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第6話
◇
後ろ髪を引かれる思いをしながら、玄関先まで見送ってくれたドラグと別れ、ラシャは宮殿に入った。
「ラシャ様、おかえりなさいませ」
玄関で待機していたらしい、黒服にタイをした黒髪の人族の執事が頭を下げ、ラシャに声をかけた。
「ヨル、ただいま。今日は勝手に帰って来るから、待ってなくていいって、朝言ったのに」
「いいえ。私はラシャ様の専属執事を任されておりますから、こうしてお迎えするのは当たり前でございますよ」
「ありがとう。待っていてくれて嬉しいけど、無理はしないでね」
照れながらはにかむラシャに、ヨルは静かに柔らかい微笑みを浮かべた。
ヨルはヤマト種と言われる人族だ。ヤマト種とは、黒い髪に黒茶色の目、黄色がかった明るい肌をしている人族の種類の中の一つだ。
いくつかある種族の中でもヤマト種の人族は、あまり体格は大きくないが勤勉な者が多く、比較的従順な気質で知られている。
ヨルも物静かで活発そうに見えないが、仕事は手を抜かない真面目人族と評されていた。
ラシャからすると、相手にするのは完璧主義の多いアルファじゃなくてオメガなのだから、もう少し手を抜いても怒られないと思うのだが。
そう言うと、いつもさっきみたいに笑ってやんわりと専属執事を主張してくるのだ。
「夕食を用意してございますが、いかがなされますか?」
「うーん。昼からドラグとしっかり食べてきちゃったから、どうしようかな……」
「でしたら、ファラン様がもう少しでお帰りになられると思いますから、先に入浴されてはどうですか?その後部屋でゆっくりお待ち出来ますし、御一緒に軽く夜食を召し上がられますよ」
「そうだね。そうした方がお腹も空くだろうし、丁度良いかも。じゃあ先に入浴にするよ」
「かしこまりました」
そう答えると、ヨルは再度お辞儀をして、てきぱきと入浴の仕度をしてくれた。
宮殿に勤めている使用人とはいえ、本当にオメガには勿体無いと思いながら、気持ちよく世話されるラシャだった。
◇
入浴を済ませ、リビングで今日読んでいた魔法書の続きを読んでいると、ざわざわと何人かの足音と話し声が聞こえてきた。
人数はおそらく三人。見知った者の声を聞き取って、ウサギ耳がピクピク動く。やがてドアが開いた。
「では、後は頼んだよ」
「かしこまりました」
涼やかな声をした男性が、同じ赤色の制服を着た男達に何か指示をした後、ドアを閉めてこちらを向いた。
「おかえりなさい。ファラン兄様」
「ただいま。ラシャ」
遅くまでお仕事お疲れ様です。と立ち上がろうすると、ファランは手でそれを制しながら、こちらへやって来た。
ユン・ファラン・リュスヴェール。コルーゼランダーク王国の第一王子であり、王太子でもある貴獣人だ。
光が弾けるような長い金髪は、数束を後ろに編み込み、優美に結われている。美麗に輝く金の瞳。前髪を分けられた秀麗な額には、宝石が飾られた銀のサークレット。そして立派な金色の一角獣の角が生え、高貴さを一層引き立たせている。
騎士の称号を受けた者だけが着用を許される、赤色の軍服と銀色に煌めく長いマントを優雅に着こなしていた。
流石の王族らしい出で立ちは、自然と見る者の頭を垂れさせる迫力があった。全身高貴な容姿とオーラを放つ兄は、聖なる獣と言われる一角獣人だ。
でもラシャにとっては、唯一の親代わりの保護者であり、一番頼りになる兄だ。兄も自分の事を可愛がってくれていると思う。
「兄様、夜御飯はどうされますか?」
「おや、ラシャは私よりご飯の方が大事なのかな?」
ファランは微笑みを浮かべながら、ラシャが座っているソファに座り、彼を抱き寄せた。小柄なラシャは軽々と膝に乗せられ、ファランの広い胸に手をついた。
背の高い兄に抱かれ、ラシャは見上げながら抗議する。
「そんな訳ないじゃないですか」
「休日にもかかわらず、頑張って仕事している間もラシャは今頃どうしているのかと、一日中君の事ばかり考えていたのに。ご飯に負けた気分で悲しいよ」
目を逸らせないような引力のある美しい瞳を潤ませてそう言われると、ラシャは理不尽と思いながらも、たじたじとなってしまう。ウサギ耳もやや垂れ気味になって元気がなくなっている。
「い、いえ。ただ僕は、兄様がお腹空いてないかなと思っただけですよ……」
「ふふ。そうだね。ラシャは兄思いの良い子だからね」
ファランはそう楽しそうに微笑むと、ラシャの額に軽く口づけた。
「今日はドラグとデートだったね。どうだった?楽しめたかい?」
「はいっ。いっぱいお喋りしたり、美味しい物食べたりして、とても楽しかったです!」
「それは良かったね。ラシャを外に出すのは、今でもとても心配だが、彼ならとても強いし、安心して任せられる」
カフェ「レピュアン」がある区域は、一人で歩いていてもかなり安全らしいのだが、オメガである自分は出歩いてはいけないと、兄やもう一人の弟にしつこく言われてきた。その為ラシャは、実は魔術師になれるまで外で買い物したり、店で飲食した事がなかった。
ラシャが上級攻撃魔法を扱えるようになって、ドラグが空軍師団に入隊が決まってから、ようやく安全な区域の客層の良い店なら行っても良いと許可が出たのだ。
ドラグの父は空軍師団団長で竜人族だが、ラシャ達の父王の弟に当たる。ファランはドラグと従兄弟として、幼い頃から面識があった。
彼はレイピアの名手で、魔力の込めた一突きでトロルも倒す腕前だと、国内外で有名だ。ドラグも恵まれた大きな体躯と、背丈以上ある長槍を苦もなく操る槍術を兼ね備えた、アルファの中でも若手トップの実力を持っている。
王族と竜人族は仲が良くないが、ファランとドラグは昔から王国を守り、平和を維持させていく次代の者として、よく話し合ったりして親交を深めていた。勿論、他の者達に睨まれない頻度でだが。
彼らが意見交換を行う時に、ラシャも勉強で加わらせて貰った。それがドラグとの出会いであり、彼に一目惚れした瞬間だった。
あれから数年が過ぎて、めでたく付き合う事になった後で、ドラグも出会った初めから気になっていたと言われた時は、泣きそうになる位嬉しかった。
「僕も、ドラグと一緒ならすごく安心します」
「ふふ。ドラグばかりに夢中になって、私を忘れないでおくれよ」
掴まっておいで。と囁きながら、ファランはラシャを抱いたまま立ち上がった。
「ふわっ」
慌てて兄の首にしがみついた弟に、彼はじっと見つめながら言った。
「ドラグばかり構っていると、拗ねてしまうよ。今度は私ともデートして欲しいものだね」
「えっ?に、兄様とですか?」
びっくりして、ウサギ耳をピンと立たせると、ファランは耳の付け根にそっとキスした。
「そうだよ。可愛い弟の為なら、いつでも予定を開けてみせるからね」
「兄様とデートかぁ。うーん、ちょっと想像出来ないけど、楽しそうですね」
是非、デートプランを一緒に立てたいな。とファランが嬉しそうに言うものだから、ラシャも楽しくなって彼の首元で声を上げて笑った。
ファランは眼を細め愛おしげに彼を見つめると、夜食を取る為にヨルに案内されて、ダイニングルームへと向かったのだった。
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