3 / 5
03
代々α王族であったラミネス家は嫁ぐプリンセスさえもαでないと許しを得なかった。高貴で優秀な一族はいつの時代も一目置かれ、尊敬の念を抱かれていた。
しかし、オレたち双子が生まれたことによってその伝統は崩壊の危機に直面した。
この国では珍しい一卵性双子なのにΩの兄とαの弟。見た目も髪の毛の色も一緒なのに兄であるオレはΩだった。長い歴史の中で実は特別変異をしたΩがいたのかもしれないが、詳細は不明だった。
この世界ではΩ性を持った者は、生まれつきオッドアイという特徴を持って生まれる。そのため、オレは生まれて間もなくΩということを疑われた。
「んぁ……っぅ……」
「……っふ……。セーラとキスをすると綺麗な瞳がよく分かる」
汗で上がった訳でない前髪をかき揚げられ、隠していた左目が顕になる。
「僕と一緒のローズクォーツの瞳も綺麗だけど、エメラルドの瞳は兄さんの色って感じがするよ」
Ωによってオッドアイの色の組み合わせは様々。青と赤の人物もいれば、白と黄色もいる。
そんな中でオレはマーシャと同じローズクォーツのピンク色とエメラルドの緑であった。
Ω性であることを隠すためにカラーコンタクトで相手にバレないようにするのが一般的だが、発情期になると濃さを増すだけでなく、場合によっては淡く光るため効果がない。
それに、Ω性はこの国でも十%にも満たなく、男のΩとなるとさらにその人口は少なくなる。昔のような奴隷制度は廃止されるが、裏ではそれがまだ浅く残っているらしい。そのためか自信を持って一人の人間として活躍しているオメガ性はオレの生きている中では見たことがない。歴史の教科書に反逆を起こしたが敗れてしまった、くらいは読んだことがあるが、この国の者も同類がひっそりと暮らしていた。オレはその様子を無視しているΩ性の王位第二継承者なんだ。
「……そうか、ありがとう」
すぐに前髪を下ろし、視線を逸らす。本能が刺激されたのは辛いが、愚かな自分を見られるのはもっと辛い。
「セーラ」
さっきと変わらない熱い声が耳に入ってくる。今度は近くに唇を感じ、逞しい腕が自身を包み込む。
「セーラはセーラ。唯一無二の人であり僕の兄。それは変わらないよ。僕は貴方だから好き。第二の性とかじゃなくて……その」
「……マーシ、っ……んