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第23話 天翔(あまかける)イカロス①

飛鳥井翔は飛鳥井家次代の真贋として、飛鳥井家に生を成した 母は稀代の真贋と呼ばれる存在で、飛鳥井家真贋の中でも群を抜いて強い力を持つ真贋だった その真贋を母に持つと言う事は結構のプレッシャーがあったりする だが翔は自分に出来る精一杯で、母に報いようと鍛練に励んでいた 「翔、ダメだ! 何故目で視ようとするんだ!」 母の叱責に耐えて翔は出来る様に何度も何度も立ち向かう 決して誉め言葉は飛ばない 出来て当たり前の世界で翔は精一杯に生きていた 自分は多分‥‥母よりは見劣りする真贋となる そんな事は解っていた だが飛鳥井の家に真贋として産まれた瞬間から逃れられない運命に雁字搦めにされていた 学校を終えると友達は遊びに逝こうよ!と誘って来る だが翔はそのクラスメートの誘いを断り、栗栖のお迎えの車に乗り菩提寺へと向かう 法要があるならば、法要の手伝いをした 次代の真贋として顔を売る それも翔の務めだった 務めがない日はひたすら修行に励む 未熟な翔は良く怪我をする それが堪らなく情けなくて‥‥ 翔は唇を噛み悔しそうに黙る 人より大人びて見られるけど、大人びてなんかいない 臆病だから静観を決め込んでいるだけなのだ‥‥ だが表情が変わらない翔の些細な変化を見極められる人間は‥‥そうそういなかった 初等科へ入学して三通夜の儀式を行った 新型の肺炎を危惧して三通夜の儀式は遅れに遅れた そしてやっと行った三通夜の儀式の時、翔は家族を斬れなくて‥怪我をした そして殺されるかも‥‥と謂う瞬間 何処からともなく母が現れて、妖怪じみた妖かしを斬り倒してくれた 母は翔を立ち上がらせると殴り飛ばした 「何故斬らなかった!」 怒られるのは解っていた 一瞬の判断が命取りになるのも解っていた だが‥‥両親や祖父母、そして兄弟を消し去る事には一瞬の躊躇が産まれてしまった きっと母なれば‥‥‥ 一思いに消し去れるだろうし 斬り倒せれるのだろう‥‥‥ 翔は情けなくて仕方がなかった この日、康太は翔だけ学校を休ませた 真贋の着物を着て母と共に迎えに来た車に乗り込む 母は翔に「辛いか?」と問い掛けた 「いいえ、つらくはありません」と翔は答えた 辛いんじゃない 情けないのだ 自分には才能がないのかも知れない 兄弟の中で一番劣るのは自分なのかも知れない‥‥‥と想っていた 父は翔を庇って幾度もなく母と喧嘩をしていた 兄弟も翔が可哀想だと母に直訴した 翔は兄弟や父の想いが嬉しかった 嬉しかったが‥‥翔を庇護下に想うからこそ出る台詞だと理解していた 庇われる それが翔を追い詰めている事も知らず‥‥‥ 翔を護ろうとしてくれている兄弟や父の想いに報いようと想っていた この日は経済界のトップとの会食だった 翔は次代の真贋として顔見せを兼ねて、母と出席していた 会食が終わる頃、康太は戸浪に声を掛けられた 「康太、この後お時間が有りましたら、我が家にでもお越し下さい!」 「この後の予定はねぇから、お邪魔しに行こうかな?」 「是非、お越し下さい」 戸浪は嬉しそうに笑うと康太と翔と共に会場の外へと移動した 駐車場に向かうと康太は電話を掛けていた 迎えの車を断る為だった 戸浪は翔に「御立派になられましたね翔」と声をかけた 翔は「まだまだです‥‥ボクは‥‥」と悲しそうに呟いた 戸浪はそれがとても気掛かりに感じた 戸浪から見れば翔は同じ年の子達と比べて、かなり出来るタイプの子供に感じてならなかったからだ 「翔‥‥‥君は子供らしさを遥か彼方へ置き忘れて来てしまったのですか?」 「わかだんな‥‥‥」 戸浪は翔を見ていると苦しくて堪らなかった 昔の自分なれば、何も想わなかったかも知れないが‥‥‥ 今は‥‥辛くて堪らなく感じていた 電話を終えた康太が「それでは行きましょうか?」と声を掛けると戸浪は我に返った 「ええ。久し振りの楽しい時間となります」 戸浪はニコニコ笑って康太と翔と共に田代の車に乗り込んだ 後部座背に康太と戸浪が乗り込むと、翔は助手席に乗り込んだ 田代は嬉しそうに「翔、車好きですか?」と問い掛けた 翔はうん!と頷いた 走り出す車の窓から景色を見ていた その横顔は友に酷似していた 田代は「瑛太も‥‥何時もそんな顔してたな‥‥」と呟いた 翔は田代の方を見て「たしろ?」と名を呼んだ 「俺はお前を見てると瑛太を思い出す‥‥‥ あのストイックな生き様の裏に何れ程の想いを抱えて生きているのか? そう想うと辛くて堪らなくなるんだ」 今も友は飛鳥井建設の社長の席で、幾多の困難を乗り越えて生きているのだ 何も変わらぬ表情に‥‥‥何れだけの苦悩を刻み付けているのだろう‥‥ 「えいちゃは‥‥ぶきようなおとこだから‥‥」 「お前もな翔 一緒だよ弱音も吐かないし、愚痴も謂わない それは凄いが俺は美徳だなんて想わない」 「たしろ‥‥」 「康太も怪我ばかりしていた お前も見るたびに怪我ばかりしてるな 康太は何時も何時も瑛太の胸の中で泣いていた お前は誰の胸の中で泣くんだ?」 