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(IF END 分岐点) 第21話 優しさの欠片
高村は藤代の威圧するオーラに気圧され、今までと違う存在を感じ取っていた。
「…それがあんたの本性か」
「高村、見てごらんよ、甘えるこの子はなんて可愛いんだろうね」
「気持ち悪いだけでしょそんなん。Ωのくせに平々凡々な地味男。てか、そんなんでも一応俺の相手なんで返してください」
「お前の相手?違うよ、これは私の相手だ。お前の番は死んでしまったからね。
凄くいい子だったよ。我慢強い子だった。幾ら私が手を差し伸べても手を取ってくれなかった」
「何でそんな過去形で話すんです?まるでホントに死んじまってるみたいじゃないか、気味が悪い」
今まで見たことのない他を圧倒する存在感と、薄気味の悪い話の内容に背筋がゾッとする。
「なあ、お前はこの子がヒートの最中に掻き毟っていたのを知っていたよね」
「……ああ、あれね。幾ら止めても辞めやしねえ。あれは病気でしょ、気持ち悪い。だから俺は…」
「ああ。逃げたな。ヒートで呼ばれたのに行かなかった。どうでもいいセフレの女に夢中な振りをして避けた。晶馬の体がお前しか受け付けないことを知りながら。
それまでのヒートでもお前から酷い扱いを受けてボロボロだった彼は、もう限界だった。あの時私が行くのがあと少しでも遅かったなら、心か体かそれとも両方か、どれかを壊して死んでいた。私が間に合っても間に合わなくてもお前の番は死んだんだ」
「だからさっきから何であんたはそいつが死んだみたいに言ってんだよ、生きてるじゃん」
「高村、私は鎖を切ったと言ったが、お前が言ったとおり、運命の鎖は切れないんだ。死なない限りな」
「そうでしょ、だから生きてる限りそいつは俺のだ」
生きてる限り。
死んだ俺の番。
俺のではない日野。
高村は頭の片隅で変に符合を合わせ始める奇妙なにパズルに、イライラして足を揺すりだした。
「今回お前が来なかったせいでどうにも出来なく、晶馬はやっと私を呼んだ。
苦しんで助けを求めた晶馬に応え、体をこじ開けて私の精子を注いだ時、彼の体は私の精子を異物とみなし、アナフィラキシーショックを発症して心臓が止まった。運命の番であるお前以外が抱いたから、晶馬はその時ショックで死んだんだ」
「!」
「その後にショック死の原因の私の精子を番の子種と認識させ、私の心臓マッサージで息を吹き返させた。今ここにいる晶馬は、もうお前を受け付けない私の番だ。お前の番じゃない」
「そんな!嘘だろ、一度死んで別の存在として戻ってくるなんて、そんなことが出来る訳ない!ありえない!」
「出来る訳ないさ、普通ならね。でも私はαの中でも上位種、全ての種の上に君臨する支配者だ」
光る瞳で静かに口角を上げる藤代の異様なオーラに、高村の背に戦慄が走った。
「今までさほど必要性を感じたことはなかったが、この時ほど自分が上位種に生まれた事を神に感謝したことはない。この私がうなじを噛み、私の子種を胎内に抱えさせた私の番を、運命ごときが奪えるものか!
私の命令は全ての種に絶対だ。晶馬は私の呼びかけに応え、私の番として戻ってきた」
「ばかな…上位種は…そんなことも出来るのか…?」
「諦めろ。お前の番はもういない。死んだんだ」
「そんな!そんなことがあるもんか!それは俺のだ!返せ!返せよ!返せ!!」
高村はここにきてようやく焦りを覚えた。絶対の繋がりの上に胡坐をかき、少しも疑っていなかった喪失の予感が彼を慌てさせる。
「…もし、君が少しでも優しくしていたら僕は晶馬を手に入れられなかった。
晶馬は君を好きになりたがっていたし、運命の引き合う力は相当なものがあるからね。少しでも好意を持てば、たちまち恋に落ちた。そうなれば幾ら上位種といえど引き離せなかった。
だが君は徹底的に晶馬を拒絶した。運命に反発したかったのかな?それとも彼を外見で判断してプライドが許さなかった?ククッ、愚かな。
ありがとう。お陰で私は晶馬を手にする事が出来たよ。もっとも、私のほうが先に見初めていたのだから取り戻したというべきかな」
「あんたみたいな力ある上位種が何でそんなのにこだわるんだよ。他に良いのがいっぱいいるだろ?分かんねーよ」
αの上位種でこれだけの力を持ちながら、何故そこまでこの平凡な男にこだわるのか。高村は不思議でならなかった。
「ふうん?分かんないんだ。
この子は私達αが惹かれる最上級の理想を持ったΩなのに。
我々αは支配階級であるべく知識も体力も所有している。それ故に、相反する弱き存在により強く惹きつけられる。我々がΩに惹かれるのは美しさだけではない。その弱さも愛しいのだ。
お前はこの子を犯しはしても慈しんで抱きはしなかった。運命の相手に愛されず犯し続けられるこの子は、どれだけ辛くて、どれだけ怖かっただろうか。でも誰にも文句を言わず、ずっと耐えていた。いつかお前が優しくしてくれる、自分もきっとお前を好きになれると信じて。
最も健気で最も可哀想、最も我慢強い、知れば知るほど庇護欲を掻き立てられるこの存在をお前はどうして愛せないと言うんだ」
!!
