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第3話
「まさか、あの書もあるとは思わなかった。しかも、花茶も良いものを仕入れられていて、温度や濃さや茶葉と茶葉の組み合わせ方等もちょうど良く淹れられていた。目利きの上に、茶の腕前も逸品とは恐れ入った」
「それは良かった」
商人として2つも、3つも賛辞を受けたにも変わらず、商人らしからぬ無愛想極まりない一言だが、まるで抜き身の双剣の、それも切っ先のような性分の胤という男を考えれば、これでも随分と愛想が良かった。
頭巾と包帯の下から客はそんな無愛想な青年店主を微笑ましく思い笑うと、花と葉をあしらった黒いローブの中から生成りの布袋を出して、買ったばかりの巻子を入れていた。
「では、我はこれで」
「待て。家はどこになる? この量を全てを持って、家まで持って帰るのも苦労するだろう」
胤は算盤や台帳を見ずに、10000種とある商品の値段から男の買ったものの寸分違わない値段を弾き出した口で言う。
無愛想というか、ぶっきらぼうというか、その上、整った容姿と優れた記憶力、確かな算術の腕を持つことで、ますます冷たく見える胤ではあったが、亡き育ての父母を心から敬い、あたたかな気持ちを持つことのできる青年だった。
「今日はもう茶葉と巻子を1本程、持って帰ったら、どうか? 日が暮れてしまっているから明日にはなるだろうが、こちらが指定の場所まで運ぼう……まぁ、無理に、とは言わんが」
胤はちらりと男の手に巻かれた包帯を見る。
もう既に熱や痛みなどは過去のものになっていて、痣や痕なんかを隠したりする目的の為に巻かれている包帯なのかも知れないが、それを差し引いても、1人で、10本近い巻子が入った袋を担いで、さらに手に茶葉の入った箱を持って、階段を上がったり、ところによって下りたりするのはかなり難しいだろう。
「それはありがたい。では、頼もうか」
「分かった。では、これに届け先を」
胤は筆と紙を客に渡すと、客はさらさらと流れるような字体と図面でもって、巻子の届け先を記す。
筆が文字から文字へ、道から道へと移っていく美しい所作は滑らかで、胤には珍しいことだが、暫く、客である男の姿を眺めていた。
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