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第10話  花火

 辛夷沢の街に、夏が来た。 広く澄んだ空はどこまでも青く、たなびく雲と山から細く噴き出る煙がまじりあう。 鳥は夜明けとともに起きだして、声高らかに夏を歌う。 大通りでは、別荘にやってくる住人を迎えようと、夏だけ開くいくつもの店が準備万端だ。 今日も、続々と駅から山の上の別荘地へ向けて、ハイヤーが走る。笑顔ではじけそうになっている家族連れや、犬と老夫婦を乗せて。  「落葉松荘」と名付けられた別荘も、本格的な夏を迎えて大忙しだ。 午後には、波多野がやってくる。夜には、店を終えた津田も来るそうだ。廣沢は、先週から準備に奔走している。 ツタを連れ歩いて、仕出し屋に料理を頼み酒屋に配達を頼む。八百屋で野菜を注文し頃合いの大きさの西瓜を吟味する。肉屋で見つけた牛肉の塊とチーは、油紙に包んで冷蔵庫に寝かせてある。昨日から、氷を作りためているので小さな冷凍庫はぎゅうぎゅう詰めだ。 今回は、一週間ほどの逗留だということだが、ほぼどこにも出かけずに落葉松荘に居る予定だと伝えてきた。 廣沢は、波多野がいる間は、家にいなければならない。できる限り、外出しなくてもすむように、事前の手配を整えておきたかったのである。 一方水野は、毎日落葉松荘の敷地内を、這いつくばるようにして整えていた。 玄関から車寄せ、飛び石の上のごみを掃い、苔の上に落ちた葉を拾う。枯れた花柄もまた拾い、雑草を抜く。 この時期は、元気に伸びる枝や葉を自由にさせているので、あまり鋏を持たない。植木屋というよりは、外回りなんでも屋だ。 そして今日は、最後の仕上げとばかりに廣沢と一緒に室内の掃除している。 普段から清潔にしてはいるが、二人で暮らすだけなら気にならないような場所に、埃は降り積もっているようだ。 廣沢は、せっせと窓の桟を拭き、水野は、床を磨き上げる。 「あ」 「ん?」 思わず、水野の口から声が漏れた。何事かと、廣沢が振り返る。 「いや、汗が」 そう言って体を起こすと、水野の顔は頭からしたたり落ちる汗でびっしょり濡れていた。 「汗だくじゃないか」 「や、これは、夏なんで当たり前なんですけど、床に垂れてしまって。一度、顔を洗ってきます」 「井戸で、水をかぶるとさっぱりするよ。丁度いい、休憩にしよう」 廣沢は、自分の手も止めて台所へ向かった。水野は、その背中についていくように歩いて、台所を抜けて土間から井戸へ向かった。 夏の井戸水は、すっきりと冷たい。熱くなった頭からざぶっとかぶるのに、丁度いい。 水野は、上半身だけ裸になって、井戸のポンプから噴き出る水を頭っからかぶる。 汗でぬめる地肌を洗い流し、首を冷やす水が気持ちいい。 思う存分に水を浴びると、両手で短い髪をわしゃわしゃとかき混ぜてから上体を起こし、大きく何度か頭を振った。 「うわっ!」 「え?」 驚いて振り返ると、水しぶきがかかったらしい廣沢が、顔を手で拭っていた。 「あっ!」 慌てて手を伸ばして拭ってみたが、水滴の飛んだ頬を更に濡らしてしまうだけだ。 「冷たくて、気持ちがいい。ほら、手ぬぐい」 忘れてるよと差し出されて、水野はばつが悪そうに頬を赤く染めた。 「あ、りがとうございます。あの、すみません。濡らしちゃって」 「いいんだよ。私が、距離を間違えた」 にっこりと笑って、廣沢もポンプをガシャガシャと上下させる。それから流れる水を両手で救って、ざぶざぶと顔を洗った。 「ああ、さっぱりする。麦茶が冷えてるよ」 「電気冷蔵庫ってのは、すごいもんですね」 水野は、土間の入り口を見つめて、感心したように呟く。 