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第19話 怯えなくていい

「何の数字だか分かる?」 僕はいきなりの先輩の変化に戸惑った。 「君が高村くんを思い出した数だよ。僕と比較した数とも言えるかな」 僕は青くなった。 比較なんてそんなつもりはなかった。でも、確かに思い出していた。 「今まで彼とだけだったから、彼を基準にするのは分かる。でも今のは彼を急に思い出し、彼と同じかもって怯えた。君は今、彼と僕を一緒にしたんだよ」 「違、そんなつもりじゃ」 「じゃあ一体何に怯えたの?言ってごらん?」 「それは…」 「抱き合うとね、お互いのことが何でも分かるんだ。体に出るからね。今、すごく嬉しいとか悲しいとか。何か思い出してるとかもね。何か思い出して怖くなったでしょ。でも、今抱いてるのは僕だよ。痛い思いとか、悲しい思いとかさせない。なのに君は僕が彼みたいだったらどうしようって怯えた」 「違う、そうじゃない、先輩が高村さんと同じだなんて思ってない。ただ……」 「ただ?」 「……」 「言って。僕は怒ってるよ。さあ、言って」 醜い自分を曝け出すの怖い。でも怒ってる先輩は、許してくれない。嫌われるのは、もっと怖い。 「………僕は毎回、ぐちゃぐちゃのドロドロになって、酷い顔も醜い痴態も晒した。それを高村さんは嘲笑ってた」 先輩は無表情で僕を見下ろしている。 「……僕は情けなくて恥ずかしくて死にそうだった。先輩は嘲笑わないって思ってる。……けど……ううん、凄く酷い顔なんだ、やっぱり呆れて嗤われちゃうかも。汚いって軽蔑されちゃうかも。やだ。そんなの嫌だ。僕、先輩とエッチするの怖い。嫌われるのが怖い……」 そうだ。比べるんじゃなくて単に先輩に醜いところを見せたくないのだ。 「どうして僕が嫌うのさ。好きな子が気持ちよくてトロトロになってるなんて、たまらないよ。そうさせたくて頑張っちゃうのに。そんな顔、見せてよ。嗤ったりなんかしない。その顔が見たい」 僕は羞恥で全身真っ赤になった。 嘘だ。あんな姿が見たいなんて。嘲笑われたあの醜い姿が嬉しいだなんて。 「僕だって多分隠せないよ。嬉しければ掻き抱くし、激情に飲まれれば乱暴に突き動かす。元彼を思いだされれば嫉妬する」 先輩が嫉妬?まさか。 「君には格好いい僕しか見せたくないから隠してるけど、本当は僕だって醜い。高村君に嫉妬するし、君を傷つけた彼を社会的に抹消したいくらい憎い。実際僕にはそれが出来るよ。でもそれをすると君が傷付くからしない。ううん、出来ない。僕にストップを掛けられるのは晶馬くん、君だけだ。 ……こんな僕は怖い?嫌いになった?」 かぶりを振った。びっくりした。でも、 「ちょっと怖いけど、嫌いになんかならない。きっとどんな先輩を見ても嫌いになんてなれない」 これだけは自信をもって言える。 先輩は無表情だった顔を和ませて、安心したようにほうっと息を吐いた。 「良かった。僕も今怖かった。君に本当の姿を見せて嫌われないかって不安だった。一緒だよ。僕も晶馬くんのどんな姿を見ても嫌いになんてなれない。本当に好きなんだ」 「あ……」 唐突に理解した。 隠せるのに、先輩はわざと僕に冷たい目を見せてくれたんだ。僕にもこんな怖い面があるよって教えてくれた。 先輩も僕に嫌われることは怖いんだ。でも、僕にどんな姿でも受け入れて欲しいって願ってるし、信じてる。 先輩も僕と同じなんだ。