鋭い所を突かれて翔は下を向いた 「お兄ちゃんだから気を配り お前は休まる時間もないんじゃないかと‥‥心配になる」 戸浪は泣きそうな顔になった翔を見て 「田代!」と諌めた 「社長は黙ってて下さい 俺は今、瑛太の友として翔に向き直っているのですから!」 そう言われ戸浪は黙った 「ボクにはきょうだいがいる」 「その兄弟にも本音は謂ってないのに? お前が甘えた所はあんまり見ないけど?」 「‥‥‥しんがんがあまえたら‥‥ほかにしめしがつかない」 「それは違うぞ翔! お前は真贋として生きてる道しか用意されていないかも知れないが、真贋の着物を脱いだ後も真贋でいろって康太が謂ったのか? もし謂ったのなら、俺は子供にそこまで求めるな!と謂いたいけどな!」 「たしろはかんけいにゃいじゃん!」 翔は泣き出した どうしろと謂うのだ? 何をどうしたって母には敵わないのに‥‥ 田代は車を路肩に停めると、翔の涙を拭いた 「ごめんな翔 でもやっと泣いたな 翔、誰かを護りたいのなら、まずは自分の心と向き合わないとダメなんだ 自分の痛みや喜びに目を背けていたら、きっとお前は誰も救えないと想う」 「たちろ‥‥」 「我慢は美徳じゃないんだよ翔 そんなに我慢ばかりしていたら、そのうちお前は壊れてしまう 実際、我慢ばかりしていた瑛太は壊れたよ それを近くで見てるのに、何も出来ないでいた奴の想いをお前は知るべきだ 俺は悔しかった こんなに近くにいたのにアイツの事を何も見てなかったんだって解って悲しかった お前の兄弟や両親だってきっと悲しむだろう お前は飛鳥井康太じゃないんだ! 康太にはなれない お前は飛鳥井翔なんだからな! だったら自分らしくまずは生きてみろ!」 「それ‥‥‥むじゅかちぃよたちろ‥‥」 「なら少し位我が儘を謂え」 「わぎゃまま‥‥いったら‥‥みんないう そしたらみんにゃ‥‥‥こまるんらもん」 「んな事、考えなくて良い そう言う事を考えるのはお前の両親や家族の仕事なんだよ 家族や両親の仕事を取ってやるなよ!」 「かけゆは‥‥かあさんよりおちるから‥‥」 「康太と同じ土俵にはきっと誰も上がれやしない 稀代の真贋と謂う事は、特別と謂う事なんだよ だからお前は普通の真贋だから、少し位劣っていても仕方ないんだよ! 翔は翔、それが解らないなら、そんな奴等は相手にしなくて良い! 俺は瑛太が壊れて入院した時、生徒会長の代理したけど、同じ様に出来なくてかなりの奴に責められたさ でも仕方ないって、俺は俺にしかなれないんだからって悟った 以来、俺は無謀な勝負は挑まないと決めている お前はまだ七歳だ! これからの人生を決めたりするな! お前には無限の可能性と才能があるんだ」 「たちろ‥‥」 「よしよし!瑛太と同じ顔で泣くな」 「えいちゃはもっとなきむしよ!」 「え?‥‥‥瑛太が泣いてるの?」 田代は驚いた顔で問い掛けた 「さいきんのえいちゃはよくなくよね?かあさん」 翔に問い掛けられ康太は笑って 「だな、涙腺が年と共に緩んだそうだぜ!」と答えた 田代は「そうか‥‥」と安堵した 泣けているのか‥‥良かったな瑛太‥‥ お前が家族の前で素でいられて本当に良かったよ 田代は友を想った パーフェクトな奴だと想った だが不器用で寡黙な分、誤解されてる部分の方が大きかった 田代は目頭を押さえた 本当に良かったな瑛太‥ お前があの気の遠くなる程の孤独の中にいなくて良かった‥‥ 田代は車を走らせた ダッシュボードからお菓子を取り出し翔に渡すと、翔はそれを受け取り楽しそうに食べていた だけど少し食べて 「あのね、けっとうち‥‥あがるとくどうせんせいおこるのね‥‥」と困った顔で呟いた 田代は「血糖値?‥‥え?翔の年だと関係ないだろ?」と不思議そうに問い掛けた それに答えたのは康太だった 「翔は次代の真贋として顔見せをしたからな 接する奴等は次代の真贋として最高の持て成しをしようとする 最高級の和菓子やスィーツを御茶請けに出されて、残ったら貰って来てたからな 血糖値がかなり子供の癖にヤバいんだよ 烈もそうだ、沢庵に煎餅に緑茶 あんまし体躯に良くなかったみてぇでな‥‥お子様の癖して食事制限中なんだよ!」 田代は「知らなかったからごめんな」と恐縮した 康太は「少しなら大丈夫だ、あれもこれもダメダメと謂ってたら本当に何も食べられねぇかんな‥」と多少ならOKだと謂った 田代は「烈はまだ四歳位でしたか?」と尋ねた 「そうだ、お子様なんだけどなアイツは、塩分多めが御所望らしくてな困ってる」 「烈は迫力あるお子ですね」 「あれは前世の記憶を持つ転生者だ 飛鳥井の名になる前から家の為だけに転生を繰り返す者だからな だから煎餅だの沢庵だの塩分濃い目が好きみてぇでな、手を焼いてる」 康太の言葉に何も謂えなくなった 転生者‥‥‥幾多の時を家の為だけに転生を繰り返す者だと謂われれば何も謂う言葉なんてなかった 田代の車は戸浪の家へと到着し、駐車場に車を停めた 戸浪は「着きました、どうぞ!」と車を降りると康太と翔を家へと招き入れた 応接間に通されると、応接間には戸浪の子の海と煌星がソファーに座っていた 万里と千里の姿はなかった 煌星は翔を見て、姿勢を正した 海は少しだけ不貞腐れて、そっぽを向いた 戸浪は「海、お客様にご挨拶は?」と問い掛けた すると海は「こんにちは」とだけ挨拶した 煌星は「こんにちは!こんにちは、かけゆ」と翔に挨拶した 康太は海を視て「海は反抗期か?」と問い掛けた 戸浪は困った顔をして 「最近は何かにつけて謂う事を聞きません」と困り果てていた 康太は海に「どうしたよ?海」と問い掛けた 海は康太の目を見ずに「なにも」と答えた 「オレんちも色々とある だけど兄弟の仲は良いぜ! 翔が踏ん張って兄弟を護ってくれてるからな うちの子達は皆、翔に少し頼りすぎだった」 康太はそう言い翔の頭を撫でた 翔は驚いた顔をしたが、嬉しそうに笑った 子供らしい笑顔だった 「始祖の海神よ!お前が家族の空気を悪くしてる自覚はおありか?」 康太は揶揄する様に嗤い海に問い掛けた 海は康太を睨んだ 「へぇ、オレを睨むか‥‥ ならばオレの伴侶も同じ様に睨めるのか?」 龍の格で謂えば青龍は上位の龍だった 海はそっぽを向いた 「若旦那、何時からだ?」 「幼稚舎に入園して少し経った頃から、海は煌星に対してキツい態度を取る様になりました」 「見下してるのか? 自分は特別だとでも想ったか?」 康太は思案した 明らかに海の態度は悪かった そう言えば烈が『うみ、らめらめよ、あれは』と謂ってたのを思い出した この事だったのかと康太は改めて想った 「烈、ダメだと謂うならば‥どこら辺がダメなのか謂っといてくれたら助かったのに‥」 翔は「かあさん だいじょうぶ?」と母の心配をした 康太は天を仰ぐと「黒いの来てくれ!」と呟いた 康太の目の前に、黒龍が姿を現した それと同時に戸浪の家のチャイムが鳴らされた 田代は「誰ですかね?」と玄関へと向かった 暫くして田代が榊原を連れてやって来た 榊原は康太を見付けると 「黒龍を呼ぶなら僕も呼んで下さい!」と謂い 烈を康太の膝に乗せた 康太は笑って「龍族の次代の長を呼んだ方が早かったからな!」と謂った 「それでも妬けるのです!許しなさい」 「許してんよ!何時だって」 康太はそう言い笑った 呼び出された黒龍は「用は何だ?炎帝よ!」と問い質した 「お前の父、金龍の弟が黄龍だよな?」 と康太は当たり前の事を口にした 「あぁ、そうだ!」 「黄龍の息子の一人が人の世に墜ちて海を守護する海神となった 海神の神祖は多くの子を成し、その一人の海神が戸浪と契り守護する様になった 間違いないか?」 「間違いない、神祖の龍は雅龍の兄だ」 「その神祖の兄弟の子が煌星と謂う事は、煌星は始祖の龍と同等の存在だよな?」 「元は同じ龍の一族が枝分かれして成っているのだから格がどちらか上か?と聞かれれば同等と謂うより他はない! 龍族の最高権威、法皇となられた我が弟青龍以外の上の存在など皆無に等しい」 黒龍はキッパリと謂い切った 榊原は海を視ていた 海が居心地が悪いと感じる程に鋭い瞳を投げ掛けていた 煌星は心配した顔で康太を見ていた 康太は煌星に「何時からなんだよ?」と問い掛けた 「わからにゃい‥‥きづいたらなってた」と答えた 康太は海を視ていた 烈が「うみちゃ‥‥だれのきょえもきかにゃいのよね このまえ、どんされた」と謂った 烈は海に突き飛ばされたと今も打ち身が残る腕を見せた 戸浪は「すいませんでした!」と謝った 田代は烈の前に熱々のお茶を置いた 烈は笑って熱々のお茶を啜った 榊原は海から視線を離すと 「若旦那、今日は万里と千里はどうしました?」と問い掛けた 「千里は家を出ました 万里は社会勉強をさせる為に留学して倭の国にはいません」 万里と千里は己の足で歩み始めたと告げた 「そうですか、優しい兄達は巣立って行きましたか ならば、海の態度を注意する者もいない現状なのですね」 と的確な現状を口にした 康太は黒龍に「龍に格差なんてねぇって教えてやらねぇとな‥‥」と呟いた 黒龍はデリケートな問題に、どうやって教えるか‥‥と頭を抱えた 榊原は「難しい問題ですね‥‥龍と謂えど魔界と人の世の時間の流れは違う 神祖の龍、海神も既に冥土を渡られ‥‥‥魂の休息に入られているでしょう その神祖に出向いて貰う訳にはいかないでしょうからね」と行き着く果てを口にした 「冥府に逝った者を呼び出すのは皆無に等しいかんな‥‥黒龍に来て貰ったんじゃねぇかよ?」 