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第9話 夏の匂い
梅雨も終わろうという頃、津田は東京駅に降り立った。
そこはひどく蒸し暑く、辛夷沢と比べたら真夏と言ってもよいほどだ。その上、駅のホームはひどく騒がしく、改札口までの道のりには、ぎょっとするほど人が歩いている。津田は、わかっていることだと自分に言い聞かせながら、駅の外へ向かって歩いた。
丸の内側に出ると、曇り空の湿った空気が鼻先に漂う。駅舎の中より数倍ましとはいえ、不快気にちらと空を見上げてしまうのも無理はない。いつもなら、しかめっ面で煙草に火を点ける所だが、今日は違う。軽く深呼吸をして鞄の持ち手を握りなおすと、波多野の仕事場があるビルへ向かって大股で歩き始めた。
今回の旅の目的は、古美術品の買い付けだ。
と言っても資金が潤沢にあるわけでも、人脈があるわけでもない。骨董市や美術品を扱う店を、あちこち尋ね歩いて面白そうなものを探そうというわけだ。戦後10年以上が経ち、焼野原だった街はすさまじい勢いで復活し、更に大きくなろうとしている。来る度に様子が違うので、まごつくことが多い。ありがたい事に、今回は波多野が付いて歩くという。
「そりゃ助かるが、普段あんたが扱っているような舶来ものとはかなり違うぜ?」
「そういう場所では、どんな品が売れているのか知りたいのさ」
ならば、大歓迎だと津田は片頬で笑う。こうして連れ立って街へと出かけた。
最初に、銀座や有楽町にできた美術品を扱う店を、見て歩いた。客が来ても、一瞥するだけでぴくりとも動かない老人がいる店もあれば、やけに商売っ気の強い年増の女将がいる店もあった。その中に一軒、感じの良い店があった。
そこは、大きな店と店に挟まったかのような小さな一角で、店主とその孫娘の二人で店番をしていた。
とかく埃っぽくなりやすい店内も、よく掃除されて、雰囲気が明るい。店の陳列や説明の札は、孫娘が工夫していると聞いて、なるほどと二人はうなづき合った。
津田は、早速小さな香炉を一つ買うと言って、仕入れ役の店主と少し世間話を始めた。しばらくかかりそうだなと思った波多野は、入り口近くに並べてあるひな飾を眺めることにした。それは、小さいながらも立派な五段飾り。細かいところまでよくできていると、つくづく眺めていたら、手にとっても良いという。ならばと、雌雛を持ち上げて眺めていると、視線を感じた。ふと見ると、孫娘が心配そうに眺めている。波多野は、小さく笑って雛を元に戻してやった。
きっと、売れてほしくないのだろう。毎日埃をはらって、時には顔や手先を拭いてやっているかもしれない。波多野は、別の棚をのぞき始めた。
棚から棚に視線を移していくと、10cmほどの細長い石の細工物が目に留まった。泳ぐ魚が、彫ってある。
─── 文鎮に、よさそうだ。
波多野は、その石を廣沢にと買い求めることにした。
「いい物見つけたじゃねぇか」
「ああ。廣沢にな。水野は、なにを喜ぶだろうか」
「あいつなぁ……。爺さん!」
今知り合ったばかりの店主に、津田は気さくに相談をする。
人となりや仕事を説明すると、主人はこれはどうかと、大き目のぐい飲みを出してきた。黄瀬戸に似ている。
「これだけありゃ、水を飲むにもいいし、もう少ししたら酒も飲むようになるだろう。どうだ?」
ぐい呑みを持ち上げて、津田は波多野を振り返る。
波多野は、大きく頷いて、石と一緒に買う事にした。
その晩、津田は波多野の家に泊まった。
以前から、東京に行く機会があって、波多野がいれば宿にさせてもらっていた。
ただ、今回は今までとは色合いが違う。
津田と波多野は、互いの思いを通じ合わせた。恋仲になった、と言っていいだろう。
