36 / 56

第36話 逝く道

烈は五通夜の儀式の後、3日間寝続けた あんまり起きないから久遠に診察に出向いて貰ったら程起きなくて家族を心配させた 4日後の朝 烈は起きた 様子を見に来た康太に「おはよーかぁしゃん!」と元気な声が響いた 康太は烈を抱き上げて「もう大丈夫か?」と問い掛けた 「あい!」 烈は元気に返事した 兄弟達は5日も還らぬ烈を心配して何度も何度も両親や家族に烈の居場所を問い掛けていた その度に逢いには逝けぬ場所で烈は闘っているのです。と謂れ待つしか出来ない現状に焦れていた その烈が還って来たのだ 兄弟達は大喜びした ………が、帰還して3日間は寝ていたから、兄弟を余計心配させます その烈が起きていたから、兄弟は皆大喜びしていた 「かぁしゃん」 「あんだ?烈」 「たっくん よんれくらしゃい!」 「オレに何とかしろと言ってなかったか?」 「あれは…ごとうやのまえらったから……」 力は極力使いたくなかったのだ……と烈はバツの悪い顔をした 康太は笑って「大丈夫なのかよ?まだ寝てて良いんだぞ!」と謂った 烈は首を振った 「はやきゅやらにゃいと……もっちぇいかれちゃうのね」 「なら今夜呼ぶぞ!」 「ちうん、はらうとき、よんれくらしゃいね」 祓うのは範疇外と口にする 「あぁ、話は通してあるかんな 声を掛ければ直ぐに来てくれるだろう!」 「にゃら、ばんたんね あしゅかいは、しょこまでしぇきまちゅじゃないのね」 飛鳥井はそこまで世紀末じゃない……それは誰を指しているのか解るから康太は笑った 兄弟達は離れたくないのか?烈の傍にペタッと引っ付いていた 学校に逝く時間になっても離れ難いのか……渋々烈を離して学校へ行った程だった 夜まで烈はゆっくりと過ごした 幼稚舎は今週はお休みを取っていたからだ 夜になると榊原の家族が飛鳥井の家に呼ばれてやって来た 何時もとは違い今宵は応接間ではなく客間へと通された 笙と明日菜は謂れるがまま客間へと向かった 客間には飛鳥井の家族が既に座に付いていた その反対側の席に榊原の家族もいた その中央に烈が座っていた 慎一は烈の前に匠を座らせ、笙夫妻は空いてる席に着かせた 笙は烈に「五通夜の儀式、完遂なさった事、本当に喜びの言葉を贈らさせて戴きます」と謂った 烈は笙に唇に人差し指を当てて黙れと指示した じーっと烈の瞳が匠を視る 匠は居心地悪くてモジモジと動いていた 「でるにょね」 烈は匠にそう謂った 匠には訳が解らなかった 烈の眼が鋭く光ると、匠は動きを止めた 烈はかなり長い間何も謂わずに匠を眺めてい そして目を瞑り、思案する様に腕を組んだ そして目を開けると、烈は嗄れた声で 『この者は御子柴言珠が父 御子柴緑道殿の転生者じゃ! 真贋、悪いがこの件は御子柴に伝えてやるとよいだろう! この者が御子柴の宗家を継ぐ事になるのだからな!』と告げた その言葉は康太も意外で「恵方じゃねぇのか?」と問い質した程だった 『恵方ではない その能力、恵方に近いが恵方よりも霊媒体質が強い! その微妙な力の差が儂の眼を欺いておったのじゃ!』 「御子柴の宗家を継ぐ者が……出ちまったか……」 『仕方あるまい、真矢は御子柴の巫女の娘! 血は繋がり果へと結ぶ……滅ばぬ為に血は変化を遂げて子孫を遺そうとする まさに今回の匠こそが真矢の血が強く出た証拠とも謂えよう!』 その言葉を聞いて真矢は 「匠は……御子柴の宗家の転生者だと申すのですか?」と問い質した 『そうじゃ!飛鳥井にも匠に良く似た力を持つ者がおった それが斯波恵方、あやつは予知予見の力を持ち、人の本質を見ぬく力を持ち惑わし自由にコントロール出来る力を持つ たが霊媒体質は持ち合わせはおらぬ だからGWの時には誰か見抜けはせなんだ! また五通夜の儀式の前じゃったから力は使いたくはなかったからのぉ…… だが今視て解った、其奴は御子柴緑道、その人じゃ!』 「私の血が………そうさせたのですね」 真矢は責任を感じて言葉にした 『そうではない! 御子柴は終焉に向かって走り出しておった 終焉とは即ち家の断絶となる そうさせない為に血が血を呼ぶ それが転生と謂う家の為に生きる者を呼ぶ事となる それは真矢の所為ではない……お主の所為などではない 子と謂うのは血を選ぶ 儂もそうじゃ、より強い血に導かれ生を成した 儂は斯波宗右衛門であり飛鳥井烈でもある お主の中の強い血に引かれ生を成した それと同じじゃ、御子柴の血が終焉を察知してより強い血に導かれ生を成した それだけの事じゃ!』 烈は謂い切った 明日菜は烈の前に逝くと正座して深々と頭を下げた 「匠は……ならば匠は御子柴の家に取られると謂う事ですか?」 『それが定めじゃ明日菜 取られるとかのレベルではなく、己の定めに従って己の道を逝く 今はまだその時ではないが、何れは己の判断で御子柴へ逝く事となるであろう……桜林の長瀬の子息の様にな…… 転生者とは己の成すべく道を決めておる 儂が宗右衛門にしかなれぬ様に…… 匠は御子柴緑道にしかなれぬ! 他にはなれぬ者は………他へは逝けぬ…… 稀代の真贋が稀代の真贋としか生きれぬ様に…他の道など用意されはおらぬのじゃ! 匠がもし恵方だとしても、同じ事じゃ 恵方は恵方の役割がある 飛鳥井の家の為に直ぐにでも働かねばならぬ 何の違いもありはせぬ……』 宗右衛門の言葉は重かった…… 明日菜は言葉を失った 『なぁ明日菜、お主は何の為に康太に仕えておるのじゃ? 