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第8話
「胤よ、剤殿の店まで届けて差し上げなさい」
師父は重みのある口調で、胤に命じると、胤は「師父の仰せのままに」と剤の買い物を全て持つ。
「重くはないか?」
「このくらいなら仕入れで慣れている」
胤は剤の気遣いにも相変わらず愛想もなく、言ってのける。右肩にも左肩にも麻でできた大きな袋を掛け、剤とともに表通りの大きな階段を上がっていく。そこからは脇道に外れたりはしないで、3つと4つと上がった。
回転扉や簾を通って、庵に向かうのとは違い、店は大階段を上れば着ける、かなり立地の良いところへ構えているようだ。
「この階の右手に行き、最初にあるのが我の店だ」
剤の道案内に沿って、胤は5つ目の階段は上がらず、右へと足を進める。すると、『薬種屋』、『商い中』と情緒溢れる筆使いで書かれた店先の看板が見え、薬種屋だというのに、店内は老若男女問わず、様々な層の客で賑わっていた。
「あ、剤さんだ。お帰りなさい」
店内の売り子をしている、髪色も見目の印象もそれぞれ違う美しい3人の娘が剤の姿を見つけると、口々に剤の帰りに挨拶をする。
「やあ、絢花(アヤカ)、絢菜(アヤナ)、それに絢葉(アヤハ)も相変わらず美しい。今日も大盛況なのはそなた達のお陰だな」
剤が絢花と呼んだ赤毛を簪で纏めた美女は「そんなことは」と謙遜し、剤が絢菜と呼んだ金髪のくるりと巻いた美女は「でしょでしょ」と声を弾ませる。また剤が絢葉と呼んだ緑髪の肩まで伸ばした美女は「当然の成果ね」とさらりと笑う。
それから、彼女達と一言二言、そろそろこの薬が品切れそうだ、讃でも風邪が流行り出してきたらしいなどと、事務的なやりとりをすると、剤と胤は店内を通り、庵の方へ向かった。
どうやら、巻子を運び込んだ礼として、庵の方で茶を振る舞ってくれるという。
「絢花に絢菜、絢葉……」
「ああ、我と違って美しいかろ? 皆、紛争で10そこそこで寡婦になり、後ろ盾がなくなってしまったところをな……」
ちなみに、それぞれの名は紛争の最中、身分を隠す為に、東の方にあるらしい異国のおなごのものをつけた、と剤は言うと、話は16年前に終結した紛争のものになっていく。
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