28 / 56
第28話 会談、階段‥‥嫌、怪談‥‥
8月に入り連日厳しい猛暑が続いた
かなりの熱中症者を出した猛暑日の午後
飛鳥井康太は社内で一番大きい会議室に来ていた
議題はお盆休みの休暇の拡大と問題の建設現場について‥‥だった
真贋を呼び出しての会議は、会社の明暗を左右する程の重大事項となった
「真贋、あの現場では‥‥肩が重くなる者から、吐き気を覚えて寝込む奴まで、様々な障害が出ています」
現場の監督は顔を青褪めさせて訴えた
康太は「遼一、それは本当かよ?」と問い掛けた
九頭竜遼一は困った顔をして
「俺は何も感じねぇが、おかしくなる奴が多発して、現場の人間は取り憑かれただの大騒ぎとなってるな
まぁあの現場は何かあるのは確かだ!
今までどんな業者も工事を断念して来た現場を誰が拾って来たのですか?」
「それな、オレが国の重要人物に頼まれて拾った現場だ」
「日本兵の幽霊が出るそうですよ?」
遼一が謂うと城田も立ち上がり
「落武者の霊も出るそうです!」と訴えた
すると栗田も立ち上がり
「白いワンピース着た女が宙に浮いて恨みがましい様に追いかけて来るそうです!」
と訴えた
康太は会議に同席した一生に
「一生、目撃する奴も視えるのはまちまちか、剣持陽人に噂を拾う様に頼んでくれ!」と謂った
一生はPCを開くと、剣持のアドレスにメールを打ち始めた
瑛太は康太に
「国の重要人物と仰る方は我等に何をさせたいのですか?
廃墟と謂うにはまだ真新しいホテルにも取れるのに、何故今建て壊しに踏み切ったのですか?」と問い質した
「あの現場の依頼は国の重要人物からの依頼なのは確かだ!
廃墟と謂われる現場と違って、荒れて落書きされた廃墟とは違って、今も何故か綺麗で営業されている風な現場だ
元は景観の良い結構有名なホテルだったんだ
だが元々が曰く付きの土地だったらしくてな
調べたら旧日本兵、戦犯者の処刑場だ
その昔は、斬首首を晒す公開処刑場みたいな場所だった
あの地はかなりの血を吸って今も死者を呼び、負の感情を増大させている
客は入っていたが、ホテル内で幽霊が出ると噂が流れて、ホテルは廃業になった
閣下はあの地を浄化して新しく生まれ変わらせたいと申されている
だがどの建築会社も‥‥凄まじい怨霊の妨害に、断念している
まぁ‥‥これ以上被害が出るなら、うちもこの仕事は断るつもりだ」
曰く付きの土地
それに会議に参加していた者は言葉を飲んだ
「あの地は今、心霊スポットとしてネットに載る程の勢いを出して広まっている
かなりの被害者を出して、この世の摂理で解明出来ない症状の者達が多数出て、騒ぎになってるんだよ
国の重要人物はあの地の存在は知っていた
だが噂と恐怖が一人歩きして表立って出られねぇから、オレに依頼が来たんだよ
国の重要人物は魂を食い尽くされた者を、これ以上は出したくはないと申されている
で、うちの会社がバリケードを張って、工事の準備を始めたんだがな‥‥‥」
工事に携わった者は皆、お化けを見たと謂う
康太は思案する様に考え込んでいた
榊原は「真贋が昇華するは容易いが、ですが昇華は最終手段です
原因解明なくして昇華は出来ませんからね
と言う事で、上役の者達と共に今夜から毎晩、現場に寝泊まりしようと想ってます
統括部長、課長の者も全員現場に泊まり込みとなります!
社長も会長も是非この機会に、その目で確かめられたら如何ですか?
現地に行き、この目で確かめねば容易な事は謂えませんし、我が社から被害者をこれ以上は出せません!
ですので原因究明は必然と謂っても過言ではないでしょう!
皆さん、支度をしに還って、夜の7時に現場の前で集合する事にしましょう!
それで良いですか?真贋」
「おー!伊織が全部謂ってくれたかんな!
