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第17話 硝子の花 ①

梅雨 真っ只中の横浜 しとしとと雨は降って大地を濡らしていた この日 康太は屋上でガーデニングに勤しんでいた 慎一に手伝って貰い温室の外に花を植えていた 流生はその光景を温室から見ていた 流生の横には一生がいて、花の手入れを手伝っていた 「かずき」 「あんだ?」 「かぁさん、なにうえているの?」 「それは見てのお楽しみと謂う事だ」 「それなら、またなきゃね」 流生はそう言い楽しそうにプランターの雑草を抜いていた 新年に真実を告げた後、少しだけ流生は一生に距離を取っていた だがそれも面倒臭くなったのか? 最近では前に戻ったかの様に、自然に接していた この日、康太が屋上で花を植えると謂うと、流生は楽しそうに一生に 「かずき、おくじょうにいくの!」と声をかけて来た 「おっ!屋上で花を植えるって謂ってたな」 一生は流生と共に屋上へと向かった 温室で花を植えているのかと想えば、康太と慎一は温室の外で花を植えていた 康太は「一生、流生が風邪引くから温室にいてくれ!」と声をかけると一生は流生を温室に入った 康太と慎一はカッパも着ずに濡れたまま作業をしていた ある程度植え終わると康太は温室に入って来た 「流生、傘あるか?」 「にゃい」 「なら傘を取って来いよ!」 康太が謂うと流生は温室を飛び出した 慌てて一生も温室を出て流生の後を追った 暫くすると流生は傘を持って屋上へとやって来た 「かあさん、かさもってきたよ!」 流生が謂うと康太は「なら来い!」と声をかけた 流生は康太の傍へと近寄った 「見てみろよ流生 この花はな、サンカヨウと謂う花でな 雨に当たると花びらが透けて硝子の様に透明になるんだよ 硝子の様な花をお前に見せてやりたくてな 慎一に頼んで手に入れて貰ったんだよ」 「しゃんかよう?」 「サンカヨウだ」 「さんかよう‥‥きれいなはなだねかあさん」 「父さんにも見せてやると良い」 流生と話している間も康太は雨に濡れていた 一生は「風呂に入って来いよ!」と康太と慎一に声をかけた 濡れてる康太は「だな、後は頼むな一生!」と謂い慎一と共に屋上を後にした 慎一は康太をリビングまで送り 「今日は伊織は?」と尋ねた 「伊織は会社だ 新型肺炎の影響で遅れが出てる現場があるからな調整に出ている」 「忙しいのですか?」 「だな、オレも着替えたら出掛けねぇとならねぇかんな」 「風邪引かないようにお風呂に入って下さい」 「おー!慎一も風呂に入って来いよ」 康太はそう言い自室へと入って逝った 浴室に向かい服を脱ぐとシャワーを出し体躯を濡らした シャワーの温水が痛い程感じられて、自分がどれ程冷えていたのか感じた こんな時、榊原がいたなら暖めてくれるのに‥‥ 康太はシャワーを浴びながら自分の体躯をそっと抱き締めた そして暖まると軽く体躯と頭を洗い、浴室を後にした 体躯を拭いて、髪を乾かしスーツに着替えると康太はベッドの上に放り投げてある携帯がチカチカ光っているのを見て、携帯を手にした 着信が数件 メールとラインが入っていた 榊原からだった 『康太、今日は花を植えているのでしたね 風邪を引かない様にちゃんと暖まって来るのですよ』 『本当なら僕が暖めてあげたい』 『康太‥‥君を抱き締めたい』 『康太』 『康太』 『まだ花を植えているのですか?』 『康太、これから君を迎えにいきます』 ラインは此処で途絶えていた 携帯を見ていると背後からそっと抱き締められた 康太は笑って榊原の腕を抱き締めた 「伊織、これから逝こうと想っていた所だ」 「待てなかったのです、許しなさい」 「オレも寒くてな、お前に抱き締めて貰いたいと想っていた所だ」 榊原は康太をクルンっと自分の方に向けると、ギュッと強く抱き締めた 「良い匂いがしますね奥さん」 「泥々だったから一応体躯を洗ったかんな!」 「今夜は隅々まで綺麗に洗ってあげます」 康太は笑って榊原の胸に顔を埋めた 愛する男の香りに包まれて康太は泣きたくなる程に幸せを感じていた 「奥さん、このままベッドに直行したいのですが、君が来なければならない案件があるのです‥‥‥ 本当に残念ですが行きますか?」 康太は榊原の胸から顔を上げると 「キスして伊織」と訴えた 榊原は康太の唇にキスを落とした 軽いキスが舌を差し込まれ濃厚な接吻になる 互いの口腔を味わい‥‥‥榊原は惜しげに唇を離した 「このままベッドが御所望ですか?」 「違げぇよ!本当に寒かったからな、お前に抱き締めて欲しかっただけだ」 「幾らでも抱き締めてあげます 僕の腕は君だけの為にあるのですから‥‥」 「伊織‥‥」 「君が寒いなら僕は全力で君を暖める 愛してます康太、君だけを愛してます」 「オレも愛してるぜ伊織 さてと会社に逝くとするか」 「‥‥‥本当なら僕はベッドが御所望なんですがね」 「オレもなベッドが御所望なんだけど、そんな事してる時間‥‥ねぇだろうしな」 「そうなんですよ‥‥明日へ繋げる為に今を耐えなきゃなりませんからね」 「んじゃ、逝くとするか!」 「ええ、奥さん 帰りは子供達を呼んでファミレスにでも行きますか?」 「お、それは喜ぶな」 康太は榊原と手を繋ぎ寝室を後にした 甘い時間は学生時代と比べるとかなり減った だが今は共にいられる時間を作りなるべく家族で過ごす時間を作っている その分共に過ごす時間は濃密になり、濃いモノになっていた 階段を下り一階まで向かう 応接間の前を通ると子供達が飛び出して父に抱き着いた 翔が「まだおしごとちゅうですか?」と榊原に声をかけた 「はい、真贋を迎えに来たのです」 敢えて真贋と謂う父に、翔は兄弟を父から離した 「いってらっしゃい、とうさん」 榊原は翔をギュッと抱き締めた 「帰ったらファミレスに行きましょう 待ってて下さいね!」 「はい」 榊原は太陽と大空、音弥と流生を抱き締めて 「あれ?烈は?」と、そこにいない子を確かめる様に謂った それに答えたのは慎一だった 「烈は定期検診で引っ掛かったので、聡一郎と共に久遠先生の所に逝ってます」 「え?大丈夫なのですか?」 「大丈夫です、あのお子様は子供の癖に沢庵だ煎餅だと塩分の強い食事を好んでいる所為か、このままだと六年生頃には成人病まっしぐらだとの事で、検診の後に予防習慣の指導を受けるとの事です」 榊原は言葉もなく苦笑した あの子は前世の記憶を持つ子供だ その所為か若い子が喜ぶであろうケーキとかマカロンよりも煎餅とか饅頭を喜んで食していた 榊原は想わず翔を見た 翔も‥‥‥謂ったら悪いが塩分だ、和菓子だと、血糖値に悪いのが好きなのだから‥‥ 慎一は榊原が何が謂いたいか気付いて 「翔も指導を受けて一日の塩分と糖分の摂取量を制限されています」 慎一が謂うと翔はばつの悪い顔をした 菩提寺の職員達から貰う和菓子が血糖値を上げてしまっていたからだ‥‥ 今は菩提寺の職員にも通達して、翔には和菓子を渡さない様にと徹底した伝達を回して慎一は阻止している 「とうさん‥‥わがしがダメだったみたいです」 翔は想わず呟いた 榊原は何と謂って良いか‥‥‥困った顔をした 康太は翔の頭を撫でた 「直さねぇとならねぇのは、これから直せば良い! おめぇはまだ子供だからな、許されるうちに学べば良い!」 「はい、かあさん」 「んじゃ仕事に行って来るわ」 「「「「「いってらっしゃい!」」」」」 子供達に見送られて康太と榊原は地下駐車場へと繋がるドアを開けて仕事へと向かった 地下駐車場へ逝くと榊原の車が少しだけ乱雑に停められていた どれだけ榊原が焦っていたか解る 康太はドアのロックを解除して貰うと、助手席のドアを開けて乗り込んだ 榊原は運転席に乗り込んだ エンジンをかけて車を走らせると榊原は気まずい顔をした 康太は「伊織、オレも塩分は気を付けるわ」と笑った 「長生きして下さいね、奥さん」 「おー!悪足掻きしてやんよ!」 そう言い康太は笑った そして想いは我が子を想う 「烈‥‥‥怒って還って来るんだろうな‥‥」 「‥‥‥好きだから与えるのはダメなんですね 子供の為なら鬼にならないといけませんね」 「おめぇは龍やんか」 「‥‥‥‥そうですが‥‥‥心を鬼にしてと謂う意味です」 「解ってんよ! でもお前は甘い父で良い 誰よりも優しい父でいて欲しいんだよ、オレは‥‥」 「康太‥‥」 「まぁ煎餅ばかり食うのは怒っても良いかんな!」 康太の言い草に榊原は笑って 「では今後は煎餅咥えてるのを見たら怒ります」と言った 「おっ!厳しい父になるか?伊織」 「‥‥‥‥それは無理そうなので‥‥取り上げるだけにします」 康太は笑っていた 厳しい母の変わりに優しい父になってくれている榊原の愛が嬉しくて笑っていた 車は飛鳥井建設の地下駐車場へと向かい、役員駐車スペースに車を停めた 車から下りると榊原は康太の背後に立った 何者からも妻を護る為に、回りに気を付けながらエレベーターのボタンを押した エレベーターのドアが開くと榊原は康太を先に乗せ自分も乗り込んだ 最上階のボタンを押すとドアは閉まった 「伊織」 「何ですか?」 