波多野が送り付けてきた最新の家電は、落葉松荘での生活を各段に楽に便利にしていた。 「そうだね。氷を買わなくても、家で作れるんだから」 「電気炊飯器にも驚きました」 「竈に火を起こさなくていいんだからね。寒くなる前に、ガス給湯器もつけたいとおっしゃっていた」 「ガスきゅうとうき?」 「そう。台所でね、蛇口からお湯がでるようになるそうだよ」 「蛇口からお湯!?」 驚いたと、水野が目を丸くする。 「ね。驚くよね。ガスコンロで湯を沸かせるだけでも、本当にありがたいのに。直に、お風呂もガス釜にするそうだよ。ほんの数年で、何もかも変わってしまうのかもしれないね」 新しく変わっていく世の中は、何もかもが便利になるようだけれど、ほんの少しの寂しさもついてくる。 水野は、ポンプのレバーをニ三度上下させて、水を流してみた。水は、水というだけでなく、周りの温度をほんの少しだけ下げながらキラキラと光っている。 「政?」 「井戸は、有った方がいいと思います」 まっすぐに廣沢の目を見て、水野は生真面目にそう言った。廣沢は、そうだねと頷いて、水野の肩にポンと手を置いた。 「古いものと新しいもの、両方使っていけばいいさ。私たちには、それがあってる」 さぁ、戻ろうと、廣沢は家の中に戻って行った。  管理人の仕事は、二人で請け負っている。少々手が足りないと思うこともあるけれど、とても充実している。特別言葉で確認したことはないけれど、二人ともそう思っていると分かっている。 でも、水野の思いは少しだけ違う。二人の仕事は、二人だけの生活に繋がっている。そして、それは二人にしかわからないささやかな喜びの積み重ねだと思っている。 きっと廣沢は、違うのだろう。二人であることに、そこまで思い入れは持っていない。それよりも、納得のいく仕事ができることが喜びなのだ。その相手として認められているのなら嬉しいけれど、そこには決定的な違いがある。 水野は、その違いに廣沢が気づいていないことに、ほっとしながら寂しくもある。 いっそ、言ってしまおうかと思う事もあるけれど、仕事仲間として認められなくなってしまうのは辛い。傍にいることすら、できなくなってしまう。 今はまだ、その寂しさを腹の内に収めておける。 だから水野は、すいと大きく息を吸って、腹に力を籠める。 廣沢のいる台所に戻って、何気なく麦茶を飲んで、掃除を最後までやりきってしまわなければならない。 ピカピカになった床を見て、きっと廣沢は褒めてくれるだろう。くしゃっと目じりに皺を寄せるようにして笑いながら。 ☆  波多野の到着は、津田の大きな声によって告げられた。 玄関は、多少軋みながらもスムーズに開き、並んだスリッパと廣沢が主人を迎えた。 「お疲れ様でございます」 廣沢は、そう言いながら波多野の帽子と手荷物を預かる。ついでに、津田にも会釈する。 「やぁ。世話になるよ。荷物は、ひとまず居間に運んでくれ。土産があるんだ」 「どちらかにお出かけに?」 「いや?行かないと伝えていたと思うが」 互いに、よくわからないという顔で見つめ合う二人のすぐ横で、津田が吹き出したように笑った。 「おい。波多野。土産だよ土産。こいつは、自分たちが土産がもらえるなんて、思ってねぇんだよ」 ばんばんと景気よく波多野の肩を叩きながら、津田はくくくと笑っている。 その様子を、廣沢は目を丸くして見つめ、そして波多野を見つめた。その顔には、本当に?と書いてある。波多野は、なるほどと小さく笑ってそれからにやりと笑って見せる。 「ああ、そうだよ。君たちにだ」 「は、はい!」 廣沢は、ぽんと頬を赤く染めると、慌てて鞄を持って居間へと向かった。 その後に続く二人は、廊下を渡って居間についてもまだクスクスと笑っている。 