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第25話 天翔(あまかける)イカロス ③
烈は「せんせー たくあんいい?」とウズウズして問い掛けた
「2枚なら良い」
「にまい‥‥‥けちね せんせー」
久遠はブチッと来て
「なら当分なしにするぞ!」と唸った
すると烈は「いやら!」と泣きそうになり康太の所に逝き抱き着いた
八雲は「大人気ないぞ、お前‥‥」とボヤいた
「あのお子様は今、あの年で成人病予備軍として治療中だからな!」
「嘘‥‥‥お子様なのに?」
「沢庵だ煎餅だと塩分過多なのを所望しすぎなんだよ!」
久遠が謂うと八雲は爆笑した
患者の為に‥‥それは変わらぬが、ちゃんと患者と向き合っているのは‥‥驚きだった
義恭は「烈にもう少し優しくしてあげない」と謂われると
「優しいじゃないですか!父さん」と返した
志津子も「譲、でも見てて可哀想よ」と謂れ
「母さん、治療の為です」とキッパリ言い捨てた
八雲は義恭と志津子を「父さん」と「母さん」と呼んでいるのに驚いていた
八雲は心の何処かで久遠は可哀想な奴なんだと思っていた
だが今の久遠は、可哀想な奴なんかじゃなかった
それが嬉しくて仕方なくて、ついついお酒が進んだ
「良かったな久遠‥‥」
子供に囲まれ
父と母がそれを見守っている
久遠はそんな夢の様な日々を過ごしているのか‥‥
羨ましかった
自分は‥‥‥総てなくして‥‥‥逃げて来たと謂うのに‥‥‥
心の何処かで久遠は今も可哀想な奴なんだと想っていた
だが違っていた
八雲の目の前に幸せそうな家族がいた
拓人は「父さん 飲みすぎだよ!」とお水を持って来た
拓海は「父さん、体を労ってよ!」と甘えてスリスリしていた
義恭は「譲、明日は休みなさい!父さんが診察に出よう!」とご機嫌だった
志津子は「貴方も譲と変わらないでしょ?無理ですよ!」と窘めた
久遠は笑っていた
大切に大切にされているのが解った
八雲はそれが少しだけ羨ましくて‥‥
捨てた過去を羨んだ
ドサッと八雲が倒れると、真矢は八雲を寝かせた
タオルケットを着せて服のボタンを少しだけ開いて楽にしてやった
久遠はこんなに酔い潰れる友を見た事がなかった
康太は「弥勒、頼む」と謂うと一陣の風が吹いた
『承知した!待っておるがよい!』と謂う声が響いた
飛鳥井の家族や榊原の家族は気にする風もなく飲んでいた
久遠は志津子に「友なれば見届けてやりなさい!」と謂われた
久遠は頷いた
朝方まで飲んで、皆酔い潰れて眠っていた
康太の子達も客間で雑魚寝していた
明け方、弥勒が姿を現した
弥勒は紡いだ夢を康太に渡し
「此奴は人に裏切られ過ぎておる‥‥」と伝えた
「弥勒、ありがとうな」
「それがお前の役目なら我はお前の為に動くと決めている」
「支払いに近い内に逝くわ」
「親父殿の法要も近い故、お酒を所望する事にする!」
弥勒は笑って謂った
榊原が「なればお酒を買って伺います!」と伝えると弥勒は「待っておる」と謂い姿を消した
康太と榊原は後は慎一に託して寝室に向かった
ベッドに座ると康太は弥勒が紡いで来た八雲の想いを視る事にした
八雲の想いを手繰り寄せ、深淵を覗く
八雲の深淵は疑心暗鬼と裏切りにより今も血を流していた
そして愛した存在を想う‥‥‥
もう二度と手に入らぬ愛した人を想う‥‥
康太は八雲の深淵を視ているのが辛かった
それ程に八雲は追い詰められ制裁を受け絶望の真っ只中にいた
そんな八雲に着いて来たのは、西条弓弦唯一人だけだった
ずっと手伝ってくれた助手だった
西条は八雲のだらしなさを笑って蹴飛ばす助手だった
八雲は大阪に行ってしまった助手を追って大阪で病院を開いた
西条弓弦のパートナーの親族の紹介で動物病院を開ける事になった
八雲は総てを忘れ、出直すつもりだった
総てを忘れて心に封印した‥‥‥筈だった
だけど時折‥‥思い出す
愛した人と共に過ごした愛しい時間が八雲を傷つけていた
康太は榊原に「辛いな‥‥」と呟いた
榊原は康太を抱き締めて「ですね」と言葉にした
「これで大体の絵図は視えて来たかんな!
反撃に出るとするわ!」
「八雲は望んでませんよ?そんな事は‥‥」
「八雲が望んでいようが望んでいなかろうが、関係ねぇんだよ伊織
この先八雲が胸を張ってお天道様の下を歩けるか?どうか?だろ?」
「そうでしたね
ては手始めに何処から手を着けます?」
「そりゃ八雲をハメた教授連中からだろうが!
今回は翔に詠ませて動かせる」
「翔を使いますか‥‥」
「三通夜の儀式も無事に成功を納めた
一度目は怪我して中断したが、再度行った儀式は完璧だった
此れからは実践と経験、天翔イカロスの様に調子に乗る事なく駆けて逝くしかねぇんだよ!」
実践と経験を積ませねば、現真贋がいなくなった時、次代の真贋の真価を問われるだろう
その時に苦しまなくても良い様に教えねばならない
康太の愛だった
厳しい世襲の家に生きる者の使命だった
「ならば翔にやらせましょう!
彼はこの先の人生を真贋として生きねばならない‥‥源右衛門よりも劣っているとは謂わせません!」
父の愛だった
乱世の世に送り出さねばならぬ我が子を想う父の愛だった
康太は客間を覗くと、皆二日酔いでデローンとしていた
慎一が二日酔いに効く味噌汁を作って、キッチンに連れて行き飲ませていた
康太は八雲の横に座ると
「おめぇ当分大阪に還るなよ!」と告げた
「て?弓弦が怒るじゃねぇかよ?」
「助手には正義から伝えさせておくから大丈夫だろ?
