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第30話 御子柴

間近い夏休みも終わり季節は秋へと突入しても、まだまだ猛暑が猛威を奮っていた9月上旬 飛鳥井の家に招かざる客が来訪を告げた この日、康太と榊原は仕事を早めに切り上げて、我が子を初等科へと迎えに行っていた 両親のお迎えに子供達は大喜びだった 車に乗り込み飛鳥井の家へと向かう 駐車場のシャッターを開けようかと車を停めると 飛鳥井の家の玄関の前には‥‥‥ 瑛太位の年齢の男性と御付きと見られる側使いが数人、男性を護る様に立っていた それを見て康太は「招いてはおらぬのに、家の前で待ち構えておられたら家に入れねぇじゃねぇかよ?」と嫌味を謂った 男は玄関から退くと、康太に深々と頭を下げた 「御子柴当主 言生(ことお)と申す、貴殿が飛鳥井家真贋で在られるか?」 「そうだ!」 「無礼を承知で参った‥‥話を聞いては貰えぬか?」 「どの道、話し合いをしねぇとならねぇかんな、そっちから来てくれて助かった 慎一、御子柴の方々を客間に通してくれ!」 康太は応接間でなく客間に御子柴の方々を通せと申した 慎一は御子柴の方々を飛鳥井の家に招き、客間に通した 客間には来客の準備はしてあった 康太が「今日は来客があるかも知れねぇかんな準備を頼む」と謂ったから準備をしていたのだった 御子柴の方々を客間に通し、慎一はお茶の準備に向かった 康太は榊原と子供達と共に客間に向かった 康太は榊原に「一生に烈を幼稚舎まで迎えに行き連れ還る様に謂ってくれ!」と頼んだ 榊原は廊下に出ると一生に 「今すぐ烈を幼稚舎から連れて還って来てくれませんか?」と頼んだ 『烈?あのお子様は今日、清四郎さんとお出掛けで幼稚舎には行ってねぇぞ!』 「え?何で父さんが?」 『何でも今日は一緒にいようと烈が無理謂って頼んだんだよ』 「勘か‥‥鋭いですね‥‥ ならば母さんと父さんに、共に飛鳥井に来て下さい!」 『了解!』 一生はそう言い電話を切った 榊原は客間に戻ると康太の横に座り 「今、一生に頼みました」と伝えた 「なら来るまで話しは始めねぇ方が良いな」 「ですね、御子柴の方々もそれで宜しいですか?」 榊原は御子柴言生にそう言うと言生は 「此方が急に参ったのだ‥‥待てと申すならば幾日経とうとも文句は申さぬ」と答えた 康太は唇の端を吊り上げて不敵に嗤い 「御子柴言珠、今になって追放した者を追うとは、どう謂った了見なのか、聞かせろよ!」 と、謂い放った 言生は居住いを正すと 「流石は飛鳥井家真贋‥‥総てお見通しですか‥‥」と他意はない風に呟いた 「お前が御子柴言珠だと謂ったのは、オレの子の烈と謂う者だ アイツは飛鳥井宗右衛門の転生者だかんな」 「宗右衛門殿の‥‥‥誠、憎き宿敵も現世に在られたのですね」 「オレの子はどの子も飛鳥井の歯車に組み込まれた どの子も御子柴にくれてやる気はねぇって事だけは伝えておく! 下手に手出しをしようならば、お前らは二度と陽の目を見れない無間地獄にでも堕としえやんよ!とだけ警告しておく!」 「‥‥‥貴方を敵に回したなら‥‥御子柴は消えるしかない 我等だとて‥‥そこまで愚かではないとだけ申させて下さい」 「ならば何故来た?」 「それは御子柴玲於那が娘が参られたら話をしよう!」 言生はそう言うと後はもう何も話さなかった 康太も榊原も黙ったままで、客間には重苦しい空気が流れていた それを破るかの様に廊下をバタバタ走る音が響き渡った その足音は客間の前で止まると、襖をスパーンっと開いて立っていた 存在感のあるお子様、烈が息を切らして立っていた 康太は「烈、嫌、宗右衛門、客人だ」と謂うと烈はニャッと嗤った その後を清四郎が走って、真矢と一生も追い掛ける様に姿を現した 慎一は清四郎と真矢と一生を客間に率いれると、座布団の上に座らせた 烈は揺ったりとした足取りで両親に近付くと 「御子柴言珠、何用で参られたのじゃ?」 