「瑛兄と父ちゃんはどうよ?」 「‥‥‥限界越えてますね、あれは‥‥」 「だろうな‥‥伊織も限界越えそうだもんな」 「否定はしません ですが君を抱く体力は別腹ですから! 心配しなくても大丈夫です」 「緊急事態宣言が解除されても、新型肺炎がなくなった訳じゃねぇからな‥‥ 対策っても‥‥‥現場にフェースシールドやマスクを強要する訳にもいかねぇしな‥‥」 建築現場で働く者達の疫病予防の為だと謂っても‥‥‥‥この暑さの中、完全防備で仕事したら即熱中症だろう‥‥ かと謂って何もせずにいたら、万が一の時の対策が出来ない‥‥‥ 頭の痛い問題だった そして世の中が止まっていた影響が建築業界にも蔓延して‥‥総てを遅らせていた その対策に会長も社長も精魂尽きさせて対処していた 最上階でエレベーターが止まり下りると、康太は社長室へと向かった ドアをノックすると瑛太がドアを開けた 瑛太はドアの前に立ってる康太を見て 「どうされたのですか?真贋」と声をかけた 「社長も限界突破してるかと想ってな」 「限界値なら幾度も振りきってます」 瑛太は康太と榊原を社長室に招き入れると内線を押して 「紅茶と珈琲を二つお願いします」と謂った 『解りました!今お持ち致します』 そう言い電話を切るとソファーに座った 康太と榊原もソファーに座ると社長のドアがノックされ「お茶をお持ちしました」と声が掛かった トレーの上に紅茶と珈琲を乗せて秘書である榮倉愛美が社長室へと入って来た 飛鳥井建設は今、秘書課と謂うのを立ち上げて秘書の仕事を分散させて業務に当たっていた 一人の秘書が掛かりっきりにやるより効率が上がるからだ 秘書の仕事をサポートさせる為に、人材も入れた 常に風通し良くなる為に、要所要所に真贋の“眼”を配置させてあった 秘書課の“眼”は謂わずもがな佐伯がなっていた お茶を持って来た榮倉は「真贋、逢いたかったです!会社にいるのに中々お逢い出来ないと主人も嘆いておりました! ですのでお時間があれば陣内の所まで顔を出してやって下さい」とちゃっかり旦那のアピールをしていた 康太は笑って「後で顔を出しとく!」と約束した 榮倉は秘書の顔に戻り、艶然と微笑むと 「社長、真贋がお見栄になられたのでしたら、会議室に責任者を呼びますか?」 と尋ねた 瑛太は「そうして下さい!」と動き出した現実を感じていた 榮倉は社長室を後にすると秘書課へと向かった ドアを開けると 「会議を開きます! 皆さん、準備に取り掛かって下さい!」と号令を出した すると秘書達は既に役割を与えられているのか? 各々に散らばって逝った 瑛太は「今月になって現場の者達が熱中症になりバタバタと倒れてます」と書類を手渡した 康太は書類に眼を通して 「対策ってもな手の打ちようがねぇかんな‥‥」 とボヤいた 見えない敵と闘っているのだ 何時、何処で‥‥誰が掛かるのか予測など不可能なのだ 幾ら果ての視える真贋だと謂っても、予知や未来視などは出来はしない以上‥‥ 手の打ちようがなかった 「オレの眼は未来とか視えねぇかんな‥‥」 果ては視えても未来が視える訳ではないのだ またそんな便利な眼など有りはしないのだ 総てが視えて未来も過去も総て視える万能の眼など神は創りはしなかった 皇帝閻魔の瞳であっとしても‥‥総ては兼ね備えてはいなかった 人を完璧に作るのを由としなかった創造神は、神さえも不完全に創造した 瑛太は「お前が総てを兼ね備えていたら‥‥それはそれで怖いから今のままで良い」と笑った そんな手の届かない存在にならないでくれ‥‥と瑛太は想った 康太は「あぁ、そうだ!今日、流生の為にサンカヨウの花を植えて来たんだよ」と話題を変えた 「サンカヨウ?どんな花なのですか?」 「雨に濡れると硝子の様に透き通る花なんだよ! 瑛兄に見て欲しそうだったならな、流生に誘われたら見に行ってやっくれ!」 「解りました、それは楽しみです」 瑛太が嬉しそうに答えると、康太は話を終えた ドアがノックされると康太と榊原は立ち上がった 瑛太はドアを開けて入って来た佐伯に 「会長には?」と問い掛けた 「会議室に来て下さるそうです」 「なら逝くとしますか!」 瑛太はそう言い社長室を後にした 社長室を出ると会長とバッタリ出くわした 会長の清隆は「康太、来てたのですか?」と嬉しそうに声をかけた 「色々と対策を練らねぇとならねぇかんな‥‥」 「子供達は?」 「今日は午後からの授業だから、まだ家にいたぜ!」 「そうですか‥‥なら帰りはじぃじが奢りましょう!」 