正式のスタッフもやって来る予定だしな
正式のオープンまでは横浜にいろよ!」
「‥‥‥何かあるのか?」
「何もない、妖精がこれからも来るからな面倒を頼みたいだけだ!
まぁ大阪に還る日までにはある程度の妖精が集まるかんな、それまでは面倒を見てくれよ!」
不敵に嗤う康太の顔が‥‥八雲をざわつかせた
「康太、俺は‥‥‥」
八雲は何かを謂いかけた
だが真っ直ぐに射抜かれる瞳に‥‥何も謂えなくなった
「八雲、お前に翔を着ける
此れよりお前は、翔と共に動くが良い!」
「翔ってお前の子の中で一番確りした子か?」
「翔は飛鳥井家 次代の真贋だ!」
だから彼の瞳が怖いと想ったのか‥‥‥
八雲はそれで納得が逝った
「でも学校は?」
「休ませる!んなに時間は食わねぇかんな‥‥大丈夫だろ?」
何が大丈夫なのか?八雲には解らなかった
翔が母の元にやって来ると
「かあさん とうさん おはようございます」と挨拶した
榊原は「着替えを持って逝ってくれたのですか?」と謂った
翔は頷いた
リビングを覗いた時、父がいなかったから応接間に顔を出したのだと知る
康太は顔を八雲の前に出すと
「翔、少しの間八雲の傍にいろ!」と命令した
「わかりました かあさん」
「学校は休んで良い!
栗栖が勉強を見てくれるかんな!」
「わかりました」
「んなら飯を食うとするか!」と謂い翔を連れて応接間を後にした
康太は翔を源右衛門の部屋へと連れて逝った
「翔、八雲を視てどう想った?」
「かれは‥‥こころにそうしつかんをいだいてます」
「その調子だ翔
だが人を視る時は慎重にな!
調子に乗ると天翔イカロスの様に翼が溶けて堕っちまうからな!」
「はい、わかりました」
その道がどれだけ険しく辛くとも、母はその道を駆けて逝けと謂う
翔はそれに応える為に駆けて逝く事を心に決めていた
翔は北斗にイカロスのお話を読んで貰ったから、イカロスのお話は知っていた
太陽にあまり近づくと鑞が溶けてしまうから高く飛んではならない、と父ダイダロスから注意されていたにもかかわらず、イカロスは調子に乗って高く飛び過ぎ、海に落ちて死んでしまうお話だった
翔には少し難しくて理解できずにいた
そして母の謂う事も翔には解らない事ばかりだった
母さんが謂うのは難しい‥‥‥
その日から翔は八雲と共に過ごす事になった
翔は八雲の手伝いをした
八雲は翔を気に入っていた
一緒に暮らせぬ子‥‥‥翔と同い年の子を思い出し‥‥刹那くさせるが‥‥
それでも‥‥子供といるのは楽しくて八雲は幸せだと想った
3日間、翔は八雲と過ごした
4日目の朝、翔は母と共に動く事となった
「で、どう動くよ?真贋」
「だいがくのほうからうめてくつもりです」
「ならば不正の証拠を上げねぇとな」
「むずかしいにょね‥‥‥そこは‥‥」
「ならばお前にブレーンを用意しよう!
お前の為に動く人材を用意しよう!」
康太はそう言い電話を掛けた
「オレだけど仕事をしてくれねぇか?」
『内容は?』
「飛鳥井に来てくれたら話す」
『直ぐに逝くわ!』
そう言い電話を切ると「人材に逢わせる!」と謂った
暫くして飛鳥井の家を訪ねて来たのは探偵の久我山慶一だった
久我山は康太の部屋に通され、翔と対面した
「久我山、次代の真贋の翔だ!」
康太が謂うと翔は
「あすかい かけるです!
いごおみしりおきを!」
と自己紹介してペコッとお辞儀をした
「久我山慶一だ!
私立探偵をしている!
以後お見知り置きを!」
「久我山、今回の依頼人は飛鳥井家次代の真贋、翔からだ!」
「ではお聞き致しましょう!真贋」
久我山は翔の前のソファーにドサッと座るとメモ帳を取り出した
「せいじょうだいがく じゅういがっかをしらべてほしいのです」
「星城大学 獣医学科?
獣医師界の名門学校を調べろ?と?」
「そうです、ぎょうしゃときょうじゅのゆちゃく、そしてわいろ‥‥
いろいろとくさってるのね、そのしょうこをおねがいします
きょうじゅは、ささきあつのりとさたけようじのふたりです」
「証拠‥‥簡単に尻尾を出しませんよ?彼等は‥‥」
「しゅうぎいんぎいん なかまち ようぞう、きだ まさあき かれらが、くちききをして、あまいしるをすってるのね
そこからいくといいのね!」
「へぇ‥‥そんな甘い汁を吸ってる議員がいるんですね」
「ブタいんふるのもんだいがあったでしょ?
あれでぎいんとがっこうがゆちゃくしたみたい
ろくなけんさもしないし、けんさはせいとにおしつけて、じぶんはせいかだけもっていった
そんなきょうじは、はくじつのもとにさらされてあたりまえです」
「それを視たのは真贋が?」
「ぜんぶみるのにみっか、かかりました」
「すげぇな、次代の真贋も大したもんだな
ならば俺は中町葉三と木田正彰を調べるわ
芋ずる式に教授連中も炙り出されれば楽なんだけどな‥‥」
「きょうじゅのほうは、やくもがおもてぶたいにでてくると、かあさんがうわさをながしてくれます」
「そしたら慌てて証拠隠滅に動きボロを出すか‥‥それは上手い手だな!」
久我山は翔の頭を撫でた
「今後は貴方の為にも動く所存です!