そんな二人が会うのは、あれ以来初めてなのだ。
波多野が住むアパートを前にして、津田の鼓動が微妙に早くなる。波多野も、さっきからまるで目を合わせない。お互いまだまだ青いなと片頬に苦笑いが浮かぶのも照れくさかった。
その家というのは、二間の安アパートの一階だが、風呂が付いている。それだけで、独身の波多野は満足していた。
しかも、角部屋な上に、風呂のすぐ外に小さな庭があって板塀まで距離がある。おかげで、小窓を空けて外の音を聞きながら湯船につかることもできる。
実は、津田もこの風呂が気に入っている。外を散々歩き回った二人は、買ってきた酒を冷蔵庫にしまって、交代で風呂に入ることにした。
初夏とはいえ、日が長くなっている。
まだ明るいうちから入る風呂の贅沢なことよと、津田は大きく息を吐く。鼻歌の一つも歌ってしまいそうなほどに、気分がいい。
しばらくすると、曇りガラスの扉の向こうに、人影が見えた。波多野が、置きっぱなしの着替えを用意してくれたらしい。
津田は、声をかけようとして、やっぱりやめた。きっと後からひどく照れくさくなるだろうと思ったのだ。
─── 何とまぁ。どうにも浮かれているじゃねぇか。俺もダメだなぁ。
ぼやく言葉を打ち消すように、両手で湯をすくってざぶりと顔を撫でる。
窓の外が、段々と夕焼け色で赤く染まってきた。
「美人なことは、知ってんだ。それが、なんとも妙に可愛く見えるのは、惚れたってぇことなんだろうなぁ」
ニヤニヤと緩む口元を引き締めようと、津田は、もう一度顔に湯を浴びせて、風呂を出た。
交代で風呂を済ませて、部屋着に着替えた二人は、ちゃぶ台を囲んで酒を呑んでいる。
今日のつまみは、海苔の佃煮と炙った薩摩揚げだ。
「部屋の工事が済んだって連絡は来たか?」
「ああ。月末に行くと言ってある」
「なんだよ。俺にも教えろよ」
「ちゃんと伝わっただろ?今」
「今、な。ったく、可愛くねぇな」
不満気に口をとがらせると、波多野は、ふふと小さく笑ってやけに満足気だ。
津田も、それを見て仕方がないなと小さく笑う。
「お、そうそう。あの家に、名前をつけたらどうだ? 折角の別荘なんだから、何々邸とか、何々屋敷とか、考えろよ」
「家の名……ねぇ」
思いもかけなかったとでも言うように、波多野の反応は鈍い。津田としては、少々じれったいような気もしなくもない。
「そ。もう、ただの空き家じゃねぇだろ?廣沢と水野が面倒見てくれる、あんたの家だ」
「俺の、家……」
波多野は意外そうに目をニ三度瞬かせたけれど、茶化すでもなく、考え始めた。
しばらく、猪口を持ったままちゃぶ台を睨んでいたかと思うと、突然立ち上がって、紙と鉛筆を持ってきた。
何をするのかと波多野の顔を見上げると、ずいと鉛筆を差し出された。
「あ?俺に考えろってのか?」
「あの辺りの景色に馴染む名前がいいと思うんだが、あの辺りに何があるのか、わからん」
だから思いつくままに、紙に書いてくれと言う。
頼み事のわりに偉そうだなと思いつつ、津田はつらつらと書き始めた。
山の名前、沢の名前、山菜、辛夷、花梨、栗に、林檎。畑や山には、雉や狐や、イノシシにカモシカもいる。蕎麦や野沢菜は名物だが、家の名にはおかしい。
「それから、秋は落葉松、冬は、うーん、雪や氷は売るほどあるがなぁ」
「落葉松か。北原白秋?」
「そいつが誰かは知らねぇが、あの辺には多いって言ったろ?あの家の庭にだって、沢山植わってる。水野が面倒みてくれてるはずだ」
「ああ。秋には葉が落ちて金色になるって……そうか」
「ん?」
津田は、何か思いついたらしい波多野に、鉛筆を渡した。
受取った波多野は、紙に「落葉松荘」と書くと、どうだろうかと津田を見やる。もちろん、津田は大きく頷いた。