僕がどんな先輩の姿を見ても嫌わないように、先輩も僕がどんな醜態を晒しても嫌わないって教えてくれてる。 僕が嫌われることに怯えなくていいように。 「……っ、」 僕は充分に愛されている。嫌われることに怯えながら抱かれなくていいんだ―― 「先輩、先輩、せんぱいぃ」 涙腺は崩壊した。涙があとからあとから溢れ出て、わあわあ声をあげて泣いた。首に抱きついて頬ずりし、足を絡めてしがみついた。 先輩は僕を抱いて赤子をあやすように背中を撫で、髪を梳き、涙でぐちょぐちょの顔を舌で舐め取って宥めてくれた。 「ねえ、お願いだから李玖(りく)って呼んでよ」 「李玖さん、李玖さん……」 嬉しくてぎゅうぅっと強くしがみついた。 李玖先輩の劫火は僕を丸ごと焼き尽くした。 僕は悶えることしかできない。 首筋に吸い付かれ、舐め上げられてゾクゾクと肌が粟だった。長い指先の大きな手は腰骨をしっかり掴み、僕をぎりぎりまで引き寄せようとする。 「ああっ、ああっ、ああんっ!」 「はっ、はっ、可愛い。晶馬、かわいい」 グリッ 「うあぁ、はあ、あぁぁんぅ、李玖さん、李玖さんっ、んんっ」 角度が変わってひと際大きく悶えた。 背中に回していた 汗で滑る手を李玖先輩の髪に差し込むと、吸い込まれそうな瞳が欲望の色を纏って僕を射た。粘液で濡れた柔らかな唇が歯列を割り、熱い舌が絡みついて互いの唾液がクチュ、クチュッと音を立てる。 「ん……んん……はぁ。もっと。はぁ、はぁ、李玖さん、もっとぉ」 「はあっ、はぁ、どっち?こっち?それともこっち?」 「んああっ!あっ、あぁあぁ、あっ、あっ」 胸の尖りを指の腹で捏ねられ、腰にジン…と重い痺れが走った。身悶え、のけ反った喉を唇で喰まれ、舐め上げられてゾクゾクと逆毛が立った。腰を深く突き入れられ、僕の分身を強く握られた。 「きゃあぁぅ、だめ、いっちゃう、むりぃ。だめぇ」 「はっ、はっ、どれが、だめ?」 「ぜんぶだめぇ、うぅ、きもち、い、ぜんぶぅ、りくさんぜんぶぅ」 「ああ、可愛い。はあっ、晶馬、やっとだ、やっと僕のだ……」 「ああ、ああっ、いく、いっちゃう、ほしい、ちょうだい、せんぱい、ぜんぶちょうだい」 「はっ、はっ、李玖って、呼んで、ごらんっ、全部あげるよ、はっ、僕を全部だ、……っ、」 「李玖、りく、ちょうだい!りく!ぜんぶっ、りく、りくっ!……あ!……ああ!あああぁ、ああぁぁっっ!!!」 「っ!……っ!……!!」 ひと際深く突き入れられて胎内がぎゅうぎゅうと収縮した。奥を暴かれて背がのけ反り、足先がつま先立つ。 ビュクッ、ビュクッ 白濁が勢いよく飛び、胸から腹あたりをしとどに濡らした。 李玖先輩も息を詰めて駆け上がっていった。最奥で動きを止め、びくっ、びくっと痙攣したことで先輩もイってくれたことを知る。 「はあっ、はあっ」 「はぁはぁ、はぁはぁ」 ぶわっと多幸感が広がった。胸が詰まり涙が溢れ、零れ落ちた。 「李玖さん、好きぃ」 凄く甘えた声が出た。 「僕もだ。愛してる、晶馬くん」 汗と色気を纏った蕩けるような笑顔を返された。頬ずりされ、涙を舌で拭われる。嬉しくなってぎゅうと抱きつき、幸せの余韻に浸った。 「晶馬、晶馬くん、出ておいでよう。お顔見せて。ね、いい子だから」 「………………」 頭まで布団に包まってミノムシになり、イヤイヤと頭を振る。 安心して抱かれ幸せを感じる事と、恥ずかしいと思う事は別の話だと、翌日の朝、頭が正常に働いてから知ることになった。

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