「ですよね‥‥」 「取り敢えず黒龍、オレが指定した日に金龍と黄龍、そして雅龍を人の世に来させてくれねぇか?」と謂った 黒龍は炎帝に考えがあるのだろう‥‥と 「承知した! 一応、閻魔の認可がねぇと魔界が出られねぇからな お前からも閻魔に通しておいてくれ!」 「オレは翔と烈を家に送ったら菩提寺に向かい、その足で魔界へ飛ぶつもりだ」 「なら待ってるわ!」 黒龍はそう言い姿を消した 康太は戸浪に「若旦那、オレの指定した日に、指定した場所に来てくれねぇか?」と申し入れた 「解りました、私共も海の最近の態度には手を焼いておりました所です 康太が‥‥介入して下さるのなら願ってもない事です」 「このままで逝けば必ず海は孤立するしかねぇかんな‥‥ 美智瑠や烈が一緒にいる幼稚舎での時間を無駄に過ごして欲しくねぇんだよ この偶然は必然であり、海と煌星との絆を強める出逢いが無駄になるしかねぇかんな‥‥」 康太はこの現状が続く事を愁いていた 「なら今日は還るわ若旦那」 「はい、今日は本当にありがとうございました」 康太は立ち上がると榊原も立ち上がった 榊原は嗤うと海に近付いた 「大人しく待ってなさい! でなくば、私が黙っておりませんよ?」 海に釘を刺す 榊原は滅多とそう言う事をやる奴ではないから戸浪は驚いて榊原を見ていた 「四神が一柱 青龍として君を正しき道へ導いてあげるのも務めだと想っています!」 その瞳は金色に光り鋭さを増していた 爬虫類の様な瞳に煌星は父を思い出し懐かしそうな顔をしていた 榊原は煌星を見て笑うと、康太の横に並んだ 康太は「なら後日!」と謂い翔と烈を連れて帰って逝った 戸浪はドサッとソファーに座り込むと 「伴侶殿の瞳‥‥本気でしたね」と田代に声をかけた 田代は「あの方は怒ると一番怖いタイプですね 理詰めで追いやられそうですね‥‥」とボヤいた 戸浪は海を見て「海」と名を呼んだ 海はそっぽを向いてソファーから下りて、応接間を出て逝った 戸浪は煌星を抱き締めて 「子育ては本当に難しいですね」と少しだけ気弱に呟いた 康太は血の繋がらぬ子を6人も育てているのだ どの子も礼儀正しい子達だった 戸浪は何処かで、飛鳥井の子達が羨ましかったのかも知れない 大変さを凌駕する程、飛鳥井の子達は生き生き笑っていたから‥‥ 羨ましくて、無い物ねだりをしていたのかも知れない‥‥ 「私は飛鳥井の子が少しだけ羨ましかったのです でもお前の前で気丈に耐えてた翔だって‥無理して頑張って踏んだっていたのだって解って、ホッとした反面、愛しくて堪りませんでした」 田代は戸浪の言葉を黙って聞いていた そして友を想い口を開いた 「翔はやはり瑛太の子ですね 俺は瑛太を見ているみたいに焦れて追い詰めてしまいました‥‥‥」 「田代‥‥」 「何ですか?社長」 「私は子育てを間違えましたか?」 「子育てに正解も間違いもありません ダメだと感じたなら、矯正して逝くしかない 社長と奥様は海と煌星と分け隔てせずに育てて逝っていると想いますよ」 「今年の始めに康太は我が子に真実を伝えたと謂う‥‥ 私は‥‥‥真実を聞かされた子達が心配でした だけど‥‥どの子も真実を知った後でも変わりなく見えて、私は本当に飛鳥井の子達が羨ましくて仕方ありませんでした 私には無理です‥‥」 「社長、貴方も康太に負けてません! 立派な両親として接しているじゃないですか!」 「田代‥‥私は煌星が愛しい 同じ様に海も愛しい 私の子ですからね‥‥万里と千里と同じ様に愛して来た筈なのに‥‥ 海には何か感じるモノが在ったのですかね?」 「海は始祖返りと謂いますからね その力は強いんだと想います でも煌星も同じ様に強い力を感じているのは否定出来ません 下手したら煌星の方が力が強いのではないか‥‥そう想える程に‥‥煌星の輝きは人の目を惹きますね」 戸浪は煌星を強く抱き締めた 煌星は父の背中に腕を伸ばして抱き着いた 煌星はこの父も大好きだった 母も大好きだった 煌星には生まれた時の記憶がある 雅龍と夏海と謂う実の両親がいる事も知っていた 凰星と謂う双子の兄弟がいる事も、煌星は知っていた 「とーさま らいじょうびれすか?」 煌星は戸浪を心配して問い掛けた 戸浪は笑って煌星を抱き締め 「大丈夫です煌星」と謂い答えた 田代は「社長、それでは私はこれで!」と謂い帰って逝った 静まり返った応接間に、戸浪と煌星は二人きりになった 戸浪は煌星に「困った事や嫌な事があったら、必ず謂いなさい」と伝えた 煌星は笑って 「わかりまちた!」