俺を上手く使って下さい真贋!」
「たのみます、けーいちさん」
弟の子と同じくらいの年なのに‥‥‥
翔は確りと次代の真贋として生きていた
遊びたい盛りの子が、もう仕事をしている現実が痛かった
久我山は「さっそく動きます!」と謂い還って逝った
康太は翔に「今回はお前が総てを修正しろ!」と謂った
荷が重いのは重々承知だったが‥‥
「はい、わかりました」と了承した
翔は覚えたてのPCを駆使して、噂を追っていた
この日は兄弟も学校は休みにさせた
兄弟で力を合わせて解決させたかったからだ
「かあさん、しきさんにせいじょうだいがくのがくちょうにゆさぶりをかけてもらってください」
「了解!四季の方にはオレから頼んでみるわ!」
そう言い康太は電話をした
桜林学園 学園長をしている神楽四季に事態の詳細を話し協力を仰ぐ
神楽は協力すると約束してくれた
「今回は総て翔が詠んで動いているんだよ」と謂うと神楽はもうそんな年なのかと、今更ながらに翔の背負う荷物の重さを感じていた
『なれば翔の初仕事を無事に成功で飾れる様に腕によりをかけます!』
と謂い電話を切った
康太は飛鳥井の家に三木繁雄と堂嶋正義と兵藤貴史を呼んだ
飛鳥井の家に来た彼等は今回の仕事は翔の初仕事だと聞かされ‥‥
真贋としての定めを重く感じていた
翔は必死に視た経緯を話した
そして真実を明らかにせねばならないと訴えた
それには議員の癒着と汚職、検査体制のズサンさを証明する必要があった
大学側の教授連中の手抜きの検査結果も立証する必要があった
新薬を発明した教授は総て八雲の成果を奪い
無実の罪をでっち上げて大学から追い出した
信用も実績も総て剥奪され裏切られ踏みにじられ‥‥‥
愛した人は‥‥‥教授側の人間として八雲を裏切った
八雲は何も謂わず身を引いた
総てを諦め‥‥‥闘う事を止めた
そして逃げるように大阪に逝き、そこで病院を開いた
八雲の傷は今も血を流していた
また、それを告げる翔の背負うモノを直視させられ‥‥三木も堂嶋も‥‥言葉を失っていた
兵藤は「で、どうするよ?真贋」と問い掛けた
「しょうこをあつめます!」
「ならば俺もお前の為に動くとしよう!」
康太は何も謂わず見ていた
今回は本当に翔にやらせているのが見て取れたから、その場に居合わせた輩は、失敗出来ない現実を直視した
翔は確実に外堀を埋めて逝った
八雲弘毅が東京に戻って来た!との噂に痛い腹を探られたくない輩は‥‥‥
八雲の口封じの為にヤバい関係の人間に仕事を依頼した
康太は翔専用にシャリー・マクガイヤーを護衛に着けた
名前からも解るだろうが、シャリー・マクガイヤーはニック・マクガイヤーの妻だった
本国に置いて来た妻は、呼び寄せる気配のない夫を追って倭の国にやって来てSPの仕事に着いていたのだ
シャリーは「翔、お前は命に変えても守るねん!」と謂った
翔は困った顔をした
シャリーには翔よりも大きい子供がいたからだ
「しゃりー いのちはたいせつにね!」
「何を謂うか!
お前の盾になり守るのが私の務めやねん!」
ガハハハッと笑う
かなり男前のナイスバディーをした女性だった
外堀が埋まって来た頃、翔は八雲に
「いっしょにきてほしい、ところあるのね」と謂った
「おっ!俺を誘ってくれるのか?
良いぞ、何処へでも行ってやるよ!」
この日、翔はスーツを着ていた
当然、八雲にもスーツを着る様に謂った
八雲は隼人に作って貰ったスーツに袖を通した
ここ最近の八雲は随分垢抜けていた
笙が美容院に連れて逝ったり、何かと世話を焼いた結果だった
そして隼人も負けずと八雲に服を贈って、八雲は買って貰った以上は着なければ勿体無いと着ていた
その結果が垢抜けたと謂えるのかも知れない
八雲は黒いお洒落な作りのスーツを着ていた
翔が八雲と共に出掛けるのを、兄弟は黙って見送っていた
シャリーが運転する車に二人を乗せ走る
その後ろを榊原の車と一生の車が追って走った
康太の横にはニック・マクガイヤーが乗り込んでいた
「シャリーは雑いから翔が壊されんか心配やわ‥‥」
マックがボヤく
「お前の妻やんか」
「妻やけど仕事中は別やわ!
アイツは俺の先輩護衛官やったし、軍を出てからも先輩SPやったからな妻と謂うよりも先輩みたいなもんですねん!」
「お前、結婚してたんだな」
「彼女は人気のSPやったから呼び寄せるのは気が引けてましたんや
そしたら押し掛けて来ましたんや!」
康太は笑った
榊原は複雑だな、と苦笑した
車は六本木ヒルズのフレンチレフトランへと向かった
高級なレフトランは一般客が自由に出入りが出来なかった
完全予約制
それだけの値段と信用が売りだからだ!
八雲はこんな高い所に来て大丈夫なのかよ?と想った
フレンチレフトランへと入ると、ウェイターが「ご予約ですか?」と尋ねた
翔は「よやくしてる あすかいかけるです!」と答えた
ウェイターは予約の名簿を見て「此方へ」と案内を始めた
「飛鳥井 翔」名義で予約した時、店の者達は騒いだ
次代の真贋が御披露目したのを知っていたからだった
次代の真贋ならば、この席を予約したとしても不思議ではなかったからだ
ウェイターは二人を予約席に御案内した
ウェイターが翔の椅子を引くと、翔は腰掛けた
その様は洗練され教育を受けた者の動作だった
八雲も昔はこんなレフトランへと通っていたなと‥‥‥席に着いて想った
翔は事前に康太にメニューの注文をして貰っていたから、コースの料理を黙々と食べていた
レフトランでは次代の飛鳥井家真贋が来店されたと話題で持ち切りとなった
失礼にならない様にそっと翔を見る
その中に八雲の姿を見つけ焦る男達がいた
楽しげに祝勝会を開いていた佐々木敦紀と佐竹洋次は八雲の姿に‥‥‥驚きを隠せなかった
佐々木は席を立つと八雲の席にやって来た
気持ちを押さえながら
「八雲君じゃないですか?」と声をかけた
八雲は佐々木を見て表情を翳らせた
翔は「れいぎがなってませんね、しょくじちゅうにせきをたつのはマナーいはんです!」とビシッと謂った
「何、生意気なこのクソガキは?」
佐々木はバカにするように謂った
翔はジーッと佐々木を見た
その瞳で視られると、何だか総てを暴かれそうで居心地が悪い
そこへ「オレの息子が何かしましたか?」と康太と榊原がやって来た
佐々木だとて飛鳥井家真贋の顔は知っていた
佐々木は「いえ‥‥」と口ごもった
「今日は八雲の東都獣医師大学 専任教授を祝うお祝いの席なのに、変な難癖は困るな!」と康太は嗤った
東都獣医師大学は星城大学よりも格の上の大学だった
そこの専任教授に八雲がなると聞き佐々木は
「星城大学を追われた奴が東都獣医師大学へ?
それはそれは笑わせます、どんなコネを?」
「いやいや、汚職に不正を働いた貴方達よりも格が上に決まってるからこその、就任なんじゃないんですか?
次の国会で中町議員と佐竹議員の不正が暴かれるそうじゃないですか?
そしたら白日の元に総てが晒される事となる
イチャモン着ける事もそのうち出来なくなる筈だ!」
康太は二人を視て嗤った
ふざけるな!と大声を出すとレストランのスタッフがやって来て
「他のお客様にご迷惑になります!
御退席を!」と迫られた
佐竹は立ち上がって佐々木の傍に逝くと
「其方も同様に騒いでいたのではないすか?
何故我等だけ追いやられるのですか?」と文句を着けた
するとレストランのウェイターは
「騒いでいたのは貴方達だけです
飛鳥井家 現真贋が店で騒ぎを起こす訳などないのです!」と言い切った
二人はスゴスゴと逃げるようにレストランを出て逝った
八雲は「どう謂うおつもりですか?」と康太に問い掛けた
康太は八雲と同じ席に着いて
「どんなつもりだってか?それはオレに謂ってるのかよ?」とゾーッとする程の瞳を向けられた
「放っておいてくれ!」
「そこから抜け出さねぇ限り、お前に着いて逝くスタッフはいないだろう!
西条は何処までもお前に着いて行けるだろう!
アイツは収入を気にしなくても食わしてくれる奴がいるからな!
でも他はそうは逝かないぜ?
東京で不祥事を犯した医者の元で働くスタッフなんて皆無だろ?
オレはスタッフを使って病院を回して逝けと謂った
だがお前はスタッフをまだ一人も雇っちゃいねぇ!
何故だ?それは自分に着いて来てくれる奴なんかいないと解ってるからだろ?」
図星をドスドス何度も刺す
「‥‥‥俺には荷が重い‥‥」
「お前がオレの言い分を飲んだ時点で逃げ道はなくなっているんだよ!」
「俺にどうしろと?」
「濡れ衣は晴らすしかねぇだろ?
お前の第一歩はそこから始まる
お前の深淵を昨夜覗かせに逝ったんだよ
そしたらやはりお前の中には絶望と悔やむ想いしかなかった
悔やむのは良い‥‥‥だが絶望に飲まれたらお前には地獄へ堕ちるしか道はねぇ‥‥
お前には何処までも着いて来てくれる助手がいる
ならばその助手に報いろよ!」
「‥‥‥でも寄りによって、東都獣医師大学の教授などと‥‥嘘を着けたな‥‥」
「嘘じゃねぇぜ?
東都獣医師大学は東日本と西日本にキャンパスがある
取り敢えずお前は大阪校の教授に専任しようと想ってな
結構下拵えに苦労したんだぜ?」
「‥‥‥断られると想わなかったのか?」
「お前は歩き出すしかねぇんだよ!」
「‥‥‥学校に戻ったら‥‥‥」
「愛した恋人が悲しむか?
お前を裏切って踏みにじった奴なのに?」
「‥‥‥あれは仕方がなかったんだよ‥‥‥」
「仕方なかった‥‥そう言うお前の行為が元恋人を追い詰めてるって何故想わない?」
「え?‥‥‥アイツの為に‥‥‥」
「為になってねぇとしたら?
お前は護るべき相手を間違えたんだよ
共に逝ってくれと頼めば、恋人は一緒に行ってくれただろ?」
「アイツには子供がいた‥‥」
「置いて逝かれる方が酷だって知ってるか?
しかも自分はお前を落とし入れた一派に荷担していた事になるんだもんな」
「‥‥‥アイツをこれ以上‥‥‥苦しめないでやってくれ‥‥」
「苦しめてるのはお前だよ!」
「え?」
「恋人の罪を被って身を引くのが最善だと想ったか?
その場に遺された奴の想いを考えた事があるか?
いっそ愛するお前から断罪された方が楽だったなんて‥‥お前は知らないんだろうな‥‥」
「俺は‥‥‥」
八雲はそう言い顔を覆った
「今回の仕事は翔の初仕事だ
もう止まらねぇからな!覚悟しとけ!」
翔は八雲を視ていた
康太と同じ瞳で視ていた
八雲は「俺を‥‥どうしたい?」と問い掛けた
「やくもはこうかいしてる
だから、すべてをはくじつのもとにさらす
それしかだれもすくえないのね」
「‥‥そうか、そうすればアイツは救われるのか?」
「やくものてでさばいてほしかったんらよ?
なんでにげたの?
おいていかれたほうは‥‥たまらないのしってる?」
八雲は俯き、顔を押さえていた
その手の隙間から‥‥涙が溢れ出して流れた
辛い想いを飲み込んだ澱が‥‥流れ出す様に流れて行った
康太はコース料理を榊原と共に食べていた
翔は顔色一つ変える事なく、食事をしていた
康太が叩き込んだ英才教育の才が、花開いたと謂っても過言でない程に見事なマナーだった
八雲は後悔していた
飛鳥井家真贋の仕事など引き受けるのではなかった‥‥‥
その反面‥‥逃げ続け落伍者のレッテルを貼られて生きて逝くにも、卑下した想いに囚われてしまう程に絶望していた
分岐に来てると謂った
自分の中でうんざりする後悔に苛まれ続け‥‥のた打ち回り足掻いていた
だから目の前に垂らされた糸に縋ってしまった
選んだのは自分だ
もう逃げる道などないのだ
飛鳥井家真贋の前に引き摺り出された瞬間に退路は断たれたのだ
「アイツにトドメめをさせと申されるのか?」
「それをのぞんでいるこいびとを‥‥みてないからいえるんだよ‥‥‥やくも‥‥」
「え?‥‥‥」
アイツは幸せで過ごしていないのか?