普通の専業主婦の方が子育ては楽じゃろうて なのに真贋に仕えるのは、それはお主の決めた道だからじゃろうて! それと同じじゃ……我等転生者には選択の余地はなく道が決められておる…… その道しか逝けぬのじゃ……他の道など逝けぬのじゃ…… その道を逝くお主ならば、我が子の定めを理解出来るであろうて!』 「あなたは……他のモノになりたいとは想わないのですか?」 『なりたいと想う事は多々とある 烈はまだ4歳じゃ……4歳の子が五通夜の儀式など喜んでやるとお思いか?』 「………ぁ………」 手に包帯を巻かれ、あっちこっちにバンドエイドが貼られた烈を見る 『出来るなれば逃げ出したい 出来るなれば、他の子に産まれたかった 儂は何時の世も思わずにはおれぬ…… だが真贋だってそう思っても逃れぬ定めを生きておると想えば……堪えられた それになによりも……儂に大切な大切な宝をくれた御方を哀しませる人生はもう送らぬと決めた だから儂は逝くしかないのじゃ! 他にはなれぬ! 何故ならば儂は斯波宗右衛門なのだからな!』 「私は……どうしたら……」 『己の道を選ぶ日まで愛してやるがよい 己の道を歩みだしても愛してやるがよい 我が子は切っても斬れぬ縁がある その縁は好き勝手になど切れはせぬ なればお主達は愛せばよい 我が子を愛して愛して逝かせるがよい 榊原 匠は生涯、榊原笙と明日菜のお子として生きて逝くじゃろうて!』 明日菜は深々と頭を下げた 『真贋、紫雲に命じて悪霊を祓うがよい! その後御子柴に合わせて、転生者だと伝えてやるがよい』 「承知した」 『儂は疲れた 寝るとするから今宵は起こすでないぞ!』 「兄弟の所に寝かせておくさ」 烈は嗤うとバタッと崩れ落ちた 素早く慎一が烈の体を抱き止めると、座布団を並べて寝かせた 流生が心配そうに烈の頬を撫でていた 音弥が心配そうに烈の手を握っていた 太陽は頑張った弟の頭を撫でた 大空は烈の上にブランケットを掛けた 翔が烈の眠りを妨げない様に前に座った 兄達は大切な大切な弟を全力で守っていた 康太はそんな頑張った我が子に目をやり 「烈は宗右衛門の転生者だ そしてそれ以前に……オレと血縁のある者だった…… 彼はオレの血を辿り幾度も幾度も近くに生まれ落ちてくれた 彼は哀しい罪を背負い人の世に堕ちた…… そしてその罪を償うべく……日々家の為に生きている……それが烈だ」 そう謂った 真矢は「匠の事は匠が決めます!彼が転生者だと謂うならば、己の道を歩むだけです! ならば我等は黙って見送ればよいのです」と謂った 我が子を康太に託した真矢の言葉は重かった 我が子なのに真矢は太陽や大空、烈を康太の子として接している そればかりか、どの子も変わりなく愛を注ぎ、どの子も変わりなく愛している 自分には出来ないと明日菜は想った 明日菜は「お母様……私も飛鳥井の一族の端くれの女です……我が子の道は決して妨げたりなど致しません!」と言葉にした 真矢は優しく明日菜の背中を撫でた この人は何時も……優しい手で私を護ってくれている…… そう想うと明日菜は泣けて来た 清四郎は明日菜の涙を拭ってやった 夫婦で明日菜を大切な大切な娘として接しているのが解る 笙は美智留を抱き締めていた 「とうしゃん……らいじょうび?」 美智留は心配していた 康太が「明日、御子柴には伝えるけど良いか?」と申し出た 明日菜は笙を見た 笙は頷いた 明日菜は「宜しくお願い致します!」と覚悟を決めた瞳を向けた 康太は明日菜に「お前、オレの兄貴の恵太知ってるだろ?」と問い掛けた 「あぁ、設計、製図課の飛鳥井恵太だな」 「アイツの伴侶、栗田だって知ってる?」 「あぁ、知っておる」 「ならさ恵太が結婚していたの知ってるよな?」 「祝儀を渡したから存じてるぞ!」 「離婚したのも知ってるよな?」 「あぁ、知っておる」 「恵太には恵美と言う娘がいるんだよ 知ってるよな?」 「幾度か逢っておるから存じてるな」 「その子供、次代の姫巫女となる子だ」 「え……」 「本当なら菩提寺に入って修行せねばならぬ所、栗田が泣いて泣いて引き止めてな通いで修行している だが18歳になればそれさえ叶わぬ道を逝く事となる 姫巫女は山から出られねぇからな」 それが分かっていて栗田は恵太と共に恵美を育てていると謂うのか? 「恵兄は諦めているが、栗田はまだ諦めちゃいねぇ! 逢えないなら毎日逢いに行くし、菩提寺で寝泊まりすれば良いとさえ考え始めている 近くの土地を買ったのもその為だろうな アイツは我が子には2度と逢えない道を逝く なれば近くにいる恵美に愛を総て注ごうと大切にしている」 「栗田らしいですね」 「だからさ諦めなくても良いんだよ 傍にいてぇなら傍にいれば良いんだよ 逝く道を邪魔さえしなければ、違える事なくその子は逝けるんだからな」 悪足掻きしまくって良いと康太は謂った 明日菜は嗤って「なれば私も悪足掻きしまくりますとも!」と謂った 「あぁ、それで良い 嘘だって1000年突き通せば真実になる…… 悪足掻きしまくれば、そのうちそれが真実となる日が来るさ……」 それは誰に向けて言っているのは解らなかったが…… 明日菜の心は決まっていた こんなにも近くに宿命を背負ったお子を育てている親がいるなれば…… 自分だって乗り越えられない筈はないと思った   康太は慎一に 「御子柴に伝えてくれ! そして席を用意してくれると助かる」と告げた 慎一は「ホテルですか?」