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第13話 春の嵐 ①

飛鳥井流生は父、榊原伊織が作ってくれた温室で花達の世話をするのが朝の日課になっていた 早起きして温室へと向かう 流生が来る時間に合わせて慎一がドアの前で立っていた 流生は慎一を見付けると「おはよう しんいちくん!」と駆け寄った 慎一が屋上のドアを開ける 屋上のドアは重く子供が簡単には開けられない様になっていた 流生は屋上に逝くとジョウロを手にして、慎一に水を入れて貰う 「はい!溢さない様に」 気をつけてジョウロを持つと花々にお水をあげた 流生の育てている花達は手入れも良く、元気に育っていた 雑草を抜いて 土の改良をして 栄養剤と肥料をあげる そんな手間隙かかる作業を流生は慎一に手伝って貰って育てていた 母が流生の為に高名な植物学者に依頼して、世界に一つだけの交配をした花を作って貰い、その花をRyuseiと名を付けた 今日も流生の薔薇はアーチを作り甘い薫りを温室に充満させていた 温室の上の段には多肉植物と藍の花を置いて、慎一が霧吹きで手入れをして育てていた 流生の身長に合わせた所に流生の花を置いて手入れしやすくしてあった 流生は花にお水をあげると慎一に 「あいがとう、しんいちくん」とお礼を謂った 「綺麗な花が咲くと良いですね 秋に植えたチューリップがもうすぐ咲きそうですね」 「そーなにょよ!きれいおなは、さくといいにょよね!」 流生は喜んで謂い‥‥あっ‥‥と固まった 「流生、どうしました?」 「ことば‥‥なおさないとだめらから‥‥」 「無理してストレスに感じるなら、自然に話せる方を使えば良いのですよ」 「おこらにゃいかな?」 「少しずつ直せば良いだけです レッスンはまだ続いているのですよね?」 流生は頷いた 発音のレッスンは英語や他国の言葉を話す上で必要となると踏まえて通わせているレッスンの一つだった 「なら大丈夫です」 慎一はそう言い流生の頭を撫でた 花の水をやり終えると慎一は、流生と共に屋上を後にした 階段を下りていると康太と出くわした 「おっ、流生 花のお手入れか?」 康太は流生の前に座り目線を同じにして話しかけた 「かあしゃん おはよう しんいちくんとおはにゃのおていれしたよ」 「そうか、頑張ってるな」 頭を撫でて貰うと流生は嬉しそうに笑った 「流生、無理して発音を良くしなくても良い そのうち体躯が発音を覚えてちゃんと話せる様になる筈だかんな!」 「ぼく‥‥だめじゃにゃい?」 「流生は良い子だ オレの息子じゃねぇかよ!」 流生は母に抱き着いた 「今日はトナミに逝くんだろ? オレが一緒に逝くかんな!」 「それうれちぃ」 「4月になったら入学式だ」 「らんどしぇるらね!」 「おー!ランドセル背負って逝かねぇとな!」 康太は立ち上がると流生と手を繋いだ そして階段を子供部屋へと向かう 「皆、起きてるか?」 母が謂うと太陽は母に抱き着いて 「おきてる!」と答えた 太陽は俳優夫妻の子供だけあって発音は良かった 大空も発音は文句なしで、流生は上手く話せないでいた 翔は真贋として仕事を始めた今、大人と話す機会も多い為、結構ちゃんと話せていた 音弥は耳が良いから、スムーズに話せていた それも子供の個性だった 音弥と大空は寝起きが悪い ボーッと服を着るからボタンが一段違うなんて事は良くあった 翔は折り目正しく着替えるとパジャマと下着を畳んでカゴに入れた 他の兄弟のパジャマもカゴに入れ、カゴを父の所まで持って逝く それが自発的にしている翔の毎日の日課になっていた 掃除を始めている父の所へ逝く 翔に気付くと榊原は 「翔、今朝も御苦労様でしたね」と謂い洗濯物を入れたカゴを受け取った 「とうさん、おはようです」 「おはよう翔 皆は起きてましたか?」 「はい、おきてます かあさんがきておこしてました」 「そうですか、ならば母さんをキッチンまでお願いしますね」 「はい!」 翔は榊原から離れると子供部屋へ戻った 康太は子供達の歯を磨きをチェックして、顔を洗うのを確認していた 康太は「翔、歯磨きしたのかよ?」と問い掛けた 「はい、きがえてすぐやりました」 「そうか、イーしてみな」 翔はイーとして母に歯磨きのチェックをして貰った 「ん、よし、男前だぞ!」 翔は照れて笑った 「とうさんがきっちんにって、いってました」 「そうか、なら逝くか!」 康太は子供達と共にキッチンに向かおうとした 流生は少しだけ俯いて‥‥母の手をギュっと握った 「流生、お前はお前にしかなれねぇと城ノ内が謂ってたんじゃねぇのかよ? お前は引け目を感じる事なんてねぇんだ!」 「かあしゃん‥‥れも‥‥」 「んな顔するな 皆が心配そうになるじゃねぇかよ?」 流生は兄弟を見た すると兄弟達は皆、不安そうな顔になっていた 「かあしゃん」 「流生は流生だ! 嫌なら教室辞めても良いって謂わなかったか?」 流生は母の手を強く握りしめて 「ぼきゅ らいじょうび!」