「こうかいばかりしてると、ひとは‥‥‥うしろむきにしかあるけなくなるんだよ‥‥‥」
「後ろ向きにしか歩けなくなる?アイツが?」
「こがれるおもいはじかんとともに‥‥むねにやきつくよ?
あいしたおもいも、そう
それらをてばなしたおもいはぜつぼうにのまれて‥‥‥ひとはじかんをとめるの」
自分もそうだ
愛する人を手離した想いは絶望に飲まれ‥‥‥時間を止めていた
「お前はまだ小学生なのに‥‥背負う荷物は重いんだな‥‥‥」
八雲は翔を撫でた
「やくも、まえにすすもう
ボクがひっぱってあげるから‥‥あるきだそう」
「翔‥‥」
「こわくないから‥‥」
「俺は大人気ない大人なんだ
一歩踏み出すのが‥‥死ぬよりも辛いんだ」
「だいじょうぶよ!
ボクがささえてあげるから!」
「お前が支えてくれると謂うなら、俺は歩き出さないとダメみてぇだな‥‥‥
大人の俺が情けないのは嫌だからな‥‥」
「やくも、たくさんたべるの
げんきじゃないとあるけないよ!」
「解ってるよ!」
八雲は涙を拭うと、食事を始めた
康太は榊原と共に元いたテーブルに移った
そのテーブルには康太と榊原の他に兵藤もいた
兵藤は「しかし解りやすい奴等だったな!
今、刑事に後を追わせてるから、何等かの動きをすると想う
そしたら捕獲出来るかも知れねぇわ!」と耳に嵌めたイヤホンから情報を聞きながら謂った
「正義と繁雄が今頃中町と木田に揺さぶりを掛けてる頃だ
勝也が謂っていたけど二人の言動は胡散臭い所も在ったと謂うからな‥‥尻尾は掴めるんじゃねぇかな?
新薬と謂うのもデーターは立派だったが臨床がイマイチで本当に新薬を作った奴なのか?と現場では実績が伴わないと謂われていたそうだ!」
「まぁ本人が叩き出した結果じゃねぇと有り得るわな
本当なら動物から人に感染を食い止められるかも知れない特効薬かも知れなかったのにな‥‥残念なお話だよ」
「まぁ成果だけ持って逝く奴は大学と謂うヒルエラキー制度に胡座をかいた馬鹿な連中ばかりだならな
そんな権力と戦うのは至難の技と謂う事だろ?」
兵藤は「これが発覚したら‥‥世間を騙していた議員は信用の失墜だな‥‥また政治離れに拍車がかかるな」とボヤいた
康太は嗤って「必要悪だ、スケープゴートは必要だったりする
その時、必ず遣らねばなならないのが、迅速な対応だ!
世間が騒ぎを大きくする前に手を打つ!
そうしたならば、政府の対応の賢明さを買われて、議員の悪どさを取り出される事となる
今枝にはもう動いてくれと謂っているから、そろそろマスコミの方から話題が過熱する頃だ!」と言い捨てた
噂を操作して人も世間も世論も動かす
タイミングが総て揃わねば、どれか一つがクローズアップされて標的にされるのは否めない
それ遣っていると謂うのだ
兵藤は「八雲を表舞台に蹴り飛ばすのか?」と尋ねた
「この先も妖怪や妖精だけじゃなく
魔族だって災害に巻き込まれるかも知れないからな医者の確保は必要なんだよ
八雲を自由に動ける様にするには、やはりスタッフや医者の拡充が最善策となる
だがレッテルを貼られた医者に着いて逝く医者はいない
それが現実だ‥‥‥それだと八雲を呼ぶ以上、リスクを計算して、終いには病院を閉めないとならくなるだろう‥‥
食い扶持の保証は容易いが、やはりそれだとヒモか何かの様に己で稼ぐと謂う意識がなくなる‥‥それは八雲は望んではいない事だろ?」
「ヒモが性に合ってる奴もいるが、八雲は己の力で勝ち進むタイプだからな、止めとこうぜ」
「だから辛くとも直視させねぇとならねぇんだ」
「この後どうするよ?」
「それは翔が決める事だ」
「初仕事なんだ、目は離してやるなよ!」
「解ってる!翔にはオレには伊織もいるし、仲間もお前もいるからな!」
だから大丈夫だと康太は笑った
「なぁ康太、お前さ翔にイカロスの例えをしたろ?」
「それがどうした?」
「多分翔は理解は難しいと想う」
「それは承知だよ
小学生にイカロスの教訓なんて解らなくて当たり前だ
だが頭に入れておいて欲しくてな謂っているんだよ!
何時か方向を見失ったら‥‥焼け焦げて堕ちてしまう前に方向転換しろと謂う教訓を教えてるだけだ」
「ずっとずーっと天翔るイカロスの様に‥‥飛んでて欲しい想いもあったんだろ?
