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第2話

 目が覚めると部屋全体が薄暗かった。遮光カーテンの隙間から光が漏れだしてはいたが、ぼんやりとしか周りが見えない。夜ではないようなので透はいったい今が何時なのか分からなくてがばりと上体を起こした。  ずきっと頭が痛み思わずこめかみを押さえる。  ―――あれ、僕いつ寝たんだっけ。  布団の肌触りに違和感を覚え下を向くと全裸だった。周りをよく見るといつもの自分の部屋ではない。慌ててベッドから降りるとかちゃりと金属音が響いた。右足首に太いベルトのようなものが巻き付いている。それは鎖につながっていて頑丈な金具で床に縫い留められていた。  ―――なにこれ。  足を上げてよく見ようと目を凝らす。じゃらりと重い鎖に引っ張られてバランスを崩し、ベッドに手をついた。  じわじわとした焦りが冷や汗となってこめかみを伝う。何がどうなったのか全然思い出せないが、これは誘拐されたとか監禁されているとかそういうことなのではないのか。  最後に見たのは雪政の笑顔……だっただろうかと透は頭を抱えた。  その時ガチャリとドアが開いて暗闇を切り取るような明かりが差し込んだ。 「あ、目が覚めた?」  穏やかな雪政の声にホッとする。よく見ればここは使われていない両親の寝室ではないか。いろいろ疑問はあるけれど、兄の冗談だと思うことにした。 「兄さん、びっくりしたよ。これ何かの冗談でしょ? 外してよ」  そう言って右足首を上げて見せたが、雪政はそちらを見ようともせずに、手にしていたトレーをベッドサイドテーブルに置いた。昼食だろうか。そういえば腹が減ったような気がしてきて、とりあえずベッドに座り、そして全裸であることを思い出し急に恥ずかしくなった。 「ねえ、僕の服は?」  雪政は無言のまま透の隣に腰を下ろす。そしてぐいと頭を抱きかかえると髪を優しく撫でた。  ぞっと背中が冷える。態度はいつもの優しい兄だ。しかし何もかもがおかしい。冗談にしては笑えないし、足を鎖で繋がれているなんて、まるで監禁ではないか。 「ねえ、兄さん」  顔を上げて兄の顔を覗き込むと、雪政はにこりと微笑んだので透は再びホッとした。 「ごはん食べようか」  そう言ってトレーの上からスープの皿を手に取った。 「それよりこれ、外してよ。服も……」  無視してスプーンを差し出され、透は困惑したように眉を下げた。 「兄さん?」  がちゃんと音を立てて皿をトレーに戻した雪政は、急に立ち上がって透をベッドに押し倒した。 「透が悪いんだろ! 家を出ていくなんて言うから!」  今まで見たことのない必死な兄の顔がそこにはあった。眉間にしわを寄せて泣きそうな程顔をゆがめて、透の肩をぎゅっと押さえつける。 「一緒にいたいから我慢してたのに」  雪政は透の頭を抱きかかえて耳元でささやいた。 「愛してる」  それがどういう意味の愛情なのか。さすがに透でものんきに家族愛だなどとは思えなかった。軽く震えている兄が哀れに思えた。強引な手段に出られたとして、自身を傷つけられるはずはないと高をくくっていたのだ。しかしそう思っていられたのも一瞬だった。  雪政はそっと首筋に唇を押し当てて軽く吸った。ぞっと鳥肌が立って思わず雪政の体を押し返す。しかしさらにぐっと腕に力を込められて、頬を撫でられ唇をふさがれた。押さえつけるようなキスだった。口腔に舌が潜り込み、透は体を震わせて涙をにじませた。初めてした相手が実の兄だなんて笑えないにもほどがある。 「愛してる」「愛してる」と何度もつぶやきながら雪政は透の体をまさぐり口づけ撫でまわし高ぶらせた。 「やめて!」  ようやく出た大声にひるむこともなく、さらに押さえつけるように力を入れてくる。強引に組み伏せて指を下腹部に滑らせていく。 「嫌だ!!」  叫んだ透の声は雪政の唇に飲み込まれた。体重をかけてくる雪政を押しのけようと手を伸ばすが体が震えてうまく力が入らない。手に何かを滴らせていた雪政の指がどろりと性器を超えて後ろに回されて体をこわばらせる。受け入れるためのものではない器官に指を押し込まれ、透は「ぐう」とうめいて唇をかんだ。気持ち悪いだとかなんだとか、そういうことは全部頭から吹き飛んで、ただ怖かった。震えて唇をかみしめて耐えるしか手がないような気がして、息を押し殺した。流れる涙が耳に入り込む。ざわざわと毛が逆立つような寒気がして奥歯をかみしめる。  雪政が一体何をしようとしているのか、さすがに透でもわかっていた。それは恐怖でしかない。暴れたところで敵わないことはわかっている。だからといって無抵抗に受け入れられるものでもない。唸り声をあげてのしかかっている雪政の足に爪を立てるがびくともしない。言葉にならないうめき声が大きくなり、雪政の性器が透の体を貫いた時に絶叫に変わった。  頭の血管が焼き切れたのではないかと思うぐらいの激痛だった。加減をしているのか激しい動きはないものの、そんなことは何の慰めにもならない。ただその圧倒的な質量と体を中心から焼く痛みだけが透を支配し、それに耐えるために唇をかみ切った。何かにすがりたくてやみくもにシーツを握り締める。暴れることもできない。ただ強烈な暴力がそこにはあった。

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