「おっ!それは楽しみだな」 康太はエレベーターに乗り込み広報宣伝室へと出向いた 広報宣伝室の横にかなり広い会議室を作った 広報宣伝室の撮影やプレゼンは地下に作った部屋で行う事になったから、部屋を有効利用する為に役員や社員が全員入れる規模の会議室を作ったのだった 会議室に出向くと統括部長と課長と係長クラスの社員が既に席に着いていた 席についた者達は真贋が入って来ると姿勢を正して息を飲んだ 会長が着席すると、真贋が席に着いた それを見届けて社長が着席して、榊原が席に着いた 康太は社員達を視ると「んじゃ始めてくれ!」と謂った 力哉が皆に資料を配り、配り終えると康太の後ろに着いた 康太は「力哉が進行するのか?」と問い掛けた 「今回は佐伯が総てやります」 「そうか、忙しそうにしてたからお前が議事進行をやるのかと想った」 「今回は皆で力を合わせて資料を作りましたから、全員でやったみたいなモノです」 「そうか」 康太が呟くと佐伯が前に出て議事進行を始めた 議題は平行線になるのを解ってて‥‥ それでも協議せねばならぬ現状に打開策を求めていた 議会が佳境になると佐伯は 「真贋の御言葉を戴けませんか?」と切り出された 「オレはここ数日総ての現場を回った 現場の人間と話をして夏を目前にした過酷な現状も見て来た 現場の皆はこのクソ暑いのにマスクして仕事は過酷だ だがマスクをせねば世間から非難をあびて現場はたち行かなくなるだろう現実も理解出来ている だが打開策なんてねぇのが現状だ! 建築現場なら扇風機や休憩所にクーラーを入れられるだろうが、基礎工事とか建物がまだ建ってもいない現場には無理だろう‥‥ すると不公平な現場が出来ちまう事も把握している かと謂って現場を止める訳にもいかない 既に熱中症で倒れてる奴とかも出て来てるしな、対策は早急を要しているのは解る ならば、何をすべきか、それを話し合わねぇとならねぇと想う」 的確な調査の元、己の足で稼いだ現実を口にされたら社員は対策を考えるしかなかった 「熱中症対策の一つとして、食堂の梓澤が塩分タブレットなるモノを作ってくれる事になった 取り敢えずそれを朝礼で毎日皆に配る事にする 食堂に何人か人員も補充したから、それも可能にかった 社員にはクラクラする前に水分補給と塩分タブレットを欠かさない様に義務づけるしかねぇな」 康太が謂うと城田も口を開いた 「涼を取れない現場は交代で一時間に一度、10分位水分と塩分補給をするのはどうですか? 涼を取れる現場の者は、無理せずにクラクラ来たら涼を取る マスクが苦手ならフェースシールドをするとか飛沫感染を防ぐ手立てを考えつつ、暑さ対策もして逝くしかないと想います」 「フェースシールドか、それも大量に発注を掛けておかねぇとな」 康太が呟くと榮倉が「それでしたら多分必要になると想い発注を掛けておきました」と謂った 康太は笑って榮倉に「かなりの数確保出来たのかよ?」と問い掛けた 「急場を凌げる程です 新型肺炎は季節に関係なく猛威を振るうので、底が尽く前に大量に発注出来る業者を探します そして通年通して供給できる様にしていくのが最善策かと想います」 「ならその様に手配を頼む 現場の班長に毎日大変だろうが熱中症対策をちゃんと取ってくれ!」 皆は真贋の意見を聞き入れ 【はい!了解しました!】と答えた 真夏の対策協議は取り敢えず終わりを告げた 康太は真贋の部屋に戻り仕事をして、片付けると副社長室を覗いた すると榊原がドアが開く音に顔を上げて微笑んでいた 「仕事は片付きましたか?」 「伊織は?」 「あと少し待ってて下さい そしたら子供達を誘ってファミレスへ逝きましょう」 「了解!」 康太は答えるとソファーに座った 榊原は内線で康太の為にケーキとジュースを持って来る様に秘書にお願いをした 暫くして康太の秘書の西村がケーキとジュースを持ってやって来た 康太の前にケーキとジュースを置いて西村は 「明日は真贋の仕事が二つ入ってます 朝、迎えに逝くので支度しておいて下さい」と仕事を告げた 「解った、でもよぉ朝から真贋の着物は暑いんだもんよぉ~」 「少し耐えて下されば副社長が迎えに逝く手筈は整えます」 目の前に人参をぶら下げられた康太は 「なら頑張らねぇとな!」と笑った 康太はケーキを食べて、美味しそうにジュースを飲み喉を潤していた そこへ榮倉がやって来て 「真贋、会長と社長が一緒に上がるから少し待っててくれとの事です」と伝言を伝えた 「ケーキの追加を瑛兄に謂ってくれ! ケーキが出るなら、オレは待ってると謂っといてくれ!」 