今夜から原因解明の為に現場に泊まり込もうぜ!」
栗田は青褪め‥‥城田は薮蛇だ‥‥と背筋を凍らせた
瑛太は「霊‥‥出来れば見たくはないです」と呟いた
清隆は「‥‥行きたくない‥」と情けない声で呟いた
清隆は大のビビりで、怖いモノが大嫌いだった
妻の玲香辺りなら、霊でも蹴飛ばしてくれるだろうが‥‥‥
ゴキブリと霊は大の苦手の清隆だった
目の前にゴキブリが出て来たら一番に逃げ、妻の玲香がスリッパでバシッと殺す!
それが二人の信頼関係に拍車をかけていた
清隆は「玲香を連れて逝こうかな‥‥」とまで謂う始末だった
康太は「城ノ内龍之介が同行するし、命に関わる事ならば、オレが出るし皆、キャンプ気分で乗りきろうぜ!」と気楽に声をかけた
だが‥‥事はそんな気楽には行かないだろうと覚悟を決めた
城田は「会長と社長は参加されなくても、真贋と城ノ内がいてくれれば、上層部の人間と数人で構わないのでは?」と助け船を出した
「だな、って事で会長と社長は逝かなくて良いや
母ちゃんなんか出したら、ファブリーズ掛けまくって‥‥大変な事になりそうだからな」
康太が謂うと栗田が「何故にファブリーズですか?」と問い掛けた
「あぁ、浄霊の効果があるらしいぜ?ファブリーズには!」
康太の言葉に城田も「そうなんですか!
除菌じゃだけなく浄霊も出来るのですか?ファブリーズは!!」
と驚いた風に謂った
「実証はねぇ事だけどな、うちの母ちゃんはその手の話を能力のある友人に聞いて何かあるとファブリーズかけまくってるんだよ」
ならば玲香を連れて逝くと謂う清隆を出せば、必然と玲香も着いてきて、現場はファブリーズまみれになると謂う訳だった
皆は納得した
話は着いて、会議を終えると、皆準備に取り掛かった
上層部の人間達は、その夜問題の現場へと向かう事となった
現場となるホテルは今も美しい景観を残して、その地に建っていた
誰かが手入れをしているのか?と疑いたくなる程今も景観を保っていて、廃墟と謂うよりは休業中のホテルと謂っても過言ではなかった
だがそのホテルは十数年前に倒産し、その後幾つかの業者に買収され手を変え品を変えて再生させようと試みたが、霊の存在がそれを許さないとばかりに猛威をふるい‥‥
総てが頓挫して、ここ数年は手付かずだった
何時しか心霊スポットに名を連ね、肝試しに来る輩は少なくいた
だが興味本位でホテルへ入った者は二度と還らぬ事となるか、かなりの記憶障害を出して廃人寸前まで人格を破壊されていた
そんな噂が出るたびに興味本位で来る者は後を立たずにいた
だがホテルは心霊スポットにやって来る心無い者達から受ける落書きや破壊の被害は受けていかのない様に、今も美しく佇んでいた
現場はまだ何一つ手付かずで、やっとの想いでホテルの敷地にバリケードを張り、ホテルの中に事務所だけ設置した
その事務所も背後から視線を感じる‥‥とか
トイレに入ってるとドアをノックされ、出ると誰もいなかった‥‥とか
仕事を終えて戸締まり確認して電気を切ろうとすると、電気が切れたり着いたりして、挙げ句突然切れ‥‥
ヒタヒタと言う足音がして、慌てて戸締まりもせずに飛び出して逃げた
なんて話も上がって来ていた
声が聞こえ
カビ臭い臭いや
頭痛がする程の超音波を聞いた
生臭い息が直ぐ傍でした
なんてのも中には在った
霊感のある者は実態を目撃して、会社に辞表を出した程だった
統括本部長の栗田、飛鳥井蒼太、陣内博司、水野千秋
そして補佐の城田、一色、愛染と瀬能も来ていた
現場を代表して九頭竜遼一も来ていた
城田は愛染と瀬能と共に事務所に寝袋と食料を運び込んでいた
栗田は九頭竜と一色と共に定点カメラを設置していた
水野はモニターに繋いで設定していた
康太は榊原と共に事務所に入り椅子に座っていた
目を瞑り気配を感じている様に黙って座っていた
榊原はそんな康太を護る様に座っていた
城ノ内龍之介は回りを視に歩いていた
総てが整うと事務所へと向かった
事務所に戻ると康太は起きて何処かへ電話をしていた
「この地を軸に半径二キロメートル地点に牛蒡の魔方陣を描き、定点に一人ずつ立たせてくれ!」
『解り申した‥‥どうですかな?お見立ては?』
「最悪の地だな、此処は‥‥白馬よりも根深くて、湯島よりも遺恨が強い」
『その地で将門公の斬首をなさっとか‥‥それも関係ありますかな?』
「大有りだろ?