と答えた 「煌星、君は大切な大切な私の息子です 私は君を愛しています」 「とーさま」 こんな時、上手い言葉が出て来ない自分が本当にもどかしい 戸浪は妻の沙羅が帰って来るまで、煌星を抱き締めていた 煌星は何時しか戸浪の腕の中で眠ってしまっていた 戸浪の家を後にした康太は榊原の車に乗り、飛鳥井の家へと向かっていた この日の榊原は烈を久遠の検診に連れて逝っていた 魂を結んだ榊原にとって康太の行動は手に取る様に推し測る事が出来ていた 康太と翔が戸浪の家に向かった事を知った榊原は、康太が何時 迎えに来てくれ!と電話を掛けて来るかも知れないから、と戸浪の家の方へと車を走らせていた そんな時、康太が黒龍を呼んだ事を知り、居ても立ってもいらなくなり、戸浪の家を尋ねたのだった 車の中で烈は「とぅちゃ あわちぇちぇたよ、かぁちゃ!」と榊原の穏やかでなかった内心を母に伝えた 康太は笑って「烈、検診はどうだったよ?」と問い掛けた 「こにょちょーち、らって!」 烈は胸を張って謂った 「凄いな烈、本当にそうだったのか?伊織?」 「ええ、久遠先生は血糖値も安定したから、この調子で減量と減塩に励んでくれ!と謂ってました」 「そうか、この年で高血圧だの糖尿病はかんべんだかんな」 「かーちゃ‥‥」 烈は悲しそうに母を呼んだ 「この調子で頑張れ!翔、烈」 「はい!」「あい!」 二人の子は嬉しそうに手を上げて答えた 飛鳥井の家の前に車を停めると榊原は、翔と烈を家の中へ連れて行き栗栖に頼んで外に出て来た その足で運転席に乗り込んで、菩提寺へと車を走らせた 榊原は「海、あんなにも捻くれてしまっていたのですね」と康太に問い掛けた 「だな、あんなになってたなんて知らなかったわ」 「煌星が同い年の兄弟って謂うのは結構大変なんですかね?」 「容姿端麗だかんな煌星は‥‥‥ あんなに日々雅龍に似て来るなんてな‥‥ ならば凰星は夏海にソックリになってるんだろうな‥‥‥ 最近は新型の肺炎の所為で行事も取り止めや縮小になってるから、逢う機会も減ったかんな‥‥」 逢いに逝こうと想えば、逝けない距離ではない でも用もないのに、そんなに逢いに逝けば勘繰られてしまうから、動けずにいた矢先だった 夏海と雅龍に託された子達なのだ 見守ると約束した子達なのだ 榊原は康太の肩を抱き寄せ 「大丈夫です、君が出るなら軌道修正はなされるのですから‥‥」と励ました 菩提寺の駐車場に車を停めると、城ノ内が出迎えてくれた 「よっ!康太」 「あんで解った?」 康太は不思議そうな顔で城ノ内に尋ねた 「龍之介が康太さん来ますよ!と教えてくれたんだよ」 「龍之介、んな力有ったのか?」 「知るかよ!」 城ノ内が拗ねて答えると、境内の奥から龍之介が顔を出した 「康太さんいらっしゃい」 優しげに笑う顔に昔の面影はなかった 「龍之介、あんでオレが来るって解ったのよ?」 「木々が教えてくれたそうです 木々は風となり、誰よりも早く教えてくれました」 「木々って事は妖精の声が聞こえるのか?」 「妖精かは解りません 菩提寺の境内に傷付いて倒れていた小さい子が、教えてくれるのです」 そう言い龍之介は康太にヴォルグの様な姿をしている妖精を見せた 康太はその妖精を視て 「何時からいるのよ?この子」と尋ねた 「この前、台風級の土砂災害のあった日、菩提寺で一番古い木の下で、血だらけで倒れておりました 父さんや母さんには見えなくて、でも放っておけなくて手当てをしました そしたらその日から俺の部屋に住み着いて‥‥今に至ります」 その妖精は可愛い服を着て、靴も履いていた 「この服と靴はお前が?」 「服は生地を買って作りました 靴は‥‥特別なサイズでも作ってくれる工房があったので頼みました」 康太は妖精に「この寺は棲みやすいか?」と尋ねた 妖精は「此処の空気は特別に美味しいし、花や妖精も此処は多いから棲まわせて貰っている」と答えた 「人の世でヴォルグの姿をしてる子を見るとはな‥‥」 康太は懐かしそうにヴォルグに似た妖精を視た 『お前は炎帝なのだろ? オイラの中のDNAがお前を見て嬉しいと感じるんだ‥‥‥だから此処に来るのも直ぐに解った』 偉そうにヴォルグに似た妖精は謂った 康太は龍之介に「この子がいたいだけ棲ませてやってくれ!」と頼んだ 龍之介は「はい、俺も一日でも長く此処で一緒に過ごしたいです」と答えた 康太はヴォルグに似た妖精を撫でると 「城ノ内、試練の間を借りる」と謂った 「おー!好きなだけ使え 元はと謂えばお前の寺なんだからな!」 「お前達が護ってくれるから存在出来てるんじゃねぇかよ?」 「それよりも戻って来るのか?」 「多分、そのまま飛鳥井の屋上に戻ると想う」 「そうか、なら子供達はそのまま還らせる事にすれば良いんだな?」 「あぁ、頼むな」 康太と榊原は本殿渡り廊下を渡って試練の間へと向かった 試練の間に入ると、康太は呪文を唱えた 「女神の泉の前で良いよな?