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第32話 サンタさんに届け

クリスマスも近付いたある日烈は至極真面目な顔をして慎一に近付き 「ちんいち」と名を呼んだ 「烈、どうしたのですか?」 「さんたしゃんくりゅにょね」 烈は頬を赤く染めて興奮して訴えた 「ええ、よゐこにしてる子にはサンタさんがプレゼントをくれるのですね」 「らからね、おおきにゃくちゅしたほちぃーにょね」 大きな靴下が欲しいのだと烈は訴えた 慎一は笑って 「解りました、なら一緒に作りますか?」 「れきるかにゃ?」 烈は不安そうな顔で慎一に問い掛けた 「出来ますよ、サンタさんは出来合いの靴下にはプレゼントは贈らないそうなので、作るしかないのですよ?」 「えー!そうにゃにょ?」 「ええ、だから頑張って作りましょう!」 烈は頷いた 横にいた流生が「てつだってあげるからね!」と弟を励ましていた 「にーに」 「れつ」 二人は大変仲の良い兄弟だった 不思議な事に飛鳥井の子達は兄弟喧嘩をした事がない 小さな衝突はあるが、取っ組み合いの喧嘩するような大きな喧嘩をした事はない 本当に仲の良い兄弟達だった そうと決まると兄弟会議が始まる 太陽は「おおきなくつした、ボクたちもつくろうよ!」と提案した 音弥は「いいね、さんせい!」と片手を上げた 太陽も大空も手を上げた 太陽は「なら、そざいはなににするか、かんがえないとね」と現実的な事を口にした 兄弟は皆腕を組んで考え込み始めた 大空が「このちょうしでクリスマスプレゼントもかんがえようよ!」と提案すると 兄弟は手をあげて賛成した アレコレと考えを出す 慎一はその兄弟会議に参加してアドバイスを出す あくまでもアドバイスを出すだけで、作り上げるのは兄弟の力だった 話し合いは平行線で中々決まらなかった この日の翔は調子が悪かった 兄弟の調和を取っているのは翔だった 兄弟にとって、翔の存在は大きかった 翔は黙って兄弟を見ているだけだった 流生は「かける‥‥どうしたの?」と心配になり声を掛けた 「どうもしないよ」 「ならどうしたらいいか? みんなをみちびいてよ」 流生は少し心細くなり翔の意見を欲した だが翔は何も謂わなかった 音弥は不安そうな瞳を慎一に向けた 慎一は翔の手を取ると 「少し話しませんか?」と謂った 翔は「‥‥‥しかたないね」と言い立ち上がった 慎一は「少し待ってて下さい」と言い翔を連れて応接間を出て行った そこへ康太と榊原が仕事から還って来た 応接間に顔を出すと流生が母の胸目掛けて飛び込んで来た 康太は笑って「どうしたよ?流生」と言い抱き締めた 流生は泣いていた 康太は流生を抱き上げてソファーに座った 「ほれ、謂ってみな」 康太が問い掛けると流生は涙で濡れた顔を上げた 「かけるがね‥‥へんなの」 「‥‥‥皆に解る位だったか‥‥」 康太は呟いた 榊原が康太に「手洗い嗽、顔洗いして来てからにしませんか?」と問い掛けた 康太はマスクを外し小袋に入れてゴミ箱に捨てると 「少し待ってろ!」と言い流生を離して立ち上がった 榊原は康太を連れて応接間から出て行った 榊原は「翔の怪我‥‥酷いのですか?」と問い掛けた 「だろうな‥‥じゃなきゃ兄弟に勘づかせる事はしねぇだろ?」 「‥‥ですよね」 榊原は黙った 翔の修行は初等科に入り日増しに精度を上げた練度の高いモノになりつつあった 気を抜けば大怪我に直結する類いの修行となっていた 康太も歴代の真贋も通って来た道だった 翔だけ例外は有り得はしない慣例の修行だった 康太は稀代と謂う事もあって、もっと練度の高いワンランク上の修行を行って来たと聞けば、翔だって意地はあるのだ 母の通って来た道を通りたいと願うのだ 榊原は苦しそうに胸を掻き毟る様に、服を掴んで耐えていた 康太はその手を服から離して 「スーツが皺になる」と謂った 「君はこんな想いをして生きて来たのですね」 あの頃の康太には榊原はいなかった 差し出される手は兄弟の手だけだった 何時も優しく抱き締めてくれる兄 瑛太と 何時もお腹を空かせている弟の為に源右衛門に内緒でご飯を食べさせていた兄 蒼太の手があったから、堪えてこられたと康太は謂う 何故あの頃の康太に寄り添っていられなかったのだろう‥‥と想うと胸が掻き毟られる程の苦痛に襲われる 「今はお前がいてくれるからな」 康太は笑った どんなに辛い時だって‥‥ 愛する者がいてくれれば乗り越えられるのだと康太は謂った 「僕は悔しいです」 「謂うな伊織」 「僕は君の為だけに生きているのに‥‥」 康太は榊原をギュッと抱き締めた 榊原は康太を抱き締めて口吻けしようとして 「あぁ悔しいです」と残念そうに呟いた 康太は笑っていた 「嗽もしてない口では君にキスも出来ません!」 