何者にも囚われず自由に飛んで欲しい想いも在ったんだろ?」
「だがな自由は節度を決めないと暴走するしかない無限の欲望だ‥‥
見失う前に気付かねば‥‥行く先を誤るしかないからな‥‥」
そしたら飛鳥井は終焉を迎えるしかない
何千年も‥‥‥何百年も‥‥‥続く家が滅ぶのはそんな保繕いからなのだろう‥‥
掛け合わない歪さが果てを歪めて行っているのだろう‥‥
康太は終わらせるならいっそ終わってしまえと想っていた
‥‥‥‥が、追わせない為に真贋がいるのなら、それは受け継がれねばならないと想っていた
自分の中の矛盾と折り合いをつけて、行かねばならない
孤独で長い道程を真贋と謂う存在は逝かねばならない事も知っていた
これが翔の真贋としての第一歩となる
八雲と翔は食事を終えると飛鳥井へと還って逝った
車内で翔は八雲に「ごめんね」と謝った
追い詰めた自覚はあったからだ
八雲は笑って「良いさ、それが俺の運命なら立ち向かうだけだからな‥‥」と謂った
もう総てを諦めた顔はしていなかった
翔が動いた週末、衆議院議員の汚職とデーターの改竄が明らかになったニュースが流れた
それと同時にそれに荷担した大学教授も逮捕された
膨大な押収品と共に‥‥‥八雲が愛した人も‥‥連行されて逝く姿を目にした
八雲は胸がキリキリ痛んだ
翔は「やくも、きてほしいのね!」と八雲を誘った
八雲は愛した人がどうなったか‥‥調べようと想っていたから‥‥揺れていた
「何処へ逝くんだ」
「せいじょうだいがく、めいよのかいふくをせんげんするの!」
「アイツは‥‥‥どうなった」
「やくもはそのひとをせおえるだけのかくごはあるの?」
「翔‥‥‥」
「きにするのはいいのね
でもね、とらわれるのはだめよ」
「解ってる‥‥‥済まなかった」
「やくも、あいしてたなら、てをはなしたらだめだよ
きせきはそんなになんどもこないんだから、てにしたら‥‥‥はなさないどりょくしないとね」
「お前と話してると子供と話してる気がしないわ」
「ボクはこどもであることをすてたから‥‥」
「翔‥‥‥」
「ボクはあすかいのいえのためにいきてるの
これからも、ボクはそうやっていきてくの!」
八雲は刹那くなった
「翔、アイツは強い奴なんだ
俺の手なんて必要としない程にな」
もう逢いたくないかも知れない‥‥‥
未練だな‥‥と想った
「やくも、つよいにんげんなんていないよ
やくものあいしたひとは、よわさをみせなかっただけ‥‥
あいにいってたしかめるといいよ」
「‥‥‥俺は勇気がないんだよ翔」
「だからボクがひっぱってあげるっていったでしょ?」
翔は笑った
子供らしい笑顔で笑った
康太は一連の逮捕劇を見届けると
「真贋、お疲れさまでした!」と労いの言葉を投げ掛けた
「ありがとうございます」
「立派に初仕事を終えられました!
そうして実践と経験を積み上げて逝って下さい!」
「わかりました!」
そんな師匠と弟子の様な遣り取りを八雲は見ていた
康太は「それでは八雲、記者会見を開いて名誉の回復をする事にしようぜ!」と申し出た
八雲はまだ夢の中にいる気分だった
総てを白日の元に曝し星城大学側も、一連の事件を犯した教授には処分を言い渡した
そして不名誉な退職を遂げた八雲に謝罪する会見を行った
八雲の潔白が証明された瞬間だった
夢にまで見た瞬間だったが‥‥‥
現実に八雲は追い付けて行けなかった
康太は「これからはオレが出て始末を着ける!だがこれは次代の真贋の意向でもあるから、元の恋人とは逢わせてやる!」と今後の事を口にした
「アイツは俺には逢ってくれるだろうか‥‥」
「お前さ、オレや翔の謂ってた言葉、覚えてる?
オレと翔はお前の手でトドメを刺してくれる日をお前の恋人は待っていたと謂った筈だ!
彼はやっと夢から醒めたと想う」
「‥‥‥俺の恋人が男だって‥‥何時知った?」
「お前に逢った瞬間に!」
「そうか‥‥俺はアイツを手にしてしまったから‥‥アイツは女を抱けなくなった
子供と二人‥‥生きて逝かねばならなくなったのは俺の所為だ
あ、アイツの子は‥‥どうした?」
「子供はオレの知り合いに預けてある
偶然にも拓海と拓人が入っていた施設にいたからな、志津子に頼んで引き取って貰っていた」
「え?‥‥‥施設にって?」
「お前と別れて彼は気の病になった
無理心中目的で、子供に手をかけ‥‥死にきれなかった彼の子供は施設に保護された
その時、久遠の子供も同じ施設にいたんだよ」
「何故?」
「久遠は離婚と同時にパッシングにあって倭の国から逃げて名もなき国境の医師団の一員として働いていて国にはいなかった
相手の女優もパッシングが凄くて、子を見てくれる親族もなく施設に入るしかなかったんだよ
本当に偶然は重なった‥‥拓海と拓人はお前の恋人の子供と過ごしていた事となる」
「康太‥‥」
「取り敢えず名誉の回復をしてから後の事は考えようぜ!
記者会見には次代の真贋も出席するけど良いか?」
「あぁ構わない」
「総て終わったら少しずつ‥‥考えて逝こうぜ!」
八雲は頷いた
名誉の回復の記者会見には堂嶋正義と三木繁雄も同席した
白日の元に無罪を主張した八雲の未来は切り開かれた瞬間だった
また同席した飛鳥井家 次代の真贋の話題も‥‥世間に周知させる良い機会となった
八雲の無実を誰よりも喜んだのは西条弓弦だった
「これでやっとスタッフが集められる!」
動物病院のオープンに向けて燃えていた
総てが正しき道へと軌道修正され歩み始めた
八雲は大阪に還った
だがこの日は大阪から再び横浜の飛鳥井の家に来ていた
康太は八雲の前に「飛鳥井 麗音(レオ)だ!宜しくな!」と言い一人の少年を紹介した
八雲が良く知っている少年だった
だが良く知っている少年は、当時の面影もなく大人びた顔をして座っていた
麗音は八雲に「父さんにはもう逢ったの?」と問い掛けた
「まだだ、それよりどうして?‥‥」
八雲は何故、麗音がいるのか?理解出来ずにいた
「僕ね康太さんの従兄弟の綺麗さんの戸籍に入れて貰ったんです」
「え?それを瀬名は知っているのか?」
「知らなきゃ父さんの戸籍から抜けられないじゃないか!」
それじゃ‥‥‥アイツは一人になってしまうじゃないか‥‥‥
八雲は胸を痛めた
康太は「総て片付いたし、お前を呼んだのは瀬名に逢わせる為だ!」と謂った
瀬名は社会的制裁を受けた
そして判決が出て執行猶予が着いた
麗音は「父さんを彼処まで追い詰めたのは貴方だからさ‥‥絶対に許さないと想っていたけど‥‥父さんが幸せで笑っていられるなら‥‥全部許そうと想ったんだ‥‥
だから父さんの傍から離れる事にしたんだ!」と本音を吐露した
だからと謂って何故‥‥麗音が他所の子なるのか?