「解りました、お伝えして来ます」 榮倉は笑って康太の言葉を伝えに逝った 暫くして榮倉はトレーの上にケーキと紅茶を乗せてやって来た 「社長からです 何処かへ逝かれるのですか? 社長が嬉しそうな顔をしていたので、少しだけ怖かったです」 榮倉は笑ってそう言った 「オレの子と一緒に飯を食いに逝くんだよ」 「またお逢いしたいです 大きくなったんでしょうね」 「小学1年だからな、それなりに大きくなってんぜ!」 「御入学でしたね、そう言えば」 「一番下は幼稚舎に入園した でも今年の子供は可哀想だったな 入学式が簡素化された感染予防の為に外で行ったんだぜ?」 「中止になった所もあったそうですね」 「だから少しはマシなんだけどな‥‥」 それでも我慢ばかり強いられている子達は可哀想に想うのだ 「お子は‥‥‥一緒にいないと成長が早く感じられますね」 榮倉は今も手放した子を想っているのだ 傍にいられずとも我が子の事を想わぬ母はいない 榮倉は胸を張ると「我が家の子も陣内にそっくりな頑固者に育ってます、今度逢って下さい!」と断ち切る様に笑って謂った 「託児所に通える様になったら見に行くわ!」 「是非!」 榮倉はそう言い副社長室を後にした 康太は何も謂わず榮倉を見送った 榊原は「康太?どうしました?」と淋しそうな横顔に問い掛けた 「オレは‥‥‥罪ばかり作ってるな‥‥‥」 「それが罪だと想うのは思い上がりですよ、康太」 「伊織‥‥」 「配置された子は自ずと己を知る そう言ったのは君じゃないですか」 「だったな‥‥」 「それよりサンカヨウの花は植えたのですか?」 「植えたぜ、だから泥々でシャワー浴びていたんじゃねぇかよ?」 「雨に打たれて透き通る花 儚げで‥‥それでいて生命力に漲る強さを持つ 今夜見るのが楽しみです」 「流生が喜んでいたかんな、多分興奮して誘ってくると想うぜ!」 「流生は‥‥どんな想いで生きてるのですかね? 時々‥‥‥不安になるのです‥‥」 実の父親を傍に感じて、それでも榊原と康太を親に持つのだ 流生はどんな想いで日々を過ごしているのか? 榊原は不安に想っていた 「流生は少し前まで一生に距離を取っていた だけど今は何もなかったかの様に‥‥普通に接している 流生なりにケジメを着けた結果なんだろ? オレらは見守るしかねぇ‥‥そうだろ?」 「そうでしたね‥‥少し‥‥雨が僕を気弱にさせていました」 「雨に濡れる青龍は美しかったな 凛として雨露に濡れて輝いていた‥‥」 「何時でも見せてあげますよ?」 「風邪引くかんな魔界に逝った時で良いもんよー!」 康太はそう言い笑った 仕事を終えた榊原は康太を抱き締めた 康太は携帯を取り出すと 「一生、子供達学校に逝った?」と問い掛けた 『おー!逝ったぞ!』 「親父が夕飯を奢ってくれるって謂ってるから、子供達と聡一郎達を連れて来てくれよ 後、悠太も、親父は多分還って来た悠太の快気祝いもしてねぇからな、悠太の無事に還って来た祝いをしたいんだろうなと想う」 『何処へ逝ったら良いのよ?』 「親父が来たら場所が解るかんな、そしたら連絡を入れる、伊織が!」 『旦那からかいな、了解!』 「なぁ一生、最近どうよ?」 『どうよ?とは?』 「流生と‥‥どうよ?」 『少し前はわざと避けていたけどな、今は何も知らなかった頃に戻った様に自然にしてるぜ! どんな心境の変化なのか、俺の方が聞きてぇわ!』 「そうか、なら今度流生と話をするわ」 『‥‥‥なぁ康太、俺はアイツの傍にいて良いのか?』 「離れられるなら止めねぇぜ?」 『意地悪いなぁ‥‥今日の康太は‥‥』 康太は笑った 「なら謂うな、その言葉は流生を否定してるって解ってるか?」 『‥‥‥‥っ!‥‥すまねぇ‥‥俺は何があったとしても、お前の傍からは離れねぇと決めてるんだよ! もう白馬の様な日々は送りたくねぇからな!』 「まぁこの雨が気弱にしてるって事で許してやんよ! 伊織もこの雨の所為で気弱になってるしな!」 『旦那?旦那が何で気弱になるのよ?』 「お前と同じだよ、流生の事を考えたら‥‥辛くねぇのか?と想っちまったんだよ」 『‥‥‥この雨の所為だ、許せ康太』 「まぁ気の滅入るジトジト、ベタベタの雨の所為だと許してやんよ!」 『なら子供達を迎えに逝ったら連絡を入れる』 一生はそう言い電話を切った 康太は携帯を胸ポケットに入れると目を瞑った 「康太、どうしました?」 榊原が心配そうに問い掛けると、康太は目を開けた そして携帯を取り出すと 「あ、オレ、頼みたい事があんだわ!」