伊織」 「ええ、女神の泉からは風馬で逝きましょう」 二人はそう言い行き先を願った すると時空が歪み、時の流れに迷いこんだみたいに物凄い圧が掛かった 康太は榊原に縋り付くと、榊原は康太を強く抱き締めた 時空に苦しめられフラフラになって耐えていると、女神の泉の前に出られた 康太は深呼吸すると「何度通っても気持ち悪いなコレは‥‥」とボヤいた 榊原はピューと口笛を吹いた すると天馬と風馬が駆けて来て、二人の前に下りた 天馬は「乗れよ!」と口が悪く 風馬は「何処まで逝くのですか?」とニコニコと尋ねて来た 康太は「閻魔の邸宅までだ!」と謂うと風馬の背中に乗ろうとした 天馬は主の服を咥えて「オレが来たのに何で風馬に乗るんだよ!」と泣きそうな顔をした 康太は「伊織、泣かれるのは辛いかんな、天馬に乗るわ!」と告げた 流石の榊原も「ダメ」とは謂えず 「解りました!でも飛ばしたらダメですよ」と走り屋の康太に釘を刺した 「解ってんよ」と康太は天馬に乗り込んだ 天馬は空へと駆けて行き、閻魔の邸宅へ向けて飛び始めた 「拗ねるなよ天馬」 『だって炎帝が意地悪謂うから‥‥』 「子育ては順調か?」 康太は天馬と風馬の為に生まれたばかりの子馬を、黒龍に頼んで貰い受けていた 天馬と風馬が子育てしろと、託された子は、日々スクスクと育っていた 天馬は『ドレミは良い子だな本当に‥‥』と母さんの顔になり謂った 「オレが還るまで留守を頼むぞ!」 『解ってるさ炎帝』 天馬は主の不在を寂しく想ったが、母となった今、天馬は炎帝が少しでも長く子等といてくれと願っていた 子と謂うのは本当に可愛く 本当に難しい‥‥ 子と一緒に親も日々成長を繰り返す そんな日々を天馬は主に貰っていたのだ 閻魔の邸宅に到着すると、康太は天馬から下りた 風馬も同じく閻魔の邸宅に着いて、榊原は風馬から下りると康太の傍へ寄り添った 康太と共に閻魔の邸宅の中へ入って逝く 閻魔の邸宅の応接間を覗くと黒龍が待ち構えていた 「兄者は?」 「閻魔は朝から視察に出向いてるぜ!」 「視察?何処へ逝ったのよ?」 「この前‥‥魔界の最奥に在る森林地帯が火災でかなりの領域を消失させたらしくな‥‥‥ 魔界としても手立てを打たねばならないから視察に出向いてるんだよ」 「この前って‥‥何れくらい前よ?」 「魔界が蒼い焔で包まれた頃の話だ」 「はらば話が早い その場所は原始の力によって何らかの力が働いたって事だ 多分‥‥‥そこは何かがいるって事だ」 「‥‥‥‥魔族ですら足が踏み込めぬ森林だぞ?」 「原始の力が甦っているのを感じねぇか?」 「‥‥‥漲る力を感じてはいる だが‥それなら‥視察に逝ってる閻魔が大変なんじゃないな?」 「だな、黒龍 兄者を呼び戻せよ!」 「無茶謂ってるよ、この子‥‥ 磁場がキツくて龍や鳥類はその森林の上を飛ぶのも無理な所だぜ? 俺が呼びに逝っても辿り着くのは至難の技だ」 黒龍が謂うと天照大御神が姿を現し 「ならば妾が還る様に謂ってしんぜよう!」と笑った 天照大御神は小さい青銅の鏡を取り出した 「母者、それは‥‥」 「八咫鏡じゃ、八咫鏡を作った時、持ち運び出来るサイズも作っておったのじゃ! この鏡が在ればこそ‥‥‥人の世に堕ちた我が子を知る事も出来たのじゃ!」 母の愛だった 「母者‥‥‥」 天照大御神は鏡に我が息子閻魔を思い浮かべると 「炎帝が来ておる ただちに帰還するがよい!」と叫んだ 『母上、直ぐに!』 鏡の向こうから閻魔の声が響き、天照大御神は笑って頷いていた 「母者、ありがとう」 「妾で出来る事なればする 愛しい我が子の願いならば余計な!」 天照大御神は康太の頭を撫でた 「炎帝、お主が天界から落とした子は名を『御劔』とし釈迦の元へ修行に逝かせた あやつは炎帝の跡は継がぬと申した だが閻魔の為ならばその命捧げると申したからな、釈迦に預けた また次代の閻魔が誕生した今、子閻魔は名を麒麟として閻魔のサポートをする地位を与え釈迦の元へ修行に逝かせた 総てはお主の指示であったのであろう?」 「オレはんな指示は出してねぇよ! 釈迦には頼んでおいたけどな」 「それはもうお主の思惑通りではないか!」 天照御大神は笑って謂った そこへ視察に逝っていた閻魔が還って来た 「母者、炎帝が還って来てるのですか?」 ただいま、よりも弟が来てるか気になる閻魔に天照御大神はため息を着いた 閻魔は炎帝に飛び付いて抱き締めていた 「兄者、話がある」 「何でも申せ! 聞ける事で在れば、聞くとしようぞ!」 「人の世に金龍と黄龍と雅龍‥‥‥そして夏海も寄越してくれねぇか?」 「何かありました?」 康太は戸浪海の事を話した 閻魔は「連れておゆきなさい!でも一つ条件が有ります!」と謂った 「条件?あんだよ?兄者」 「父と母と兄も、人の世に招待なさい!」 「それが条件なら大歓迎だ兄者、でも人の世に‥‥何かあるのかよ?」 