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第21話 あまねく音 ①
音弥は辛い時も悲しい時も嬉しい時も
何時も何時も歌を口ずさんでいた
だが最近は歌を歌わなくなっていた
音楽も聞かなくなっていた
隼人はそんな音弥の変化を‥‥気付いていて何も謂う事は出来なかった
ずっと大人の中で隼人は生きて来た
物心着く頃には母と切り離され、芸能界と謂う特殊な世界で生きて逝くしか術はなかった
大人の勝手で隼人は煌めく世界に引きずり出され生きていく事を強要されて成長した
そんな隼人は飛鳥井康太と出逢うまで、何も詰まっていない空っぽの人間でしかなかった
男も女も温もりだけ欲して捨てた
温もりだけしか要らなかった
そんな身勝手をして来たから、天罰が下されたと隼人は想っていた
初めて愛した人は‥‥音弥を産み落とし‥‥鬼籍の人となった
初めて愛した人との子を、康太に託した
康太の子として育ててと謂ったのは隼人だった
菜々子の想いも隼人の想いも引っ括めて愛してくれると想い康太に託した
元々、初めての子は康太にあげると決めていたのだ
だから後悔など微塵もない
微塵もないが‥‥‥菜々子の愛した子なのだ
気になるし
元気に何時も笑ってて欲しいのだ
それこそが隼人の望みであり願いだった
隼人は康太に抱き着いた
大きなナリした長男を、康太は笑って抱き締めた
「どうした?音弥の事か?」
「音弥はどうしたのだ?
あんなに音楽が好きだったのに‥‥‥」
「あまねく音を彼方まで響き渡らせ、命の限り紡いで逝け‥‥」
「え?どうしたのだ?康太」
「音弥の名前の由来だよ
超未熟児だった音弥は産声さえ発する事はなかった
だからな元気に産声を上げて泣いくてくれ!と祈っていた
やっと泣いた音弥の産声は、音を奏でているみたいに儚げでそれでいてともても綺麗だと想った、あまねく音を紡ぐ人であれ!と想って着けたんだよ」
「康太‥‥」
「次代の真贋である翔は、天翔るイカロスの様に、命尽きるまで駆けて逝けと謂う想いを込めた
流生は何時か一生に流れ着けと謂う想いを込めた
太陽と大空は互いを絶対に互いを忘れてはならないと謂う想いを込めた
烈は善きにしろ悪しきにしろ、烈風を巻き起こす存在となるかんな、烈風狂瀾を巻き起こす存在であれ!と着けた名だ
音弥はあまねく音を彼方まで響き渡らせ、命の限り紡いで逝けと謂う願いを込めて着けた名だ
オレはそれぞれの子に、それぞれの想いを込めて命名した」
「康太‥‥お前は誰よりも母なのだ」
「音弥は今、闘っているんだよ」
「何と、闘っているのだ?」
「自分の想い、とだ」
「自分の想い‥‥‥そうか、もうそんな悩みを抱く様になったのだな‥‥」
嬉しいような、悲しいような‥‥
親だけが味わえる感情なのだ
康太はその想いを隼人にも抱かせ、音弥と共に成長させようとしていた
隼人にはそんな康太の想いが伝わっていた
「音弥は音楽とは切れねぇよ!
