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第4話

『剤(サイ)』  と筆で依頼主の名前が書かれた紙を胤は何度となく見ると、翌朝、巻子の入った袋を肩にかけて、階段を登っていく。  一見、行き止まりのように見える道の奥には階段が姿を現れて、そこを胤は降りる。  階段が行き止まりの近くまで行っても見当たらない場合は壁が鎧戸のように頭上の方へ押し上げられるようになっていたり、回転扉のように回転して向こう側の道を通れるようになっている。また、そうではなく、壁のように見える簾がかかっていたり、壁が倒れて橋のように渡れたりするのがこの讃という町の特徴だ。  胤の営む店からだと、胤は階段を2つ上がり、回転扉を1つ通り、階段を1つ下りた。さらに、簾を3つ越えて、階段を2つ上がった。  重ねてにはなるが、  胤がこの世で最も憎むのは「ハナから品物を買う気のない者」や「売物を乱雑に扱う者」、「店の中で関係のない話をする者」ではない。  確かにそれらも憎んで余りあるが、胤がこの世で最も憎むのは文字通り、親の仇である「薬とは呼べぬ処方」と「その処方を施した薬師という存在」だ。 「剤殿にはいつも感謝しとります」  胤が剤の指定した庵に着いた時、腰の曲がった老人が来ていて、剤に向かって話していた。老人はもう帰りそうな雰囲気だったこともあり、胤は邪魔をしないように、庵の中へは入らず、中の様子が窺えそうなところに立っていた。 「いやいや、我は薬師としての職をまっとうしているだけに過ぎません。道中、お気をつけて」  剤は和やかに老人を送り出し、老人も朗らかな笑顔で帰っていくが、胤の心は険しい岩肌や断崖のようなものになっていく。  剤が薬師。  胤にとってはあまりに残酷な事実だった。

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