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第6話 憧れの先輩
大学の研究棟にいらっしゃった教授に無事にレポートを提出し、さて帰ろうと入り口のドアを開けたら、藤代先輩とばったり会った。
「あれっ、日野くん。久しぶりだね。元気だったかい?」
「藤代先輩。お久しぶりです」
藤代先輩と会うのは、僕が高村さんと初めて会った日以来だ。接点の少ない人だから、遠くに見かけることはあっても挨拶できる程近くでは会っていなかった。
僕は食堂でのやりとりを見られたのが恥ずかしくて顔を合わせにくかったけど、軽く声を掛けてくれたところをみると、食堂での事は気にしてないみたいで、ホッとした。
「レポートの提出?間に合ったみたいで良かったね」
「はい、何とか出来ました」
先輩のニコニコ顔につられて笑顔になる。
「今日は眼鏡なんだ。掛けてるところ初めて見たよ」
ふいに顔を覗き込まれた。急で、咄嗟に顔を隠すことができなかった。僕の顔を近くで見た先輩は、目の腫れに気付いたらしく、ハッとなり、痛ましそうな表情になった。
僕は、居た堪れなくなって下を向いた。
「…僕は教授のお使い。これ渡したら戻るんだ。日野くん、もう帰るなら途中まで一緒に行こうよ」
「はい」
僕が触れて欲しくない事に気付いたんだろう。先輩は気付かない振りをしてくれた。
並んで歩く道すがらは、必修科目の事やコンビニの新商品など、たわいもない話をした。
「日野くんは相変わらず痩せてるよね。はい、これ」
しばらくすると先輩はポケットに入ってた飴玉をくれた。
右の掌で受け取ると、左ポケットからクッキーが2枚出てきた。左手も添えて両手で受け取ると、今度は胸ポケットからキャラメルが出てきた。
「ははっ、あはははっ」
次々と出てくるお菓子に目を丸くして、こらえきれずに笑ってしまった。
先輩はイタズラが成功した顔でニッコリ笑い、僕の両手を上下に挟むように包み、キャラメルをくれた。そして手を離すとき、そっと手首を撫でていった。
手首の痣もバレていたのか。
先輩の優しさが沁みて、泣きそうだった。
僕が初めて藤代先輩と出会ったのは、ゼミの合同飲み会だ。
先輩は僕の一つ上の大学2年生で、専攻も学科も違うけれど、お互いのゼミの先生が仲が良くて飲み会で一緒になったのだ。
αの彼は有名な人で、いつもは周りに沢山の人がいて遠い存在だった。αの中でも特に希少な、上位種なんだそうだ。
しかし宴もたけなわ、酔潰れる人も出だして、席はあってもないような様相になり、気付けばすぐ近くに来ていたらしい。
「日野くんだっけ。君、殆ど食べてないでしょ。皆んなの世話はもういいから早く食べちゃいな」
「え、あっ、藤代さん! は、はい」
急に声を掛けてきた殿上人に目を白黒させて、鍋の麺を慌てて搔きこむと、変なところに入ってブフォっと噎せてしまった。
「ゴホッゴホッ」
「あーもう焦るから。落ち着いて」
笑いながら背中をトントンしてくれる優しい手に、アレ、この人思ったよりも親しみやすいぞ、と感じた。
オーラは凄いのに気さくで気配りが出来て優しい。そのオーラも威圧するものじゃなくて、大きく包み込むような、暖かいものだった。
「すみません…」
恐縮してそう言うと、クスリと笑われた。
「そんなに硬くならないでよ。日野くんは酒井ゼミの子だよね。僕もあの教授にはお世話になってるんだ。半分酒井ゼミの生徒みたいなものだから、君は僕の後輩だな」
「そんな恐れ多い!」
更に、先輩と呼んでと言われて無理ですと手を横に振っても、笑って呼んでとゴリ押しをされる。
「せ、先輩…」
「お、良いねぇ。なんだい、後輩くん」
いっきに親しくなったみたいに感じ、頬にカーッと熱が集まる。あまり飲んでないけどお酒のせいにしておく。
「ところできみは痩せてるね。もっと食べなよ。はい、これもこれも食べて」
そういって僕の皿に料理を取り分けてくれた。
この日以降、教授の所で会った時なんかには、よくお菓子をくれるようになるのだけれど、そんな日がくるなんて当時の僕は想像もしていなかった。
その飲み会からは喋る機会は殆どないものの、先輩の集団は目立つから構内に居たらすぐに分かった。そしていつしか見掛ければ気になって目が勝手に追うようになってた。
恐るべしαパワー。そうやって周りの人達を虜にしてるんだな。
藤代先輩の周りにいつも人が多い理由がなんとなく分かった。先輩は、優しくてかっこいい。
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