菜々子はずっと腹の中にいる間に色んな音楽を音弥に聴かせた
無意識のうちに音と触れ合って来た音弥は音とは切れねぇ様に出来ているんだよ」
「ならば‥‥待つしかないのだな?」
「苦しくても辛くても、答えは己で見付けるしかねぇからな‥‥」
隼人は口惜しくて黙った
康太の言葉が解るから‥‥手出しはしないと決めた
iPodを持たない音弥を兄弟は心配していた
子供部屋に戻っても、BGMは流さなくて良いよ!と慎一に謂うから、音弥の変化を‥‥どうしたモノか思案していた
慎一は子供部屋にオーディオプレーヤーを持ち込み、クラッシックを流していた
時々、隼人の好きな歌だったりするが、穏やかな眠りが訪れます様に‥‥と謂う願いを込めて静かな音楽を流していた
その音楽も最近は「流さないで!」と謂う音弥の希望を聞いて流さずにいた
慎一も康太に「大丈夫ですか?音弥は?」と心配して耳に入れていた
この日康太は音弥だけ学校を休ませた
康太は音弥に「御出掛けしようぜ!」と誘った
音弥は母さんとの御出掛けに上機嫌だった
だが駐車場へ逝くと、隼人が運転席に乗っていた
康太は後部座席のドアを開けると、動きを止めた音弥を座席に放り込み、自分も乗り込んだ
「かあさん‥‥」
「あんだよ?止まったら何処へも逝けねぇじゃねぇかよ?」
「‥‥‥ごめん‥‥」
「おめぇが何を考えてるかは解る
オレは飛鳥井家真贋だからな、お前の考えなんて手に取る様に解るんだよ!
オレの眼は人の過去も未来も映す
だが分岐点に来てねぇと映らねぇのが難点なんだけどな!
そのオレの眼にお前の魂が霞がかかった様に映るんだから、相当だよな?」
康太の言葉には逃げ道はなかった
何時だってそうだ
母は逃げ道は用意してはくれない
狡い逃げ道は用意されていない以上、音弥は母の瞳を見て話すしかなかった
「かあさん‥‥ボクは‥‥」
音弥が何か謂いかけた時、康太は
「話は菜々子の墓の前でする!
だから今、話さなくて良い!」と告げた
音弥は「いやら!そんにゃとこいかにゃい!」と抵抗した
「音弥!」
康太の声に音弥は泣き出した
隼人は「康太‥‥」と止める様に名を呼んだ
「オレは飛鳥井家真贋 飛鳥井康太だ!
他になりてぇとずっと想っていた
伊織と何処か誰も知らない所へ逝って静かに暮らしたい‥‥何時だって想っていたが、オレの行く道は一つしかねぇんだ!
何処へも逝けやしねぇんだ!」
誰よりも飛鳥井康太である事の呪縛を嫌っていたのは康太だった
何かある度に‥‥逃げ出したい想いに駆けられた
だけど何処かへ逝こうとも‥‥断ち切れぬ運命が康太を雁字搦めにした
「オレだって逃げ出したい時はあるんだよ‥‥‥音弥」
「かあさん‥‥ごめん‥‥
かあさん‥‥ごめん‥‥」
音弥は魘される様にそう謂った
隼人は涙を拭うと、菜々子のお墓へと向かった
菜々子のお墓は横浜の街が一望出来る高台に在った
この霊園も飛鳥井の菩提寺の持ち物だった
隼人は霊園の駐車場に車を停めると、後部座席のドアを開けた
康太は車から下りると、音弥に手を差し出した
音弥は母の手を取って車から下りた
隼人は助手席のドアを開けて花束を取り上げると、ドアを閉めた
隼人は音弥に「この花を頼むのだ!」と謂い花を音弥に託すと、康太にお線香とマッチを託して水を汲みに行った
康太は菜々子のお墓の前に向くと、隼人を待っていた
「6年だ音弥‥‥」
「かあさん‥‥」
「お前がこの世に生を受けて6年だ‥‥」
音弥を産んで数日後に他界した菜々子が他界して6年となる
康太は墓石の上に目を遣り、何かを見ている風だった
音弥も母の視線を追って‥‥‥墓石の上へと視線を向けた
「お前の母がこの世を去って6年だ」
「おとたんは‥‥かあさんのこらよ?」
「そうだ、おめぇはオレの子だが‥‥
オレは男だからなお前をこの世に産み出してやる訳にはいかなかった
お前をこの世に産み出してくれたのが、このお墓に眠る女性(ひと)だ」
「ななこ‥‥」
「人の魂は黄泉へと渡り転生の道を辿る
人は罪を背負って生きているかんな、転生の道は険しく厳しい修練の日々となる
菜々子の魂は黄泉へと渡り転生の道を辿った
だが想いは現世に遺して来た我が子に遺り‥‥‥我が子を見守って来た
だがそれにも期限があるんだよ音弥
七回忌を終えた菜々子はもう現世には留まれない‥‥‥お別れを謂え音弥‥‥」
音弥は母を見上げた
そして菜々子の方を見た
菜々子はすっかり‥‥‥薄くなり消えて失くなりそうになっていた
音弥は「ななこ!」と叫んだ
菜々子は笑って我が子を抱き締めた
もう触れられぬ我が子を抱き締めた
透けた菜々子の手が音弥を抱き締めているのを、辛うじて解った
隼人は水を汲んで来ると、線香に火をつけた
枯れた花を新しい花と変えて、線香を手向ける
菜々子は音弥から離れると隼人を抱き締めた
『隼人‥‥誰よりも幸せになりなさい
そして私に変わって‥‥音弥をお願いね』
隼人の耳元で菜々子は囁いた
だが隼人はそれが解らないのか、菜々子の墓石に話しかけていた
「菜々子、音弥は小学生になったのだ!