「いい。大げさじゃないのが、いい」
よい名だと繰り返し褒めた津田は、照れたように目を伏せる波多野の頭を撫でた。
すると、小さく肩が揺れる。
「おっと、まずかったか?」
そっと手を放しながら小さく問うと、波多野は違うと頭を振った。
「いや。少し、くすぐったいような気がしただけだ」
伏し目がちにそう言いながら、耳の縁がほんのりと赤く染まる。のぞき込めば、口元も綻んでいる。
津田は、そっと肩に腕を廻しながら体を寄せた。
「無理は、すんなよ」
そう呟いて、唇で頬に触れる。やっぱり波多野の体はぴくりと揺れてしまうけれど、寄せた体は離れていかず、少し柔らかくなったような気さえする。
「やっぱり、あんた可愛いな」
すぐ耳元で囁けば、柔らかくなった体が恐る恐る距離を詰めてくる。津田は、片手でちゃぶ台を押しやって、波多野の体を両腕で抱き寄せた。
「少し、いいかい?」
「お前の、したいようにするさ」
「駄目な時は、ちゃんと言うんだぜ?それから、俺の名前は幸彦だ」
「知ってる」
「呼んでみな?」
「ゆき……ひこ」
もう、目の焦点が合わないくらいに近づいていて、鼻の頭がぶつかっている。次の言葉が出てこなくて、窓の外の車の音ばかりが聞こえてくる。
波多野は、思い切って、首を傾けてみた。
すると、津田は、その顎を大きく掴んで唇を押し当ててきた。柔らかく、暖かく、大事に大事に撫でるように。波多野の唇は、津田の唇に覆われてなめられて、そっと押し開かれていく。
その柔らかな内側を、波多野の舌の先がそっと舐める。
もう少し、と誘うように。大丈夫だからと、教えるように。
二人の体は、ゆっくりゆっくり近づきながら崩れていって、畳の上に抱き合ったまま寝転がった。
部屋着の裾がめくれて、互いの肌がひたりと触れ合うほどに躊躇いも薄れていくようだ。
「あんた、ほんとに平気なんだな」
波多野を見下ろしながら、質問というよりも確認するように呟いて、部屋着の中で背を優しく撫でる。
昔よりも厚みの増した体は、肌もしっとりと滑らかで。そのくせ、ぶつかる脛はざりざりとした感触を伝えてくる。その差に、津田は更に熱くなる。
「もう少し、触ってもいいかい?」
「聞かないでくれ」
眼を反らしてぶっきら棒に答えるくせに、膝をこすり合わせるようにして、揺れる体をこらえている。
そんな波多野が、津田にはたまらなく可愛くて、また深く唇を合わせる。
さっきよりも、もっと深く強く大胆に。舌を絡み合わせていくほどに、かっと体が熱くなっていく。
「つ……ゆき、ひこ」
目の前の襟元をぎゅっと握りしめて、波多野はひたと津田を見つめる。ん?と目じりをさげて小首をかしげて問い返すと、わざとかと思うほどに健気なことを言い募る。
「俺、あ、お前に……」
津田は、そっと瞼に唇を押し当てて、頬を優しく撫でる。
「ああ。俺がちゃんとあんたをもらう。なんだ、まだ心配か?ほら。その気だろぅ?」
そう甘やかに掻き口説きながら、腰を強張った体に押し付ける。
「あ……」
「な?だから、もう俺にまかせちまいなよ」
やっと安心したのか、津田にしがみついた腕の力が緩んで、柔らかく添う。津田の唇を、手を指を、ふわふわと受け止めて体中を血液がかけめぐる。
夏はまだだと言うのに、しっとりと汗ばむ肌と肌が、吸い付くようだ。
次第に、波多野の吐息が声になり、抱き合った体に挟み込まれた熱の塊が津田の手によってどろりと溶ける。
着ていたはずの部屋着で拭うと、酒を煽って唇を重ねる。
酒と湿気に酔ったかのように、二人は互いの体をこすりつけ合った。指を深く咥えて、舌を絡めて、鎖骨を甘く咬んだ。
どこかで、糸が切れたように倒れ込んだ時には、もう夜更けをすぎていたかもしれない。