と答えた 音弥は流生の手を取ると さいた さいた りゅうちゃのはなが♪と歌っていた 康太は「あれ?烈は?」と頭数が足らなくて兄弟に問い掛けた 翔が「れつはねてます」と指差した 康太は烈を持ち上げて 「おーい!烈、起きろ!」と揺すった 烈は起きなかった かなり揺すっても烈は寝ていて、康太は顔色を変えた 榊原がキッチンに行く前に子供部屋を覗くと、康太が顔色を変えて烈を抱っこしていたから 「どうしたのですか?」と問い掛けた 「烈が起きねぇんだよ‥」と康太は烈を揺すっていた ブルンブルン揺れる烈を榊原は抱き上げた 「どうしたのですかね?」 榊原は頬をペシッと叩いて起こそうと試みた だが烈は起きなかった 榊原は慎一を呼ぶと 「子供達をキッチンに連れて行き、食事を頼みます!」と頼んだ 慎一は「烈、どうかしましたか?」と問い掛けた 康太が「起きねぇんだよ!」と説明した 慎一は子供達を心配させない様に、キッチンへと連れて逝った 榊原は烈を自分達の部屋へと連れて逝った 「何故起きないのですかね?」 烈は純粋に人の子だった 流生の様に起きない原因が解らなかった 「頬っぺたつねってみるか?」 康太が起こす作戦を口にした 寝汚い子なので寝ている可能性も捨てきれなかった 榊原は「仕方ないですね‥‥」とそれしか起こす方法が見つからなくて、そう言うしかなかった 康太は烈の頬をムギューとつねった 赤くなった頬が痛そうで‥‥榊原は康太の手を離させた それでも烈は起きなくて‥‥ やはり康太は烈を榊原から受け取り揺すった 烈の頭がガクガクと揺れる それでも起きないと踏むと、榊原は康太を立ち上がらせ烈を抱き上げて 「菩提寺に行きましょう!」と告げた それしか方法がない 康太は榊原と共に地下駐車場へと向かった 先に康太をベンツの助手席に乗せると、榊原は康太に烈を渡し運転席に乗り込んだ そして菩提寺へと向けて車を走らせた 「烈、何でも好きなの買ってやるから起きろ!」 何時もならそれで起きるのに‥‥ この日の烈は起きなかった 菩提寺の駐車場に車を停めると榊原は先に降りて城ノ内を呼びに逝った 榊原に呼ばれて城ノ内は慌てて駐車場へと駆けて逝った 城ノ内の妻の水萌は陰陽師 紫雲龍騎を呼びに行った 「康太!烈が起きねぇんだって!」 城ノ内が慌てて駐車場へとやって来た 紫雲も風になり弥勒を呼び出しやって来た 城ノ内は康太と榊原と烈を本殿 清めの間に通した 部屋に入ると城ノ内は布団を敷いて、烈を寝させた 弥勒は「何時からじゃ?」と尋ねた 康太は「昨夜は元気に食い過ぎて腹がはち切れると謂って寝た、別段異常は見えなかった」と説明した 弥勒は烈を視て「気が現世にはない」と告げた 康太は息を飲んだ 「呼ばれる理由がねぇんだけど?」 「此奴は『眼』を持っておるのであろう?」 ならば、それ関係しているのではないか?と弥勒は謂った 「その『眼』は女神の下賜じゃねぇ! 宗右衛門が生まれ持ってる『眼』であり 誰かの借り物じゃねぇ! だが皆には建前で女神から下賜されているとは謂っているが、そうじゃねぇ!」 康太は宗右衛門の特異体質を口にした 弥勒は「生まれつきの『眼』など存在するのか?」と驚いて康太を視た 「宗右衛門は始祖の一族、斯波家で強い力を持つ力持ちだ 名を飛鳥井に変わろうとも‥‥その力は変わらず飛鳥井に産まれて出て来る能力者だ 斯波の家は女神に眼や耳、予知、予見、未来視の“眼”を授からなくても、産まれ出た瞬間に力を発揮できる一族だった 飛鳥井宗右衛門と言う御仁は、生まれつき人を視る眼を持つ転生者だ」 「始祖の一族‥‥あぁお前はその一族の当主で在ったな‥‥‥」 その頃の転輪聖王は釈迦の池で惰眠を貪り、炎帝を視ていた 悔しい想いをしながら視ているだけの存在にしかなれなかった それを悔いて今世は傍に産まれ落ちたのだ 朝廷が恐れを抱いた一族‥‥‥ なれば‥‥その力は今も受け継がれていると謂う事であろう 「なれば力の継承なのではないか?」 「‥‥‥烈はまだ3才だぜ?」 やっと幼稚舎に上がる年に背負わせる事ではない‥‥ だが今はそれしか想いつかなかった 弥勒は「ならば、八仙の所へ連れて逝くしかねぇだろ! 八仙なれば烈が今、どんな状態か把握出来るろうが!」と最後の願いを口にした 康太は立ち上がると 「城ノ内、試練の間を借りる!」と言葉にした 榊原は烈を抱き上げると「行きますか?奥さん」と謂った 弥勒も逝こうとするのを、康太は 「弥勒、何かあったら動いて貰いてぇからな おめぇは此処で待機していてくれ!」と頼んだ そう言われれば弥勒は動けなかった 康太と榊原は試練の間へと向かった 紫雲は「良いのか?」と問い掛けた 弥勒は「御呼びが掛かれば動くさ!」と拗ねた 城ノ内は「拗ねるな!良い年こいた男が!」とボヤいた 水萌は「仕方がないよのぉ、沢山お食べ! でなくばいざと謂う時に動けぬぞ!」