と唐突に謂った 『名乗りもせずにそれか?』 「着信見れば誰か解るやんか!」 電話の向こうで笑う声がする 『それもそうだな、で、頼みって何よ?』 「流生に話をしてくれねぇか?」 『どんな?』 「今の心境だよ、オレも伊織も一生も‥‥‥結局は踏み出せねぇ領域だかんな‥‥ お前から聞いて欲しいんだ‥‥ダメか?」 『構わねぇぜ! 俺も最近の流生は不安定だって想っていたんだよ』 「何処いらへんが?」 『一生と距離を取るやん めちゃくそ意識してるのに、次の瞬間には何でもなかった風に振る舞うのな んでもって誰も見てねぇ所で泣きそうな顔で堪えてるんだよな』 「‥‥‥だからそれとなく聞いてくれねぇか?」 『解った、今夜にでも飛鳥井に逝くわ』 「夕方は皆で食事だかんな、貴史、来いよ んで飛鳥井に泊まって逝けよ! サンカヨウと言う話を植えたかんな‥‥それでも見ながら話をしてくれ」 『家族の時間に俺がいても大丈夫なのかよ?』 「誰も気にしねぇだろ? お前に栗栖と顔合わせさせたかっしな、来てくれるなら逢わせられてラッキーだな」 『クリス?それは誰よ?』 「子供達専用に入って貰った奴だ 有栖院栗栖と言う」 『有栖院?ひょっとして元華族の有栖院家の事か?』 「そう、その有栖院家の子供だ そしてアイツは歴也の長男だ」 『‥‥‥っ!!あの風雲児の子供か?』 「そう、用があるんだろ?あの風雲児に」 『用があるのは正義だ! 俺はお前に飛鳥井歴也の居場所を問う予定だっただけだ!』 「あの風雲児‥‥‥何やったのよ? ここ最近、飛鳥井の家の回りにやけに黒服着た奴等が見張っていやがるんだよ」 『俺も詳しい事は知らねぇが‥‥時限爆弾クラスの何かを持ってやがるそうだぜ、アイツ』 「‥‥‥栗栖が聞いたら藁人形でも打ち込みに行きそうだな‥‥大人しくしてくれねぇかな?少し位‥‥‥良い年こいたオッサンが!」 康太はボヤいた 『アイツが死んでも大人しくなるとは想えない‥‥常に暴風圏の中にいやがる奴だからな』 「あんまりオイタするなら殺るしかねぇわな」 『おいおい‥‥冗談にならんから止めとけ‥‥』 「冗談で謂っとらんもん!」 『とにかく俺は何処へ逝けば良い訳?』 「飛鳥井建設に来いよ! お前の意見も聞きたいかんな!」 『意見って何よ?』 「熱中症対策」 『画期的な答えがあるなら、俺はノーベル賞貰ってるわ』 「まぁ参考に聞きたいだけだ」 『なら会社に顔を出すわ!』 兵藤はそう言い電話を切った 康太も通話を切ると、榊原を見た 榊原は「ここ最近飛鳥井の家の回りを見張ってる輩は歴也さんの関係者なのですか?」と問い掛けた 「と謂う事になるわな‥‥」 「本当に何したんですか?あの人?」 「国家規模を揺るがす何かを‥‥‥手にしてるとしたら?」 「‥‥‥考えたくないです」 榊原はため息を着いて康太を抱き締めた 榊原は秘書に兵藤貴史の来訪を伝え、迎えに逝く様に告げた 兵藤が飛鳥井建設にやって来ると秘書が出迎えに来ていて、兵藤を副社長室まで連れて逝った 兵藤は副社長室に案内されてやって来た 康太は兵藤を見ると「お疲れ!」と声をかけた 兵藤は康太に封筒を渡し 「目だけ通してくれ!」と謂った 康太は何も謂わず封筒を開けて書類に目を通すと 「これは誰よ?」と問い掛けた 「え?飛鳥井歴也じゃないのか?」 兵藤は呟いた 何せ誰もその顔を知らない 姿を見た奴もいないから‥‥調べようがなかったのだ 世界中のエージェントが総力を集めた情報が、兵藤が手にしたそれだった それを康太は「これは誰よ?」と謂ってのけたから兵藤は焦った 「コイツは歴也じゃねぇよ! アイツは節操のないバイだからな、情人の一人と謂った所だな」 「情人‥‥‥破天荒過ぎででっしゃろ‥‥」 康太は携帯を取り出すと 「栗栖、子供達の送り迎えは一生に任せて、副社長室まで来てくれ!」と切り出した 『コーちゃん了解したよ! ねぇカズ君、流生達、頼める?』 一生に流生達を頼んで栗栖は直ぐに逝くと約束した 兵藤は「おい‥我が子に教えて大丈夫なのかよ?」と問い掛けた 「誰よりも親父を憎んで追い詰めてるのは栗栖だ! 誰よりも親父を愛してトドメを刺そうと目論んでいるのは栗栖だ オレは歴也は絶対に飛鳥井を裏切らないと確信している ならば栗栖に追い詰めさせるのは一番だと想ってな」 「‥‥良く解らんけど、お前がそれが最善策だと謂うならば、俺は何も謂わねぇよ!」 康太は何も謂わず笑っていた 暫くして副社長室のドアがノックされた ドアを開けたのは兵藤だった 栗栖は姿勢を正すと 「有栖院栗栖と申す者です 飛鳥井康太に呼ばれて参りました!」