そうだ、俺だって本当は――
「本当は惹かれていただろう?自分でも分かっていた筈だ。知れば知る程この子の魅力は見えてきた筈だ。ましてや、互いに惹かれ合う運命の相手だ、惹かれない筈がない。
でも優しく出来なかった。αのプライドがみすぼらしいΩの男に優しくする事を許さなかった。
酷い目に遭ってる姿を見下す事で、運命に勝った気分になっていた。
目が合えば追い払い、噛んでと求められれば縛った。ヒートの最中も見下し嘲笑い、掻き毟る姿も止められず、挙句の果てに恐ろしくなって逃げた」
止めろ、言うな、それ以上言うな…
「ところで一体どうすれば掻き毟るのを止めさせられたか分かるかい?」
どうすれば?
方法があったのか?
「簡単だよ。ほんの少し、欠片だけでもあの子に優しくすれば良かったのさ。そうすればあの子は犯され続ける体を汚いと掻き毟ることを止め、愛してもらえる愛しい体として大事に出来た。
そうすればお前は逃げずに済み、私が彼に呼ばれることもなかった。
ほんの少しだけ、たったひと言優しい言葉を掛けただけでお前の番は死なずに済んだ。
たったそれだけの事を許さなかったお前のプライドが、あの子を殺したんだ」
!!
たったそれだけ?
たったそれだけで良かったのか!!
たったそれだけであいつは掻き毟ることを止めた。
たったひと言、それだけであいつは俺と恋に落ちた。
ほんの少しの優しさ、それだけであいつは、あいつは、あいつは…
死ななかった
「……ぁぁ、…ぁぁ、ぁああ、ああああ!!あああー!!!」
膝から力が抜け、その場に頽れた。
ごめん、
ごめん、おれの番。
晶馬。
縛ってごめん、傷だらけにしてごめん。
犯してごめん、逃げてごめん、
愛そうとしてくれたのに優しくしないでごめん。
殺してしまってごめん――
「藤代さん!」
足元に縋りつく。
「藤代さん、お願いです、どうか、どうか返してください。大事にします。俺の命よりも何よりも。もう傷つけません。お願いします、お願いします」
「無理だ。もうお前の番じゃない。この晶馬は私の匂いにしか反応しない、私の番だ」
「そんな……じゃあ、じゃあせめて謝らせてくれ。酷いことをした。苦しい思いもさせた、傷も沢山付けた。俺の、ホントは俺の大事な番だったんだ、せめて」
「それも許可しない。晶馬はお前が彼女と幸せになると思ってる。本当にこの子の為を思うなら、この子に自分だけが幸せになるという罪悪感を持たせるな」
「そんな…俺は懺悔すら出来ないのか…」
晶馬、晶馬。
何度拒絶しても拒みきれなかった。ホントは好きになりかけてたんだ。
でも運命に逆らってお前をセフレに落としたから、優しくする術を見失った。さんざん酷いことをしてきた俺は、やり直すきっかけが見つけられず、でも俺のモノだからと安心していた。ヒートの間中苦しそうにしているお前の顔をもう見れなかったくせに、失うことは全く考えていなかった。
晶馬。
涙はあとからあとから枯れることなく溢れ、思いも後悔も尽きることがなかった。
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