と問い質した 「御子柴の本家と中間地点の旅館に部屋を取ってくれねぇか?」 「解りました、では直に手配をして来ます!」 慎一が言うと聡一郎が「ホテルの方は僕が調べて手配をするよ!」と申し出てくれて なれば御子柴に伝えるのは慎一の仕事となった 慎一は詳細は伝えずお時間を作って下さい。話があります。とだけ伝えた 御子柴は総て了承してくれた 慎一は日付は追って部屋が取れ次第伝えると謂い電話を切った 聡一郎が飛鳥井と御子柴の住む居住区の真ん中の場所に部屋を用意した やや御子柴寄りの地だが……とても良い部屋があったから、そこに決めた 康太は紫雲を呼び出して匠に着いてる霊の除霊をさせた 除霊は夜中を回っても続き、明け方霊が匠から離れると2度と霊が入らぬ様に封印をした 御子柴に連絡を取った翌週 季節は早いが梅雨に突入しかの様な雨天だった 雨に濡れた新緑が目に眩しい程に生い茂っていた 飛鳥井の家族と榊原の家族は、笙がチャーターしたバスに乗り込んだ この日の為に笙は運転手付きのバスをチャーターした 笙は飛鳥井と榊原の家族に深々と頭を下げて 「今日は宜しくお願いします!」と謂った 玲香は「旅行だと想い気楽にゆくがよい!」と笙の肩を叩いた 旅館の部屋は飛鳥井が出したが、そこへ行くまでの足は笙が負担した 本当なら全部出すつもりだったが清隆の 「我等は旅行気分で逝くのでお構いなく!」との言葉に折半となった 旅館は日光東照宮の近くの閑静な場所に取った GWも終わったとの事で、ほぼ貸切状態が出来た バスに揺られての旅となる 流生は「えんそくみたいね!」と喜んでいた 太陽も「みんなでいくと楽しいね」と喜んでいた 音弥は歌を歌っていた 大空は烈におやつを食べさせて笑っていた 翔は難しい顔をして座っているから烈に 「にーにー、らいじょうび?」と心配される程だった 「れつ辛くない? 寝てても大丈夫なんだよ?」 翔は弟の心配をしていた ストローの着いた水筒を渡して貰いお茶を飲む 「にーにー、らいじょうびよ!」 と烈は兄を安心させる言葉を言う 康太と榊原は寝ていた 瑛太は慎一に「どうしたのですか?康太と伊織は?」と心配そうに問い掛けた 慎一は「夫婦の営みが激し過ぎたのでしょう?」と何でもない風に謂った だが瑛太はそんな言葉では引き下がらなかった 「康太が寝ているならまだしも、伊織も寝ているのは変です」 「それは俺も解りかねます……かと言って起こして聞く訳にも行きませんし……」と言うと瑛太は黙った 昨夜、子供達の持ち物の事で康太の部屋を尋ねると、リビングに弥勒がいた いつ来たのやら?慎一には解らなかった 何やら深刻な顔で話をしていた 慎一は「客人でしたか」と言うと康太は 「放っておいて構わない そのうち帰るだろうしな!」と答えた 慎一はその場を離れたが、弥勒が何時還ったのかは解らなかった 弥勒は少しだけ愚痴を溢しに飛鳥井を訪れたのだった 弥勒は友に逢いに魔界に出向いていた 久方ぶりに逢う友は、天魔戦争の時と何ら変わりない風貌だった 素戔鳴尊は弥勒の姿を見ると 「どうしたのじゃ? 珍しいな御主が炎帝の傍を離れて単独で来るなんて……」と問い質した 何時も飄々としている弥勒と少し違ったからだ 弥勒は単刀直入に 「剣……何時渡したんだ……」と問い質した 「なんじゃ、やっと気付いたか……」 「答えろよ!」 「それはあやつが人の世に堕ちて直ぐの事じゃ…… 我は……あやつに何もしてやれなんだ…… ならばせて、我の一番大切にしている宝を渡そうと決めておったのじゃ……」 素戔鳴尊は遠くを見つめて……そう謂った 「ならば……既に……剣は渡っていたのだな」 「そうだ……」 「何故…何故教えてくれなんだ……」 「あやつは時を越えて転生させたと炎帝は申しておった 炎帝の傍に生を成すと聞いたから……我は……あやつに剣を託したのじゃ…… 何もしてやれなかった 我は怖かったのかも知れぬ…… だから知らぬ存ぜぬを決め込み……最悪な結果を招いてしまった せめて何かしてやりたかったのじゃ……」 「何で俺に知らなせてくれなかった? 俺では……お前の力にはなれなかったのか?」 「そうではない……」 「建御雷神は知ってるのかよ?」 「誰も知らぬ お主にも建御雷神にも申してはおらぬ…… あの剣を渡した一番の想いは贖罪じゃ そして願いでもある……魔界はもう闘いなどないと想いたい…… 平和な世に…あの剣は不釣り合いなのじゃ……」 「素戔鳴……」 弥勒は悔しそうに呟いた 素戔鳴は弥勒の肩に目を置くと 「お主らを蔑ろにしていた訳ではない…… 一番愚かであったのは我だ 総ては我が招いた事じゃから……己でケツを拭いただけじゃ 素戔鳴の一族は崩壊した……魔界大集会の後には甘い蜜に群がる輩は姿を消していた 呆気のないものよのぉ……泡沫の夢の様に儚い夢を見ている様じゃった 名だけを欲し、名声だけを欲していた輩は、宣誓と共に距離を置き親族だとて他人になった 我は何を見ていたのか? 解らなくなったのじゃ……天魔戦争の覇者だと持て囃され慕われ集いし者達は……我の名声しか見ていなかったのかと想うとやるせなくてな…… ならば……一番苦しめたであろう……あやつに宝を渡すのは必然だと思えたのじゃ……」 素戔鳴尊の苦しい胸の内を聞かされる 「お前は……アイツが康太の子に転生したのを知っているのか?」 