とご飯の用意をした 弥勒は「悔しいな‥‥視ているだけが嫌で‥‥今世は来たと謂うのに‥‥‥」と呟いた 「康太は‥‥八仙の所で終わるとは想っておらぬのであろうて! なれば今は待つしかなかろうて!」 紫雲は弥勒の肩を抱いた 「解ってるさ‥‥でもさ、どうせ呼ぶなら最初から連れて逝けば良いと想わないか?」 「ボヤくでない」 紫雲は弥勒を引っ張って逝くと、静かに朝餉を手渡した 弥勒は静かに瞳を瞑り‥‥何事も有りませんように‥‥と祈った 崑崙山へと烈を連れて逝った康太と榊原は、八仙の屋敷に飛び込むと 「八仙、オレの子を視てくれ!」と謂い烈を八仙の前に突きだした 八仙は烈を受け取り奥へと消えた 康太はソファーにドサッと座ると 「何が起きてるか‥‥‥サッパリ解らねぇ‥‥」と頭を抱えた 康太の瞳で視えないモノを何とか出来る筈もなく‥‥ 康太は途方に暮れていた 榊原は康太の手を強く握り締めた 烈を視た八仙の一人りが康太の前に立つと 「深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いている事を教えてはおらぬのか?」と康太に尋ねた 「烈はまだ3才だ‥‥んな事を教える親なんていねぇだろうが!」と吐き捨てた 「何にしても力が強いのだな烈は‥‥ 流生や音弥とは違う‥‥生まれ持っての秘めたる力とでも謂おうか‥‥童が持って良いものではない‥‥」 八仙は分相応な力だと言葉にした 「それが斯波の血を引く者の死命だ仕方ねぇだろ?」 康太は吐き捨てる様に謂った 八仙は定めに生きる子を想い‥‥ 「眼を持つならば、ある程度の事は教えておくがよい! でなくば、己の力に溺れ取り込まれる事となる」 「‥‥‥3才児に謂うのは早いと想ったんだよ 次代の真贋だって3才までは普通の子として生活していた 烈だけ修行を強化するのは筋が違うだろうが‥‥」 「此奴は幼児‥‥に見えぬが童なれば仕方がないか‥‥」 八仙は幼き子の背負う重さに苦慮した言葉を吐いた 「烈は深淵に囚われていると謂うのか?」 「そう言う事になる」 康太は烈の今の現状を口にした 「‥‥‥幼稚舎の入園を前にして烈は保育所にも行ってねぇ‥‥‥」 ならば何処で深淵とやらを視たと謂うのだ? 榊原も今までの行動を思い浮かべた 小学校入学を控えた兄達と、幼稚舎の入園を控えた烈 新型の肺炎の流行っている今、かなり簡素化された卒園式をやって家にいる 康太と榊原は家で子供達を見ながら仕事をセーブしている状態だった 烈が外に出たのは幼稚舎の制服の採寸と花菱デパートへ逝った時だけだ 「烈は誰を視たんだ?」 康太は呟き‥‥‥ 「弥勒!」と名を呼んだ 『どうした?何かあったのか?』 「一生と聡一郎と慎一を動かして、烈の出向いた所を絞って動いてくれ!」 『構わぬが、我には事情も聞かせて貰えぬのか?』 「烈は深淵を覗いたらしい」 『‥‥‥!!!‥‥‥っ‥‥‥深淵に囚われていると申すのか?』 「らしい、だから探って来て貰いてぇんだ」 『承知した、ならば我も封印を解いて対処に当たるとしようぞ!』 「んな食い過ぎで動けるのかよ?弥勒」 朝からガツガツ自棄食いしたのが解っているのか? 『意地悪を申すでない‥‥動けば直ぐに消化させてみせる』 「悪いな弥勒 本当なら親のオレがやらねぇといけねぇ事なんだけどな‥‥」 『頼ればよいではないか! 使えるモノは親でも使うお主らしくはないぞ?』 弥勒の言葉に康太は爆笑した 「だな、少しだけ気負っていたわ‥‥らしくねぇな」 『それもお主らしいから許すとするがな』 弥勒は笑っていた 「弥勒、烈の魂を戻してくれ‥‥」 『承知した!』 そう言い弥勒は姿を消した 榊原は康太を優しく抱き締めた 「大丈夫です、必ず烈は還って来ます」 康太は榊原の手を強く握り締めた 弥勒は直ぐ様、飛鳥井の家へと本体で飛んだ 一生の目の前に姿を現すと、一生は康太に何かあったのかと緊張した 「烈が深淵に囚われていると申しておった 烈がここ数日逝った場所に逝けとの事だ!」 弥勒の言葉に一生は言葉を失った 眼が醒めなかったのは深淵に意識を囚われてしまっていたからだと謂うのか‥‥‥ 一生は聡一郎を呼んで話をした 聡一郎は慎一を呼んでここ数日の康太と子供達のスケジュールを問い掛けた 慎一はスケジュール帳を見て 「ここ数日は外出は自粛くしておりました ですが、烈の入園を控えておりましたので、採寸と買い物に出掛けました 烈の外出はそれだけです」 動向を伝えた 一生は「烈は風邪引いてたし、家にいる方が多かったのにな」と退屈そうにしていた烈を想った 聡一郎も「逆に外出が少なかったから絞れると言うのも有りますけどね」と慎一にもっと詳しく問い掛けた 「採寸の時、何人位いましたか?」 「御店主と奥方だけです」 「では花菱では?」 「花菱へは定休日を利用して行きましたから、道明寺さんと店員の方が二人でした」 どちらも少数精鋭で、人数は絞れそうで聡一郎は安心した 多くの人が関われば絞れなくなる可能性は跳ね上がるからだ‥‥ 慎一は即座に連絡を取った 連絡を貰った者達は、事情を聞き全面的に協力すると約束してくれた 慎一は「では行きましょう!」