麗音は「僕は無理心中のなれの果ての可哀想な子でいたくなかった‥‥」と呟いた
だから康太が他の道を用意したのかと想った
八雲が飛鳥井の家に来た翌日、康太はホテルの部屋を取った
この日、朝早くから飛鳥井綺麗が久し振りに美しく化粧を施してやって来ていた
麗音は綺麗と手を繋ぎ、本当の親の様に見えた
「八雲、私が飛鳥井綺麗だ!
麗音の母に当たる!宜しく頼む!」
と、やけに男前に挨拶した
慌ただしく支度してホテルへ向かう
ホテルの予約した部屋には三田村 瀬名が先に来ていた
静かに佇む男は‥‥総てを諦めた少し前の八雲の様な顔をしていた
瀬名は八雲を見ると、立ち上がり深々と頭を下げた
「お久しぶりです八雲君」
痩せて‥‥病んでいるのが解る不健康な顔に八雲は、かって愛した恋人だと想うと苦しくて堪らなくなった
この日は翔も八雲を見届ける為に来ていた
翔は八雲の背中をポンッと押した
「瀬名‥‥‥ごめんな」
八雲はやっとの想いで口にした
「謝らねばならなかったのは僕の方だよ‥‥八雲君
僕は‥‥君の実験を盗んだ‥‥そして教授連中と結託して君を追い詰め総ての責任を被せて辞めさせた‥‥‥許される訳はないけど謝らせて欲しい」
と言い深々と頭を下げた
「もうすんだ事だ‥‥」
「僕には済んだ事じゃなかったんだよ
僕は‥‥臆病な奴だったから逃げ出す事も出来ずに‥‥結果教授連中に荷担する事になった
僕はねずっと君に‥‥‥断罪して欲しかったんだ
もうお前とは付き合えない‥‥そう別れの言葉を聞きたかったんだ‥‥‥
僕は君が好きだった
だけど君は‥‥‥僕を好きだった訳じゃないでしょ?」
「違う!‥‥‥それは違う‥‥」
「君は自分の想いのままに出来る存在が欲しかったんだって想っていた‥‥
だから引導を渡して欲しかったんだ‥‥
なのに君は‥‥教授連中の言い分を飲んで姿を消した‥‥‥
僕は‥‥あの時‥‥責めても良いから共に来てくれないか?と謂われたかった‥‥
身勝手だよね‥‥君を陥れたのに‥‥共に逝けると想っていたなんて‥‥馬鹿だと想うよ‥‥
そんな矛盾が僕を苛んだ‥‥僕の心は壊れてしまったんだ
麗音を道連れに無理心中をおこし‥‥後は‥‥麗音を手放し‥‥療養生活をしてたよ
毎日毎日後悔ばかりしたよ‥‥‥悔やんで己を否定して‥‥‥愛する子を手にかけた罪に更に病み‥‥‥自殺未遂を繰り返した
親にも親族にも見捨てられた、それが僕だ」
「幸せでいてくれれば良いと想っていた‥‥
幸せで笑っていてくれたら、それで良いと想っていた‥‥」
八雲は泣いていた
自分が逃げた後‥‥こんなにも恋人を苦しめていたなんて‥‥知らなかったから‥‥
何故幸せでいるなんて想った?
恋人を陥れて平気でいられるなんて想った?
自分をぶん殴ってやりたい想いだった
「お前を手放して‥‥罪を被ってやる事がお前を守る最善策だと想っていた‥‥‥許してくれ‥‥」
「もう良いよ。それより‥‥‥謂ってくれないかな?」
「何を?」
「あの日聞く事が叶わなかった‥‥別れ話だよ
別れようお前なんて好きじゃなかったって‥‥聞かせてよ
自分が手を出した所為で僕が妻と離婚したから、君は責任を感じて恋人でいてくれただけだって想っていた
それでも‥‥僕は君を離したくなかったから‥‥期待してしまったんだ‥‥
だからキッパリ謂って欲しいんだ
やっと夢から醒められるんだからね」
「瀬名‥‥大阪に来ないか?」
「僕が聞きたい言葉はそんなんじゃないよ?」
「こんなお前を放っておける筈なんてないじねぇか!」
「僕の人生を背負う気なのかい?」
瀬名の言葉に八雲は翔が謂った
「やくもはそのひとをせおえるだけのかくごはあるの?」と謂う言葉を思い出した
愛する人を背負えるだけの覚悟
無くしたくない想いを凌駕する想い
翔にはそんな想いを問われたのだと想った
「俺は卑怯な人間だから、お前を傷付ける位なら‥‥己が蹴落とされても身を引いた方が楽だった
お前は愛してないと謂ったが、愛していたし、今も愛している
お前を背負えるだけの覚悟はある
だからお前に別れを告げる気はない‥‥
俺だって悔やんでいたんだ!
あの時お前を責めて‥‥お前を大阪まで引き摺って行ってたら良かった‥と何度想った事か‥‥
だけど、無能のレッテルを貼られた男に着いて来てくれとは謂えなかった‥‥
俺はお前にそんな情けない姿は見せたくなかったからだ‥‥
今想うと俺は‥‥お前を庇う事こそ愛だと想っていた
バカだよな‥‥お前を追い詰めただけだったなんて‥‥許してくれ‥‥‥瀬名」
八雲は泣いて許しを乞いていた
昔の八雲では考えられなかった
「八雲君‥‥」
「あの日‥‥俺が絶対に許さないから一緒に来て罪を償えと謂ったら‥‥‥お前は来たか?」
「逝ったよ‥‥僕は君の傍で引導を渡される日を夢見て‥‥傍にいたよ」
瀬名の想いが痛かった
「俺を愛してくれ瀬名‥‥」
「それはお断りするよ‥‥名誉が回復した君に僕は相応しくないからね」
「俺に相応しい奴って何よ?それ?