と答えた 兵藤は栗栖を招き入れると 「俺は兵藤貴史だ! 以後お見知り置きを!」と自己紹介した 「あぁ、君が子供達の大好きな貴史君ですね! 宜しく御願いします!」 栗栖は幼く感じる程の無邪気な顔で笑った 康太は栗栖をソファーに座らせると、兵藤が持って来た書類を手渡した 栗栖は手渡された書類の中から書類を取り出して目を通し始めた そして歴也とされる写真を見て 「これは誰ですか?」と問い掛けた 「歴也氏ではないと?」 「あの狸親父がこんな優男の訳ないじゃないですか! 年よりは若く見られますけどね、アイツは‥‥ だけどワイルドな感じの親父がこんな優男に変身は無理です! 何人かいる情人の一人でしょ?」 康太と同じ返答に‥‥‥兵藤は何故父親の事なのにそんなに冷静でいられるのか?と不思議に想っていた 「アイツ何をしたんですか?」 「国家規模を揺るがす何かを持ってるそうだ」 「あぁ、アイツならば簡単だろうね」 栗栖の言葉に兵藤は驚愕の瞳を康太に向けた 「アイツの顔写真は誰も持ってない! アイツは家族写真にすら、その姿を遺しはしなかったから‥‥ モンタージュも無理だよ アイツは変装のプロだから、人の意識操作も簡単だろうしね」 「‥‥‥なら捕まえるのは至難の技なのでは?」 「真贋ならば捕まえるのは容易いでしょう だからアイツは真贋を裏切る様な事は決してしない 多分、国家規模を揺るがす何か‥‥‥アイツはそんなの幾つも手に入れているだろ? 国に追われる事態だって、アイツならやりそうだと想った」 栗栖は散々苦労かけられた父親を想い口にした 康太が何も反論をしない所を見ると、まさにその通りなのだろう 兵藤は「俺は詳しい事は聞かされてはいない‥‥だが堂嶋正義が秘密裏に総理の命を受けて動いているのが現状だ」と話した 栗栖は兵藤に向き直ると 「堂嶋正義、ならバックには安曇勝也がいるね、ならば僕も立場を示さないと‥‥ね 貴史君、君は有栖院家の事を何処まで知っていますか?」と問い掛けた 「旧財閥であり華族位しか知らない」 「貴史君は政治家になるんですよね? ならば利権を主張する輩ともやりあわねばならないでしょうからお教え致します 華族や貴族と呼ばれた上流階級の者達は倭の国がアメリカ軍の支配下に置かれた時も生き残りを図り、倭の国の一部として生き残っているのです 謂わばアメリカ軍を買収してアメリカの本国に有益な企業は倭の国に根付いて高度成長期を乗り越えて今に至るのです 有栖院家も倭の国には裏から手を回せる程に今も権力を持っています そんな腹鼓を打ってる古狸の相手も政治家はせねばならない だから政治家は強い繋がりを持とうと、躍起になる で、兵藤貴史、君はそんな古狸を相手に闘うならば後ろ楯は必要になると想いませんか?」 「想わない、俺は後ろ楯と言う操り人形の糸は必要としねぇんだよ! 柵があると動けなくなるなら‥‥俺は柵を必要としない! 動けねぇ政治家は要らねぇんだよ! 俺の目指す政治家は屈強な中でも折れねぇ心を持つ事だからな」 「素晴らしい! 僕は君の政治魂に惜しまぬ協力を誓いましょう 貴方は嫌だろうけど、僕と君が出逢った瞬間から歯車は回り始めた事になります 僕は有栖院家、次代の当主となる有栖院栗栖 僕は君の後見人となり、君が動きやすくなる様、盾となる事を約束致しましょう!」 「おい‥‥何が起こってるんだよ」 兵藤が唸ると栗栖は 「有栖院家は御三家の一つに当たります 綾小路、西園寺、有栖院は旧華族の御三家として、今も倭の国に根付いているのです そんなバックボーンを貴方は手に入れた、って事です ねぇコーちゃん、そうだよね」 と笑って何でもない風に謂った 康太は「だな!」と何でもない風に謂った 兵藤は「おい!」と自分を度外視して進んで逝く事態に唸った 「まぁ知り合っておけよ!貴史 損はねぇ話だろ?」 「何でそんな元華族の御坊っちゃまがお前の所にいるんだよ?」 「それはオレの駒だからだろうが! まぁ栗栖の場合ずっと裏で暗躍させようと想っていたがな、歴也への抑止力と謂う意味を込めて表へ出したんだよ」 「まぁ俺はお前が敷いた線路の上しか通る気がねぇからな! 邪魔するなら薙ぎ倒して通るだけだ!」 栗栖は兵藤の前に立つと深々と頭を下げた 「何者にも囚われず己の道を逝く戦士よ! 僕は君の孤高なる意思を尊重するつもりです! まぁ僕は今、コーちゃんちの使用人としてお子の面倒を見ている存在ですので、仲良くして下さったら嬉しいです!」 兵藤は栗栖に手を差し出すと 「宜しく栗栖!」