お前が胎教に良いからと歌を聴かせたから、歌の好きな子に成長したのだ」
隼人は楽しそうに語りかけ
まるでそこに菜々子がいるかの様に語りかけていた
康太は墓前で手を合わせると
「音弥はこれからもオレの子として飛鳥井で生きて逝く‥‥だから心置きなく転生しろ!
今度は隼人の子として産まれて来い!」と謂った
隼人は驚いた顔で康太を見た
「幸せにしてやりたかったんだろ?
ならば妻ではないが我が子として愛してやれよ!」
「康太‥‥‥」
「命日の時‥‥遣るべきだったのに遅くなってすまねぇな菜々子‥‥‥」
菜々子は艶然と微笑むと康太に深々と頭を下げた
『誰よりも幸せになってね音弥‥‥
誰よりも貴方の幸せを願います』
傍でその成長は見届けれはしないけど‥‥
お腹を痛めて産んだ我が子なのだ
愛しくて離したくなくて‥‥‥
音弥の成長を見守りたくて心だけ‥‥残った
だけど、その時間も終わりを告げようとしていた
菜々子は隼人と音弥を抱き締めると
『音弥‥歌って‥貴方の歌は皆を元気にするわ
だから歌ってね‥‥‥ねっ‥‥』
「ななこ‥‥おとたん‥‥うたってもいいにょ?」
『どうしてダメだと想うの?』
「だって‥‥ボクはかあさんととうさんのこだから‥‥‥」
だから‥‥歌うのを止めようと想ったのだ
康太は「オレは音弥の歌、聞きてぇぞ!きっと伊織も聞きたいだろうし、おめぇの兄弟達も聞きたいと想ってるさ」と謂った
「ぼくは‥‥‥うまれるまえのきおく‥‥あるの
ななこがうれしそうにおんがくをきいてるの‥‥しっている」
「九曜の血だろうな‥‥」
康太が呟くと隼人は「封印したのではないのか?」と問い掛けた
「音弥の力は強いんだよ
封印したとしても、封印出来きれねぇ力があるんだよ
流生の様にな‥‥‥」
「因果な運命なのだ‥‥オレ様は‥‥親も知らずに育ったと謂うのに‥‥親の力を受け継いで、音弥に受け継がせてしまったと謂うのか‥‥」
「定めだ隼人
音弥はこの世に産まれ堕ちた瞬間から、数奇な運命を背負って産まれたんだ」
「康太‥‥‥」
隼人は何も謂えず黙った
菜々子は笑っていた
幸せそうに笑っていた
そして薄くなり‥‥‥空気に溶け込む様にして‥‥消えた
康太はそれを見届けて「菜々子の想いは今世から消えた
これで本格的に転生の道を辿る事になるだろう」と謂った
隼人は泣いていた
立っていられずに泣き崩れると、音弥が隼人を抱き締めた
「ないたらだめだよ!」
「音弥‥‥」
「ないたら‥‥ななこかなしむ」
「そうだったな‥‥これは汗なのだ音弥」
「こころのせんたくらね!」
涙は心の汗だ、臭くなる前に洗濯しねぇとならねぇんだよ!と康太の口癖を音弥も謂う
飛鳥井康太の子だと、その総てで謂われているみたいだった
「そうなのだ!時には心も洗濯しないと、汚れてしまうのだ!」
「なら、せんたくしていいよ、はやと」
音弥はそう言い隼人を抱き締めた
隼人は音弥を抱き締めて泣いていた
霊園に榊原が来ると、隼人は音弥を抱き締めて泣いていた
榊原は康太の手を取ると、そっと引き寄せ抱き締めた
「菜々子は‥‥‥逝きましたか?」
「あぁ、幸せそうに笑って‥‥‥消えた」