と嗄れた声で問い掛けた 言生は「宗右衛門殿か?」と問い掛けた 「そうじゃ!御主は言珠か?」 「はい、我は御子柴初代当主、御子柴言珠が生まれ変わりに御座います」 「乱世の世に駆り出されたか?」 「そう謂う貴殿も‥‥乱世の世に在られるではないですか」 言生が謂うと烈は、ほほほほほっと嗤った 「何時の世も我は飛鳥井の危機に産まれる稀代の真贋とワンセットじゃ! だが‥‥それも今世限りとなろうがな‥‥‥」 「稀代の真贋の転生は‥‥来世はない‥‥と?」 「魔界へ還られるのは決まっておるからな」 「そうであられたか‥‥」 「まぁ稀代の真贋は失うが、我等飛鳥井には卓越した真贋がもう一人おる 稀代とまでとは逝かぬがな、源右衛門より強い力を持つ竜胆がおる 飛鳥井は‥嫌‥斯波はそうして繋がって今に在る」 烈の‥‥嫌、宗右衛門の言葉は重かった 言生はその言葉を噛み締める様に奥歯で噛み砕いて‥‥真矢を見た 「貴殿が御子柴玲於那がお子か?」 言生は真矢に問い掛けた だが真矢は母を知らぬ子だった 「誰ですか?それは?」 真矢は怪訝な瞳を言生に向けた 言生は驚いた顔をして現実を受け止めていた 康太は「真矢さんは母を知らないんだよ」と伝えた 「え?‥‥この子は玲於那のお子ではないのか?」 「真矢さんの母上は真矢さんを生んで直ぐにこの世を去った 力在る者がそれを上回る力を秘めた子を産めば‥‥己の命を削っているモノだ‥‥ それを解っていて、真矢さんの母上は子を産み出した 愛して育ててやれぬと解っていて‥‥我が子を産んだ 愛する妻を亡くして、真矢さんの父親は母の分も我が子を愛して育てた 我武者羅に働いて我が子を育てて、命の炎を削って行った 真矢さんが物心着く頃には父は病院で過ごす事となり、真矢さんは施設に入れられていた 父親が他界した後は、父方の親戚をたらい回しにされ、親の手が欲しい年頃の子が他人の中で暮らした 親なんて覚えてもいないだろう」 言生は突き付けられた現実に言葉を失っていた 御子柴玲於那 稀代の力を持つ巫女として魂に触れ鎮めて来た 彼女程の力持ちはいない程の才と力を秘めた者だった だが御子柴の一族は他を受け入れぬ掟が在った 婚姻は近親のより力を持つ者同士の婚姻しか認められず 他を一切に排除した閉鎖的な一族だった 濃い血は狂気を孕むと謂われていたが、力を劣らせる訳にはいかなった 純血の血統は何時しか‥‥一族を狂わせ滅びへと向かわせた もう‥‥何時終わっても不思議ではない状況に、言珠は転生したのだった 烈は「滅びへと向かうか?御子柴よ」と現実を口にした 「まだ滅びる訳には行きませぬ! ですので外の血を受け入れる事にしたのです‥‥‥」 「時、既に遅し、榊原真矢‥‥嫌、飛鳥井真矢は既に飛鳥井に組み込まれし存在となっておる!」 「その様ですね‥‥」 「ならば何故来た?申されよ!」 「御子柴玲於那は力の強い巫女に御座いました 彼女は何の力も持たぬ男と契り子を成した 彼女が命を賭けて我が子を護り、我らは彼女の子が何処に存在するのかさえ追う事は皆無であった その玲於那には双子の怜衣那と申す姉が存在する 怜衣那が最近妹は生きていると申されてな、生きているのなら逢いたいと‥‥日々申しておる その相手が‥‥真矢殿、貴方であったので調べさせて貰った 調べれば調べれる程に‥‥貴殿は玲於那の力を受け継ぎ、嫌母親以上の力を秘めておった 巫女である怜衣那は御主の居場所をやっと感知した 逢えるのならば‥‥せめて最期に一目‥‥との願いを受け取り我はやって来た どうか‥‥御主の母の姉でもある者の最期の願いを叶えては貰えぬか‥‥」 言生は深々と頭を下げた 真矢は困った顔で康太を見た 「義母さんは本当の母の事は何も知りませんか?」 