44 / 92
〈番外編〉 訪問者 13【李玖と牧之原】
そうだ、薬と言えば天沼商会の秘薬……
「例の秘薬はやはり」
「ああ、天沼商会のからくりのアレですね」
美と健康の天沼商会。
「あそこの発展ぶりは何かあると思っていたけど、まさかあの薬を使っていたとはね。驚いたよ。彼らは自分たちが使っているものが本物だとは夢にも思ってないだろうね。それが分かっただけでも李玖くんお手柄だよ」
「それは牧之原さんが油断させてくれたからですよ」
「あはは。うちのマンションはザルだと思われたね。それで口が軽くなったなら狙い通りだ。彼は侵入してくる気満々だよ、どうする?李玖くん誘惑されちゃうかい?」
李玖くんは肩を竦めた。
「申し訳ないのですが僕の好みじゃないんです」
「だよね。ボクもあんなにグイグイ来られたら引いちゃうな。良かった、僕は君を始末しなくて済みそうだ。で?番 にするなら控えめで守りたくなるような子がいいよね。やっぱり綾音ちゃん?」
「そうですね、このままだったら綾音さんを選んだでしょうね。そして二人とも引き取ったと思います。でも僕、実は恋に落ちまして」
なんと!
「李玖くんに恋バナ!なんだい水くさいな、そんな子いるならすぐに教えておくれよ。どんな子だい?李玖くんが好きになるなんてよっぽどの美人さんかい?何処で知り合ったの、どういうところに惚れたの」
矢継ぎ早に聞いたら李玖くんは少し考えるように上を向いて、何かを思い出したのだろう柔らかく笑った。
「そうですね、優しい子です。飲み会に行くと人の世話を焼いてばかりでよく食いっぱぐれてるから、遠くで見ててハラハラしてます。それから人の悲しみや苦しみに敏感で、自分の痛みと苦しみを我慢してしまう子です。人を傷付けずに自分が傷付いてばかりいる。でも決して弱いだけの子ではありません。怒りのオーラが出ていた僕を止めたんですよ?震えていたのに手を離さなかったんです。それが僕を思っての勇気だったから、僕はあの子を振りほどけなかった。晶馬くんは優しくて勇気のある子です。僕はあの子に我慢をさせたくない。傍にいて悲しみや苦しみから少しでも遠ざけたい」
なんて優しい顔をするんだろう。李玖くんにとってその子がいかに大切なのかが分かる顔だよ。
「いい人に出会えたね」
「ええ。でもその子、運命の番 と出会ってしまったんです」
!
なんという事だ!
「……李玖くん、それはもう諦めるしか」
「でもその相手が悪い」
李玖くんは先程とは違い、冷えたオーラを纏いこちらを見た。
「彼はΩに何かしらの思いを抱いているらしく、その子を見ていない。惹かれ合う筈の二人なのに無理に反発してるから、憎しみをぶつけられてる晶馬くんはボロボロに傷付けられてるんです。晶馬くんが幸せなら諦めもついたかもしれません。でも、そうじゃないから諦めません」
奪い返します──
李玖くんの目には強い意志が宿っていた。
なんという試練だ。
ただでさえ稀少種は愛する者に対する思い入れが強い。それは人を好きになる事で、自分が化け物ではなく人間なのだと認識出来るからだ。化け物になりたくない稀少種は時として犯罪紛いな事までして愛する者を求める。
李玖くんもやっと好きな相手に巡り会えたのに、運命の番 が現れるとは!
運命から奪い返すのは容易い事ではない。
「なんて顔してるんですか。僕はラッキーなんですよ?だって好きになった相手を諦めなくていいんですから。大丈夫です、絶対救ってみせます。僕はあの子を苦しみから解放する」
僕に言ってるようで自分に言っているかの如き口調だった。
多分、失敗はその子の死──
僕にできることは彼らの無事を祈ることだけだ。
「李玖くん、ちょっとここで待っててくれないか?君に渡したい物ができたよ」
「はい」
僕は急いで自分の部屋に戻った。
奥さんの部屋に入り、彼女のドレッサーの引き出しから小箱を持ち出す。
(私達がまだ彼に出来ることがあったのね、嬉しい)
きっと彼女はそういって喜んでくれる筈だ。
急いで李玖くんの元に戻り、小箱を差し出した。
「これは……」
「幸運の子馬だよ。私の番 である奥さんがどなたかに頂いたものなんだ。この子馬は幸運を運んで来てくれるらしいから、李玖くんと君の好きな子の安全を願って託すよ」
「奥様の……そんな大事なもの、受け取れません」
「遠慮はいらないよ。これは幸せを願う気持ちをずっと運んできた子馬だ、彼女にもどなたがが幸せを願って託してくれた。今度は私達が李玖くんとその子の幸せを願って託す番 だ。きっと子馬は君たちの元にも幸せを運んで来てくれる」
「野原さん……」
おや、古い名前で呼んだね。でも今私はもう君の影、マキノハラだ。
「受け取って、李玖くん。そして絶対成功させなさい」
「はい。……ありがとうございます」
運命はなんて残酷なんだ。
私達は願いを子馬に託して君とその子の明るい未来を祈るよ。
「君達が番 になったら、その子をこのマンションに連れてきて紹介しておくれ。その時は正式にコンシェルジュの格好で出迎えるからね」
「ええ、是非」
いつの日か、そう遠くない日に。
李玖くんが連れて来てくれる日を信じて待ってるよ。
子馬よ子馬、彼らに幸せを運んでおくれ──
子馬は私達の願いを乗せて李玖くんの元に走って行った。
〈李玖と牧之原・了〉
ともだちにシェアしよう!