「なら早く手洗い嗽顔洗いしてキスしてくれよ!」 「直ぐに!」 榊原は洗面所に飛び込むと、綺麗に手を洗い、嗽をして顔を洗った 康太も一通り済ませ顔を拭くと榊原は康太を抱き寄せた 「愛しています」 「あぁ、オレも愛してるかんな!」 二人は引き寄せられる様に自然に唇を寄せ合った そして互いの口腔の中を味わい深い接吻へと互いを求めて舌を搦めた そこへ一生がやって来て 「ほれほれ、嗽が終わったら応接間に行きなはれ!」と二人を急かした 康太は「馬に蹴られるぞ!」と謂うと一生は 「もう蹴られたって‥‥」と怪我をした手を康太にヒラヒラ見せた 最近牧場の手伝いに入った子が、無知な事に馬の後ろに立ってしまい、馬に蹴られそうになった所を庇って馬に蹴られたばかりだった 康太は爆笑して 「総ての生きる者の声が聞こえるのに、蹴られるか?普通‥‥」とボヤいた 榊原は「謂ってはなりません康太、一生が庇わなきゃスタッフは首の骨を折って御陀仏だったでしょうから‥‥」と庇う様に謂った 「日頃からオレ達のイチャイチャの邪魔をするから馬が頑張ったんじゃねぇのか?」 「俺を虐めるのもそこら辺にしといてくれ‥‥」 「解ったよ、で、呼びに来た訳は?」 「慎一が呼んでる」 康太は黙って頷き歩き出した 応接間に行くと、兄弟達はソファーに座って両親を待っていた 康太はソファーに座ると「翔、来い!」と呼んだ 翔は立ち上がって母の元にゆっくりと近付いた 「痛むのか?」 「‥‥‥すみません‥‥いたみにきがちって‥‥」 「‥‥少し入院するか?」 「それはいやです」 「でも動けば治りは遅くなるし、痛みも強いんだろ?」 「‥‥‥もうじき‥‥クリスマスだから‥‥」 兄弟で迎えたいと翔は泣き出した 康太は翔を抱き締めて 「なら謂うしかねぇぞ!」と謂った 翔は諦めた瞳を康太に向けた 「‥‥かあさん‥‥」 「大丈夫だ、おめぇにはオレがいる 伊織もいるし、皆もいる」 翔は頷いた 「翔の修行は日に日に練度が上がったモノになって行っている オレも翔と同じ頃は良く怪我した 此より翔の修行は厳しく辛いモノになって逝く‥‥だが真贋である以上は避けられねぇ運命だから受け入れるしかねぇんだよ」 母の謂う言葉を兄弟達は一字一句紛う事なく聞いていた 「翔は先の修行で怪我をした 修行で一週間家にいなかった時は入院していたんだよ それ程の怪我を負った訳だからな、今も痛くて仕方ねぇんだよ しかも普通の怪我じゃねぇ‥‥治りも遅いし痛みも取れるのに時間が掛かる 翔は今、相当な痛みと戦っている だから集中力が途切れてボーッとしちまう時もある そんな時は翔を助けてやってくれ!」 康太の言葉を聞いていた流生は立ち上がり翔に抱き付いた 「かける‥‥いたいならがまんはいやよ」 流生が謂うと音弥も翔に抱き付いた 「いたいときはいってね」 太陽も翔に抱き付き 「ひな、てだすけするから!」と訴えた 大空も翔に抱き付いて 「ボクもかけるをたすけるから‥‥ひとりでがまんしないで!」と訴えた 烈と「にーに!たちゅけるから!」と訴えて抱き付いた 榊原は翔の頭を撫でて 「君にはこんなにも心配させてる兄弟がいるのですよ? 無理して治りが遅くなったら皆が心配するんですよ?」と諭す様に謂った 「とうさん‥‥ごめん‥‥」 「君は兄弟達の指針なんです だから正しく導く必要があるのです でなければ、取っ組み合いの喧嘩になりますよ?」 「それはダメ!」 「なら見張ってないといけないでしょ?」 翔は頷いた 康太は慎一に「無理したから傷の状態を見るから救急箱くれよ!」