「そうですか、ならば後は司録が取り計らってくれますね」
「本当なら‥‥命日の七回忌でやらねぇとならなかった」
「その頃は色々と大変でしたからね‥‥」
「音弥は歌を歌うとオレ達が哀しむと想って歌うのを止めていたみてぇだ‥」
榊原は隼人の手から音弥を抱き上げると
「父さんは音弥のお歌、とても好きです
烈との掛け合いが本当に笑えてまた聞きたいです」と優しく囁く様に謂った
音弥は父が大好きだった
激しい焔の様な母と、静かな水面の様な父
「とうさん‥‥」
「音弥は音弥の好きな様に生きれば良いのです!
お歌が好きなら、歌えば良い
歌わない方が気になって仕方ありませんからね!」
「ごめん‥‥とうさん」
「音弥は僕と康太の子です
飛鳥井康太の魂を受け継いだ子です
血より濃いものはないけど、それに負けてないと父は自負しています」
音弥は榊原の首に腕を回して抱き着いた
「とうさんとかあさんのこでいたの‥‥」
「誰が何と謂おうと、君は父さんと母さんの子です
でなければ、僕も父さんや母さんまで巻き込んで、飛鳥井になった意味がないじゃないすか!」
父、清四郎の愛だった
母、真矢の愛だった
笙は今も榊原を名乗っているが、清四郎は源右衛門の実子として裁判所で認定して貰い飛鳥井を名乗った
清隆の兄として飛鳥井として生きる
清四郎は飛鳥井として生きる為に姓を変えた
榊原を飛鳥井の戸籍に入れた後、康太と養子縁組させた
名実共に榊原は康太の伴侶として飛鳥井で生きていた
何故そんな面倒な事をしたかと謂うと‥‥
やはり世間の噂を気にして、飛鳥井となった父の子供になれば違和感もなく姓の変更が出来ると踏んだのだ
そんな面倒な作業を繰り返し、それでも我が子の為に骨身を惜しまず愛してくれた両親を榊原は尊敬しているし愛していた
隼人は立ち上がると康太に抱き着いていた
「音弥、君は僕と康太の子で在るならば、今の想いを乗り越えなさい!」
「とうさん‥‥どうやって?」
「歌いなさい
それこそが君のDNAに組み込まれた逃れられない定めなのです
僕達の子ならば逃げずに立ち向かえますね?」
音弥は覚悟を決めた瞳を榊原に向けて頷いた
「では君達が乗り越えるべくステージを用意しますか?」
隼人は「何をするのだ?伊織?」と問い掛けた
榊原は隼人に「隼人、近いうちにコンサートを開く予定です」と唐突に口にした
「コンサート?
誰のコンサートを開くのだ?伊織」
「君達のコンサートを開く予定です!
そのステージで隼人は音弥と最初で最後の親子共演をするのです‥‥今だから出来る事をしなさい!」
「伊織‥‥ダメだそんな‥‥」
「音弥、君も父さんと母さんの子でいたいのなら‥‥‥歩き出しなさい!」
「とうさん‥‥」
「僕の康太は何時だって逃げ道は用意せず突き進む!
ならば君達も逃げずに立ち向かわないとなりません!
隼人、君は僕と康太の長男ですよね?
ならば長男の底力を見せてやりなさち!
音弥、君は隼人を負かしてやる気で立ち向かいなさい!」
「伊織、オレ様は負けないのだ!」
「ボクもまけない!」
「ならば、企画構成は僕が書きましょう
ステージは康太が用意する!