と謂った 二人は固く握手をして顔見せは終わった 兵藤が康太を見ると康太は何処かへ電話をしていた 「一度逢えねぇか? お前がどんな目的で飛鳥井の一族の者を探しているか直に聞きてぇと想っている」 『解りました、この後は、御時間ありますか?』 「この後は無理だな、子供達と過ごす事になっている」 『なら夜なれば?』 「それなら大丈夫だ! 飛鳥井に着いたら連絡をくれ!」 『解りました』 康太は電話を切ると兵藤は 「誰に電話してたのよ?」と尋ねた 「正義だ!直に聞かねぇとならねぇからな」 「俺も同席しても構わねぇか?」 「おー、構わねぇけど流生の事頼んだぞ!」 「解ってるよ、俺も話をしたいと想っていたならな」 康太は書類を兵藤に返した 兵藤はバッグに書類をしまった 会長の清隆が玲香を連れて副社長室にやって来ると、少し遅れて瑛太も仕事を終えてやって来た その場に栗栖と兵藤がいたが、瑛太も清隆も何も問う事はなかった 玲香は「貴史、今宵は料亭を貸しきったからな、楽しもうではないか!」と謂った 「榊原の家族も来るのかよ?」と問い掛けると 「身内だけじゃ‥‥今は病も蔓延しておるからな‥‥」と表情を翳らせた 自粛は終わっても大人数で騒ぐ訳にはいかないし 感染を用心して不用意な事も避けねばならない 瑛太は「今日は日頃我慢ばかりしている子供達への慰労ですから」と謂った 兵藤は「なら楽しまねぇな」と笑った 康太達は一旦飛鳥井の家へと還った 料亭からバスが迎えに来てくれるから、車は置いて逝く事にした 飛鳥井の家に帰ると子供達も帰宅して両親を待っていた 皆で外でご飯を食べると謂うと子供達は大喜びした 榊原は烈の所へ行って、烈を抱き上げた 「烈、検査の結果はどうでした?」 榊原が問うと烈は不貞腐れた様に頬を膨らませた 慎一が「野菜を中心にした食生活をと久遠先生に謂われました 今後は毎月定期検診に逝く予定です」と報告した 榊原は烈を抱き締めた 「烈‥‥君が元気じゃないと父さんと母さんは悲しいです‥‥」 「とぅちゃ‥‥ぎょめん‥‥」 烈は父に抱き着いた 玲香は「沢庵は二枚までだわな!」と謂うと 清隆も「煎餅も二枚までにせねばなりませんね!」と付け加えた 烈は「いじょわる‥‥」と泣いた 康太は烈の頭を撫でた バスに乗り込むと京香が柚と瑛智を連れて乗り込んだ 泣いてる烈を気にして 「どうしたのじゃ烈?」と声をかけた 慎一が烈の健康状態を京香に伝えると、京香は榊原の腕から烈を持ち上げて 「よゐこじゃ、烈は頑張っておるのは誰よりも知っておる‥‥」と椅子に座って慰めた 烈は京香に甘えてご機嫌を取り戻していた 華族全員バスに乗り込むと、バスは発車した 瑛太は兵藤に「最近は忙しそうだね貴史」と声をかけた 「政治塾に通い出したので、出される課題をやる為にあまり外に出る時間がなかったのですよ」 「君の糧になる日々は大切だろうけど、時間が出来たなら康太の子達に逢いに来てやって下さいね」 「解ってます、俺も流生達の成長は楽しみですから!」 流生が兵藤に抱き着くと、兵藤は膝の上に乗せて流生を抱き締めた 流生が不安定なのを知っている兄弟は、この日は流生に兵藤を譲った 太陽と大空と音弥は康太の横に大人しく座っていた 翔は清隆の横に座っていた 悠太は聡一郎の横に大人しく座っていた 料亭に到着すると久々に楽しい時間を過ごした 家族は始終笑顔でお酒も進んでいた 清隆は食事の途中で「少し良いですか?」と切り出した 康太は「構わねぇよ父ちゃん」と笑顔で答えた 「悠太が還って来て忙しくて快気祝いもお帰りの祝いもしてませんでした なのでこの場で祝いたいと想い料亭を貸しきりました 悠太 良く耐えて退院して還って来てくれましたね 今、改めてお帰りと謂います、お帰り悠太」 「父さん‥‥」 悠太は信じられない顔を父に向けた 玲香も「お帰り悠太‥‥良く還って来てくれた‥‥」と悠太を抱き締めた 母の腕が震えていて悠太は家族の想いを噛み締めた 「ありがとうございます‥‥ そして『ただいま!皆』本当にありがとう 康兄、伊織義兄さん、そして聡一郎 本当に今まで支えてくれてありがとう」 悠太は泣きながらお礼の言葉を口にした 後はもう飛鳥井らしくお酒が進み 何時もの日常には程遠いが楽しい時間を味わえた 二時間ちょいの会食が終わると、帰りのバスに乗り飛鳥井へと還る 楽しい時間はあっという間に過ぎて行ってしまった

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