「‥‥‥私は鏡を見るたびに‥‥何時も夢に出て来る‥‥優しい女性に似てくるなって‥‥想っていました 物心着いた頃から私は母を知りませんでした 母の事を知ってる親族は皆、母の事を悪く言いました 私も何時しか‥‥‥母は私を捨てて行ったんだと想うようになりました でなきゃ‥‥‥辛くて‥‥‥でも夢を見るたびに想うの‥‥きっとこの人は母さんで‥‥ きっと生きていないのだろう‥‥って そしてその人は親族が謂う様な人じゃなく‥‥とても優しく私の名を呼んでくれた」 康太は真矢を視て 「そうだ、その人が義母さんの母上です 義母さんの母上は黄泉へは渡らず‥‥ずっと義母さんを見守る事を決めて消滅しています 己の力を紡いで我が子へ夢を見させて繋がっていた」 そう伝えてやった 真矢は顔を覆って泣いていた 康太は言生に「逢わせてやれよ!呼べるんだろ?」と問い掛けた 言生は袂から数珠を出すと 「呼べば消えるが良いのか? 今は消し炭みたいな魂の欠片しか残ってはおらぬ‥‥」と現実を口にした 「眠らせてやらねぇとな もう良いだろ? そして輪廻の中へ入れてやんよ! そしたらお前の生が尽きる前に力の強い巫女が誕生する そしたら御子柴はもう少し先へと繋がって逝けるだろう」 「真贋‥‥」 「滅びを受け入れるんじゃねぇよ!」 言生はガクッと崩れ落ち両手を着いて項垂れた 「滅ぶしかないと‥‥想っておった 巫女の玲衣那の力も尽きる‥‥ そしたら誰も巫女の力は継承は出来ぬ‥‥」 「御子柴を出て行った潮来の娘が強い力を持って生まれているのを知ってるか?」 「それは知り申せぬ‥‥」 「何も始祖返りして生まれて来ているのはお前だけじゃねぇんだ! 今世にだって御子柴の力を持つ奴は生まれて来てるんだよ お前らはそう言う転生者を許さず繋げて逝こうとするから終焉を迎え入れてしまってるんだよ」 「真贋‥‥」 「お前が望むなら、転生者を教えてやっても良いぞ! それでオレの子をやれない分チャラにしてやんよ!」 「かたじけない‥‥」 「で、義母さんはどうするよ?」 康太は御子柴との話は着いたとばかりに真矢に問い掛けた 「康太‥‥私はどうしたら良いのですか?」 「真矢さんの母親をこれから召還する 精神だけしかないモノを呼び出すのはキツいが、御子柴ならば出来ると想う 母の想いを知って決めれば良いとオレは想う」 真矢は覚悟を決めた瞳を康太に向けると 「解りました、では母に‥‥逢わせて下さい」も答えた 清四郎は妻の手をそっと握り締めた 真矢は夫の手を握り返した 言生は依り代となる人型の紙を畳の上に置くと、印字を切って呪文を唱えた 康太は紫雲龍騎と弥勒高徳を呼び出した 「龍騎、弥勒、サポートを頼む」 康太が頼むと二人は御子柴の傍に立ち、サポートを始めた 紫雲は「想いは我が紡いでしんぜよう」と謂うと銀糸を出して紡ぎ始めた 弥勒は「ならば我は総結界を張り安定をさせよう!」