と掛け声を掛けると皆立ち上がった 慎一はプリウスに皆を乗せると、まずはテーラーへ向かった テーラーのご夫妻は快く協力してくれ、弥勒が深淵を覗き込んだが‥‥ そこには烈はいなかった 弥勒は「あの日、此処には貴殿方以外いなかったのですか?」と問い掛けた 「はい。飛鳥井家真贋とお知り合いになりたい方は多いので、採寸には注意を払い他の方には同席は避けて貰っておりました」 テーラーの店主はそう言った 弥勒は「御手数御掛け致した、一生、此処には烈はいない!他に逝くぞ!」と告げた 一生と聡一郎と慎一は店主夫妻に礼を謂い、テーラーを後にした 次は花菱デパートへと向かう デパートに到着する前に道明寺に逝く事を告げた 道明寺は快く了承してくれ、駐車場で待つと謂ってくれた 花菱の駐車場へは、そんなに時間を要さずに到着した 車を停めて外に出ると道明寺は心配そうに近寄って来た 「烈君の意識がないとか? 我々で協力出来る事は致します! まずは警備室へとご一緒にお願いします」 道明寺はそう言い皆を連れて警備室へと急いだ 警備室へは事前に話が通っているのか? 警備員が道明寺の指示通り、康太達が来た日の防犯カメラの映像を用意していた 道明寺は慎一に「この日付で間違いありませんか?」と問い掛けた 防犯カメラの映像に映っている日付を確認して慎一は「はい、間違いありません!」と答えた 弥勒はPCの画面に食い付き 「流してくれ!」と言葉にした 防犯カメラの映像は烈と手を繋いで店内に入ってくる康太と烈を映し出していた 康太の横には榊原が寄り添い その後ろには慎一と一生と聡一郎がいた 彼等は、買い物が苦手な康太の為に同行したのだった その日の映像には仲睦まじい家族の風景が映し出されていた 途中、烈はよそ見をして康太に呼ばれる事が多くなった 弥勒は目敏くそれを見詰めて 「道明寺、此処を拡大してくれ!」と烈の瞳の方向を拡大させた 烈の瞳の先には笑顔で接客をする女性店員がいた 聡一郎は「この人は?」と問い掛けた 「彼女は今、休んでます」 「病気ですか?」 「怠くて熱があるから用心の為に休暇を申請されたのです」 弥勒はじっと女性店員を見て 「心に巣食う闇が深淵を染めていたのかもな」 と呟いた 聡一郎は「早く手を打たないと!」と叫んだ 烈もその女性店員もヤバい状態なのは明白だった 道明寺は秘書に当日担当した女性店員に連絡を取る様に言い付けた 女性店員は家にいるとの事だった 弥勒は用心の為に、当日いたと謂うもう一人の女性店員を視た だがその女性店員の深淵を視たが清らかに澄んでいて烈の気配は感じられなかった 確実にもう一人の女性店員の方でしかないと確信した 道明寺は休んでる女性店員の自宅へと連絡を入れた 「志摩ですか?体調はどうですか?」 志摩と呼ばれた女性店員は社長自ら連絡をして来て驚いていた 『社長!』 「飛鳥井の家の方が貴方に逢いたいと申されています 今からお伺いしても宜しいですか?」 『私‥‥何か粗相でもしましたか?』 「そう言うのとは違います 事情があるのでお逢いせねばならぬとの事なのです」 『解りました、何時でも来て下さって構いません』 道明寺は慎一に「直ぐに向かわれますか?」と問い掛けた 慎一は「はい!直ぐに!」と答えた 「此れよりお伺いします、宜しくお願いしますね!」 『はい!了解致しました』 道明寺はそう言い電話を切った 道明寺は「逝きますか?」と問い掛けた 弥勒は「暫し待て、康太の気に入りのデパートならば少し視ておくとしよう!」と謂い姿を消した 普通ならば深淵を覗いただけで囚われる事など在ってはならぬ 深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いている、とは謂われるが‥‥ その深淵が烈を捕えて離さないなど‥‥相当の能力者の深淵でなくば有り得ない筈なのだ なれば、このデパートに仕掛けがあるやも?と弥勒は想ったのだ 弥勒は外気に溶けてデパートを視て回った デパートの中から外壁に至るまで視て回った 屋上に出た時、弥勒は一点に眼を止めた 屋上の隅に黒い羽根が突き刺さっていたからだ‥‥ 弥勒は抜こうとして触れると‥‥ ジュッと皮膚が焦げる匂いが辺りを包んだ 弥勒は慎一に気を飛ばし「屋上に来てくれ!」と告げた 声が頭上で響くと慎一は「屋上にはどうやって出たら宜しいですか?」と問い掛けた 道明寺は警備員を連れて慎一と共に屋上に向かった 鍵を開けて屋上に出ると、弥勒が立っていた 「慎一、この羽根を抜いてはくれぬか? 我等は触れるだけで‥‥皮膚を焼く‥‥」 弥勒はそう言い焼けた掌を見せた 慎一は黒い羽根を掴むと「コイツですね!」と謂いグイッと引っこ抜いた 慎一には何の変哲もない羽根だった 弥勒は「その羽根は人でない者が触れられぬ様に術を掛けてある 我は今、総ての封印を解いておるからな、触れられぬのじゃ‥‥」と手の内を明かした 「このカラスの羽根の様なモノが‥‥烈に悪さをしていたのですか?」 「この羽根は電波の様な役目をしておった このデパートの中はさながら魔界の役割をしておったのであろう 強い力はより強く増幅させて深淵を深めたのであろう 屋上ならば中へ入らずとも、悪さは出来る‥‥盲点であったな」 弥勒の言葉に慎一は「康太はそれに気付かなかったのですか? 伊織も一生も聡一郎もいたのに? 誰一人気付かなかったのですか?」と言葉にした 彼等は魔界の住人なのではないのか? ならば何故‥‥異変に気付かなかったのか? 慎一には疑問だった 「この羽根の覇気を魔界の者に感じさせるのは皆無に等しいだろう‥‥‥青龍や赤龍、司命だとて気付いてはおらなかったであろう? 冥府の眼を持つ炎帝ですら気づいちゃいねぇだろう‥‥それ程にこの羽根の覇気は感じにくく弱い存在なんだよ!」 「だが烈には十分効果があった」 慎一はひとりごちた 弥勒は「せんなき事を謂っておっても時間の無駄じゃ!この屋上に魔は近付けぬ様に呪文を唱える」と謂い呪文を唱え、手には護符を取り出し放り投げた 四隅に護符は飛んで逝き、四方に結界が張られた 弥勒は慎一に「急ぐぞ!」と謂い走り出した 慎一と道明寺は後に続いた 道明寺は女性店員の家に案内する為に共に逝く事にした 駐車場へと出て車に乗り込むと、道明寺は女性店員の家の住所を慎一に告げた 車が走り出すと、弥勒は屋上に呪詛の羽根が突き刺さっていた事を皆に知らせた 一生と聡一郎は顔を見合わせた 「気付かなかったな」一生はごちた 聡一郎も「何故に気付かなかったのですかね?」と首を傾げた 弥勒は「多分康太も気付いちゃいねぇさ」と現実を告げた それ程に弱く それ程に効果的な呪詛 聡一郎は「屋上はどうなってますか?」と問い掛けた 「屋上は総結界を張って悪さは出来ない様にした 炎帝のお気に入りのデパートなれば、定期的に恵比須に見回りに逝かせるとしよう きっと実入りも良くなりそうだしな!」 弥勒は相乗効果を狙って笑った 聡一郎は「恵比須なれば商売繁盛するに違いありませんしね、それは炎帝もお慶びになるでしょう!」と嬉しそうに謂った 一生は「女性店員にも影響って出てるのかよ?」と尋ねた 弥勒は「あぁ、深淵とは謂え己の内に抱える精神であるからな‥‥無気力になり最悪は自我の崩壊を招く事になりかねない 女性店員は今熱があるから家にいるのであろう? それは既に兆候が現れていると謂っても過言ではない」と答えた なれば急がねば‥‥‥烈も女性店員もタダではすまないだろう‥‥ 慎一は車を女性店員の家へと走らせた 道明寺に渡された住所に到着するとナビの案内は終わった 車は閑静な住宅街の中にある古い民家の前で停まった 女性の家の玄関に立ち、呼び鈴を鳴らすとドアは直ぐに開かれた 道明寺は女性店員の前に立つと 「志摩、体調はどうですか?」と問い掛けた 志摩と呼ばれた女性店員は、見るからに顔色が悪く‥‥寝込んでいる風だった それでも客を玄関でもてなす訳にいかず 「どうぞ、此方へ」とリビングに案内した 「今お茶を‥‥」 志摩が謂うと道明寺は「お茶は良いので此処に座って下さい!」と告げた 志摩は静かにソファーに座った その作業が億劫な感じで酷く辛そうで、弥勒はじっと志摩を視た 弥勒は志摩に「最近、ご家族を亡くされましたか?」と尋ねた 志摩は驚いた顔をして‥‥‥サイドボードの上に飾ってある写真を手にした 「はい‥‥去年父が‥‥先月母が亡くなりなした そして‥‥‥先月‥‥‥我が子を‥‥事故で‥‥」 女性店員は涙を堪えて答えた 「成る程‥‥虚無感に深淵を深めたか‥‥‥」 弥勒はそう呟き康太に 「康太、烈の気配があるが‥‥既に深淵に飲まれておる‥早くせねば命に関わる!」 と訴えた 『直ぐに逝く!』 と康太は答えて弥勒の前に姿を現した その後ろには榊原が烈を抱えて八仙と共に姿を現した 康太は弥勒を見て 「置いて逝って悪かったな弥勒」と謝罪の言葉を口にした 弥勒は笑って「我が残ったからこそ敏速に動けたのであろうて!」と笑い飛ばした 康太は瞳を赤く光らせて志摩と呼ばれた女性店員を視た 「確かに‥烈の気配を感じるな」 「どうする?」 弥勒は問い掛けた 「今すぐ深淵まで下りて烈を取り戻す! その為に釈迦を呼び寄せた」 弥勒は微かに気配を感じていたから、やはりな‥‥と想った 釈迦は姿を現すと志摩の前に立ち、志摩を黙って視ていた そして深淵を捉えると志摩の額に手を翳した すると志摩はガクッと気絶する様に意識を失った その体躯を釈迦は支えてソファーに寝かせた 釈迦は「炎帝、お主がこの者の深層に潜った瞬間、糸を垂らしてしんぜよう お主はその糸に烈をくくりつけるがよい どんなに強い深淵であろうが、我の糸は斬れはせぬ!」と志摩の額に人差し指を翳し言葉にした 康太は「なら逝くとするか!」と謂い榊原の手を強く握り締めた 弥勒は「我がサポートで一緒に逝くとしよう!伴侶殿、炎帝の手を離さずにいて下され!」と榊原に声をかけた 榊原は「解りました!」と康太の手を強く握り締めた 弥勒は呪文を唱えると、康太と共に烈の深淵へと潜り込んだ 康太の体躯がグラッと倒れるのを榊原は抱き締めて支えた 弥勒の体躯がグラッと倒れそうになると慎一が支えてソファーに寝かせた 志摩と呼ばれた女性店員の深淵に潜り込んだ康太と弥勒は、烈の居場所を探した 志摩の深淵は暗く‥‥‥絶望に満ちていた 弥勒は「酷いな‥‥‥こんなに暗くちゃ見付けるのも一苦労だな」とボヤいた 康太は「だな‥‥スワンオレの元へ来い!そしてオレ等の前を照らせ!」と呼び掛けた すると呼ばれたスワンは康太の元へ飛んで来て辺りを照らした 「悪かったなスワン 此処へ飛んでこられるのは天使だったお前しか出来ねぇ事だったからな‥‥」 康太はスワンに話し掛けた スワンは嬉しそうに笑って 「僕は炎帝が呼ぶならば何処へでも飛んで逝きます! それこそが僕の存在理由ですからね!」と答え辺りを優しい光で照らしていた 烈は黒い靄の様なモノに雁字搦めに捕らえられていた スワンは烈に近付き手を翳した 「聖なる光よ、この幼子を護り給え!」 聖なる光が烈を包み込むと黒い靄の様なモノは怯んだ 康太は黒い靄の中から烈を奪い取ると、釈迦が垂らしてくれた糸に烈を結び付けた 「釈迦、良いぞ!烈を引き揚げてくれ!」 康太はそう叫んだ すると釈迦は烈を引き揚げた 弥勒は「炎帝、烈は引き揚げられた で、この後はどうするのよ?炎帝」と問い掛けた 「放ってはおけねぇだろ? 此処まで虚無で染まっていたら、近いうちに必ず廃人になるだろうが!」 「なればどうするのじゃ?」 「弥勒、紫雲にこの者の遺族の想いを紡がせに行ってくれ! オレは巣食っている黒い靄を片付けたら出る!」 「ならば我も片付けを手伝うとする! 龍騎、聞こえているなら紡ぎに行ってくれ!」 と弥勒は叫んだ 紫雲は『お前はそこで康太を守れ!我は家族の想い出を必ずや紡いで参ろう!』と約束した 弥勒は「花菱の屋上に黒い羽根が刺さっていた」と事の顛末を話した 康太は「黒い羽根?それは何の意味を持つ?」と呟いた 「精神操作されば、これ程に深淵は深くはなりはせなんだ! だが黒い羽根の力を借りれば容易く出きるであろう! しかもその羽根は魔界の気を纏わせてあった お主ら魔界の者には感知出来ぬ様に操作してあった」 「これは誰かの悪意の結末か? なれば何かの罠でもあるのか?」 康太が用心して口にした時、黒い靄は康太と弥勒を包み込んだ 靄は触手を伸ばして二人を取り込もうとした スワンは身を呈して康太と弥勒を守った 釈迦が姿を現して天上天下唯我独尊を口にした そして六道を唱え、七歩歩いた 悟りを開いた釈迦ならではの精神世界を展開していた 釈迦の精神世界の前に歪んだ黒い靄は姿を消した 釈迦は眼を開くとアースチャクラで深淵を染めた 釈迦は「この者の深淵は清らかになった、もう虚無で深淵を汚される事はないであろう! さぁお主らも戻るがよい!」と糸を飛ばすと康太と弥勒を搦め引き上げた 精神が体躯に戻ると康太と弥勒は目を醒ました 康太は「釈迦、助かった」と礼を述べた 釈迦は「人の子が何故そこまで深淵を深めて闇に飲まれたのか? 悪意を感じずにはいらぬが、偶然か?」と真意を問い掛けた 弥勒は「偶然の訳ねぇだろ?炎帝を狙ったしかねぇと我は想うぞ!」と花菱の屋上にあった黒い羽根を思い浮かべて謂った 慎一は康太に花菱の屋上にあった黒い羽根を差し出した 弥勒は焼けただれた掌を見せて 「術が掛けられてるって事は狙ってるって事だろうが!」と怒って謂った 八仙は弥勒の手を取り傷を確かめ 「呪詛の類いであるな 人外が触れれば焼けただれる呪詛が施してあるであろうな」 そう言った 釈迦は深淵から引き上げた烈を清めて体躯に戻した すると烈は目を開けた 目を開けて瞳に飛び込む母の姿を見て 「かーちゃ」と呼んだ 康太は烈を抱き締め 「良かった‥‥」と安堵の息を吐き出した 榊原は烈に「人の深淵は視てはなりません!今後はこんな事をしてはなりませんよ?」と問い掛けた 「あい!とーちゃ」と答えた 康太は「何で‥‥‥あの人を視た?」と問い質した 「かなちそーらったにょ‥‥」 哀しそうだったから‥‥つい視てしまったと烈は謂った 優しい子だった 優しい子だったから放っては措けなかったのだろう‥‥ 釈迦は烈を抱き上げて 「優しいよゐこじゃ そんな優しい子には特別に魔を払う神具を授けようぞ!」 そう謂った 釈迦の手から出た糸を烈の中指に巻き付けた 銀色の糸は烈の中指に巻き付き、指輪になった 人の眼には視えぬ指輪は、確実に烈を魔から護ってくれるであろう 烈は「あいがとう」と礼を謂った 釈迦は烈を撫でて康太の腕に返した 康太は「釈迦、済まなかった」と言葉にした 釈迦は「お主とおると退屈せぬからな!」