「神祖の龍は金龍達にとって特別な存在でした ある日突然、白龍は人の世に逝くと謂い海神(わだつみ)となった その海神も冥土を渡った‥‥‥ 彼の想いの欠片でも良いから黄龍に渡してやれたらと想っています 雅龍が人の世に渡ったのも、元はと謂えば白龍が原因でした 兄が人の世に渡ったのは自分の所為なのではないかと雅龍はずっと兄に負い目を感じていた そろそろ‥‥そんな想いもケリを着けて遣りたいのです 次代の金龍の父になる彼の立場とポジションを明確にする為に‥‥彼は黒龍の補佐とならねばなりませんからね‥‥」 「兄者、視察はどうだったよ?」 「天空からは良くは解らなかった 地上から視察へ出ねばと想っておる所です」 「兄者、原始の力が引き金になってると想う 妖精に先に下見をしに行って貰った方が良く解ると想うぜ!」 「‥‥‥妖精の中から犠牲者を出せば、妖精王は黙ってはおりませんよ?」 「んなに悪い奴ではないと想うかんな 妖精に視察に行って貰い、その結果で手を打つつもりだ」 「炎帝‥‥」 「クロスはいるかよ?」 兵藤の家に棲んでいた妖精 クロス 羽根のない妖精族の長となるべき子だった 閻魔が侍従にクロスを呼びに逝かせようとした が、それよりも早く天照御大神はストールをフワッと外すと、テーブルの上に小さき者を置いた 良く見ると妖精がテーブルの上に姿を現していた その中に髪の長い妖精がいた 康太は「クロス」と妖精の名を呼んだ クロスと呼ばれた妖精は嬉しそうに笑うと 「炎帝、お逢いしとう御座いました」と謂った 「クロス、人の世に怪我をしたヴォルグみてぇな妖精がいたんだけど? 何でそうなったか解るか?」 「炎帝、今、妖精は爆発的な生命力で増殖を続け、人の世にも今は妖精が渡って行ってます ですが‥‥先の災害で多くの子達が怪我をしたり消えたり、魔界や天界へ移り住んだり移動して逝きました その怪我をした子は多分、大雨の被害にあった地域の子で、命からがら逃げて来たんだと想います‥‥」 「そうか‥‥人の世の災害で人だけじゃなく、妖精も被害を受けていたんだな 貴史んの温室も被災地に使ってくれて良いぜ! 勿論、オレん家の屋上にも温室があるかんな来て構わねぇぞ!」 「ありがとうございます皆に伝令を流しておきます! それよりお呼びになった理由をお聞きします」 「その前にあんで母者のストールから出て来たのか聞いても良いか?」 「あまちゃんは何時もストールに入れて下さるのです! 今日も仕事をしていたら『入るか?』とお誘い下さったのでお散歩に出ていたのです」 成る程‥‥‥康太は納得した クロスは沢山の子を連れていた 皆、怪我をして辛そうだった 「怪我の酷いのはオレん家に連れて逝くわ 八雲に‥‥‥治療させて治るなら治してやる」 「良いんですか?」 「あぁ、何時でも連れて来ると良い! クロス、今回お前に頼みたい事が在ったから呼んだんだよ」 「お聞きします!」 クロスは姿勢を正すと康太を見上げた 「魔界で一番大きい森林をご存知か?」 「ミネルヴァの森林ですね?」 「ミネルヴァ?あんだよ?それは」 「あの森にはミネルヴァと言う大妖精が棲んでいるのです」 「あの森で最近異変があったそうだ! それを視察してくれねぇか? 森に関わりの深い妖精ならば、オレ達よりも的確な情報をくれそうだかんな!」 「解りました! 明日にでも調べに逝きます 今日は怪我をした子達を救助して治療してやりたいのです」 「あぁ、構わねぇよ 重症な奴は人の世に連れて来いよ 治せるか解らねぇが、獣医に治療をさせる」 「ありがとうございます炎帝」 「クロス、貴史が逢いたがっていたぞ!」 「ボクも逢いたいですぅ‥‥でも今はとても大変で‥‥‥近々、魔界でも妖精達が天災で沢山怪我したり命を落とす事になると謂われてるので‥‥魔界を離れる訳にはいかないのです」 「え?それって誰の予言よ?」 「妖精王の予言に御座います 彼は三度予言しました 人の世の災害、魔界の災害、そして天界の災害 人の世の災害は現実となり、多くの子達が怪我をしたり消えたりしました 助けられる限り救助に向かいましたが、濁流に飲まれたら‥‥‥非力な妖精では立ち向かう事も出来ませんでした」 「妖精が沢山‥‥傷付いたのか‥‥ 一人でも多く助けてやりてぇな‥‥‥師匠に謂って山の方は妖怪に見て貰える様に謂ってみるわ」 「ありがとう炎帝 ならボクもミネルヴァの森の視察を頑張ります 待ってて下さいね!」 「おー!頼むな! んじゃ兄者、話しも着いたかんなオレは還るとするわ!」 「では日時を決めたら知らせて下さい」 「解った、ならオレは怪我した子を連れて還るわ」 康太が謂うと榊原は胸ポケットからトートバッグを取り出した レジ袋有料化によって備えたトートバッグだった トートバッグは地球にも優しいし、お財布にも優しい たかが数円なれど、積み重なれば塵も積もれば的に無駄と判断し用意していたのだった 榊原は「少し窮屈ですが、この袋に入って下さい」と謂うと妖精達は袋の中へ入って逝った 榊原は大切に胸に抱くと呪文を唱えた 「時空で少しでも衝撃がないように‥」 榊原が謂うと康太はクロスに「兄者、母者近いうちに連絡する!」