「時々逢っておるからな知っておる」 「逢ってるって烈にか?」 「そうじゃ……我はすっと見守っていた 幾度も転生し罪を贖おうとするあやつを見て来た そして今世のあやつには時々逢っておる おやつはあんなに図太かったのだろうか?と時々思うのじゃ…… 幾度の転生を経て図太くなったのだろうな…… 今のあやつならば……力に負けて総てを恨む事などなかったであろうにな……」 「じじ臭え奴だぜアイツは……… お前の血縁者なれば……我はもっと大切にした お前の分まで傍で手助けしてやる事も出来る もっと早く………知りたかった……」 「聖王、特別になど扱わなくてよいのじゃ 特別など望んではおらぬ……」  「愛していた妻と子はどうしたのよ? 今も結ばれる相手として存在してるのかよ?」 「妻と子は転生の道に入り……あやつとは別の人生を歩み始めた様じゃ…… 家の為に生きると謂う事はどんな犠牲を背負わせるか解らぬから……手を取らなかったと申しておった 莫迦よのぉ……愛して愛して愛し抜いた妻なのに…… 転生した時には…あやつは別の道を選びおった」 「何でだよ! あんなに愛した妻と子じゃねぇのかよ?」 「自分の所為で死ぬのを見るのは……一度で十分なのじやろう……」 弥勒は泣いていた 悔しくて悔しくて……泣いていた 「泣くでない……聖王……」 「せめて……愛した人の手は離さないで欲しかった」 「あやつは転生した家を選んだのじゃ…… 家の為に生きると決めたのじゃ…… それは家族だとて巻き込まれてしまう可能性もある  昔のあやつの生きた時代なれば尚更じゃろうて…」 「消えそうな瞳をしてたのに……」 何時だって賢く寡黙な神は消えそうな哀しい瞳をしていた 「聖王……」 「そろそろ転生してくるのか?と想ってたらとっくの昔に転生していたのかよ……食えねぇな本当に炎帝は……」 「話さなかった事……怒っておるか?」 「怒ってねぇよ ただ……お前の剣を見た瞬間は何故って思いが大きかった…… 炎帝に聞いても答えちゃくれねぇし……」 「炎帝は云わぬだろうな…… あやつは誰よりも母上を愛しておるから…天照大神の家系に関しては何も申さぬだろうな……」 炎帝にとって素戔鳴尊は愛する母者の姉弟なのだ 自ら手出しはする事は無かった 弥勒は「共に闘った愛器を手放して……後悔はないのか?」と問い質した 素戔鳴尊は柔和な笑みを浮かべ 「悔いなど微塵もない 我の剣があやつを助けると想う方が安堵するのじゃ!」 「建御雷神にも言っとけよ!」 「アイツは既に気づいておる……烈が魔界に来た時に視ておるだろうからな……」 「知らなかったのは俺だけか? しかも傍にいたのに剣の存在する気付かなかった」 「お主は炎帝しか見ておらぬから、そうなるのじゃ!」 キツい一撃を食らわされた 「当たってるだけにキツいじゃねぇかよ!  んじゃ、俺は還るとするわ!」   「建御雷神には逢って逝かぬのか?」 「あの狸坊主……顔見ると殴りたくなるから止めとく!」 「また来るがよい聖王」 「あぁ、今度は旨い酒を持って来るとするわ!」 「それは楽しみだわい!」 素戔鳴尊に背中を向けて弥勒は歩き出した 涙が止まらない 自分なら……どうだろ? 幾ら贖罪の想いだとしても、共に闘って来た命の次に大切な剣を差し出せだろうか? 痛い……… 痛い……… 素戔鳴尊の想いが痛かった また愛する妻と子を手放した烈の想いも、弥勒の胸を鷲掴にしていた キシキシと痛む胸を弥勒は抑えた どんな思いで手放した? 家に生きると言うのは……護りきれぬ時もある 源右衛門が妻と子と引き離され、哀しい幼少期を我が子に送らさせてしまったと嘆く程に…… 人生をかけて悔やむ程に…… 守るには手放すしか無かった 愛していればこそ選択したのだろう……  総ての記憶を内に秘め烈はどんな想いで生きているのだろう…… 弥勒は立っていられずに、その場にしゃがみ込んだ 「愚痴位……謂わねぇとな」 そんな想いで弥勒は康太の覇道を追ってリビングに姿を現したのだった 弥勒は「愚痴言わせろ!」と謂った 康太は「あぁ、好きなだけ謂うと良い」と聞いてやる事にしたわ 榊原がお茶を淹れると弥勒はお茶飲み 「あんで……あんなに哀しいんだよ!」とボヤいた 「全部聞いたんだろ?」 「聞いた……聞いたら聞いたで……やるせなさ過ぎだ! あんで妻と子……手放してしまったんだよ」 「アイツは苦しめた分幸せにしてやりたかったんだよ! だが、飛鳥井にいたらそんな事は皆無に等しいかんな…… 手放す事こそが家族を守る為だと想ったんだ それが家の為に生きる者の決意にも似た愛だったんだ……」 「俺は何も知らなかった……」 「知らなくても良い事もあるさ」 「アイツ……どんな想いで草薙剣を渡したんだよ…… そして……どんな想いで草薙剣を受け取ったんだよ」 「弥勒……叔父貴の事……許せないか?」 「そんなんじゃねぇよ! そんなんじゃねぇけど……気持ちが追い付かねぇんだよ」 「もう魔界に闘いは起こらないだろう……叔父貴はそう言って剣を手放す決意をした あの魔界大集会以降、素戔鳴の家系は滅んだも同然となった 欲に有り付けないと分かると火事場泥棒同然の略奪が相次いだ 黒龍達が入り仲裁したが、知らぬ間に家屋まで売り払われてしまっていた 武器や剣も何でもあるモノは奪えとばなりに、奪われ丸裸にされた 母者は静観を決め込んだが、父者が激怒して紛争地帯ばりの闘いに突入した 表向きは平和な魔界だが、一歩中へ入れば不平不満の溜まった輩と素戔鳴の一族が手を組み無益な殺戮を繰り返していた それが現実だよ 叔父貴は打ちのめされたよ そして奪われるなら……草薙剣は哀しい思いをしたあやつに渡すと決めたんだ もう魔界には剣は必要ない……そう言い聞かせて叔父貴は第一線から退いたんだよ!」 