と言い呪文を唱えて結界を張り巡らせた 言生は黄泉から魂を呼び寄せる呪文を唱えた 御子柴の家は古くから潮来を生業とする家系だった その実態はヴェールに隠されていた 潮来は本来人に霊を下ろすが、御子柴は人型の紙に魂を下ろして霊化させていた その手法は御子柴の一族の者のみが伝承して逝く技法だった 依り代となる人型の紙が、スーッと起き上がると正座をした人へと変貌を遂げた 姿はハッキリとなり、綺麗な女性が背筋を正し、凛として座っている姿へと変貌を遂げて行った 女性は言生の姿を見ると、三つ指を着き深々と頭を下げた 『お館様‥‥久方ぶりに御座います』 「玲於奈か」 『はい‥‥今はもう‥‥己を保つ事も叶わぬ‥‥消し炭で御座います』 「玲於那、お前の娘の真矢だ」 『はい‥‥夢にまで見た‥‥我が子に御座います』 「我が子の行く先が不安であったか?」 『はい‥‥決してこの手で育てられぬ子だと解っていましたが、我が子に御座います 我が子を想わぬ母などおりませぬ‥‥』 真矢は夢にまで見た母の姿を目にして泣いていた 夢の中で見た通りの女性の姿に‥‥ただ‥‥涙が溢れて止まらなかった 女性は真矢を見ると優しく微笑んだ 『真矢‥‥貴方の名前はお父さんが着けてくれたのよ 真っ直ぐ突き刺さる矢の様に、何処までも曲がる事なく生きて欲しいと願って着けたのです』 「お母さん‥‥」 真矢は母を呼んだ あんなにも焦がれて‥‥夢を見た母を呼んだ そして絶望して呼ぶ事すら諦めた母を呼んだ 女性はスーッと立ち上がると真矢の傍へ行き、膝を着いた そっと優しい手が真矢を頬を撫でた 『真矢‥‥貴方を残して旅立って‥ごめんなさいね』 「母さん‥‥」 『あの人も逝き‥‥一人で心細い生活を送らせてしまって‥‥ごめんなさいね』 「私は何故‥‥お母さんがいてくれないのか‥‥恨んだ事もあった だけど何時も何時も辛い時‥‥貴方は夢に出て私の名を呼んでくれた 優しく夢の中の私を抱き締めてくれた‥‥ だからもう良いのです‥‥ 今の私は幸せだから‥‥もう心配しないで‥‥」 『真矢‥‥素敵な女性に育ってくれて‥本当に良かった‥‥ もう何も思い残す事などないわね‥‥』 女性は哀しげに笑うと 『真矢‥幸せにね 母はずっと貴方の幸せだけを願っています』と真矢を抱き締めた そして真矢から離れると言生の所へと戻り 『お館様、ありがとうございました』と礼を述べた 「もう良いのか?」 『はい、もう十分で御座います』 「ならば逝くがよい! お主は真贋の計らいで転生を許可された その力、再び御子柴の元で奮うがよい そして今度は‥‥‥好いた相手と添い遂げられるがよい‥‥それが我等御子柴の願いでもある」 『お館様‥‥勿体ないお言葉‥‥』 「直ぐに‥‥玲衣那も逝くであろう‥‥ 来世も二人で産まれて来るがよい」 『お館様‥‥』 「それくらいの計らいは真贋がなさってくれるであろうて!」 言生はちゃっかり謂うと笑った 康太は「玲衣那が逝った後、共に転生するが定めだかんな、女神辺りが取り計らってくれると想うぜ!」と笑った 言生は魂を還す呪文を唱えると、人型の紙が真っ黒に燃え尽きてパラパラと消えて逝った 真矢は「母の姉に当たる方なれば‥‥是非お逢いしとう御座います」と言生に謂った 言生は「では‥‥青森の総本家の方へ出向いては貰えぬか? 玲衣那はもう‥‥此処へ来るだけの力は残ってはおらぬのじゃ‥‥」と現実を口にした 真矢は「なれば、其方へ向かいます」と覚悟を決めた瞳を言生に向けた 言生は「誠‥‥玲於那に良く似ておる‥‥玲衣那にも良く似ておる‥‥」と面立ちの酷似した顔に、双児の面影を見ていた 言生は近いうちに時間を作って下され、と次の約束を口にして還って逝った 真矢は夢のような気分で一杯だった 榊原 真矢が御子柴総本家へ出向いたのは12月も半ばに差し掛かった頃だった 真っ白な銀河の世界に包まれた奥地に御子柴の総本家は在った そんな所に人がいるとは想像すら出来ぬ未開の地に御子柴の総本家は在った 康太と榊原は真矢と清四郎だけを連れて、そこへやって来た 康太はロシアで買った毛皮を着ていた 吐く息がその場で凍てつく 