と笑い志摩に手を翳した 「志摩水江、お主は総てを失くしたと想っておろうが、お主は何も失くしてなどおらぬ」 釈迦は志摩に説法した 志摩は信じられない瞳を釈迦に向けた 「亡くした想いは現世に死者を留める 死者は置いて逝く者に想いを馳せる 一番の供養はお主が幸せになる事じゃ お主が今を幸せだと感じて生きる事こそが個人への供養になる事を忘れるでない」 釈迦の言葉を聞き志摩は泣いた どうして私だけ置いて‥‥家族は逝ってしまうのか? 父も母も‥‥‥苦労して女手で育てた我が子も‥‥不慮の事故でこの世を去った 生きる気力を失くした 後を追うことばかり考えて過ごしていた 生きるのがしんどかった 「人はこの世に種を撒いて生を終える 己が巻いた種は根付いて何時か花を咲かせ実を着ける 人はそうして日々を繋いで生きておるものなのじゃ 生在る者は何時か死す だが輪廻転生、生きる総ては終わりはせぬ お主の家族もまた輪廻転生、生まれ変わる 命は繋がり先へと進む 終わりではない、死した瞬間始まるのだ」 釈迦の言葉に志摩は立っていられず、泣き崩れた 道明寺は志摩を支えてソファーに座らせた 釈迦は呪文を唱えると、志摩の額に手を翳した 「今は眠るがよい‥‥紫雲龍騎と謂う陰陽師がお主の家族の想いを紡いで来るであろう‥‥ そしたら明日への糧にして逝くがよい」 釈迦がそう言うと志摩は眠りに落ちて意識を手放した 康太は道明寺に「彼女は一人で住んでるのか?」と問い掛けた 「はい。家族は総て亡くしたそうです」 「なら誰か着けてくれ! せめて目が醒めるまでは‥‥着いていてやってくれ!」 「解りました、女性スタッフに頼んで越させます! 今日は本当にありがとうございました」 道明寺は康太に深々と頭を下げた 康太は「道明寺、オレの方が世話をかけた、本当に助かった、このお礼を恵比寿が定期的に逝ってくれるそうだし、返せると想う」と笑って謂った 「貴方には沢山貰いました なので私の方が貴方の役に立てて光栄に想います」 「道明寺、彼女は頼めるか?」 「はい、お任せ下さい 私は女性スタッフ来るまでは付き添います でもやはり女性のお宅には‥‥あれなんで女性スタッフに付き添って貰います」 道明寺はそう言い笑った 女性スタッフに連絡を取り志摩の家まで来てもらう手筈を取るのを確認すると康太は立ち上がった 「後は大丈夫そうだな?」 「はい。またお逢い出来る時を楽しみにしております」 「近いうちに顔を出す」 康太は次の約束を交わして、志摩の家を後にした 釈迦は姿を消して、八仙も姿を消していた 弥勒は「この後、トナミ海運に逝くんであろう?」と予定を口にした 「おー!遅れちまったが流生を連れて逝くつもりだ!」 「なれば我がトナミの視察をしてきてやろう 花菱の屋上にあった羽根も八仙が持ち帰り調べてくれるそうだからな! 用心に越した事はねぇだろ?」 「頼めるか弥勒?」 「任せておけ!」 弥勒はそう言い姿を消した 慎一は車の後部座席のドアをスライドさせ開けた 「乗って下さい! 飛鳥井へ帰るのですよね?」 8人乗りの車で来ているから帰りの足は確保出来ていた 康太は榊原と烈と後部座席に乗り込んだ 一生は助手席に乗り込むと慎一は運転席に乗り込み車を走らせた 車で待機していた聡一郎が烈の起きてる姿を見て 「良かったです」と安堵の息を吐き出した 康太は聡一郎に「心配かけたな」と声をかけた 「烈は深淵に囚われていたのですか?」 「おー!深淵に囚われていた‥‥‥って謂うか‥‥深淵ならざるモノに囚われていたって感じだな」 「え?誰かの罠か工作でしたか?」 「黒い靄のかかった深淵なんてオレは視た事がねぇかんな‥‥‥」 幾度か深淵を覗いた事がある康太だが‥‥ あんな深淵は視た事はなかった 「黒い靄のかかった深淵‥‥‥虚無を通り越してますね、それは‥‥」 「人の深層心理が顕著に出るのが深淵なんだが‥‥何もなくて黒い靄が辺りを総て飲み込み触手を出して取り込もうとしていた」 「それは‥‥一歩間違えば廃人にしてしまう行為ですよ? 朱雀辺りが聞けば、俺の領域侵犯だ!と 騒ぎそうな案件ですよ?」 「だよな‥‥あんな事が出来るのは神の領域としか謂えねぇよな‥‥ 今回は釈迦が捕まったから何とかなった 精神世界を操作出来るのは釈迦しかねぇからな‥‥下手な事をしたら本当に廃人にさせて烈は永遠に深淵の闇に飲まれて戻れねぇ事になりかねなかったから‥‥」 「釈迦はアースチャクラを持つ唯一無二の存在ですからね‥‥ 人の深淵に下り立とうとも破壊する事なく成し遂げられるのは釈迦だけですからね‥‥」 「何にしても今回は上手く行ったが二度目は、解らねぇからな用心する事に越した事はねぇ! 司命、おめぇ飛鳥井に帰ったら閻魔と共に天界に出向いて今後の対策を練って来てくれ! スワンも連れて何か予防策を貰って来てくれ!」 「了解しました!」 聡一郎が答えると、康太は黙って頷いた 車は飛鳥井の家に到着した 地下駐車場に下りて車を停めると、康太は車から下りた 榊原は烈を抱っこしたまま車から下りた 一生は「烈はどうするのよ?」