どちらが成長したか、見せて下さいね!
楽しみですね康太」
「だな、これから神野の所に行って、詳しい打ち合わせに逝くとするか!」
「来る前に話は通しておきました」
「流石、オレの愛する伊織だな」
「もっと誉めて下さい
君の為だけに存在する僕ですからね!」
榊原は音弥を抱っこしたまま歩いた
駐車場に向かうと隼人が乗ってきた車がなかった
榊原は「君の車は慎一に頼んで持ち帰って貰いました」と謂った
仕方なく隼人は音弥と共に榊原のベンツの後部座席に乗り込んだ
榊原は神野の事務所へと向けて車を走らせた
神野の事務所の駐車場に車を停めると、康太の兄の蒼太がパートナーの宙夢と伴に階段を下りて駐車場に向かう所だった
宙夢は「康太君!」と康太を見付けると走り出した
「おっ!宙夢元気だったか?」
「元気だよ、康太君からの依頼の商品、近いうちに出来るからそしたら持って逝くね」
「おー!慌てなくて大丈夫だかんな!」
宙夢は車から下りて来た榊原に目を向けた
「伊織君、久し振り」
「宙夢さん、今回は無茶なお願いしましたね」
「構わないよ、それよりその子は音弥君?」
「そうです」
「音弥君、久し振りだね」
宙夢は嬉しそうに音弥に声をかけた
「ひろむくん こんにちは」
ニコニコ笑顔で音弥は答えた
その顔はやはり一条隼人を幼くしてギューッと濃縮した様な顔だと思った
康太の後ろに隼人が立っていて宙夢は驚きつつも
「隼人君、久し振りだね」と声をかけた
「久し振りなのだ宙夢」と答えた
珍しい組み合わせだなと想ったが問うのは止めた
康太は「何処へ逝く所なんだろ?足を止めさせて悪かったな」と蒼太に謂った
蒼太は「自粛中は何処へも行けなかったので、久し振りに食事に逝こうかと想っていたのです?どうです君達も?」とニコニコと声をかけた
「オレ等は神野に用があるかんな!
またの機会に誘ってくれ!」
「はい、残念ですがまた機会に!」
蒼太と宙夢は車に乗り込み目的地に向かって車を走らせ去って逝った
康太は音弥と手を繋ぎ神野の事務所に向かった
榊原は隼人と共に康太の後を着いて逝った
事務所に顔を出すとデスクワークをしていた真野千秋が「康太さん!久し振りです!社長、康太さんがお見栄です!」と事務所の中へ迎え入れてくれた
神野は神妙な面持ちで康太を出迎えた
社長室へ康太達を迎え入れると、神野は人払いした
社長室には既に小鳥遊が康太を待ち構えていた
先に切り出したのは小鳥遊だった
「康太、冗談ではなく‥‥本気ですか?」
小鳥遊は単刀直入に問い質した
「本気だよ!
だが隼人にくれてやる為じゃねぇ!
前に進む為に必要な儀式だからな‥‥やるんだよ
親子と名乗りを上げるのは‥‥‥これが最初で最期だ!
