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第7話

 胤が意識を手放す間際、最後に見た剤の顔。  それは微笑んでいるとも、憐れんでいるとも、とれる何とも言えない表情だった。 「あ……」  胤が次に目蓋を開けた時、剤の庵から自身が営んでいる店の隣に構えている家へと戻ってきていた。すると、店の方から誰かの声が聞こえてくる。  胤の店は品揃えも良く、品自体も適切な管理の下で商われている為、かなりの良店であると言えるのだが、苛烈な店主の接客はお世辞にも良店とは呼べなかった。 『2、3人程の声が聞こえる……しかも、この声は……』  と思い、胤は半ば信じられない気持ちで、店の方へ向かう。  すると、店の中にいたのは父上母上と慕っていた師父夫妻と薬師の剤だった。 「そんなまさか……」  胤は腰が抜けそうになるのを堪えると、剤に食ってかかる。 「どういうことだ!」  剤は相変わらず、右目が隠れるように黒い頭巾を被り、それ以外の箇所は布で覆われていた。手にも包帯が巻かれていて、黒地に花や葉を華美にならない程度にあしらったローブから覗いている。  だが、剤の口からは思いもよらぬ言葉が出てくる。 「どういうことだ! と言われてもな。そなたが誰なのか、我は知らぬのだが?」 「誰なのか……知らない、だと……」  剤の様子に、胤は振り上げそうになった腕をだらりと垂らす。そんな胤に驚いて、師父も奥方も胤を止めるでもなく、何も声をかけなかったが、次第に口々に胤を宥め始めた。 「どうしたと言うのだ、胤?」 「ほんとに。胤くんらしくない」  声も姿も胤が持つ記憶の中の、声も体も懐も大きな師父。ほっそりとした体をした、声と心に気品と優しさの感じられる奥方。  彼らを思い浮かべても、目の前の彼らと何1つと変わらない。  だが、死した者が生き返る。  果たしてそんなことがあるのだろうか。  しかも、剤に対しても、声や姿も何1つして変わらない筈なのに、まるで昨日、出会ったことはなかったことになっているようで、胤は幻でも見ているようだった。 「どうかご無礼をお許しいただきたい」  胤は深々を頭を下げると、剤は然程、気にした様子もなく、「良い良い」と言い、巻子を広げる。  剤が昨日に買い、胤が剤の庵に運び入れた巻子とは違ったもので、今回も10本程を買い、茶葉や茶器、質草として国内外から流れついた品なんかを買い込んだ。

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