眠りに引き込まれる直前にも、波多野は津田の手のひらを頬に感じていた。
瞼を閉じながら、これほどまっすぐに欲しがられている自分に満足し、それを喜んでいる自分に驚いていた。
☆
辛夷沢では、二階の改修工事が無事に終わっていた。
寒々しかった元主人の寝室は、真新しい壁紙に天窓からの日差しが柔らかく反射して、明るい。北向きなので、夏でも使えるように大きな石油ストーブが用意されている。
仕事もできる細長い机と、ゆったりした椅子が部屋の中心を占める。窓際には、ふっかりとしたソファがあり、ごろりと横になって本も読める。
入り口の扉を挟んで左右の壁には、大きな絵と小さな写真がかけられている。筆跡もはっきりとわかるように塗られた油絵は、そこに広がる大きな海だ。ぬけるような青空の下で、砂浜には親子の馬が寄り添っている足元を波が濡らしている。写真のほうは、風景画とは似ても似つかない。廣沢の知らない仏像が映っている。伏し目がちな仏像は、祈っているというよりは何か考えているように見えた。
津田の調達した家具がすべてそろった日、廣沢は部屋を眺め渡してぽかんと口を開けてしまった。
まるで、昔からずっと、そうだったかのように。
波多野のことならば、津田は何でも承知しているとでも言うかのようで。
この空間に、くつろいでいる主人のことが、容易に想像できる。
長年の友人同士とは、これほどに相手のことを知り、相手の身になって心を尽くすことができるのか。
廣沢は、半ば呆れつつ感心してしまったのだ。それと同時に、小さな溜息もでる。
この家に来てすぐ、津田に言われたことを、ふと思い出したのだ。
「水野と友達に」
それが、津田から言われた言葉だ。
命令でもないし、義務でもない。目標ですらない。それでも、心のどこかに「友達」というものへの憧れがあることは否定できない。
日々を共に過ごし、真面目に働いている。互いに、教え、教えられて、信頼関係もでき始めている。
水野の人柄を、率直に好ましいとも思っている。そんな毎日が楽しくて。
ずっと続けばいいなと願うほどに、喜ばしいはずの変化を恐れる気持ちも沸いてくる。
友達に。
なってしまっても、仕事はきちんとできるだろうか。
友達と。
どうやって、仕事をしていけばいいんだろう。
この家に来て、まだ半年もたっていない。
焦ってはいけないと思いつつ、自覚よりも早く変化していく自分に、追いつけないでいた。
廣沢は、空気を入れ替えようと、東側の窓を細く開けて、部屋を出た。
そのまま、向かいの寝室に入って、同じようにいくつもある窓を細く開けていく。
すると、南の窓の下に、きびきびと働く水野が見えた。
確か、花の蔓を支える棚を作っていると言っていた。夏になると、濃い紺色の鉄仙という花が咲くのだそうだ。
ああ、確か白い花もあると言っていた。
あの細い目をかすかに撓ませて、「夏に、青と白って、涼しそうでしょう」とかすかな自信をにじませていた。
廣沢は、窓を大きく開けて、ひんやりと湿った空気を吸いこむと大きな声で水野を呼んだ。
「政ー!」
すぐに気づいた水野が、きょろきょろとあたりを探すので、もう一度声をかける。
「二階!二階の窓だよ!ここ!」
大きく手を振ると、気づいた水野も手を振り返した。
「すぐに行くから、そこに居て!」
廣沢は、水野の返事も待たずにすぐに駆け出した。
伸びてきた蔓の補強作業をしていたところ、突然どこからともなく声が降って来た。
水野は、知った声なのに姿が見えずに、戸惑った。
その犯人は、あっという間に、二階から庭まで駆け出してきた。
「どうしたんです?」
「いや、あの、ちょっと待って!」