初めて聞く事ばかりだった 「それは何時頃の話だ?」 「だから魔界大集会の後の話だって言ってるやんか! 叔父貴の家の場所が変わってるだろ? 妻との思いのある家を変わると思っていたのかよ?」 「引っ越したと聞いた」 「叔父貴は総てをなくしたからな! でも疎遠だった息子と協力して生きて行くと決めて、今は一緒に生活している 新しい家は父者が建てたんだよ 金龍や龍族の力を借りて建てたんだよ」 「今は……紛争はどうなったんだ?」 「全部昇華してやったから、今頃は真っ当な奴になって鬼達に扱かれているんじゃねぇか?」 「無限地獄に落としたのか?」 「何かその日はそこに繋がっていたみてぇでな 全員、綺麗な魂になるまでは出て来られねぇだろ?」 弥勒は言葉もなかった 「烈は…総ての記憶があると謂った……」 「あぁ、贖罪の為に残しておいてくれと謂れたからな、記憶は全てある」 「烈はこの先も……飛鳥井に転生するのか?」 「オレが還る時、次の転生はなく還る予定だけどな…… その為に竜胆や恵方、そして源右衛門ともう一人の転生者で次の100年に繋げて逝くしかねぇんだよ」 「もう一人の転生者って誰よ?」 「それは秘密! それは飛鳥井の家の事だかんな! それで役不足なれば、もう少し頑張って貰うしかねぇけどな、宗右衛門の眼は特別だからな」 「なぁ炎帝……俺は何故こんなに何も知らねぇんだ?」 「惰眠を貪っていたからじゃねぇのか? 視ねば何も解らない……解ってなかったって事は何も視てなかったんだよ」 「悔しい…」 「そもそもお前はそんなに人と関わる神じゃねぇじゃねぇかよ?」 「お前が魔界に還ったら、社交的になってやるさ!」 「社交的に、じゃなく飲み友達を作ってやるさの間違いじゃね?」 「煩い……俺は哀しいんだ慰めやがれ!」 「はいはい、何が食いたいよ? 伊織がデリバリーしてくれるぜ!」 弥勒は食べたいモノを謂った 榊原は一生に謂い、深夜までやってるファミレスから持ち帰りをして来る事にした 家に帰りリビングに向かっと、すっかり酔ってる弥勒がいた 飲んで食べて一晩中、弥勒に付き合い康太も榊原も睡眠不足だった ちなみにデリバリーして帰った一生も巻き込まれて寝不足だった スヤスヤと眠るバスの中 現地に到着するまで結構眠れた 康太が目を醒ます頃、バスは目的地に到着した 「起きたら腹が減ったな……」 康太は目醒めるなりそう謂った 瑛太は「康太どうしたのですか?体調でも悪いのですか?」と心配して問い掛けた 「体調は悪くねぇけどな、一晩中弥勒の愚痴聞かされて寝不足なんだよ オレと伊織と一生が巻き込まれて大変な目に遭ったんだよ」 「弥勒?……彼は愚痴るタイプには見えませんけど?」 「あぁ、アイツは何も謂わない だが今回は結構意地悪したかんな……謂って来るかとは思っていたんだよ」 「君が意地悪したのなら仕方ありませんね」 瑛太はそう謂い笑った バスは宿泊予定の駐車場に停まると、皆はバスから下りた 笙は旅館の中へ入って行くと、仲居達が玄関まで出て出迎えてくれた 「いらっしゃいませ」 女将が番頭と共に姿を現した 「荷物は番頭が回収してお部屋の方へ運ばさせて貰います」 笙は「宜しくお願いします」と謂い、運転手の部屋と料理もお願いしますと頼んだ 事前の報告が行っていたから、女将は「承知しております」と謂った 部屋に案内されると女将が 「御子柴様は昨夜からお泊りに御座います いらっしゃった事をお伝えしても宜しいですか?」と問い掛けて来た 康太は「宜しく頼む」と謂った 「ではお部屋のご用意が出来ましたらお呼びに来ますので宜しくお願い致します!」 と謂い女将は出て行った 聡一郎は「適当に好きな部屋に泊まって良いですよ! 6部屋借りていますからね!」と伝えた 最初に通された部屋に荷物が運び込まれると、部屋の鍵を6部屋分渡された 聡一郎は清隆と玲香、真矢と清四郎、瑛太と京香、笙と明日菜の4家族にまず鍵を渡した 残りは2つ 聡一郎は「どう割ります?」と康太に問い掛けた 康太は「お前ら使えよ、オレ等はこの大きな部屋を使うからよぉ!」と答えた 「なら荷物をその部屋に入れて、僕達も此処で構いません!」 聡一郎はそう言うと荷物を部屋に入れに行った 康太と榊原の分も持って行く 榊原はテーブルの前に座るとお茶を淹れ始めた 熱々のお茶を翔と烈の前に置く 「火傷しない様に飲みなさい!」 そう言うと備え付けのお菓子も置いた 他の子には持って来たジュースを取り出して淹れた 子供達はテーブルに着くと、行儀良く飲み物を飲んていた 「和希と和真と北斗と永遠はジュース要りますか?」 四人は首を振った 「なら美智留と匠は?」 二人も首を振って断った 烈は熱々のお茶をズズッと啜り 「おちちゅくにょね!」と一言 家族は笑いを誘われてリラックスしていた 玲香が榊原に「我にもお茶をたもれ!」と謂うと、榊原はお茶を淹れて玲香に差し出した そうこうしていると「席のご用意が出来ました」と女将が呼びに来た 康太は京香に「和希達を頼めるか?」と問い掛けた 京香は「流生達はどうするのじゃ?」