二人には酷な事をすると想う‥‥
だが先に逝くなら‥避けては通れぬ現実だ
乗り越えねぇと二人は共倒れだ!」
「何か‥‥有ったのですか?」
小鳥遊は問い掛けた
それに答えたのは榊原だった
「音弥は歌を歌わなくなりました
あれだけ神野や小鳥遊の前でも歌っていたのに‥‥音弥は歌うのを止めました
それだけでなく音楽を聴くのも、部屋で流すのも止めさせました
今の音弥はらしさを忘れた歌えない金糸雀と変わらない状態なんです」
神野は「俺は全面的に康太に協力する」と約束を口にした
康太は「二人が此処で留まれば‥‥必ず歪みは来るだろう‥‥そうならない為の荒療治だ‥‥
そして二人が親子としていられる一瞬の夢の共演だ
それ以降は音弥はオレの子として、会社の行事や社交界にデビューさせる予定だからな!」とキッパリと答えた
小鳥遊と神野は音弥を見た
音弥は何か吹っ切れたのか、晴れ晴れとした顔をしていた
小鳥遊は音弥に「後悔しないかい?」と問い掛けた
「しない!」と音弥は元気良く答えた
神野は「引き返せれないんだぞ!ステージの上に立ったら‥‥‥」と心配して問い掛けた
「だいじょうぶよ!あきまさ」
「音弥‥‥俺は何時だってお前達の事が気掛かりだ‥‥
お前達を護りたいと想っているんだ」
「それれも‥‥にげたくないの‥‥」
「音弥‥‥」
小鳥遊は音弥の気持ちを聞いて覚悟を決め
「解りました、僕達も精一杯出来る事はします!」と答えた
最初で最期の親子としてステージの上での共演が決定した瞬間だった
何度も何度も打ち合わせをした
康太と神野は場所の確保に疾走していた
使えるコネは総て使い何とか横浜アリーナを1日だけ貸して貰える算段を着けた
次は告知とゲラ刷りで周知に告知して逝く
隼人は一度だけ「マツコの部屋」に出演してコンサートの宣伝をした
コンサートのコンセプトは『絆』
タイトルは『親子共演コンサート』だった
サブタイトルが『音弥、君と最初で最期の親子共演コンサートを開こう!』だった
隼人がこうしたテレビに出る事は珍しく、周囲の関心を誘った
隼人は嘘偽りのない想いを口にした
そしてコンサートを開く事を告げた
一夜限りのコンサートは広くは告知はしないと告げた
知った人で見たい人や興味のある人だけ、見てくれれば良い
そう告げた
一条隼人が結婚して、妻は若くして亡くなった事はかなりの人の周知していた
だが、子がいた事はあまり知られてはいなかった
しかも子は友の子として成長して、隼人は傍で見守っていると謂うのだ
テレビを見ていた人は皆、涙を長し一条隼人の想いを見届けようと想っただろう
コンサートの告知をすると康太の携帯電話がひきりなしに鳴り響いた
康太は携帯を慎一に預けて電話に出る事を避けた
康太は慎一に携帯を預けた時
「この件に関して一切の詮索も介入も不要だと伝えておいてくれ!」とだけ伝えた
それを聞いた者達が康太を心配して飛鳥井を訪問したのは謂うまでもない
最初に飛鳥井に来たのは三木繁雄だった
それを皮切りに堂嶋正義が安曇と供に飛鳥井に来て
戸浪まで心配して訪ねて来る始末だった
三木は康太に「康太、何を考えているんだ?」と問い掛けた
こんな強行軍でコンサートを開くなんて‥‥康太の精神を安じて心配していた
「繁雄、心配するな!」
「心配するよ!私は君の駒なんだから‥‥」
三木は康太を抱き締めて、大人気なく泣いた
堂嶋も「康太‥‥‥酷な事をし過ぎではないか?」と隼人と音弥を親子として立たせる現実を危惧していた
そして、それを監修する康太の想いを心配していた
安曇も「君が遣らずとも‥‥他の者に任せておけばよいではいですか?」と我が子の心配をしていた
戸浪も「康太、どうしてこんな状況になったか‥‥‥お話聞かせて貰えませんか?」と問い掛けた
そこへ清四郎と真矢も加わって
「そうよ!康太‥‥私にも聞かせて」と真矢が訴えた
「あまりにも酷な事を‥‥音弥も隼人も、康太‥‥‥君と伊織もどんな想いなのか‥‥考えたら居てもたってもいられなくなりました」と清四郎も訴えた
康太は全員に音弥が歌わなくなった事を話した
音弥には生まれる前の記憶もあり、音弥の母が何時もお腹の中の音弥の為に色んな音楽を聴いていたのも知っていた