不浄の地には悪しきモノが好んで棲みたがるからな‥‥かなり膨れ上がっているぜ!」
『それでは時間の問題でしたか?』
「んとによぉ、面倒臭い案件を押し付けてくれたな」
『貴方にしか頼めはしません』
「取り敢えず出来る事はする!
で、浄霊出来たら、この地はオレが貰うかんな!」
『はい。よしなになされば宜しいかと。』
「んじゃ!頑張って祓ってやんよ!
閣下はこの地の権利書を用意して待っててくれ!」
その会話で康太が誰と話しているのか解る
しかも、ちゃっかり浄霊の後は、この地を貰い受ける約束までしているのだ!
龍之介が事務所に入って来るのを確認して康太は
「どうだったよ?」と問い質した
「その地は霊道も通っているのですかね?
彼岸とこの世との境界線が危うく、引きずり込まれたと謂う事案が納得の地です」
「やっぱしな‥‥この地は元々は倭の国が封印して来た地になる
だが美しい景観にホテルを建てたいと申した初代の当主が金とコネを使って無理矢理建設に踏み切った
やはり曰く付きと土地にホテルを建てたんだ
何も出ないなんてのは、土台無理だったんだ
しかも廃業した後も、ホテルに電気が着いてただの、客が入って行っただの目撃情報がかなり膨れ上がり噂を呼んだ
怖いもの見たさの人間はそんな裏情報なんて知らねぇからな、噂が噂を呼び、餌が自分からやって来る状況は出来上がってしまっていた」
このホテルにやって来る興味本位の存在は後を立たない
そして行方不明になった人間も後を立たない‥‥
彼岸とこの世の境目があやふやなこの地なれば‥‥‥
連れ去られたと謂っても、理解出来る地なのだ
康太が想いに耽っていると龍之介が思い出した様に
「あぁ、そう言えば少し前に何処かのテレビクルーが撮影に来ていたと、浮いてる人に聞きました?」と口にした
「撮影?誰が許可したのよ?」
この地の管理は国がしている筈だった
その国が、撮影をしても良いとは許可は出さないだろう
「其処までは僕も知りませんが、浮いていた霊が教えてくれました
悪いモノではないので、事情を聞くと撮影をしていた者達は皆、取り憑かれたり霊障を受けたに違いないから消えた者はいないか調べた方が良いわよ!と謂って消えました」
この中にいるのが悪霊だけでなくて良かった‥‥とは言え、悪霊と化した霊も多々といる
弱い霊はひっそりと、そんな霊から目を付けられない様に存在しているのだった
現地にやって来た者達は皆、事務所の中へ入った
康太は辺りを見渡して人数を確認する
「皆、取り敢えず事務所に来てるか?」と尋ねると、皆は互いを確かめて「はい、全員います!」と返事した
全員、事務所の中にいるのに、廊下の奥の方からヒタヒタと足音が聞こえた
パシッ
ピキッ
バキッ
ラップ音が部屋に響き渡った
だが康太は気にする事なく黙っていた
事務所に緊張が走る
耳元に生臭い息が掛かると社員は飛び上がり
肩が重くなると、霊障で吐き気を押さえきれずに吐き出す者もいた
お化け屋敷なんて比べ物にならない位の恐怖に襲われ、城田も背中に冷たいモノを感じていた