お前はもう俺を‥‥好いていてくれないのか?」
「僕は今‥‥リハビリ中だから‥‥
ちゃんと生きる為に‥‥これからの事を考えている最中なんだ
ねぇ、師匠‥‥僕‥‥逃げずに謂えてますか?」
瀬名は震える手を握り締めて問い掛けた
それに答えたのは翔だった
「だいじょーぶよ、ちゃんとできるよ」
優しく瀬名を誉める
八雲には何が何だか解らなかった
「ありがとう師匠
これで僕は第一歩を踏み出せます」
「てをとらなくてもいいの?」
「‥‥‥‥それはとても怖い‥‥怖いんです師匠」
瀬名は翔に抱き付いた
翔は康太を見た
康太は八雲に説明を始めた
「瀬名は何度も何度も自殺未遂を繰り返した
瀬名は綺麗と同じ研究室の後輩と謂う事もあり知り合いだった
そんな瀬名を綺麗は心配し面倒を見ていたんだよ
綺麗の所に仕事に行った翔と瀬名が廻り合い仲良くなり、精神的支柱になった
瀬名は翔を師匠と仰ぎ歩き出す事にした
これは偶然が引き起こした奇跡なんだよ!
総てが何処かへ繋がっていた
バラバラで未知数のパズルがピースがカチッと嵌まって行き完成させた
これは奇跡が結び付けた縁の果てだと思っている」
翔は瀬名の背中を撫でて
「ボクがいるよ、せな
だから、だいじょーぶよ」と何度も何度も謂った
「師匠‥‥愛してる心が‥‥彼を見たら‥‥溢れてしまって‥‥忘れられそうもありません」
「なら、むりしなくていいよ」
「愛しても良いのですか?」
「すきはとめられないよ、せな」
瀬名は顔をあげると八雲を見た
恋人同士の頃には見られなかった優しい瞳を見ると‥‥‥心がざわついた
「八雲君‥‥僕は君を愛しているんだ」
八雲は嬉しそうに瀬名を見た
「瀬名‥‥俺もお前を愛してる」
八雲が謂うと翔が
「それがイマイチしんじられないんだよ?」とキツい一撃を飛ばした
「翔‥‥俺は本当に腹を括ったんだ
もう離したくないんだ‥‥‥」
「あー!これはコオたんたちもくわないやつだね、かあさん」
康太は爆笑した
綺麗も爆笑してスカートが捲れて下着が丸見えになった
麗音はそっと母のスカートを戻してやった
「母さん、パンツ見えてる」
「大丈夫だ!麗音
見る奴なんていねぇだろ?」
「いやいや、母さん、そう言う問題じゃないよ!」
「小さい事は気にすんな!
お兄ちゃんになるなら気はおおらかに、だぜ!」
「‥‥‥なる予定あるの?」
「もう少し押せば慎一も倒れるさ!
まぁ種だけだ、ケチケチするなって謂いたいけどよぉ!」
綺麗はそう言いガハハッと笑った
兄弟は欲しい
一度も兄弟と謂うモノを持った事がないから‥‥
麗音は嬉しそうな顔で笑っていた
瀬名は綺麗を羨ましそうに見ていた
翔は「とりあえず、やくもとはなすのね!」と謂った
翔が立ち上がると康太と榊原も立ち上がった
綺麗と麗音も還る気満々で立ち上がった
翔は「やくも、ちゃんすはいちどだけだよ!」と謂った
康太も「押し倒してお前の味を思い出させてメロメロにすれば『恋人』には戻れるかもな!」と謂った
八雲は燃えた
この後、八雲が恋人と復縁出来たかは‥‥‥
二人のみぞ‥(真贋のみぞ)知っていた
ホテルを後にした康太は榊原に茅ヶ崎へと向かわせた
海には人はチラホラとしかいなかった
康太は波打ち際を歩きながら
「翔、今回はキツかったか?」と問い掛けた
「ボクはできていましたか?」と翔は心配そうに母に問い掛けた
「立派だった
本当にお前の成長を感じられた」
「なら、うれしいです」
「お前に子供らしさを捨てさせて‥‥本当に済まないと想う」
「かあさんも‥‥こんなおもいしてきたんだね
もっときびしかったと、みんなにきくよ?
かあさんがボクをまもってくれてるから‥‥ボクはじっせんをつめれるんだとおもう
ありがとうかあさん」
お礼を謂われて康太は耐えきれずに泣いていた
「オレを‥‥恨んだ事はないか?」
「ないよ!ボクにはりゅーもおとやもひなもかなもれつもいてくれる!
かあさんよりもボクはめぐまれてるとおもうから‥‥」
恨んだりしてないよ‥と翔は謂った
「この先‥‥‥もっと苦しい事もあるだろう‥‥」
「かくごしてるよ!かあさん」
「逃げ出したい時もあるだろう」
「それれも‥‥にげないよ!かあさん」
康太は翔を抱き締めた
「この命‥‥‥有る限りオレはお前を護ると誓う‥‥‥だから‥‥少しずつ実践を積んで逝け‥‥」
「わかってます」
「お前にこんな道しか用意出来なかった母を許してくれ‥‥」
遊びたい盛りの子が修行の日々を送る
源右衛門よりは劣らぬ真贋だと謂わしめる為に、日々を修行で費やす
17歳で総てを引き継いだなら、もう翔は逃げ道もない真贋となり生きていくしかなくなる
翔は胸を張り
「ボクはあすかいけのしんがんです!」と謂った
「力を過信するな
力の過信は己を追いやる凶器となる
だからお前にイカロスの話を教訓として刻み付けさせたかった‥‥‥
忘れるな‥‥お前は無敵な存在ではないんだ」
「はい、わすれません」
「母が長生き出来ればな‥‥」
康太の言葉に翔は泣き出した
「かあさん‥‥‥ずっといて‥‥」
康太は翔を抱き締めた
飛鳥井家 次代の真贋として飛鳥井 翔は第一歩を踏み出した
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