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第3話

 ナグロは豪勇の士と称えられながらも、一介の戦士に過ぎないと自分を恥じていた。控えめなその思いの裏にあるものが、生まれ育ちの卑しさと、ナグロ自身が口にしたことだった。だからこそ、イサイはナグロを師として仰ぎ、礼節をもって接していた。それがあの夜だけは、ナグロの粗末な部屋を笑った。  明るく朗らかな笑い声が、ナグロの胸に渦巻いていた欲望に火をつけたのだろう。あの夜、ナグロはイサイの体を支配し、魂の略奪者となった。それをイサイにわからせようとした。  ことが終わったあと、ナグロは大ぶりの剣をも片手で振り回せる程に強くした太い指を、繊細な輝きを放つイサイの黄金色の髪に絡ませた。愛おしげに口づけ、そのままごろりと仰向けに寝転がり、イサイの頭ごと胸に引き寄せていた。 「聞こえるか?」  ドクドクドク……。イサイは力強い鼓動の響きを聞き取り、ナグロの胸に頬をつけたままで頷いた。 「聞こえるか?」  何故、二度目も問い掛けるのか、そこにはイサイを不安にさせる響きがあった。イサイはナグロの目を見て思いを知ろうとしたが、硬い筋肉をまとったナグロの腕がそれを許さなかった。ナグロの鼓動を聞きながら、死神の実と呼ばれるものについての伝説に、耳を傾けるしかなかった。 「それがどうした?おまえには死神など、無縁であろう?」  イサイの突き放した言い方に、ナグロは寂しそうに顔を歪めて、くっと小さく笑った。それが合図であったかのように、その時、ナグロの心臓がドクンと激しく打った。そのあとは弱々しい響きに取って代わり、呼吸も乱れ始めていた。 「愛して……いる、あなたの……御前に召された日より……ずっと、私の……思いは変わら……ず」  ナグロはゆっくりと一言一言噛み締めるように言葉を繋げていたが、最後の声音が吐息のように空中へと流れ出た時、逞しいその腕がイサイの頭から滑り落ちた。 「ナグロ?」  イサイは顔を上げ、囁くように名前を呼んだが、ナグロは何も反応を返さなかった。ぴくりとも動かず、静かに横たわっていた。 「ナグロ!ナグロ!」  続けて何度も呼び掛けたが、ナグロが答えることはなかった。鼓動を止めた心臓を拳で打ちつけても、二度と力強い響きを奏でることはなかった。ナグロは身勝手な欲望を成就させたが、その死をもって、イサイを一人、その場に置き去りにしたのだった。  頬を伝う涙に、両の手のひらを濡らしたあの夜から五年が経った。ナグロの死を受け入れる為に、イサイは憎しみを糧にした日々もあったが、今はただ虚しさだけを慰めにして生き永らえている。しかし、ここに来て、馬上にあるこの身に震えが走り、空虚な中に埋めたはずの冷たくも生々しい思いが蘇って来る。

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