トイレに逝った愛染が、電気が急に消えてヒタヒタと謂う足音が近付いて来て、あまりの恐怖に
「おしっこも止まりました」と顔を引き攣らせて訴えた
その夜は一晩中霊障に悩まされ、皆疲れきっていた
そして2日目の晩
霊は焦れた様に社員達に襲い掛かって来た
背後には常に視線を感じて‥‥
社員達は皆、背後を振り向いていた
ギューと抱き着かれたかの様な感触に、悲鳴をあげる社員もいた
現場に来ていた者達は皆疲弊していた
深夜も過ぎると霊は急激に仕掛けて来た
突然、栗田が「うわぁー」と叫んで、椅子から転がった
城田は栗田を支えて起こし
「どうしたんですか?」と尋ねた
「腕を強い力で引っ張られたんだよ」
と栗田は謂い、まだ痛みが残る腕を見せた
そこにはクッキリと手痕が着いていた
陣内は想わず「うわぁー」と叫んだ
パニックになりそうな恐怖に飲まれそうになる
水野は急に見えない相手に首を絞められ、そのまま気絶した
龍之介が祓うと一色が抱き締めて護っていた
その時、康太は柏手を一つ打った
すると空気が変わって、皆は落ち着きを取り戻した
龍之介は教を唱えていた
手には菩提寺の御神木から創られた数珠を着けていた
康太は「脅しは良いから姿を現せよ!」と言葉にした
すると事務所を取り囲む様に霊が姿を現した
栗田は卒倒して倒れた
城田は気絶出来るならしたかった
愛染や瀬能や陣内も気力だけで立っていた
九頭竜は何も感じなかったが、その場の緊張感が身動き取れなくさせていた
康太と榊原と龍之介は平然と構えていた
皆が見た通り、落ち武者の格好をした者から着物を着た姫君の様な霊もいた
兵士の格好をした者達は皆、血塗れで何処か損傷していた
それに混じり子供や嬰児、血塗れの女性の霊や、白いワンピースを着た霊もいた
怨みを持った霊は黒い靄を纏い
怨霊と化した者は赤い靄を纏っていた
ジリジリと霊が近寄る
かなり霊が迫って来ると
康太は「お前らオレよりも後ろに下がれ」と社員達に向け言葉を放った
皆、一斉に康太よりも後ろへ下がった
龍之介は霊と自分達を隔てる境界を引いた
かなりの霊が事務所に入って来ると康太は思念を飛ばして「頼む!」と叫んだ
それを合図に、霊達の足元には魔方陣が浮かび上がり、魔方陣が蒼く光ると霊達は身動きを封じられ呪縛されていた
『おのれ‥‥人ごときが‥‥』
呪詛の様に吐き出される言葉に皆は耳を塞いだ
康太は「‥‥‥ホラー映画を10年分は見た気分だな‥‥」とあまりの光景に呟いた
亡者や死者と違い、その地に呪縛され憑いている霊と言うのはかなり厄介だ
縄張り意識が強く、その地に取り憑くから、地に憑いた霊は祓い難いと言う
康太は霊に「何故このホテルに棲み着く!」と問い質した
すると年の頃なら60位の男性の霊が、康太の前に姿を現した
『このホテルは私の生涯を掛けた大作なのだ‥‥誰にも渡しはせぬ!』
と直接脳に語りかけて来た
言葉ではない
耳から入った言葉ではない
だが、その場にいた全員が脳の中から響く言葉を聞いた
「差し詰、おめぇはこの地にホテルを建てた初代と謂った所か?」
康太が謂うと男は康太の声など聞く気はないかの様に
『出て逝け!