榊原も毛皮のロングコートを着ていた 清四郎はダウンジャケットと中にはヒートテックを着込んでいた 真矢は綺麗に髪を結い清四郎と夫婦になって初めてプレゼントされたミンクのコートを着ていた そして美しく微笑んでいた 御子柴の総本家へ逝くには、迎えの車を待たねばならなかった 山の麓の宿に部屋を取り、御子柴の迎えの者を待つ 宿で休憩していると、御子柴言生自ら迎えに来た 異例な出来事に宿の女将は驚いていた 言生は「御待たせ致しました、こんな寒い極寒の地にお呼び立て申して本当に申し訳ない 今日は玲衣那も起き上がり貴殿が参られるのを心待にしております!では共に‥‥お願い致します」と深々と頭を下げた 真矢は立ち上がると背筋を正して「はい!」と答えた 外に出て迎えの車に乗る 迎えの車は雪道に強い車だった バスみたいなサイズの車に乗り込み、総本家へと向かう 山道をクネクネと曲がりながら山頂へと進む 気圧の変化に耳がポーンとなり、康太は唾を飲み込んだ 30分位山道を走り山頂近くに出ると壁に囲まれたお屋敷が姿を現した 長い長い壁が屋敷を取り囲む 厳正で厳かな風景だった 厳しい冬に生きる屋敷は白く染まりながらも、存在を主張していた 駐車場に車を停めると言生は車を下りた そして後部座席のドアを開けると、康太達が下りるのを待っていた 巫女が白い着物に深紅の袴を履いて神楽鈴を鳴らす 言生は「それではお願い致します」と謂うと屋敷の中へと入って行った 長い長い廊下をひたすら歩く キュッキュッと床が鳴る 手入れの行き届いた廊下は人の姿が映る程に磨かれていた 言生は陽当たりの良い部屋の前に立つと 「真矢が来てくれました!」と言い襖を開けた 「まぁ、良く来てくれました」 嬉しそうな御婦人の声が聞こえた 言生は真矢を部屋の中へと入れた 真矢が部屋に入ると布団で寝ていた女性が身を起こそうとした 言生が女性の元へ行き支えると、肩にストールを取りそっと掛けた 「真矢‥‥ですか?」 女性はじっと真矢を見て問い掛けた 真矢は女性の布団の横に座り「はい!」と答えた 「顔を見せて‥‥くれませんか?」 真矢は女性の直ぐ傍へと顔を間近で見せた 女性は真矢の頬に手を触れると 「本当に‥‥玲於那にそっくり‥‥」と涙した 床に臥せった女性は母と酷似していた 母が生きていたら‥‥‥きっとこの人の位の年だったろう 母の人生は私を生んで途絶えた 同じ血を引くこの人は姉妹を亡くした後、どうやって過ごしたのだろう‥‥ 言生は真矢に「玲衣那です、君の母上の双子の姉妹に当たるお方だ」と紹介した 玲衣那は「真矢‥‥私は‥‥もうすぐ黄泉へ渡ります‥‥ 最期に一目‥‥妹に逢いたかった‥‥ それも叶わぬのなら‥‥あの子の血を引く子供に逢いたかった‥‥ それも叶いました もう‥‥思い残す事はありません‥‥ 真矢‥‥真矢‥‥‥我が妹の愛しき子‥‥ 最期に一目逢えて本当に良かった」 真矢の頬に添えられた手が震えていた 「幸せにおなり真矢 あの子も貴方の幸せだけを願っている事でしょう 私も‥‥貴方の幸せだけを願っています」 「玲衣那さん‥‥」 「巫女をしている私は‥‥あの子がこの世を去ったのを知っていました この世の何処にもあの子はいないのを知っていました だけど私は心の何処かでそれを信じたくなかった‥‥ 生きていてくれれば‥‥‥それだけで良い‥‥ 何処で暮らしていたって‥‥生きていてくれれそれだけで‥‥‥願ってました 馬鹿ね‥‥現実から目を背けてただけなのにね‥‥」 真矢は悔やむ涙を流す玲衣那の涙を拭った 「私は母を知らずに育ちました 父も幼い頃に他界して、私は親戚中を盥回しにされ挙げ句施設で育ちました だけど私にとってその時間は夫の清四郎と知り合える為の必要な時間だったと想える様になりました それは今、私は幸せだからです こうして母の姉妹とも逢えました 母にも‥‥‥逢えました なのでやはり私はこれ以上幸せで良いのかしら?