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「どうであれ、変な妄想は他所でやれ」
「俺フォンダンショコラ食いたいんだけど」
「俺は今月の新刊出てるから本屋行きたい」
「そのフォンダンショコラなんてものは俺が作るだろうし本屋は昨日も行ったろ。――帰るぞ」
平三、木下、そして俺。
なかなか譲ろうとしない放課後の過ごし方は次々といなくなる教室で話していた。
秋をまだ感じれずにいる時期に夏用制服のままな奴だったり、気が早くも冬用制服に変わっていたりと違和感が目立つクラス。
俺と木下はまだ夏用制服で半袖だけど平三のシャツが長袖になっている。どっちにしても今日の気温は過ごしやすい一日だったからなんでもいいんだけどな。
眠過ぎる最後の英語の授業から終われば担任からの連絡もなく、すぐに終わったホームルームに嬉しさが増したクラスメイト。
これから部活の奴等はそのまま部室直行だろうし、なにも入ってない奴等は遊んだり寮に戻ったりとさまざまな過ごし方だ。
そこでは俺達も変わらない。サッカー部に所属している平三も休みだなんだといって残っているし。
だんだんこいつはサボってるんじゃないか、と疑ってきたが俺には関係ないからどうでもいいか、と颯爽に頭から消している。
というか、問題はまとまらない話にどう片を付けようかってことだ。
「だって腹減ったし」
最初に言いだしたのは平三。
毎度お馴染み会話パターンでの平三は必ず“なにか食いたい”と発言する。
同じく木下は“本屋に行こう”と言い、俺はなにもないから寮へ戻るよう口にするんだが、今日に限って三人が三人の希望を言ってしまった面倒な日だ。
折れようともしないからどうしたもんか……木下は一人で行けばいいんじゃね?
「腹減ったって、松村が食いたい材料が中沢のところになきゃ作れねぇだろ」
「そ、そうだ。必ずあるわけじゃない。なんなら今朝見た時、冷蔵庫が空っぽだったな」
「えー……」
が、ここで珍しくも俺を庇うようなフォローに出た木下。本当に珍し過ぎて恐ろしい。でもここで便乗すれば俺の希望が叶うかもしれないよなぁ。
なんて思っていた。
「だから本屋に行ってその帰りに材料買って、寮に戻れば食えるぞ。松村と中沢の希望も叶う。よし決まり!」
「どんだけ遠回りなんだよ。まあいいや、食いたいし」
「……マジ俺ってバカだわ」
俺自身がアホらしい。
「じゃあ俺は五階だから」
「俺も今回は見るのないし、木下について行くよ」
結局、本屋に来てしまった。
その後は俺の意見も聞かずに決まっているらしいフォンダンショコラを作らされるから材料買いにスーパー寄るし……最後の最後で叶う俺の寮戻りは本来の希望通りじゃないから溜め息を吐きたくなる。
慣れたけどさ。
「はあ……俺はここでなんか立ち読みしてるから。買い終わったら連絡くれ」
そう言って指差した四階マークに二人は頷いて、上りエスカレーターに乗って行った。
今回は気になる雑誌などなかったため、適当に手にしたファッション雑誌を立ち読み。
隣には菓子のレシピがあるが、前回ここで買った菓子のレシピがあるから。
全部作る気はなくとも内容は然程変わらないだろう、と勝手に判断して読まないだけだ。このファッション雑誌だって買う気ないからな。
そう思いながらついて行けない服のセンスに、やっぱりレシピ本にすりゃよかった、とはやい後悔。
それと、
「まだお兄ちゃんは自分と釣り合わないお友達といるの?」
「……」
嫌な予感に、心の中で乾杯しとこおうか。――麦茶で。
「……、」
「前にも増して本当に普通の顔だよね、お兄ちゃん」
ここの本屋で、この場で会った、マセガキをかます、友達が一人もいない女の子だ。……なんでまた会うんだよ。つーか出会い頭の言葉も前回と同じじゃないか。
なにが似合わないだ。わかってるっての!