この地は我の地なり!』と叫んだ
武将の血塗れの男が首を小脇に抱えて
『憎き地を未来永劫呪ってくれよう!』と叫んだ
血塗れの軍服を着た男が
『我等は国の為にこの命を賭して闘った
なのに我は処刑された‥‥‥許してやるものか!』と呪いの言葉を放った
根深い曰く付きの地は人々の無念を吸い込み膨張して彼岸を深くして逝った
パックリ開いた彼岸の入口は更に大きく広がり
その先の彼岸の先からウヨウヨ魑魅魍魎が蠢き近付いて来ていた
この世で在って、この世ではない世界 彼岸
死者が逝く世界の入口とこの世と曖昧に入り交じり異空間は口を広げていた
魑魅魍魎の前に鬼籍が立ちはだかった
鬼録(きろく)、生死簿(せいしぼ)が立ちはだかった
彼等は閻魔帳と呼ばれる鬼だった
魑魅魍魎と成り果てた殆どが、このホテルから姿を消して行方不明となった元人間だと踏んだ康太が兄、閻魔に頼んで待たせておいた鬼だった
死を認められず現世を去った人間は、裁くべき過程を飛ばして彼岸の住人となり魑魅魍魎と化した存在だった
魑魅魍魎は幾年月を重ねようとも輪廻の輪からは外れた存在として救われず報われず、その地に呪縛され悪鬼と化すしかなかった
正しく【死亡】させるべき鬼籍達の力を借りて魂を導く
その為に康太は鬼達を配置したのだった
その後ろには閻魔の書記官の司命 司録も控えていた
彼等は人の生死に関わり忌日を遺す為にだけ在る存在だった
魑魅魍魎が彼岸から来ない様に警戒しても、目の前には何処から涌いて来たのか‥‥
かなりの数の霊がいた
喚き散らす霊は超音波の様に脳に言葉を発し、耐えきれない人間はその場に倒れた
龍之介が放った境界も破られ、勢いを増した霊がジリジリと近寄って来ていた
康太は足元に焔を立ち上がらせた
するとその焔に戦いた霊は、距離を取った
榊原と一生は康太を護る様に立っていた
聡一郎と隼人は社員を護る様に立ちはだかっていた
事務所の中を激しい風が吹き荒ぶ
社員の目の前に、悪霊と対峙する康太の姿が見えた
その姿がどれだけ社員達の救いになっていたか‥‥
決して負けない真贋
飛鳥井康太がいてくれれば、我等は絶対に屈したりはしない!
その心だけで社員達は立っていた
夜明けも近くなって来た頃
彼岸の先の魑魅魍魎達は、正しく逝く事を受け入れて、輪廻の道を選択し『死』を受け入れていた
受け入れられぬ者は輪廻の道は断たれ、その場で鬼籍に葬られていた
だが『死亡録』だけは遺すべき義務がある為、生前の氏名や住所、人の世の社会の戸籍を記す必要がある
魑魅魍魎達はやっと自分を取り戻し、人の姿に戻り『死』を受け入れ修練の旅路に出て逝く事となった
魑魅魍魎もあらかた片付いた頃
ホテル初代の主は悪足掻きして抵抗していた
康太は初代の足元に魔方陣を出すと、呪文を唱えた
「この地は神の護りし土地なり
あの世とこの世の境界があやふやな地は、人の踏み込むべき地ではない
お前は魅了され、この地を手に入れた
それが総ての始まりだ!
お前は償わねばならない!
黄泉の旅路に出向き修練を受けて来るが良い!
そしたら魂が安らかな眠りにつき消滅する日も来るだろう!」
『わしはこの地を離れはせぬ!』
男は地面に倒れると、地面に縋り着く様に暴れた
地面を掻き毟り爪が剥がれ血を流しても、男は抵抗し続けた
康太は天を仰ぐと「兄者!」と叫んだ
すると時空を切り裂き、和装の着物を着た閻魔大魔王が骸の馬に乗って姿を現した
「我を呼んだか?
我が弟 炎帝よ!」
閻魔は物語や伝承に描かれている様な貫禄と厳しさを秘めてそこに立っていた
人は目にした瞬間、恐れ震え上がる存在、それが閻魔大魔王だった
社員達は内心は気絶したい程だった
まさか‥‥あの世に逝っても逢いたくはない御仁が来ようとは‥‥‥
康太は閻魔に「兄者、そこの者が聞き分けがねぇからな昇華してやろうかと想ったけど、裁かれずに逝くのは筋が違うならな、呼んだんだよ
総てはこの男がこの地に目をつけ略奪した日から始まっている!
コイツは『神』を殺したんだ!
この地を護る神を殺めて、略奪したんだよ
後は金の力でどうにでもなった
総ての狂元はこの男と謂っても過言じゃねぇ!」
閻魔は閻魔帳を出すと男に問い掛けた
「名は?」
男は名乗らなかった
すると男の後ろから鬼籍が姿を現した
「この男は白畑武則と申す商人だ」
鬼籍は魑魅魍魎から聞いた男の名を告げた
すると閻魔帳が物凄い勢いでパラパラと捲れて行き、一枚の紙をピーンと示した
閻魔はその紙を手にして
「白畑武則、御主は生前随分と悪どい商いをしてのしあがって来た様だな」
閻魔が問うと白畑武則と呼ばれた男は
「食って逝くのに必死で働いて来ただけだ!