と想える程に幸せだと謂います」 「真矢‥‥」 玲衣那は真矢を抱き締めた そして真矢を離すと、嬉しそうに微笑み‥‥グラッと臥せった 言生は玲衣那を寝かせた 玲衣那は瞳を閉じて‥‥‥そのまま静かに‥‥眠りに落ちた 言生が主治医を呼びに行き、脈を取るが、脈は停止していた 御子柴 玲衣那 御子柴総本家の巫女としての生涯に幕を下ろした瞬間だった 医師は「御愁傷様です」と他界した事を告げた 真矢は玲衣那の手を握り締めて泣いていた 康太はその一部始終を目にして 「誠、立派な生涯で御座いました」と深々と頭を下げた 真矢は通夜と告別式に親族として参列した 気丈に姿勢を正し凛として前を向く姿は御子柴の巫女、玲衣那と玲於那に酷似して‥‥ 人々の涙を誘った 清四郎は何も謂わず妻の傍にいた 葬儀が終わると言生は真矢に形見分けをした 玲於那が総本家を出るまで身に付けていた数珠は、玲於那が総本家を出てからは玲衣那が引き継ぎ持っていた その数珠と玲於那と玲衣那の母から譲り受けて玲衣那が着けてきた飴細工が施された鼈甲の櫛を真矢に手渡した 「玲於那が母から譲り受けた形見を、玲於那が総本家を出た後、玲衣那が引き継いたモノに御座います 玲衣那は真矢へ‥‥と言う事ですので、形見分けとして贈らさせて貰います」 飴細工が施された鼈甲の櫛は見事なモノだった 素人目でも解る程の黄金色に輝き、今では相当の値が着くであろう品物だった 数珠にしても、総てが総水晶で出来ていて素人が持って良いものではないのは伺えられた 真矢は「宜しいのですか?」と問い掛けた 言生は「元は真矢の母が引き継いだモノなので貴方に還すべきなのです」と一歩も引かずにそう言った そして言生は玲於那と玲衣那の幼き頃の写真を真矢を手渡した 今の太陽と大空に良く似た双子の写真が映っていた 「真贋の所の双児に似ておいでであろう? 我は真贋のお子を見て‥‥‥あまりの似ように涙が出て来ました」 「‥‥‥私の中に‥‥御子柴の‥‥母さんの血が流れているのですね」 真矢は写真を手にして泣いていた 言生は「時々でよい、また逢って貰えぬか?」と問い掛けた 「はい、舞台のチケットを渡すので観に来て戴けたら嬉しいです」 「私は‥‥‥御子柴玲衣那の子として、この世に誕生致しました」 「え?‥‥」 「貴方とは従兄弟になります」 「まぁ‥‥私にも親族がちゃんといたのね‥‥」 真矢はそう言い顔を覆った 「飛鳥井家真贋に力を持った者を数名紹介して戴き、総本家に来て戴けた 我が御子柴もまだ終わらぬ様なので、此処で改革をしようと想っております もうお主達の様な悲劇を繰り返さぬ様に‥‥ 御子柴は開かれるべきだと想うのです」 それこそが転生して来た己の死命だと言生は感じていた 御子柴を作った初代 御子柴言珠の役目だと想っていた 康太は「義母さんの両親が御子柴を変えたんだよ! 義母さんの存在こそが、御子柴にメスを入れさせたんだよ」と謂った 「康太‥‥」 「義母さんはこれからも輝いて皆を照らしてやると良い その顔に御子柴を感じた人達もいた筈だ そんな人達への道標になる様に生き様を見せていかねぇとならねぇんだよ」 「ならまだ引退なんて出来ないわね」 「息を引き取る瞬間まで、女優 榊原真矢として義母さんは生きるが定め 幾つになっても女性達の憧れの存在として輝いていて下さい」 「まぁ‥‥酷使するのね」 「在るがままを受け入れた義母さんは美しい 年輪を経て魂の輝きが慈愛に満ちる時、榊原真矢の名は人々の心に刻まれるだろう」 「人々に刻まれなくとも、あの子達の胸に刻まれたいのよ」 「飛鳥井の子はどの子も義母さんが大好きです 刻まれない筈などないじゃないですか!」 