と問い掛けた 「連れて逝く、今回の事は烈にもショックだぅたろうからな、今日は1日ずっといてやるつもりだ」 「ならトナミの帰りに料亭で食事でもすれば良いやん、用意しておくわ」 新型のタチの悪い病気が流行っている今、気軽には外食も出来なかった 感染リスクを押さえて、料亭の部屋でも借りて接触を避けねばならなかった 「そうしてくれ‥‥」 康太は応接間まで向かうと流生達が心配そうに母に飛び付いた 「れつ‥‥らいじょうび?」 流生が訴える 「あぁ、烈は大丈夫だ! 流生はトナミに逝くんだろ?」 「‥‥‥やめときゅ‥‥」 「あんでだよ?楽しみにしてたじゃねぇか?」 「れも‥‥れつが‥‥」 流生は涙を溜めてそう言った 康太は流生を安心させる為に抱き締めた 「トナミには烈も一緒に逝く そして帰りは皆で料亭に繰り出すか! 烈はお子さまを食べるの楽しみにしてるんだぞ?」 流生は涙で濡れた瞳を向けて 「らいじょうび?」と問い掛けた 「あぁ大丈夫だ! さぁ逝くぞ!」 康太はそう言い烈と手を繋いだ 「あ、オレ‥‥朝のまんまだ服‥‥」とやっとこさスーツじゃない現実に気付いた 榊原は「直ぐ着替えて来るので待ってて下さい!」と謂い康太と共に着替えに向かった 部屋に戻ると榊原は康太にスーツを着せた そして自分もスーツを着ると、身なりを確認して康太に向き直った 「逝きますか?奥さん」 「おー!スーツを着た伊織は何時も良い男だな」 康太はそう言い榊原に抱き付いた 榊原は笑って康太を抱き締めた 「君のです 僕の総ては君の為に在ります!」 「愛してる伊織」 「僕も愛してます」 口吻けを交わして手を繋ぎ部屋を出る 応接間に戻ると流生はワクワク待っていた 康太は一生に「瑛兄に連絡して料亭で食事でもって伝えておいてくれ!」と頼んだ 「榊原の家の方には?」 「どうだろ?声を掛けて良いものか?‥‥‥悩むな」 役者をしている榊原の家族を気軽に誘えなくなった現状を口にする 一生は「声も掛けずにいられる方が悲しいですがな! 判断は清四郎さん達にして貰って、気をつけて貰うしかないでっしゃろ!」と気にしすぎる康太に謂った 「なら判断は一生に任せる んじゃ、トナミに逝って来るわ!」 康太は流生と手を繋いだ そして烈を見て「烈、歩けるか?」と問い掛けた 烈は父の腕から下りて、流生と手を繋いだ 「んじゃ行ってくるわ!慎一、一生、後の事は頼む!」 康太はそう言い榊原と共に応接間を後にした 榊原は地下駐車場へと向かうと後部座席のドアを開けた 康太は流生を奥に行かせると、烈を抱っこしたまま後部座席に乗り込んだ 榊原は運転席に乗り込むと車を走らせた トナミ海運に向かって車を走らせる 康太は戸浪に電話を掛けた 「若旦那、これからお時間在りますか?」 『康太!逢いたかったです! 今日はずっといます何時でも来て下さい!』 「これから向かいます!」 と謂い康太は電話を切った 烈は「かーちゃ」と康太に声をかけた 「どうした?烈」 「あにょひとのたまちぃ‥‥よわきゃった」 と母に伝えた 「お前はそれが気になって仕方がなかったのか?」 「ちょーにゃにょ‥‥ぎょめん」 烈は母に謝った 「家族を亡くしたそうだ」 「きえそーらったにょね」 それ程だったのか?と康太は想った 「烈、これからは人の深淵は絶対に視るな! 約束してくれ!」 「‥‥‥みた‥‥わけじゃにゃいよ きえそーだにゃっておもったら‥‥ひきじゅりこまれた‥‥」 康太は顔色を変えて「それは本当か?」と問い質した 烈は頷いた 烈は宗右衛門の記憶も魂も持ちし転生者だ 宗右衛門で在るならば、人の深淵を不用意に覗いたりはしない 引きずり込まれた‥‥それが屋上にあった黒い羽根の仕業なのか? 康太は黙った 流生は烈の中指に嵌められた銀色の指輪を指差し 「きれいね、かあさん」と謂った 烈は「にーにー!きゃっこいー」と流生の手首にある銀のブレスレットを指差した そのブレスレットは流生は力を爆発させない為に皇帝閻魔から貰った石が嵌め込まれていた 流生は笑ってブレスレットを烈に見せた 母から絶対に外すなと謂われた 常に服の中に隠して生活しているが、家族の前では隠してはいなかった 楽しそうに烈と流生が話をしているとトナミ海運に到着した 榊原は来賓用の駐車場に車を停めると車から下りた 後部座席のドアをスライドして開けると、康太は車から下りた 烈と流生を車から下ろすと、流生と手を繋いだ 榊原は烈と手を繋いで歩き出した 会社の中へと入り受付嬢に声をかける 「飛鳥井康太だ、連絡は来てると想うが?」 康太が謂うと受付嬢は 「はい。お伺いしております! どうぞ!社長が待っておいでです!」と答えた 流生が「ありがとう」と謂うと受付嬢は流生と烈にラッピングしたお菓子を手渡した 「どうぞ!」 受付嬢から渡されたお菓子を受けとると 流生は「ありがとうございました」とお礼を述べた 烈も「あいがとうー」と礼を謂うと、あまりの可愛さに受付嬢は目尻を下げた

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