懲りただろうと思っていた颯吾がなにも変わってなかったことにため息をつき、俺はそんな風にして露骨に颯吾を追い出した。
最後まで不満な様子のままだったけれど、それでも素直に帰ってくれたのは大人になったということでいいんだろか。
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