と問い掛けた 「同席させる、美智留や匠も同席させるからな 他の子を頼むな京香!」 「大丈夫じゃ!和希も和真も北斗も永遠も手の掛からぬ子だからのぉ!」 京香は笑って和希の頭を撫でた 康太は「お行儀よくするんだぞ!」と我が子に謂うと、子供達は全員手を上げて答えた 女将に案内された部屋はかなりグレードが高く 思わず康太は「聡一郎……すげぇ部屋を取ったんだな」と呟いた 聡一郎は「僕はこんな部屋……取ってませんよ」と答えた 康太は「女将……どう言う事よ?」と問い掛けた 女将は康太の瞳を射抜き 「この旅館は御子柴の一族の経営する旅館に御座います! お館様が利用される時は、お館様専用の部屋が御座います 貴殿達をそちらの部屋にご案内致します!」 と答えた 康太は納得した 聡一郎は「この旅館が御子柴一族の経営だなんて書いてなかったじゃないか……」とボヤいた 女将は「その様な事は標記など致しません故、御容赦を!」と謂い嫣然と笑った 真矢は「聡ちゃん、呼ばれていたのよ」と慰めた 「会心のチョイスだったのに……」 聡一郎は嘆いた きっと家族が喜んでくれるだろう!と選んだ旅館だったからだ…… 女将に案内されて入るのは別館で、足を踏み入れただけでも解る豪華絢爛な作りだった その別館の写真は一切なく、使われてはいない様だったのだが…… お館様専用の建物ならば納得が行く 一番豪華な金糸を使った襖を開けると、緑が一斉に目に飛び込んで来た ガラス窓を開け放った部屋には緑が眩しい程に、明るく神聖な空気に包まれていた 上座の席に御子柴一族当主、御子柴言生は座していた 康太は御子柴の前に逝くと 「急なお呼び立てにも関わらず、お越し下さってありがとう御座いました!」と礼を述べた 言生は「我等御子柴の一族は真贋が呼ばれるのでしたら、何処へでも参上致すと決めておりますので、お気遣い無用でお願い致す!」と笑っていた 女将が「さぁ、お席にどうぞ!」と謂い部屋へと招き入れた 康太は御子柴の席に近い席に匠を座らせた そしてその横に笙夫妻と美智留、結子は京香が見ている事になっていた その反対の席に烈を座らせて、その後ろに榊原と康太が座った 家族や一生達は適当に開いてる席に座った 皆が席に着くと言生は「ではご用件を伺いましょうか!」と言葉にした 「まずは紹介から、貴殿の目の前に座っているのは、榊原匠と申すものです そしてその後ろに座っているのは匠の両親と兄弟 後は紹介せずとも御存知かと…… で、今日来た要件は榊原匠に御座います」 康太の説明に言生は訳が解らずにいた 康太は更に続けた 「言生殿、匠をよーく視られるがよい!」 とだけ申した 謂れ言生は匠を視た すると匠の中に懐かしい気配を感じ 「…………ぁ……」と息を詰めた 「解ったか?」 康太が問い掛けると言生は信じられない瞳を康太に向けた 「我が父……緑道……御子柴を創られた宗家に御座いますか?」 康太は流石と思った 血は血を呼ぶ 同じ一族の絆を刻したDNAが互いを引き呼ばせるのだ 「父上は………宗家は…姿を現しては下さらないのかと想っておりました……」 「匠の中の緑道の気はまだ覚醒はしてねぇだろ?」 「はい、ですが彼の中には紛う事なき宗家が眠っておいでだ……」 「多分、緑道は幼き子の人生を奪うのを躊躇しておいでなのであろう…… だが何れは確実に目を醒まされる事となる」 「何故……お解りに? こんなに微かな気配では……解るのは至難の業に御座います!」  「宗右衛門が視たんだよ 最初は予知予見ならば恵方かと思ったんだよ でも一度に今世に竜胆と恵方と宗右衛門が出るなんて聞いた事ねぇからな……驚いていたんだよ それで五通夜の儀式の後宗右衛門が改めて視たんだよ そしてら御子柴緑道、その人だと告げられたんだよ」 言生は宗右衛門なれば間違いがないな……と確信した そして烈に深々と頭を下げ 「宗右衛門殿には本当に感謝しても足らぬ程で御座います!」と例を述べた 烈は何も謂わなかった 後は母が何とかするであろうと想ったからだ 明日菜が言生に向き直ると 「この子の母に御座います!」と切り出した 言生は「お初にお目にかかります御子柴言生と申します! 私は御子柴言珠の転生者に御座います!」と自己紹介した 「御子柴の家は我が父、緑道が切り開き宗家となり、言珠が当主となり始めた退魔祓いの一族に御座います 今の世は退魔はあまりおらず、また生活の糧にもならぬ故、生来持っておりました潮来の力を活用して何とか名を馳せた一族に御座います」 言生は御子柴の成り立ちを話した 明日菜は「私の子の匠は……御子柴の宗家の転生者と謂われました……私は子を……差し出す覚悟はして此方へ参りました!」と覚悟の程をの程を口にして深々と頭を下げた 言生は「お辞めください!」と謂い明日菜の傍に寄り頭を挙げさせた 明日菜が顔をあげると言生は立ち上がり窓の外の新緑を眺めながら 「お子を取るなど致しません! ですが今は眠っていても緑道は何時か御子柴の家の為に目を醒し、御子柴の為に生きると想います 私が……そうであるように、父もまた家の為に生きる人なのです……」 「解っております!ですから覚悟をして参りました!」 「まぁ聞いて下さい!」 「え?……」 「私の話を聞いてからでも遅くはないでしょう!」 