「ずっとずーっと共にいたいわ‥‥ この息が止まる瞬間まで、私はあの子達の祖母として生きたいのよ」 それが在るからこそ、演じられるのだ 真矢は結い上げた櫛を外すと、形見の櫛を結い上げた髪に刺した そして数珠を心臓に近い方の腕に着けて、艶然と笑った その姿は玲於那にも玲衣那にも酷似していた その姿に言生は涙した あぁ‥‥母さん‥‥貴方は何時もそうやって微笑んでましたね 凛と背筋を正して座っていましたね 貴方の生きて来た日々が‥‥こうして真矢に受け継がれ‥‥ その子達に受け継がれている 母さん‥‥貴方の時間は止まってしまいましたが‥‥ 貴方の身内の中にこうして息づいている‥‥ 「誠‥‥玲於那と玲衣那に似ておいでだ‥‥」 「私の中にも母と叔母の血がちゃんと受け継がれておりますもの!」 あぁ‥‥終わらない絆 終わらない縁‥‥‥ 貴方の中の縁(えにし)がこうして結ばれていたのですね 真矢と言生は互いの中に同じ血が流れているのを感じていた 「人は縁(えん)を結んで 縁(えにし)を繋ぐ これは飛鳥井家真贋の口癖です 私もそう想います 貴方と出逢え、私は貴方の叔母として貴方を見守って逝こうと想っています」 「真矢殿‥‥」 真矢は言生の手を取ると 「貴方の行く先が‥‥光に満ち溢れて果てへ続ける様に‥‥心より祈っています」 と口にした 「叔母上とお呼びしても宜しいですか?」 「お好きにお呼びなさい」 言生は真矢を抱き締めた 母に似た 叔母に似た その人を抱き締めた 「貴方の存在が私の救いです‥‥」 心より言葉にした 母は‥‥貴方の姿に救われた様に‥‥ 自分も玲於那と母 玲衣那に酷似した真矢に救われていた 真矢は言生の頭を撫でた まるで小さな子にする様に‥‥撫でた 幾度転生しようとも‥‥ 頭を撫でられた事などなかった そんな不意な温もりに触れ言生は泣いていた 「泣き虫さんね」 「すみません」 「謝らなくて良いのよ 母の葬儀に泣く事なく見事に取り計らって‥‥まるで感情のないロボットみたいてましたもの‥‥」 「真矢さん‥‥」 「亡くすのは辛いわ 悲しいわ‥‥私と清四郎は家族と謂うモノを知らずに育ちました 家族の温もりを教えてくれたのは飛鳥井の家族でした 清四郎は源右衛門を本当の親のように慕い‥‥私達は家族と謂うモノを初めて知りました 源右衛門が本当の清四郎の父だと知った時は本当に驚きましたが‥‥‥ 欲しくて欲しくて堪らない肉親を得て‥‥そして失った 亡くした喪失感は日を追う毎に強くなり‥‥人は悔やんでしまうの‥‥」 亡くした悲しみを知っている者の言葉だった 「真矢さん‥‥私は‥‥御子柴総本家当主に御座います‥‥ 哀しみも苦しみも私怨は持ち込んではならぬ掟に御座います」 「言生、当主だって人の子よ? 誰が悲しんじゃダメだって謂うの? 愛する肉親を亡くしたのなら、それは悲しんで苦しんで送るのが身内の役目じゃない」 言生の肩は震えていた 身内の為に初めて涙した瞬間だった 肩書きも身分もかなぐり捨てて泣いた 母の為に‥‥‥ 御子柴言生は始祖の転生者だった 幾度も幾度も転生を繰り返し 御子柴の家の為だけに生きて来た 御子柴の家を変えよう‥‥ 言生は心の底から想った 真矢と御子柴言生は叔母と甥としての関係を繋いで決して途切れさせる事なく絆を結んで逝った

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