と謂った 慎一は救急箱を取りに行き、持ってくると康太に渡した 康太は救急箱を受け取ると、翔の服を脱がせた 翔の体躯は包帯が巻かれていた 榊原は翔の包帯を取るとガーゼを外した 傷は背中で、鋭い爪で切り裂かれた様な怪我をしていた 康太は「オレも背中に傷があるんだぜ!」と言い服を脱ぎ始めた 康太の体躯は怪我の痕だらけだった その傷がどれだけの修行をして来たか物語っていた 康太は背中の傷を翔に見せた どの傷かは解らない程に傷が在った まぁキスマークも沢山あるが、子供達はそれがキスマークだとは知らないから黙って見ていた 榊原は古い傷を翔に見せた 「この傷が翔位の時に負った傷だと謂ってました」 「かあさんも‥‥アイツにやられたの?」 翔は泣きそうな顔で問い掛けた 「おー!オレも殺すのに躊躇して背中を向けたかんな‥‥やられた お前と同じだよ、オレだって怖いし逃げてぇと想う事は何度だってあったさ」 それでも逃げなかったのは‥‥定めからは逃げられぬ運命だと悟ったからだ‥‥ 榊原は康太に服を着せた そして「康太が怪我して来るたびに僕は自分が怪我をした方が楽だと何度想った事か‥‥ きっと兄弟達は僕の様な想いをして生きて逝くのでしょうね‥‥」と呟いた 翔は皆を心配させたくなくて黙っていたのに‥‥と悔やんだ 流生は「かける、ボクたちはじゃま?」と問い掛けた 翔は「ちがうよ!そんなことおもってないよ!」と叫んだ 太陽は「でもねかける、だまってるってことは‥‥そういうことなんだよ」と大人びた台詞を口にした 翔は泣いていた どうやったら伝わるか解らないから泣いていた 大空は翔を抱き締めた 「かける、れつのくつしたかんがえて!」と謂った 音弥も「そうだよ!かけるがいないとけんかになるもん!」と拗ねて謂った 烈は「にーに!さんたしゃん!」と訴えた 翔は烈を抱き締めて 「つくろ!おおきいのつくろ!」 と謂った 苦しい日もある 辛い日もある だけどどんな時にも心に希望の火を灯し 明日へ向かって生きて逝く この兄弟の絆があれば、歩き出して逝ける 康太は烈を持ち上げて 「所でおめぇの怪我はどうよ?」と尋ねた 烈は知らん顔してそっぽを向いた 「無事、三通夜の儀式を終えられた事を心からお喜び申し上げます!」 「ぼろぼろ‥‥らから‥‥」 「それでも三通夜の儀式を終えられた」 「たんれんたらんと‥‥そーえもんおこっちぇる‥‥」 康太は爆笑した 「怒らせとけ! おめぇは本当に良くやったよ!」 康太が誉めると、嗄れた声が『たわけめが!』と怒った 「宗右衛門んな事を謂うな」 『軟弱に育ておって!』 「烈は軟弱じゃねぇよ! 今は目を肥やす時だと人を見させている時だ 修行だって頑張ってる それ以上謂うならオレは黙ってねぇぜ!」 『なら少しダイエットさせろ! 動くのしんどいではないか!』 「‥‥‥‥ダイエット‥‥そこ突くか‥‥」 康太は榊原を見た 榊原は「栗栖が今、有栖院家に還ってますからね、戻ったらメニューを組ませてやらせましょう!」と約束した 栗栖は弟の有栖の事で実家に還っていたのだった 戻ってくれば、それはもう喜んで協力してくれる事は間違いなかった 烈は栗栖の名を聞き「げっ!」と想わず呟いた あの容赦のない鬼にしごかれたら窶れて痩せてしまうではないか! 榊原は御機嫌で謂った 烈は考えるだけで憂鬱になった 榊原は翔の傷の消毒をして包帯を巻くと、烈の怪我の手当てもした 康太は「クリスマスに榊原の家族も来るのに、こんなボロボロな姿を見せるのかよ?」とボヤいた 榊原は「構いませんよ、子供達の背負う荷物の重さは知ってますよ」と取りなした 康太は「ならオレもサンタさんの靴下作るの手伝うわ!」と言い出した 榊原も「なら僕も手伝いますかね?今年は大掃除も大々的に出来ませんしね‥‥」と少し寂しげに呟いた 毎年続けて来た大掃除のイベントとも謂っても過言でない行事は今年はならない事に決まった 各々の部署で密を避けて掃除をして終わりを迎える事となった 忘年会も各部署で取り止めが決まった 飛鳥井で行ってる親睦会も取り止めが決まった 密になる行為は取り止めにして感染予防に集中する為だ 榊原は「今年は大掃除‥‥どうしましょうかね?」と悩んでいた 一生は「飛鳥井の家では普通で良いんやないか?」と謂った 流生は「いづつや‥‥チキンあるかな?」と寂しげに問い掛けた 慎一が「ありますよ、さっき買い物に行って聞いて来ましたからね!」と伝えてやった 流生や兄弟は安心した顔をした 榊原は「井筒屋も新しくなりましたからね、買いに逝くのが楽しみです」と飛鳥井が手掛けたシャッター通りの商店街は雑誌でも取り上げられる程の人気の商店街になっていた 康太が悠太に引かせて作り上げた商店街だった 井筒屋も長年続けて来たおばちゃん達に加えて、若い手を加わり最強になっていた 長年続いた味を護りながらも、メニューを増やして若い子達にも買いやすい惣菜も増やした お洒落なカフェが出来て若い子達にも商店街に足を運ぶ様になっていた 武藤と梓沢が先輩や後輩に声を掛けてくれて、スタッフは集まり このコロナ禍の中でも集客を集めていた 井筒屋共々シャッター通りの商店街も息を吹き替えし芽吹いて成長を遂げていた 子供達は慎一と共に買い物へと繰り出した 康太と榊原はそれを見送った 康太は「今年はクリスマスどうするよ?」と問い掛けた 「今年は飛鳥井だけでやりますか?」 「だな、こんだけ感染者を増やしてると‥‥安易には呼べねぇわな‥‥」 真矢や清四郎が聞いたら怒られそうだが、それ程に感染者を増やし続けるこの現状に、そうせざるを得ないと想うばかりだった 「東京で800人叩き出してるしな‥‥」 「全国では2000人越えですからね‥‥」 今年はクリスマスイルミネーションも初日の出も密になるべき場所は避けようと考えていた 「本当なら24日のクリスマスは全館ライトアップの日だぜ 毎年見に行ってたのに、今年は止めなきゃなんねぇよな?淋しいな‥‥」 「初日の出も毎年ホテル・ニューグランドで見てましたからね」 何にせよ‥‥疫病との闘いは待ってはくれないのだ 予防予防と謂われても、手洗い、嗽、顔洗いを毎日やっていても人の多い所に出れば感染のリスクは上がるのだ 今年の年末年始は淋しいモノになりそうだった 子供達が買い物から帰ると、皆で靴下を作り始めた 康太と榊原も手伝ってサンタさんに願いを届ける靴下を作った 康太は子供達に 「靴下の中に願い事を書いた紙を入れておくと良い そしたサンタさんが願い事を叶えてくれるからな!」 と少しだけズッコ出来るなと想い、そう言った 年々、子供達は大きくなり欲しいモノが解りにくくなって来ているからだ 子供達はベッドの柵に靴下を吊るした 願い事を書いた紙を後日、子供達がいない日に覗いて見てみて‥‥言葉を失った 【サンタさんへ ボクはけががすぐになおるくすりがほしいです あすかいりゅうせい】 【サンタさんへ ボクはかあさんがくるしいとき、いたくなくなるくすりがほしいです あすかいおとや】 【サンタさんへ かあさんもかけるもよくけがをするから、はればなおるばんどえいどがほしいです あすかい かなた】 【サンタさんへ どうかおねがいです いたいのなくなるくすりほしいてす あすかい ひなた】 【サンタさんへ のんだらげんきになるくすりほしいてす あすかいかける】 【さんたしゃん あつもり ほちぃ れちゅ】 子供達のお願いを目にして、榊原も康太も言葉を失った 商品ならプレゼント出来るが、万能薬は用意は無理だった 「貼れば直ぐ治る薬なんて、何処にもねぇだろ?」 康太は想わずボヤいた 榊原は「それが子供達の想いなんですよ‥‥でも困りましたね‥‥プレゼントが用意出来ませんね」と困って呟いた 「まぁ烈のあつ森は用意出来るけどな 他はどうするのよ?」 康太はそう言い榊原を見た 榊原も困った顔をして 「無いものは用意出来ませんからね‥‥ 欲しがりそうなのをプレゼントして、メッセージカードを添えて入れるしかないでしょうね‥‥」と現実を口にした 「だな、優しい子に育ったな オレはあの子達の親になれて本当に幸せだよ オレの元へ生まれて来てくれてありがとうとメッセージを書いてみるよ」 「それは良いですね サンタさんとは別で僕達からもプレゼントって事でメッセージを着けましょう 本当に優しい子に育ちました あの子達は僕の自慢です」 康太と榊原は幸せを分かち合う様に抱き合った 飛鳥井の子達はクリスマスに向けて、着実に準備を進めていた

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