渡したカップケーキ返してもらうぞコラ。
「お兄ちゃん聞いてる?」
俺に話しかけたつもりがあまりにも反応をしなかったせいで女の子は声だけを聞いてもわかるような不機嫌の悪さで再び俺に話しかけてきた。
なんだこれ。この間よりもクソ生意気になってる気がする。おまけに制服のシャツにまで手をかけてクイッ、と掴んできやがった。
聞こえなかった、という言い訳も通じないほどのラインだ……くそ、相手にしないといけねぇじゃん。
「……お前か」
なんて、俺も大人気ないのかもしれない。
わかっている事実を小さい女の子に言われたぐらいでイラついちゃってさ。
わかってるならわかってるで貼りつけた笑顔のまま『あぁ、そうだな、俺とあいつ等は似合わない。子供は子供でも、オンナなんだなぁ!』とか笑えばいいものの。――いや、そもそも俺自身“オンナ”を知らないからなんとも言えないんだけど。
意味すらわかってない言葉を子供に投げてどうすんだ。
「無視するなんて、生意気っ」
「あ゙?」
「こわいっ」
ぷく、と膨らませた顔から一気にしょんぼりと俯く女の子。
絶対に俺で遊んでやがる。生意気なんて俺がこいつに言う言葉であって、こいつから言われる筋合いはないからな。
友達が出来なくて当然のガキだよ。……なんでこんな展開になった?
大人しく俺も平三と木下について行けばよかったのかもしれない。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだよ」
それでも無視という無視が出来ないのは周りの目があるからだ。
今回に限って、このフロアは人が多い。主婦が多めだが、まれに学生もチラチラ視界に入ってくる。
もちろん老人だっている。そういやこの本棚の裏は将棋や囲碁の基礎本が置いてあるんだっけ。
「お菓子、ある?」
「……」
「ちょーだい?」
「……」
俺はお前の、なんだ。
別にハロウィンじゃない。むしろ来月だぞ。アホか。
しょうがなくファッション雑誌から目を外して生意気な女の子に視界を入れ込めば、首を傾げてねだるオーラを放つ姿が見えた。
ガキなどに興味がない俺でもこの女の子は小さいながら容姿が整っているせいか、可愛いと素直に思える。から、なにか渡しそうになる。
クソが付く生意気でも……なんでなんだ。
「菓子なんて、ねーよ」
「嘘だよ。嘘吐きは泥棒の始まりなんだよ?」
「しつこいな。知らない人にはあげません」
「前くれたじゃん」
「季節外れのサンタじゃねぇの」
「……」
うっかり腰をおろして女の子と同じ目線で話そうとしたが、負に陥る様な気がしてグッとおさえた。
意味なくグッとおさえた自分を褒めたい。どんな意味不明な言い訳だろうと、今の俺を褒め倒したいぜ。
我ながらよく言ったものだ。なんだよ、季節外れのサンタって。
「ケーキ、美味しかったのに……」
「なっ……!」
耳に届いた小さな声。
それはあまりにも、俺にしかわからないような、言葉だ。
作った側なら誰だってこの言葉で喜ばない奴はいないだろうよ。それがどんなに生意気なガキだとしても、だ……ちくしょう、ガキにまで絆されそうになってどうすんだ俺。
つい“ない”と言った菓子を出してしまいそうだ。
昨日作って持ってきたクッキーだけど。
「ママが、次に会ったらちゃんとお礼してね、って……」
「お前な……お礼が“お菓子ちょうだい”っておかしいだろ」
「だって……!」
「ちょっ、つめてッ!なにしてんだよ!」
突然ピュッ、と打たれた冷たいもの。
瞬時に女の子が鉄砲みたいなもので俺に液体を飛ばしてきた事がわかった。
この時期に水鉄砲って……こいつナメてんの?