それの何が悪い!」と叫んだ
「悪くはないが罪を犯せば、その罪は必ずや己に還るモノなのだ
なのに御主はこの地に留まり、裁きすら受けてはおらぬ
人の行いは即ち、総て己に還る業なり!
御主は今裁きの時を迎えた!
悪鬼と化した御主の転生の道は閉ざされた
幾人の人間を彼岸に送った罪も計り知れぬ程に重い
御主は修練地獄へ逝き、魂の修練をするがよい
魂の浄化を計った後、その魂は極楽浄土へ逝かせてやる事を約束しよう
そこで眠るがよい!」
閻魔は呪文を唱えると男の足元の魔方陣がグルグル回り始めた
その横に鬼籍が立ち、男を左右から羽交い締めにした
司命 司録も魔方陣の上に立つと
「此より黄泉の国へこの男をお連れする!」と宣言した
男が泣き叫ぶ中、魔方陣は時空を歪ませ吸い込まれる様に‥‥‥消えて逝った
それを見届けて閻魔は「後は此方でやるから心配せずともよい!」と告げた
「悪かったな兄者」
「あれ程の悪鬼なれば閻魔が出ねば収集が着かぬ
あの魂だとて救われる権利はあるからな
総ての罪を償った後、あの魂は眠りに着く事を許されるだろう
そして幾千の月日を掛けて魂を浄化させたら極楽浄土へと逝ける
人は罪でもって償わねばならないならぬ存在だからか
御主は何も心配せずともよい」
閻魔はそう言い康太を抱き締めた
そして康太を離すと背筋を正した
「赤いの、多数の魑魅魍魎が参って手が足らぬから我と共に来るがよい!」
閻魔のご指名を受けた一生は「御意!」と謂い、閻魔の横に立った
「それではな、我が弟炎帝よ!」
閻魔はそう言い一生と共に姿を消した
康太は側にあった椅子に座ると
「皆、お疲れ!
総て終わったわ!」と告げた
社員達は皆、その場に崩れ落ち、はぁーっと息を吐き出した
榊原は康太を抱き締めて
「長い夜でしたね」と謂い康太の頬に口吻けた
「あぁ、本当に長い夜だったな」
「これからどうします?」
「この地を封鎖する!
入って来ない様に結界を張る」
「それは良いです
心霊スポットに好奇心で来ちゃう存在の抑止力は必要ですからね」
「彼岸とこの世の結界を強化した後、このホテルを蘇らせる
この地はそれを望んでいるし、この地は父ちゃんと母ちゃんの新婚旅行に来た想い出の地でもあるかんな‥‥壊したくねぇのもあるんだよ」
「思い入れのある地ならば、何時でも来れるならば喜びますよ、きっと」
榊原が謂うと康太は嬉しそうに笑った
そして想いを現実に戻し
「その前に撮影に来ていたってテレビ局関係の調査もしねぇとな」と呟いた
「ですね、憑いてたら命に関わりますからね‥‥‥」
「すんなり見付かってくれたら良いけどな‥‥」
「‥‥‥頑張って調べますとも!」
榊原は康太を強く抱き締めた
栗田が康太に近寄ると
「真贋、終わったのですか?」と問い掛けた
「おー!終わったぜ!
この地は此より再生を始める
その前に彼岸との結界を強化しねぇとならねぇからな、当分は立ち入り禁止とする」
「ならば真贋、この地に撮影を許した社員の調査に入っても良いですか?
俺はバリケードを張る作業に立ち会ったのです
撮影に来れる様なバリケードの張り方はしていません!
