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第9話
花田は碓氷 雪政の部屋のインターホンを押した後、所在なくその場に立ち尽くしていた。しばらく待っても応答がない。
碓氷は1週間無断欠勤を続けていた。真面目な男で今までそのような事は一度もなかったので周りは動揺し、同僚だから、少し親しくしていたからという理由で、半ば押し付けられるようにしてマンションまで様子を見に来たのだ。
誰もいないようでしんとしている。ため息をつくともう一度インターホンを押し、軽くノックをした。
「おーい、碓氷」
しかしやはり反応はない。帰ろうかと頭をかくとほんの出来心でドアノブを押し下げてみた。何の手ごたえもなくドアが開く。自分で開けておきながらぎょっとして一瞬手を離すが、すぐに思いなおして中を覗き込んだ。
「碓氷-?」
目を凝らしても部屋の中がよく見えなくて、大胆にも「お邪魔します」と勝手に靴を脱いで上がり込んだ。
そこまでする必要はなかったのだ。
しかし好奇心に負けて花田はリビングのドアを開けた。
目の前に碓氷がうつぶせで倒れていた。
「えっ?」
思わずあとずさり背中をドアにぶつける。小さくはない音が立ったが碓氷はピクリとも動かなかった。
「おい」と恐る恐る手を伸ばしそばにしゃがみこむと、鼻の前に手をかざす。呼吸をしていない。それどころかそこはかとなく腐敗臭までする。小さく体が震えた。
ぱっと見てわかるほど目立った外傷は無く、血が流れているわけでも、凶器が転がっているわけでもない。
病気で突然倒れたのだろうか。
慌ててポケットをまさぐって携帯電話を探す。
「きゅ、救急車……?」
むしろ警察だろうか。花田は静かにパニックに陥りながら震える指でボタンを押そうとして、カリ、と小さく鳴った音に気づいた。振り返ると隣の部屋のドアから聞こえてくるようだ。ペットだろうかと恐る恐る近づいてドアノブに手をかける。そっとドアを開くと足元にうずくまる何かが起き上がった。
「兄さん……」
消え入りそうな声で恐らく碓氷を呼んでいるのであろう少年は見上げた先に知らない顔を認め、伸ばした手をびくりとひっこめた。
高校生ぐらいに見えるその子の頬はげっそりとこけ、気の毒なほどにやせ細っている。そしてなぜか全裸だった。足首に鎖がつながっていて彼の行動範囲を制限しているようだ。
これはいったい何なのか。
花田は大いに混乱し、しかしもともと感情が顔に出ないので、静かに彼を見下ろした。困惑した顔が花田を見上げている。
監禁。
その言葉しか浮かんでこない。
薄い体に浮いた鎖骨が艶めかしく、花田はごくりと唾を飲み込んだ。やせ細ってはいてもとてつもなく綺麗な顔立ちをしていることがうかがえる。
花田は知らず唇を歪めて笑っていた。
監禁されていた彼は、助けを求めるわけでもなくじっと花田を見上げている。それはつまり、彼がこのままの扱いを受け続けることがまっとうなことなのではないか。色香に惑わされた花田の思考は混乱する。しゃがみ込んで頭を撫でると目を細めて今にも喉をならしそうな表情をした。
持って帰ろう。
花田はそう決めると救急車や警察に電話をする前にと、彼の足首に巻きついているベルトのカギを探しだした。
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