どれほど急いだのか、廣沢は肩を上下させながら胸を叩いて呼吸を整える。水野は、その背中を軽く叩いて、落着くのを待った。
「ああ、ありがとう。いや、二階の寝室の窓から、この棚が良く見えるんだよ。反対側に辛夷も植えたろう?春先にも夏にも花があって、一階からも二階からも楽しめる。政、いい庭になりそうだね」
廣沢は、大きな目が細くなってなくなるほどに、くしゃくしゃと笑う。
その笑顔とほめ言葉が嬉しくて、水野は、もごもごと言葉になりきらないお礼の呟きをこぼしながら、頭を深く下げた。
「え?」
「あ、あの、ありがとうござます!」
「顔を上げてくれよ。褒めてるんだよ?怒ったりしてないよ?」
廣沢は、困ったと水野の両肩を押し上げようとする。
「はい。あの、嬉しくって」
なんとか顔をあげた水野は、照れたのか、顔を赤くして目じりと口の端が緩んでいる。
「なんだ。喜んでいるんじゃないか。良かったよ」
ほっとしたと、廣沢が水野の胸を拳でかるく叩く。
その手のリズムが心地よくて。
笑う声音が、耳に気持ち良くて。
水野は、ふいに廣沢の腰に腕を廻して抱き寄せてしまった。
「おっと……ん?」
予想していなかった動きに、廣沢がバランスを崩して水野の肩に倒れ込むように寄りかかる。そして、どうしたんだいと、上目で聞いた。
「あ……」
予想をしていなかったのは、水野本人も同じで、唐突に動いてしまった自分の腕に聞いてみたいほどだ。それでも、目の前の顔は、嫌がるでもなくただ不思議だなと目を丸く見開いている。
「あ、あ、、、、の、ちょっと高い場所に、ヒモを結わえたいんですが、その、俺が持ち上げるんで、やってもらえませんか?」
「ああ。いい、よ?」
水野は、回してしまった腕をそっと外して、急いで細い紐をポケットから探りだす。
「これで、あそこの柱に蔓を寄せるように、一緒に結わえてほしいんです」
「わかった。確かにあそこは、一人じゃちょっとやりにくいか。今度、もう少し背の高い脚立を買おう」
それから、水野は廣沢をおぶったり抱きかかえたりしてみたが上手くいかず、結局肩車をすることになった。
高さの問題よりも、作業の安定性の問題だったようだ。
水野は、廣沢を肩に乗せ、柱を支えにまっすぐ立ち上がる。
「うわっ!こんなに高い目線になるのは、初めてだよ。すごいもんだ」
思わず、驚きで声が出てしまったようだが、廣沢はすぐに紐を結わえ付けてしまった。
「終ったよ」
「はい」
水野は、バランスを気にしながら、そっと廣沢を地上に下ろした。
肩からぶら下がっていた足が地について、しっかりした手が水野の頭や髪や耳をかすめていくと、すぐに廣沢の重みは消えてしまった。
それを、確かに惜しいと思う。
廣沢は、水野の傍に立ったまま、満足気に棚を見上げている。
その隣で、性懲りもなく伸ばしたがる手をぐっと握りしめていることも、知らないで。
「なぁ、政。鉄仙ってどんな匂いがするんだろうな。この土地の夏って、どんな感じなんだろう」
「昼間は、やっぱり暑いです。でも、夕方になると涼しくなって、夜には少し寒い日もあるくらいです」
「そうか。楽しみだ。夏の匂い」
「匂い?」
「そう。季節の変わり目は、匂いで気づくような気がするんだ」
「ああ。そうですね。この辺りは、特にそうかもしれません。色んな林や川があるせいかな」
「どこかで、ふっと季節が変わって、水や空気が変わっていくんだろうね」
「はい」
梅雨明けは、もうそこまで来ている。
明日にも、空は青く濃く晴れて、白い雲の塊が立ち上がっているかもしれない。
その日を待っている。
夏の気配を、匂いを、待っている。
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