最初は本当に音楽が好きで歌っていたが、康太と榊原の子で在ろうとする想いが‥‥
音弥に歌を歌わせなくなった
音弥は歌うと康太と榊原が哀しむと想って歌うのを止めていた
総て知って音弥は歌を聴くのも歌うのも止めた
今の音弥は我慢して苦しんで、本来の自分から逃げている
だからこそ、隼人と同じステージに立って乗り越えさせようと想っている
皆にそう告げた
皆は‥‥‥康太の想いも、榊原の想いも‥‥‥
歌を歌わない音弥の想いも
愛した人を亡くし、友の子として傍で我が子を見守る隼人の想いも解って‥‥言葉をなくした
安曇は「6歳の子が立ち向かうには‥‥あまりにも厳しい試練ですね」と目頭を押さえ呟いた
戸浪も「言葉もありません‥‥私は‥‥煌星が‥‥何かを諦めた時‥‥こんな風に‥‥出来るか解りません
本当に康太、君の想いには敵いません‥‥」と涙ながらに謂った
血の繋がらぬ我が子を育てている戸浪は、康太の苦悩が痛い程に解っていた
戸浪は「康太、そのコンサート‥‥トナミ海運も協賛に加えて下さいませんか?」と提案を口にした
康太は「若旦那‥‥」と困った顔をした
「そのコンサート、協賛は何処ですか?」
「協賛はいねぇんだよ
本当に個人的なコンサートを開くつもりだからな、見たいと想う人だけチケットを購入してもらうつもりなんだよ
赤字は当然覚悟のコンサートだからな
でもそれなりの舞台は用意してやりてぇからな横浜アリーナを確保した」
「ならばトナミ海運は協賛致します」
戸浪は一歩も引かぬ態度で申し出をした
安曇も「ならば私も個人として協賛に名を連ねたく想います」と謂えば
堂嶋も「なら俺も協賛に名を連ねる事にする!」と一歩も引かねぇからな!と態度で謂った
三木も「私だって協賛に名を連ねる所存です!私を除外しようなんて!
この件に貴之が動いてるんでしょ?
本当にアイツはオジさんを除け者にして!」と怒って謂った
康太は困った顔をした
真矢は「そのコンサートの立会人に私はなります!」と名乗りをあげた
清四郎も「そうです!協賛なんて生ぬるい!私達は立会人としてコンサートに出ます!
ギャラは要りません!
私だって孫である音弥を心配しているのです
当然、康太の長男である隼人も心配してます
祖父母である私達が傍にいれば、泣きそうな時、抱き締めてあげれますから!」と提案でなく、現実にするからな!と想いを込めて謂った
すると堂嶋も「ならば俺達だって立会人になりたい!」と言い出し
安曇も三木も戸浪も立会人になりたいと謂った
康太は困った顔をして榊原を見た
榊原は「こうなったら誰も引きませんよ?」と現実を口にした
「んな事になったら立会人は確実に増えるぜ!
神野や相賀、須賀に善之助だって出たいと言い出したらどうするんだよ!」
「そしたら立会人席を儲けて見届けて貰えば良いだけです!」
「んな簡単で良いのか?」
「簡単に考えないとハゲますよ?」
榊原は笑って謂った
だが、何度も頭を怪我した康太は笑い事ではなかった
「ハゲは嫌だ‥‥」
「なら深く考えず、気楽に行きましょう
こんなに音弥と隼人を心配して、強いては君を心配して立会人として参加して下さると謂うのです
有難い想いは受け取りましょう」
「きっともっと増えるぞ!」
「それでも‥‥僕達は恵まれていると感謝せねばなりません‥‥皆の想いを有り難く受け取りましょう!」
「今の言葉を忘れるなよ!伊織」
「え?‥‥‥もしかして僕は墓穴を掘りましたか?」
「ステージに上がれないヤツも立会人として見届けたいと謂うなら100席は関係者席に確保しておかねぇとならねぇぞ! 』
「ならば100席は関係者席として確保しておきましょう!」
「まぁ後戻りは出来ねぇかんな!
進むしかねぇんだよ伊織」
「解っています!奥さん」
「寝る間も惜しんで企画構成考えろよ伊織!」
「頑張りますとも!
その為なら多少の無理をしてみますとも!」
話は着実な明日へ向かって走り出していた
当初の目的とは程遠い大事になり‥‥‥進んで逝く事となった
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