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第5話
その後さっぱりするためにシャワーを浴びて、一息ついてから安曇さんに電話を入れた。
追い出すといえばあちらの方だ。意味のわからないまま帰らせたんだから、補足というかフォローが必要だろう。
どうやら安曇さんも待っていたようで、すぐに電話に出てくれた。いつもは大抵留守電に入れて折り返してくる形だから、すぐに反応してくれるのは珍しい。
「ごめん、安曇さん。急に追い出すみたいなことして」
『いやそれはいいんだけど気にはなったなぁ。なんか訳ありっぽかったけどあれ誰? 知り合い?』
「弟……みたいなものです」
『みたいなものとは』
さっきは全然飲めなかったコーヒーを淹れ直しつつ、説明の仕方を考える。
「幼馴染なんですけど、親同士が仲良くて、向こうは共働きの親だったんでいつも家にいて兄弟同然に育ったんで。自慢の弟です」
『……自慢の?』
「自慢です。めちゃくちゃかっこいいでしょう? すっかり大人っぽくなって……あれは絶対モテてると思うんですよ」
『えーっと、ごめん雨谷ちゃん。引っ越してきたのが嫌なのかと思ったんだけど、嬉しいの?』
「嫌ですよ。困ってます。だって俺、颯吾から逃げてきたんですから」
逃げる、という言葉が強く響いたのか、電話の向こうから戸惑いの気配が伝わってきた。逃げてきた。
そう、逃げてきた、だ。
「俺ね、そりゃあもう颯吾が可愛いんです。小さな時から見てきて、可愛くて、かっこよくて、勉強も運動もなんでもできて、本当に自慢なんです」
『はぁ、うん?』
「でね、颯吾には幸せで素晴らしい人生を歩んでもらいたいんですよ。あんなにかっこよくてアルファらしく立派に育ったんだから。立派な仕事と大きな一軒家、可愛い奥さんと愛らしい子供たち、そして凛々しい大型犬。誰もが憧れる完璧な家族の風景を、颯吾なら絶対叶えられると思うから。でもね、その夢を邪魔する奴がいるんですよ……」
『邪魔? 誰が?』
「俺」
みんな見てくれと自慢したい幼馴染、俺が育てたと言いたいくらいの愛すべき弟。
その輝く人生の道筋に立ちはだかったのは、恨むべきかな俺の存在なんだ。
「そりゃあ甘やかしたし溺愛しましたよ。それが裏目に出て、高校で颯吾がアルファだとわかった途端、番になりたい、うなじを噛ませろ、ヒートの時は呼んでくれって迫られて」
『あー……』
「ショックだし、しまったと思いました。だから大学進学と同時に家を離れて、颯吾には近寄らないようにしたんです。可愛くて賢い颯吾の人生を、俺がオメガってことで狂わせるわけにはいきませんから。きっともうちょっと大人になったら俺のことなんて忘れてすぐに相応しい相手を見つけてくれるだろうって思ったんです、けど」
『あれだね。自慢の弟くんは、諦めない心と行動力を持ってるんだね。……どうすんの?』
「どうしましょう」
もちろん俺にも責任はある。颯吾の悪い見本にならないようにといい面だけ見せる努力をしていたから、さぞ憧れのお兄さんに見えただろう。それは自業自得。
だからそれは、誰もが保育士さんとか幼稚園の先生に惚れるのと一緒だと思うんだ。幼い時の恋心とはそういうものだと。
それはそれでいい。でもそれから抜け出せないのは問題だろう。そしてちょうどアルファとオメガという間柄になってしまったことも。
颯吾にはちゃんとした恋愛をして、いつかぴったりな番を見つけてほしいと思っていた。でもそこにオメガの俺がいたからややこしいことになってしまったんだ。だから颯吾の人生から逃げなくちゃと思った。それはうまくいっていたと思っていたんだけど、なぜかその相手が今隣に住んでいる。
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