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第6話

『ちょうどいいじゃん、颯吾くんに噛んでもらえば。そしたらヒートも軽くなるんじゃない?』 「バカなこと言わないでください。颯吾は家族なんです。安曇さんは父親に欲情しますか?」 『うがっ……!? 雨谷ちゃん、君はなんつーえぐいたとえを……』 「そういうことなんですよ、俺にとっては」  いや、我ながら嫌なたとえだとは思うけど。それでもなんとなくは理解してくれたらしい安曇さんは、うーんとわかりやすく煩悶するような声を出した。 『巻き込まれるの嫌だから他人の振りして逃げたいとこだけど、雨谷ちゃんとのエッチは気持ちいいからなぁ。いつでも相手してくれるしそんな都合のいい相手いないもんなぁ』 「普通の人なら隠すことを全部口にしてくれるわかりやすさが安曇さんのいいところですよね」  ストレートに欲望を言葉にしてくれる安曇さんは、やっぱり俺とは正反対で、だからこそ薬の効かないヒート期間をなんとか過ごすためには必要な人なんだ。だから逃げられては困る。  とりあえず颯吾の話はこっちでつけますからともう一押ししようとしたとき、ベランダの方でなにかが窓に当たるような小さな音が聞こえた。 「ん? なんか音がした。窓……?」 『なんかのフラグっぽいけど大丈夫?』  なにかがぶつかるにしたってマンションの四階だ。周りにあまり高い建物はないし、下からなにかを投げて届くような位置でもない。なんだろう、とベランダに近寄ってその正体に気が付いた。 「……すいません、ちょっと切ります」  一度電話を切ってからベランダに出てそれを拾う。  転がっていたのはガチャガチャのカプセルだ。そこに折られた紙が入っている。  とりあえず開けてみると、よく知っている字で「買い物行きたいから時間ある時電話して」と電話番号が書かれていた。  どうやら今のはこれがぶつけられた音のようだ。そしてそれをぶつけたのは、俺が気づいたことで二投目を投げるのをやめて手を引っ込めた隣の住人。 「なにしてんの」 「……せっかく隣になったから」  やってみたかった、と悪びれることなく身を乗り出して顔を見せたのはもちろん颯吾。あんまりにもためらいなく乗り出すから、危なっかしくてこちらからも近づく。すると颯吾は予定通りとばかりに冷えた缶ビールを渡してきた。 「はい賄賂」 「……これもやりたかったこと?」  さっきあんな風に追い出したというのに、屈託ない笑顔を浮かべる颯吾にため息をつく。そして渡されたビールを見つめてまた一つため息。そうか。こんな風に飲める年になったのか。  それならより一層、ちゃんとした相手を見つけるべきだと俺は思うんだけど。 「買い物ぐらい一人で行きなよ」 「翠も一緒に買い物すればいいじゃん。車もあるし、荷物持ちもするから」  手すりに寄りかかってその提案を検討する。確かに場所柄買い物が面倒で、あまり行かなくて済むようにと一度に大量に買っては四階分の階段で痛い目を見る。そんな俺にはとても魅力的な提案ではあった。 「弟だっていうなら弟のわがまま聞けよ」  そして重ねられた言葉に、結局は俺が颯吾に弱いことを思い知らされる。これだから物理的に距離を取ったというのに、同じように物理的に距離を縮めてくるんだから、行動力がありすぎるのも困ったものだ。

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