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第8話

「翠が、俺のこと誘ってる」 「え……あ、違う、違うこれは……!」  ぼそりと呟かれたその一言に、遅れて動いた思考が真実に辿り着くより、俺の上に跨った颯吾が行動を起こす方が早かった。 「ん、ぅ……ん」  降ってきた唇が俺の言葉を塞ぎ、貪るように食まれる。  唇が合わさり舌が触れるたび濡れた音が響き、呼吸の仕方がわからなくなるまで続けられてやっと、それがキスなんだと気づく。そしてそれと同時にシャツがまくられたことを、冷たい指先が体を辿ったことでわかった。 「颯吾……っ、ダメ、これは」  ここまできたら嫌でもわかる。ヒートだ。自分がオメガなんだと思い知らされる、厄介で大嫌いな発情期。  本来ならまだ先のはずなのに、薬が効かないばかりか周期まで狂うなんて、なんてポンコツなオメガっぷりだ。我ながら嫌になる。  ベータである安曇さんと違って、アルファである颯吾はオメガのフェロモンに惑わされ、正気ではいられなくなる。発情期のオメガに接触することで、強烈な発情状態に強制的にさせられるんだ。それがあるから、俺は慌てて颯吾から離れたっていうのに。 「颯吾、お願い、聞いて……あっ! あ、やだ、ぁ……っ」  ちゅ、ちゅっ、と吸いつく音が首筋を辿り、その感覚にどうしようもなく声が漏れた。そこに舌が這うだけで強烈な快感が体を震わせる。颯吾の唇が肌を這うたび、体の力が吸い取られるように抜けていくようで。  安曇さんとしている時も普段からは信じられないほど感じたけれど、アルファである颯吾のその歯が、舌が首筋に触れるのは意味が違う。 「翠の顔、すごいやらしい。俺が欲しい?」 「ダメ、颯吾……」  俺の顔を覗き込んで笑う颯吾の表情は普段とまるで違う「男」のもので、止めなきゃいけないとわかっていてもその思考が溶けていってしまう。  力が入らない。抵抗したくても、体も心もとっくに抗う気をなくしている。  ダメだってわかってる。颯吾は弟みたいなもので、これはフェロモンのせいで、こんなことしたら絶対後悔するってわかっているのに。 「颯吾……」  俺の手は颯吾の体に巻き付いて、求めるための甘ったるい声でその名を呼ぶ。  それに応えるように、颯吾は俺の脚からパンツも下着も引き抜くように脱がせ、膝頭を割るように開かせると、躊躇いもなく一気に中に入ってきた。 「やあっ、あ……あ!」  普段なら慣らさなきゃきついそこも、濡れているせいであっさりとその性急な行為を受け止められる。  それどころか待ち望んでいたものに貫かれる快感に、電気を流されたかのように背筋がのけ反った。  もちろんそれだけで終わるはずもなく、あまりに良すぎて硬直する俺の腰を持ち上げるようにして引き寄せた颯吾は、わざと音を立てるように激しい抽送を繰り返した。 「ひっ、あ! ああっ、あっ、あ!」  甘く溶けた声が次々と洩れて止まらない。気持ちよくて気持ちよくて、気持ちよくない一瞬がないほどに良くて、頭が真っ白になる。  理性なんてあっという間に溶けた。今はもう本能で欲しがるだけ。 「こわ、い、そんな奥……っ、いいの、恐い……っ」 「うん、いい。すげーいい。翠、すごいよ。ぐずぐずにとろけてる。聞こえる? この音」  ぐちゅぐちゅと繋がった場所から聞こえるぬめった音が、嬉しそうに響く。そんな淫らな音を響かせ突き上げるように打ち付けたかと思えば、ねっとりと焦らすように中を擦り上げられて一緒に自分のものとは思えない声も押し出された。媚びるような淫猥な声と音が、一欠けらの拒む心を溶かして洩れていく。  ヒートを治めるために安曇さんとしている時は、これ以上の恥ずかしい気持ちよさはないと思っていたけれど、これは別種だ。別次元の、頭がおかしくなりそうな気持ちよさ。

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