「それほど、おかしかったでしょうか?」 台所から出てきた廣沢が、お盆から濡れた手ぬぐいと冷たい麦茶を差し出しながらそう言うと、波多野はいやいやと手を左右に振った。 「おかしいんじゃないよ。可愛かったのさ。どうやら、土産を喜んでくれそうだからね」 「あの、土産物が初めてというわけでは、ないんです。ただ、全員にいただきものをして、頭数でわけるということはしたことがあります。ただ、個人宛ての土産を頂いたことがなかったものですから。その、想像が至りませんでした」 正直に、そう告白すると、また津田が笑いだす。 恥ずかしいような腹立たしいような心持で、廣沢の眉根がよって口先がとがる。 「ああ、悪い悪い。バカにしてるんじゃないんだ。津田も、君の反応が可愛いなと思ってるのさ。水野も呼んできてくれ。そういう事なら、今渡そう。どんな顔をするか見たいからね」 廣沢は、ますます困ったという顔でお辞儀をすると、台所へ戻って行った。 「津田。そんなに笑っちゃ、廣沢が可哀そうだ」 たしなめようとするのに、波多野の顔にもまた笑みが浮かぶ。 「何だよ、あんただって。あいつら、本当にささいな事で喜ぶなぁ。お節介のしがいがあるってもんだ。あんたが買った冷蔵庫と炊飯器も、そりゃぁ喜んでたしな」 「ああ。どうせなら、最新式がいいだろう。それに、二人きりで仕事をさせてるのは、俺のわがままだからな」 「少ない人手を装備で補うというわけか。いい作戦だ」 「そりゃどうも。津田少尉」 汽車の長旅を終え、冷たい麦茶と愛しい男が傍にいる。その安らぎが、波多野の口を軽くする。 自宅から別荘に来ているというのに、まるでこちらが自宅のようだ。 さっぱりと清潔に整えられた室内から、大きな窓越しの庭を眺め渡していると、廣沢が水野を連れて戻ってきた。 水野は、以前よりも堅苦しさの消えた様子で、波多野に丁寧にあいさつをした。 「ご無沙汰しております」 言葉は少ないが、きちんとした姿勢とその声音で親しみに似たものが伝わってくる。 「やぁ。後で、ゆっくり庭を見せてもらうよ。じゃあ早速君たちへの土産だ」 え?と水野も目を丸くして、廣沢を見る。廣沢が小さく頷くと、水野は、疑問を腹に収めて神妙に待つことにしたようだ。 その間に、波多野は鞄をファスナーを開けて荷物の間から包みを取り出した。 どちらも、片手で持てる大きさの箱だが、一つは正立方体で、一つは平たい長方形だ。 「こっちが廣沢で、こっちが水野。さ」 テーブルに置かれた箱を指し示して、波多野は手にとれと促す。 二人は、もう一度目を合わせて、それから意を決したように手を伸ばした。 「ありがとう、ございます」 「まぁ、開けてみろよ」 箱を受け取ったはいいものの、そのまま固まっている二人を津田がけしかける。 「よろしいんで?」 もちろんさと波多野も頷く。では、失礼してと廣沢と水野はそれぞれの箱を開けた。 「これは、文鎮?」 「俺のは、小さめの、湯飲み?」 「そりゃ、ぐい呑みだ。お前だって、そろそろ酒が飲める年になるだろ」 水野は、はっと明るい目をして波多野に深く頭を下げた。やはり、言葉よりも先に体が動くようだ。 「そっちは、文鎮でもただの飾り物でもいい。波多野が見つけたんだ。ちょっといいだろ?」 「はい。書き物机に置いて、大事にします」 廣沢は、ぴょこりと一度深くお辞儀をした。それから、しげしげと文鎮を眺めて、表面の唐草模様や魚の細工を指でそおっと撫でている。まるで、嬉しい嬉しいと全身で言っているようだ。 「そんなにか?」 津田が、いぶかしがるように尋ねると、当然ですと大きく頭を振る。 「はい。嬉しいです!私と政と、二人にそれぞれ、ぴったりのお土産をいただけるなんて。まるで」 「まるで?」 「いえ。