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第5話
「おや、届くのは夕刻前かと思っていたが……」
巻子の束を持ち、剤の庵にも入らずにいた胤に剤は気づいたのか、声をかける。
体の動き、頭の動きが機敏である胤には「茫然自失」という言葉が本来似合わないが、何て言い、剤の庵へ入って行けば良いのか。分からなくなっていた。
ただ、生業に私情を持ち込むことはすべきではないし、万が一にもそんなことをしてしまえば、商人としての胤の自尊心が許さなかった。
「夕刻にはまた雨が降るだろう、と天文の情報に詳しい仕入れ屋から聞いてな。急いだ」
胤が呟くように言うと、剤の庵の作業台の隅に巻子の束を置いた。
生業に私情を持ち込むのは良しとはしないが、剤のことは好ましく思っていただけに胤は残念だった。
だが、これで既に品物と金銭のやり取りを終えたことになる。胤がここを立ち去れば、剤へ抱いた残念だという思い諸共、剤との関係も切れる筈だった。
「確かにもう暫しすれば、雷が鳴り出しそうになっておるわ」
剤はそんなことを言うと、次の瞬間、庵の障子は真っ白に光った。おそらく稲光だろう。
閃光。その閃光に続くどぉーんという轟音。雨雲が垂れ込めて、剤の庵の辺りが湿気に覆われていく。
「そうか、では……」
「巻子を届けてくれた礼もしたい。もし、そなたが良ければ、茶でも飲んでいってくだされ」
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