ならば関係者が一枚噛んでいるしかないではないですか!」
栗田は怒っていた
康太は「一夫、城田と愛染と瀬能を使って良いから、何処のテレビ局のクルーの撮影があり、どいつが手引きして撮影をさせたのか調べてくれ!」と命令した
「解りました!直ぐに取り掛かります!」
栗田は燃えていた
城田と愛染と瀬能も「「「必ずや犯人をあげて見せます!」」」と燃えていた
康太と榊原は案外早く見付かるかと高を括っていたが‥‥‥
この話は意外に難航して康太を巻き込んで逝くのだった
飛鳥井建設に手引きした犯人見付からなかった
撮影をしたテレビクルーも見付からず
総てがお手上げで‥‥
皆が臍を噛んでいるしかない‥‥後味の悪い結末となった
曰く付きの土地は真贋自ら出向き、結界を張った
結界を強化して彼岸とこの世の境界を強化した
彼岸とこの世の境界があやふやな地には霊は溜まりやすいと謂うからだ
この世からあの世が見えてはならないし
あの世からこの世が見えてはならない
互いの存在は相容れない境界で護られているのだ
神が護りし岬の地を康太は再び輝ける地にする為に奔走した
閣下は約束通り、その地を康太に下賜してくれた
康太はこの地を再び光が満ち溢れ祝福された地にするつもりだった
飛鳥井清隆と玲香が夫婦になって新婚旅行で訪れた地
それがこの地だった
手を繋ぎ美しい海岸を歩いた二人を再びこの地に招くのが、康太の夢だった
逝く年月を重ね
二人の愛は深く静かに凪ぎの様に穏やかであれと康太は願う
美しいホテルはそんなに手を入れなくても、開業は出来そうだった
ホテル・ニューグランドのオーナーが関係者に声を掛けてくれスタッフを集めオープンの準備を始める
ボーボーの草が刈り取られ整地され
手が入ったホテルは活気に満ち溢れていた
脇田誠一がホテルのリメイクの監修に辺り、手が加えられ生まれ変わる
心霊スポットと化していたホテルは生まれ変わり観光の名所として話題を呼んでいた
ホテルのグランドオープンを控えたある日
海岸を歩く二人の影が揺れていた
美しい海岸には桜貝が波打ち際に打ち上げられていた
その海岸を飛鳥井清隆と玲香が手を繋いで
寄せては返す波を見ながら、清隆と玲香は当時に思いを馳せていた
「玲香、懐かしいですね」
「‥‥‥清隆、お主と再びこの地に来られて‥‥我はとても嬉しく想う‥‥」
「康太からのプレゼントですから、当時を偲んで想いを馳せましょう」
「清隆、我は幸せだとお主に謂おう
あの日、絶対に幸せにすると謂ってくれた‥‥
あの約束は守られておる」
「玲香‥‥」
「我は生まれ変わっても、やはりお主の妻になりたい!」
「私も‥‥‥生まれ変わっても貴方を妻にしたいです」
「愛しておるぞ清隆」
「ええ、私も愛しています」
「我は幸せじゃ‥‥こんなにもお主に愛され‥‥我が子や孫に恵まれておる」
「ええ、私も幸せです
君と過ごせた日々に‥‥幸せしか感じてません」
清隆と玲香は寄せられる様に抱き合った
バシャバシャと波打ち際を走る音が聞こえると、玲香と清隆の足元に抱きつく暖かな感触があった
流生は清隆と玲香に
「ばぁちゃ、じぃちゃ!
ちゅーはらめよ!」
怒った
清隆は温もりの方を見ると、康太の子が6人、清隆と玲香に抱き着いていた
音弥は「いわかげなら、だいじょうぶよ」と祖父母を庇った
清隆は笑った
玲香も笑った
音弥は「ボクかささしてあげるよ」と笑って傘を広げた
太陽と大空は「「らぶらぶね!ばぁちゃとじぃちゃ」」 と笑っていた
烈は「あいらね!」とフンフン鼻息荒く謂った
清隆と玲香は笑っていた
こんなにも幸せに満ち溢れていたのだ
康太が「おめぇら母ちゃんと父ちゃんの時間を邪魔すんな!」と怒って声をかけた
怒られた子供達は、走って清隆と玲香から離れた
「母ちゃん、父ちゃんゴメンな」
康太は我が子を追い掛けて、両親に謝った
玲香は笑って
「気にするでない!」と謂った
清隆も「そうです、気にしなくて大丈夫です」と答えた
清隆が手を差し出すと音弥と太陽が手を繋いだ
玲香が手を差し出すと流生と大空が手を繋いだ
清隆は笑っていた
玲香も笑った
その顔はとても幸せそうだった
榊原が来て烈を抱き上げると、翔は母と手を繋いだ
康太は「母ちゃん、風が冷たくなって来たから入ろうぜ!」と声をかけた
我が子と孫とで歩く穏やかな時間
二人は噛み締めるように一歩一歩、踏み締めて歩いていた
家族の元へ帰ろう
暖かな家族の元へ‥‥‥
幸せな光景が波打ち際に影となって残っていた
ともだちにシェアしよう!