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第7話

◇ 「それでね、ラジフェルド魔法軍師団長に、次の演習はドラグのいる隊と組ませて欲しいって頼んだんだよ。そしたら、同じ隊のレトゥニアが自分だってザッカーリキシスの隊と演習したいのにずるいって、嫌味言われちゃった」  軽く夜食を取った後、ラシャとファランはお茶を飲みながら、五日後に予定されている魔法軍師団と空軍師団の「魔物討伐対策合同演習」について話しをしていた。 「その二人は付き合ってるのかい?」 「ううん。レトゥニアがザッカーリキシスに、何回もデートを申し込んでるみたいなんだけど、中々良い返事がもらえないみたいなんだ」  レトゥニアはクロリス獣人で、美人だけどちょっと気が強い性格だ。  ザッカーリキシスは、タカ翼獣人の中でも名門のキンヴァランの御曹司で、大隊長を任されている猛者だ。プライドが高く、任務に真面目で硬派な翼獣人だと評判だった。魔物に襲われそうになっていた時に、彼に助けられたレトゥニアは、その場で好きになってしまい、番になって欲しいと告白した。しかし返事を貰えるどころか、任務中に色恋にうつつを抜かすなと厳しく説教されていたのを、丁度ラシャも目撃していたので、二人が今後どうなるのか気になっている。レトゥニアは相手にもされなくて、勝ち気な性格故に逆に心に火が付いてしまったようだ。その後も何度もアプローチをしかけているが、全く歯牙にもかけられず、断られ続けているらしい。 「それは気の毒だね」 「うん。彼の事をすごい好きなのが、とても伝わってくるから。だから僕としては上手くいって欲しいんだけど……」 「いくら本人が相手を好きだとしても、相手が振り向いてくれないのはどうしようもないと思うけど、やはり悲しいね」  ファランのどこか実感のこもった言葉に、ラシャは、あれ?と首を傾げた。 「もしかして兄様も好きな人がいるんですか?」 「ふふ。いるよ」 「ええー!」  驚いてつい大きく叫んでしまい、慌てて両手で口を塞ぎながら、相手は誰だろうかととても気になってしまう。  ラシャの反応に、困ったねとファランは苦笑した。 「そんなに驚かなくても……」 「だ、だって……。あ、その人とは、付き合ってるんですか?」 「まだだよ。強力なライバルがいてね。なかなか私の物になってくれなくて。だから今も一生懸命口説いてる最中なんだ」 「へぇ……。すごいです……」  いつも完璧でストイックな兄が、叶わぬ恋に手を焼いているなんて。しかもそんな強力なライバルまでいるなんて信じられない。しかし恋に悩む兄の姿も何か新鮮で、元気づけてあげたくなった。 「兄様、頑張ってくださいねっ」 「ラシャが応援してくれるのかい?」 「はいっ!僕では何も出来ませんけど、お相手の方が受け入れてくださるように願ってます」 「ふふ……。それはとても心強いよ。ありがとう。」  なぜかファランの目が一瞬妖しく光った気がしたが、屈んで頭や耳にキスを何度もされて、良く確認出来なかった。 「さぁ、今朝も早かったし、そろそろ寝るとしようか。私も湯浴みをして着替えなければ」 「え?あ、話していたらもうこんな時間ですね」 「それに今日は、『促進剤』を飲む日だからね。効いてきたら私が手伝って上げるから、先に用意をしておきなさい」  すっかり忘れていた。  月一回欠かさず飲んでいる、『促進剤』。あの毎回恥ずかしくて、酷く体力も消耗する『発情期促進剤』を飲まなければいけないのを思い出し、静かに微笑む見目麗しい兄をおずおずと気まずそうに見上げた。 「うっ、そう、でした……。兄様、絶対今夜飲まないと駄目でしょうか……?」  今日は、せっかくドラグとの休日デートを堪能できたのだ。今夜は寝るまで、ゆっくりと思い出に浸りたいと思っていたのに。  しかしファランは、そんなラシャを宥めるように頭を撫でながら、少し垂れてしまったウサギ耳に何度もキスを落とした。 「ラシャも早く大人のオメガになりたいだろう?忘れずに飲まないといけないよ。でないとずっと発情期を迎えられない、子供の身体のままだ。そんな中途半端なままのは嫌だろう?」 「はい……。でも……」 「私も大切に育ててきた可愛いラシャには、幸せになってもらいたい。兄として、そして保護者として、君を一人前の大人のオメガにしてあげたいんだ。私は誰よりもラシャの一番の味方だよ」  一番の味方。兄にそう言われると、寄る辺ない自分の心の中に安心感が満たされていき、何も言い出せなくなる。  強い兄の傍にいれば、全てを正しい方向へ導いてくれる。彼は自分を苦しめる何物からも優しく守ってくれるのだと。ラシャの中の無力な小さなオメガが目を覚まし、再び彼に思い出せと呼びかけてくるのだった。 「ヨル、用意してあるかい?」 「はい、ファラン様。既に寝室に用意してございます」  隅に控えていたヨルが、恭しく頭を下げ答えた。  ファランは鷹揚に頷き、ラシャの額にゆっくり口づけた。そして金の瞳を鈍く光らせ、歌うように囁いた。 「さぁ、お薬の時間だよ。寝室で待っていなさい」  その気品に溢れた、王者の貫禄を存分に滲ませたアルファの発する強く低い声に、ラシャは背中を震わせ小さく返事をする事しか出来なかった。 「はい。お兄様……」

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