明日菜は頷いた 「我が母は御子柴の巫女でした 貴殿のお義母上に当たる真矢さんの母上と我が母は双児としてこの世に生誕した 二人共御子柴の巫女をしておりました だが……真矢さんの母上は愛に生き……一族を出て逝かれた 片割れを無くした母は何時だって寂しそうでした 我が子が目の前にいるのに、妹に逢いたがっていた…… 生あるうちに妹に逢いたい……その願いは叶わず……だが娘である真矢さんと逢い、母は安らかな顔で最期を遂げられました  以来、私は何かに付けて叔母である真矢さんと共にいたいと思う様になりました なので真贋の御提案もあり、分家と言うカタチで横浜に居を構える事となりました 我ら御子柴に一族は門外不出として暮らして参りましたが、時代にはもう合いません なので一族の了承を得て横浜にも屋敷を建てて貰いました 私は横浜にも参ります なのでどうですか?横浜の方で修行を始められては? 一族の者にお付きの者を付けます 送り迎えはその者が致します お嫌でないなら、其処から初めて戴けませんか?」 「え?……今すぐに奪われるんじゃ?」 明日菜は唖然とした 言生は情けない表情を浮かべ 「伯母様、私がそんなに非道な輩に見えるのでしょうか?」とボヤいた 真矢は笑って「言生はよゐこなのよ!そんな非道な事など致す筈がありません!」と言い切った 「伯母様、今度また舞台をやられる時はお呼びください お花を運ばせますから!」 言生は母の葬儀以降、真矢と親しくしていた 無論、清四郎とも仲良くしていた 「叔父様、今度または美味しいお店にお連れ下さい!」 と清四郎とも良く美味しい店に足を運んでいた 清四郎は「あぁ、また誘うから待ってておくれよ!」と謂うと言生は嬉しそうに笑って 「はい!」と答えた 天涯孤独になったと想っていた 転生者には……有って無い様なモノに想われるが、子なのだ 母が死ねば哀しいし、天涯孤独になる哀しさはあるのだ それが母には姉妹の遺した子がいて、母の若かりし頃にそっくりな叔母が出来たと知った日には神に感謝したい程の喜びだった 清四郎とも顔を合わせて以来、気に掛けてもらい、良く誘われてご飯を食べに行くようになり 言生は初めて家族のぬくもりを感じていた その言生が親子を引き離すなど有り得ない事だった 真矢と清四郎はそう思っていた 明日菜は何が何だか解らずにいた 真矢は「言生ちゃんはね、私を叔母として大切にしてくれてるのよ 清四郎にもそう、舞台の初日には盛大なお花を送ってくれたりするのよ 私と清四郎は初めて出来た甥を大切にしてるの そんな言生ちゃんが非道な事は絶対にしないの 御子柴の一族がして来た悪癖を改善しようと一族を纏め上げて頑張っているのよ」 と説明した 明日菜は「お付きの方を付けて下さるのか?」と言生に尋ねた 「宗家なれば、お付きの者をお付けさせて生活のサポートをさせて戴く所存です! だが今は我等は閉鎖的過ぎて落魄れた一族故……大層な事は出来ぬが……出来る限りの事はさせて戴く所存です 横浜の方の家業が軌道に乗りつつあるので、何とか一族は露頭には迷わずに済みそうですが……」 そんな内情までは聞かなくても大丈夫なのだが…… 「では少しずつ匠に教えて行って下さい」 「はい、目醒られるまでは基本をお教えして逝こうかと思っております」 話を終えると言生は料理を運ばせた 後は宴に突入した 言生は烈の前にジュースを持ってやって来た 「宗右衛門殿、一献を!と言いたい所でありますが、そうは行かないのでジュースをどうぞ!」 烈は嗄れた声で『本当なら酒が良いのじゃけどな、それをやると母に殺されるからな!』と笑った 「宗右衛門殿、我が父が現れるとは……思ってはおりませんでした……」 『御主は今世こそは……と改革をされたであろう』 「え?何故解るのですか?」 『他の血の混じった者を入れるのは、古狸達にとっては許せぬ異端と映ったであろう だが御主はそんな長老と謂う名の元に胡座をかいた輩を切り捨てて、外の血を入れた 緑道殿が転生せなんだのは、その最初を作ったのが自分だからじゃ…… 緑道殿は苦しんでおられた そして自分の存在こそが一族におってはならぬ存在だと眠りにつかれておった だが血が変わるのを解ったのであろうな……強い御子柴の血に呼ばれて緑道殿は転生を果たされたのじゃ!』 「何方が叔母様のお子なのじゃ?」 『男の方じゃ、あれは真矢と同等の力を持つであろう!』 「そうは見えなんだが……」 『あやつの命は真贋が握っておられるからな 解らぬであろうが、意識的に視ない事も出来るから、潜在能力は高いのじゃろう』 「そんなに強い血なれば……我が父が転生するのも解ります」 『それだけじゃない、匠を産んだのは真贋の秘書をするおなごじゃ! あやつも真贋の秘書をするだけあって、動じぬ魂を持っておる 力のある子を産めば母体は押し負けるが、明日菜はそうではない  流石真贋が拾われたおなごじゃ! 力持ちを孕もうとも、押し負けぬ力を持っておる だから生を成す事が出来たのじゃろうて!』 自分よりも力の強い子を孕むのは容易な事ではない だから真矢の母が命を削って出産するしかなかったのだ 「伯母様もかなりの力持ちをこの世に落とされた 飛鳥井のおなごは凄い人ばかりですな」 『飛鳥井のおなごは強くて凛々しい男前ばかりじゃ! しっとりお淑やかな淑女などおりはせぬ!』 烈が言うと、ジトーっ視線を感じた 玲香と真矢と明日菜が烈を睨んでいた 『おなごには逆らえぬ故、我は消える! またのぉ言珠、二十歳になったら酒を交わそうぞ!』 