なんでもありません。あの、あの、これを部屋に置いて来てもよろしいでしょうか」 廣沢が、はしゃいでいる。 水野は、驚くと同時にそれをとても嬉しいと感じていた。いつも、仕事だけに集中している廣沢が、こんなにも喜ぶなんて。子どものように、はしゃいでいるなんて。 「ああ。置いておいで。慌てて転ばないように」 波多野は、ゆったりと答えて、椅子に深く腰掛けなおした。 二人が去った後、津田は眉をひそめて呟いた。 「なぁ。あいつら、どんな扱われ方をしてきたんだ?」 「二人とも、親はいないも同然のようだ。水野のほうは、父親と折り合いが悪かったそうだ。廣沢は、有体に言えば売られたんだ」 「なるほど、それでか。まるで、父親か兄貴になったような気分だ」 「それも、悪くない」 そうだなと笑いあって、波多野と津田は二人の帰りを待った。 ☆  それから、波多野は毎日、ただただゆっくりと暮らした。 といっても生来の気質なのか、朝はまだ早いうちから起きだして、朝食の前に散歩をしているようだ。昼は、余計な事をするなと厳命されて、握り飯とお茶だけしか用意させてくれなかった。それを、好きな時につまむのがいいのだと笑っている。 その言葉通り、南の窓の縁に腰かけてということもあれば、二階のソファに寝転びながら齧っていることもあるようだ。 廣沢としては、拍子抜けするくらいに、気楽なご主人様ということに相成った。 津田も、稼ぎ時だというのに店を閉めてしまっているらしく、よく落葉松荘に訪ねてきては波多野の傍にいる。 今日も、暑い暑いと言いながら、二人で南の廊下に座り込んで西瓜を食べたり、煙草を喫ったりしている。 その様子を伺いながら、廣沢は自分の仕事を続けていた。たまに、空いた皿を下げたり、灰皿を交換したりしながら。 ふと気がつくと、ごろりと横になっていた波多野の様子が違う。どうやら、寝てしまったらしい。 手枕では肩が痛むし、夏とはいえ薄着のままでは風邪をひく。廣沢は、枕と肌掛けをもって、そっと近づいた。 「夏とはいっても、夕方になると気温が下がってきますから」 そう言いながら、波多野の体を肌掛けで蔽った。 「おう。いつも悪いな。こいつ、こんな風に居眠りするやつだったかな」 「きっと、安心しておいでなのでしょう。津田様がいてくださいますから」 「そんなに褒めても、何もでねぇよ」 「本当のことです」 静かに笑う廣沢に、揶揄うような素振りはない。 「俺たちの様子、お前はなんとも思わねぇのかい?その、ただの友達ってぇ言うには……」 「少々近い、ということでしょうか」 「やっぱり、そう思うか」 津田は、ばつの悪そうにがりがりと頭を掻きむしるが、廣沢はいたって変わりがない。 「以前のお屋敷でも、いろんなお客様がいらっしゃいました。秘密をお持ちの方も。ここは波多野様の家ですから、お休みの間くらいは、のびのびとしていただきたいと思います」 「そのために、自分が居るんだってぇ顔をしやがる」 「生意気を申しました」 「いや」 津田は、小さく頭を下げた。それと同時に、なんとも気恥ずかしくなって、話題をすり替えることにしてみた。 「そういやぁ、水野とは上手くやってるか?」 「はい?あ……はい」 「ん?なんだよ。言ってみな」 「いえ……、あの、そのぉ」 言いにくそうに口ごもっている。 津田は、煙草に火をつけてゆっくり待っている。 「友達と、その津田様と波多野様とのような間柄とは、どこが違うんでしょうか」 不躾とは承知していますがと、廣沢の頭は自然下がっていく。 「また、話が急だな。職場の同僚だけじゃ味気ないから仲良くなれと勧めたのは俺だが、飛び越えちまったのか」 「いえ、いえいえ。そのような事では、ないと、思うんですが」 「なんだよ。