と謂い応接間から出て逝った 庭に出ると康太は榊原と向かい合い呪文を唱えた すると時空が歪み康太達は姿を消した 閻魔の邸宅の庭はどの時空にも侵食されない強さを持っていた だからついつい女神の泉に逝くよりも、閻魔の邸宅の庭から時空に飛んでしまう事が多かった 面倒なのは必ず閻魔の邸宅の庭から飛ばねばならない事だった 閻魔の邸宅の庭へ目指したとして弾かれてしまうから人の世から魔界へ逝く時は崑崙山からか女神の泉からしか魔界には入れなかった 気持ち悪い時空を乗り越えて、飛鳥井の屋上に出ると、すっかりと夜になっていた 康太は「今何時頃かな?」と呟いた 「魔界にはほんの少ししかいませんでしたが‥‥人の世の時間はかなり進んでいるのでしょうね‥‥」 屋上のドアを開けようとすると、ドアが開いた ドアから顔を出したのは一生だった 「閻魔が炎帝が人の世に還った!と司命に思念を飛ばして来たから、見に来たんだよ」 一生が謂うと聡一郎も顔を出した 「閻魔の謂う通りでしたね お帰りなさい康太、伊織」 康太は「今何日の何時よ?」と尋ねた 「今は日付が変わった午前2時です お腹減ってませんか? 慎一が用意してくれています」 聡一郎は康太と榊原を連れて階段を下り始めた 一階に逝くとキッチンに向かう するとそこには悠太が慎一の手伝いをしていた 康太は悠太に「こんな夜中まで起きてて大丈夫なのかよ?」と尋ねた 悠太は嬉しそうに笑って 「栗栖が熱を出して寝込んだので手伝える事がないかと起きていたのです」 「栗栖、熱出したのか?」 「久遠先生に来て貰って診察して貰った この御時世だから‥‥‥用心しないとダメだからね」 「検査したのか?」 「念の為に、検査したから結果が出るまでは栗栖は部屋で籠らないとダメだからね‥‥」 世知辛い世の中だった 「悠太、体躯の調子はどうよ?」 「悪くはないよ、こんな天気だから調子良いよ‥‥とは謂えないけどね」 「無理するなよ!解ったな!」 心配性の兄は昔も今も優しい 悠太の自慢の兄だった 「解ってるよ康兄」 康太と榊原はキッチンの席に着き、慎一が用意してくれた食事を食べ始めた 康太は「一生、おめぇ妖精は見えたりしねぇか?」と尋ねた 「見える種類と見えない種類があるけど、概ね見えると想う」 「ならさ少し動いてくれねぇか?」 「構わねぇぞ!」 康太は魔界でクロスに聞いた事を一生に話した 一生は「なら俺は出来る限りの事をするわ!」と約束した 榊原はキッチンのテーブルの上にトートバッグを出して、妖精達を中から出した 榊原は「お皿に綺麗なお水と蜂蜜をお願いします」と謂うと慎一は水と蜂蜜を用意した 康太は慎一に「見えるか?」と問い掛けた すると慎一は「菩提寺にもヴォルグみたい子がいましたね、あの種類なれば俺でも見えるみたいです」と答えた 羽根のある妖精達は人の眼に着き難い 薄く清らかな魂を持つ者だけか見える様に出来ていた 康太は慎一に「この子達は屋上の温室で休養を取って貰う 流生にはその様に話しておいてくれ!」と多分見えるであろう流生が驚かない様に慎一に頼んだ 「解りました」 「怪我してる子はやっぱ治療が必要だよな‥‥ 夜中の2時じゃ‥‥迷惑かな?」 と想いつつも康太は携帯を取り出した そして電話をする するとワンコールで相手が出た 『八雲だ!こんな時間に電話をするとは良い度胸だな!』 「すまん、出るかと想い電話した」 『そりゃ出るやろうが? で、要件はなんや?』 「八雲、引っ越しは終わったか?」 康太は約束通り大阪の一等地に建つビルの中のテナントを八雲に無償で提供した それらの手続きは堂嶋正義の駒の、百目鬼命が請け負って手続きや引っ越しの手筈をしてくれた筈だった 『引っ越しは終わったけど、片付けはそんなに簡単やないからな、まだ段ボールだけだ! んなに簡単なら苦労はせんやろうが‥‥助手が怒りまくって片付けてる最中や、で、患畜か?』 「横浜まで来て欲しいんだけど、無理か?」 『迎えを寄越すなら逝ってやる 後、酒と寝床も頼むな!』 「飛鳥井の家に来て貰いたい 勿論、飛鳥井で泊まって宴会しまくれば良いさ! 久遠も呼んでやるし、お前が気にしてた久遠一家も呼んでやるぜ!」 八雲は久遠が愛人の子だと謂うのを知っていた 愛人の子として父の病院を継いで、父の家族と共に棲んでいると謂う 八雲は何故そんな面倒な事をしてるのか? 柵を考えたら友が不憫でならなかった そんな想いも知られていたとは‥‥‥ 侮れない奴だと想った 『なら迎えを寄越せ!』 「解った、誰か逝かせる!」 康太は約束して電話を切った

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