そう言い宗右衛門は気配を消した 烈は言生を見てニャッと嗤うとその場を立って兄弟の元へと向かった 言生は康太に深々と頭を下げると 「本当にありがとう御座いました!」と礼を述べた 経済的に青色吐息だった御子柴の家は、飛鳥井家真贋の助言により、忘れ去られた一族から良く当たる霊媒師へと変貌を遂げていた 今じゃかなり名の知れた一族だった 霊媒、占い、霊視、除霊、ピタリと当たると評判が客を呼び寄せていた 古狸達は色々と妨害を企てていたが、改革を望む者の方が多く、また飛鳥井家真贋の名を出されれば何も言えず、古狸達は一族から追い出されて行った 一層した御子柴一族は力のある能力者を受け入れ始めていた 一族を追い出されて行った力のある子らも、受け入れられて変わって行っていた 康太は「親戚になるんだし、堅苦しい挨拶は要らねぇよ!」と言った 「真贋、宗家が覚醒したら私は伯母様と伯父様の家の近くで一年の半分を過ごすつもりです」 と楽しい未来の話をする 昔なら考えられない事だった 「おっ!それは良いな 弥勒や龍騎達と好きなだけ飲み明かせるな!」 それはそれで怖いと榊原は想った 言生は笑って席を立つと、匠の前に座った ピシッと背筋を伸ばして正座して 「御子柴言珠と申します」と転生前の名を口にした 匠は言生の姿を懐かしそうな瞳で見ていた 初めて逢う人なのに、匠の中の緑道の魂が我が子を懐かしむのか?   言生は確かに匠の中に父の存在を感じていた その時、匠ではない声が響き渡った 『我は転生するつもりなかった……だが一族を変えようと動いてる御主の星を詠めば…共に行って支えてやりたいと思ってしまったのじゃ……』 確かに御子柴緑道の声だった 言生は「父上……」と思わず呟いた 『匠の魂を傷付けぬようにしてくれて……感謝する』 「父上、何を仰られる! 我等はもう当時の御子柴ではないのです! 変わらねばならぬと志し半ばで逝かれた父上の言葉を聞きながら、中々改革が出来なかったのは私です……やっと貴方に誇れる御子柴になりました 貴方に見て欲しくて……頑張って参りました!」 『我は匠の魂と共存すると決めた 匠がそれで良いと申してくれたからな、目を醒ます事が出来たのじゃ』 「父上、我等一族は匠の魂を尊重し慈しみ進んで参る所存です!」 『暫しの別れじゃ言珠、我は時が来るまで匠の中で眠るとする 匠がある程度の力を持つ時、我は目を醒ますとする!』 「はい、その時まで暫しのお別れに御座います父上!」 匠は頷くと緑道の気配は消えた 明日菜は紛う事なく御子柴緑道の転生者なのだと実感した 流生が明日菜の前に来ると 「すすむ道はちがえど、明日へとつなげる道はできたって烈が言ってたよ」と伝えた 明日菜は流生を引き寄せて抱き締めた 「お主は母親譲りで人を泣かせるのが上手いな!」 「母さんの子だからね!」 流生は嬉しそうに笑った その顔は緑川一生に酷似しているが、飛鳥井宏太の魂を受け継ぐ子なのだ 太陽は母の元へ来ると 「お話はもうおわりですか?  ならゆずとかママを呼んでも構わない?」と問い掛けた それに答えのは言生だった 「ええ、もうお話は終わりです! 女将に迎えに行かさせましょう」 言生が言うと側に控えていた者が即座に女将に伝えに行った 「君は叔母様に良く似てますね」 言生が言うと、太陽は笑って 「ばぁたんなら、うれしいのね しょーたんなら嫌だけどね!」と言った 言われて見れば笙と瓜二つだった 笙は母親似で、太陽も母親似だったのだ 言生は苦笑して「叔母様にそっくりです」と言った 「双子とお聞きしたけど、大空君はお父さんそっくりですね」 大空は父に寄り添い 「ボクの方が男前よ!」と言った 榊原はピキッと怒りマークを額に貼り付け 「そんな事を謂うのはこのお口ですか!」と摘んだ 大空は「かあさーん」と母に助けを求めた 康太は榊原の手を外して「辞めろ伊織!」と止めた 「康太、僕の方が男前ですよね?」 「……同じ顔で言うな……」 康太はボヤいた 音弥が父の肩に手を置き 「とうさん、男前よ!」と言った 「音弥、ありがとう」 だけど音弥は「かな、今はとうさんの方が大人だから男前よ ボクたちが大人になったら、ボクたちの方が男前なのよ!」と力説した 榊原は更にピキッと怒りマークを増やすのだった 康太は「ひな、音弥、父さんで遊ぶのは止めとけ!」と止めた 笙はトホホな気分で「ひなちゃん酷い……」と落ち込んでいた 流生が笙に「しょうたんはすごい役者だもん、負けてないのよ!」と励ました 翔も「そうだね、アカデミー取るのは自分だって言ってたもんね!」と言った 逆に笙はいたたまれなくなって 「ごめん流生、翔、もう止めてぇ……」と言った 皆が笑っていた 言生はそんな仲睦まじい家族を羨ましそうに見ていた 真矢が「言生ちゃん、さぁ飲むわよ!」と言い飲み始めた 京香と子供達も合流して楽しい一時が始まった 案外 真矢は酒豪で、言生は酔い潰れて倒れた それでも気にせずに宴会は続いた 夜も老けると場所を自分たちの部屋に移して夜通し飲み続けた 楽しい一時だった 遺恨は遺さず酒を酌み交わす大切な時間でもあった 匠には御子柴のお付きの者が付き、修行に通いだした 総ての想いを乗せて、逝く道を歩み始めた その道は平坦なばかりではない 険しく厳しいモノになるだろうが、必ずや逝く道を指し示してくれるだろう 匠の試練は始まったばかりだった

ともだちにシェアしよう!