自信なさそうじゃねぇか」 津田は、人の悪そうな目をしてニヤニヤ笑っている。 「その、よくわからないのです。友達を持つこともかなり久しぶりです。水野が私を気に入ってくれるのはありがたいことですが、その、少々」 「構いすぎるか?」 「その、距離が近い、かと」 なるほどと、津田がにやりと笑う。これは、少しアクシデントが必要だろう。 「で、その水野と今日の花火大会、行くんだろ?」 「え、いえ……」 それは、町主催の花火大会だ。広場に櫓を汲んで、盆踊りもするそうだ。夏の始まり頃に、町内会の掲示板に知らせが張り出されていた。貼り紙を見つけた時、廣沢は大川(隅田川)の花火が懐かしいと水野に話して聞かせた。興味深そうに聞いてくれた水野は、都合が良ければ見に行きましょう誘ってきた。廣沢も、その時は二つ返事で行こうと答えていた。しかし、波多野の予定を知らされて、今年は諦めようと言っておいた。 そのはずなのに。 どうやら水野は諦めていなかったらしい。 「お前、ほとんど江戸っ子みたいなもんだろ?懐かしいだろ、花火。行ってきたらいい。こいつは、俺に任せときな」 「そうおっしゃっていただけるのはありがたいとは思いますが」 「堅ぇなぁ、お前は」 まぁ、それが良いところなんだがなとぼやきながら、津田は煙草の煙をふーっと吐き出す。 開け放たれた窓から、その煙は夕暮れの空へと流れていく。廣沢は、困ったなと思いながらその煙を目で追った。 たしかに、大川の花火は懐かしい。 早川の家に住む者は、主従関係なく皆で花火を楽しんだ。長いテーブルには、スイカと麦茶。後半の盛り上がりに合わせて、かき氷も用意した。 廣沢たち若い者も、食べ物や飲み物を入れ替えたりゴミを片づけたりしながらも、ちゃんと花火を楽しんだ。 どーんと音がして、ふと目をあげると、花火が開いてバラバラと音をたてて崩れていく。蒸し暑い夏の夜気と蚊取り線香の匂いまで思い出される。 「津田様と波多野様は、行かれないのですか?」 「ああ。行かねぇ」 「人混みは、お嫌いですか?」 「どうにも、あの音が苦手でね。火薬がどんというなんて、背筋が寒くならぁ」 さらりと言ったつもりだが、敏い廣沢は表情を曇らせる。 「だから、気にすんなって。水野だって、ここに来てからずっと真面目に働いてるんだろ?ちょっとくらいご褒美やれよ」 「花火見物が、ご褒美ですか?」 「お前とな」 ダメ押しのようににやりと笑うと、廣沢はぱっと頬を赤くした。 それから、ごにょごにょと口の中で何かを呟いていたが、結局津田の言うことを聞くことにしたらしい。 きっと顔をあげると、夕飯と風呂が遅くなることを詫びて何時までには戻るという事まで、一気にまくしたてた。 それをニヤニヤ見ている津田に一礼すると、さっさと台所に消えていった。 遠くで、廣沢が水野を呼ぶ声が聞こえている。 「上手くやったな」 「起きてんじゃねぇか」 「途中からさ。それにしても、あの二人……?」 「廣沢は、まだてんでわかっちゃいねぇよ。でも、水野は廣沢を大事に思ってる。それは、間違いねぇだろ」 「いつも見ているお前が言うんだ。なら、そうなんだろう。一応、職場なんだがな」 「ご主人様が許可してやれば、済むことじゃねぇか」 そう言って、津田が波多野の髪をさらりと撫でると、くすぐったそうに首をすくめる。 「確かに。誰か一人、真実一人いてくれれば、生きていける」 「そういうこった」 その真実に、廣沢がいつ気が付くだろう。津田は、悪いなと思いつつ、事態が転がるのを面白がっている。 ─── 花火の熱にやられて、溶けてみるのもわるくないさ

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