シメる。
「あーあ、どうすんだよ。この雑誌ちょっと濡れただろ……」
俺買う気ないぞ。親どこだ、親。
「お菓子っ」
いや、この俺がこいつの親が現れてきたところで苦情を言えるわけがない。
むしろ見えぬはやさでクッキーを渡して五階に逃げるだろうよ。
情けなくてもそれが俺だ。
「だあ!もう!その水鉄砲しまえ!」
「ん、」
遠慮なくぶっかけてくるガキに俺は持っていた雑誌をやっと手から離して、向けてくる水鉄砲の口をおろした。
同じ目線になった今、また膨れている頬を見て、溜め息。
「……俺とお前が友達になった覚えはねぇぞ」
なんてボソッと呟きながら鞄の中をあさる。
なんつーか、こっちから折れてとっとと親の元へ行ってくれればいいな、って。
友達がいないから人との接し方で欠けてる部分があるのかな、って。
それこそこいつの両親には失礼だと思うが、こんな育ち方してる子だ――という仮定を考えちゃうのもしかたがないだろう。
こいつの事情とか、よく知らねぇし知る気もないけどさ。
「ほら」
「クッキー?」
「ただのクッキーに見えてすっげぇ美味いクッキーだ」
いいえ、ただのクッキーです。
「お菓子、持ってたじゃん!」
「先に、ありがとう、だろうが」
反抗したい年頃なのか。なんで俺がこいつの教育しないといけないんだよ。
つーかもうこの本屋の四階に来ない。そうしよう。良い思い出がない。クソ。全く。
「あ、りがと……お兄ちゃん……」
「お、おう……」
こっちが機嫌悪くなりそうで、ここのフロアには来ないと決めた直後だ。
急に素直になりはじめた女の子にどう接すればいいのかわからなくなってきた。
俺こそが人との接し方で欠けてる部分があるんじゃないか……?
改めて直そうとは思わないけど……けどなんだ、この気持ち。かゆい。
なんて、思っていたら女の子のさらに後ろの方から声が聞こえた。
「ゆかりちゃーん」
これこそこいつの母親か、と予想してみるものの、顔だけを動かしてその向こうを見ると女の子と同い年ぐらいの男――の子がやって来た。……ゆかりちゃん?
男の子?……んあ?
「お前ゆかり、つーの?」
なんとなく聞いてみれば女の子は笑顔で『うん!』と首を縦にして頷く。それでいてゆかりちゃんは俺があげたクッキーを小さな鞄の中に入れて、手に持っていた水鉄砲を俺に渡してきた。
えっ、は……?
「あのね、お兄ちゃん、」
こっちに向かって来る男の子。そんな子を視界に入れながらも最初とは明らかに違う柔らかい表情で話し始めるゆかりに動揺を隠せず、とにかく耳を向ける俺。偉い。
「お兄ちゃんと会ったあとね、ちゃんとお友達が出来たんだよ」
「マジかよ」
「クラスの子も、近所の子も。あの子も、お友達になれたんだよ」
「マジかよ」
「あまりにも普通過ぎるお兄ちゃんと、お兄ちゃんには釣り合わない友達を見てね、なんか勇気わいたのっ!」
「マジ、かよ……」
どうにも反応が出来ない複雑な感情に、やっぱり俺って普通で平三や木下みたいな類とは似合わずの平凡野郎。
そしてこんな小さな女の子にまで、わずか三ヶ月足らずで、敗北を味わう人間なんだな……って思ったわ。
ゆかりも本気という本気を出せば何人、何十人、もしくは何百人と友達なんてものを作れる容姿とコミュニケーション能力があった、ってことだろ?
俺にはそんなのない。
だからこそ、どうでもいいなんていう諦めがうまれてる。から、特定の人としか絡みがないんだ。……それが周りから見て“似合わない”と思われてる平三と木下なわけで。
運が悪いとしか言えない。
「嬉しくて、報告をしたくてね、三日に一度は来てたんだよ?」
「あ、っそ……それは、よかったな……」
「傷付いてんのー?」
呑気に笑うゆかり。
「はは……バカ野郎――」
傷なんて付くはずがない。何度も言うがわかってる事実だ。
ガキに負けようが、それは一瞬だけ思う話であって、ずっと持ち続けるわけがない。俺は割り切れる人間なんだよクソガキ。
平三や木下と仲良くなって運が悪い?
いいや、運が良過ぎて楽しすぎるんだよ。
「毎日が楽しいだろ、ゆかりちゃん」
荒れくれた心を最後に、腰をおろしていた俺は立ち上がりながらゆかりちゃんの頭を撫でる。
まさかとは思うが、この水鉄砲はなにかのお礼としてくれたとか?
だとしたら、いらな過ぎてどうしよう。捨てるか。
「うん、楽しい。だからお兄ちゃんもそれ相応な、対等である友達を探せるように、その鉄砲あげる!」
「あっはっは!くっそいらねぇ土産だな!」
愉快に笑ってみるものの、やっぱりゆかりはクソだった。
頭を撫でていた手にも力が入りそうだったわ……危ないあぶない。
それから友達だという男の子がゆかりの手を引っ張ってすぐに消えてしまったが、姿が見えなくなるまで俺の方を向いて手を振っていた。
本当にあいつは俺をなんだと思っているんだろうな?
お前が当てた、ただの普通で平凡な男子高生だぞ?
あるゲームシリーズと菓子作りが好きな、男子高生。
はあ……疲れた。木下はお目当てのものを買ったのか?
平三からの連絡はまだかよ……とはいえ、俺が今から五階に行ったところですれ違いなんてものになったら困るし、そもそもボーイズラブ漫画がどこのスペースにあるのかも把握してないから動きたくない。
だってこのあとフォンダンショコラ作らねぇといけないし。制服も濡れてるっつーのに……あ、雑誌……やっぱり俺の運勢は悪過ぎなのかもしれない。
再びの溜め息に少しだけ濡れたファッション雑誌を手にしてレジに向かおうとしたその時。
「智志くん……」
「……デジャヴ」
なぜだか隠れるようにいた王司。しかもよく見なくても落ち込んでる姿だからめんどくさい。
ていうか、いるなら声をかけろよ。
ゆかりにまたいろいろ言われてたかもしれないが、王司に任せとけばそれなりに終わりもはやかったはず。くそ……。
「雅也、お前なにしてんだよ」
「……また女と喋っていただろ」
「だから、あれはどう見ても小学生だって!」
「……けど女じゃないか」
どこまで面倒な男なんだ、こいつは。
貰った水鉄砲で打つぞ。
「遺伝子レベルで言えば女だが、俺はガキの女に興味ねぇよ」
「わからないよ?あの女は智志君に、「女、の子」
「……」
スパンの短い溜め息を吐いたあと王司の腕を掴み、今度こそレジに向かって濡れた雑誌を購入。
ついでにスマホを確認してみると奇跡的にリアルタイムで平三からメッセージの通知が来たから、一安心。
くだらない“嫉妬”でうじうじしている王司をチラッと見ながら、これからうるさくなりそうな木下を想像しつつも――王司と会ったからこいつも一緒に、――なんて返信。
「智志君、あの女って前の女だったよね」
「おい、その言い方とテンションうざいから。帰ったら平三に菓子作るし、荷物持ちしろ」
「今度は松村君なんだ……!」
「てめぇのもあるっつの!」
ガッ、と蹴った足に一瞬フラつく王司は懲りもせず見せつけるような手の繋ぎ方をしてきて参った。
百歩譲って今ここにいる周りの人達の目はどうでもいい。というか、どうでもよく思わないと俺は王司を止める事が出来ないから。
だけど、このまま平三と木下と合流なんて信じられねぇわ……今だけ会長様もバッタリ会わないかな。
そうすりゃホモが多くなって木下の扱いも慣れるのにさ!
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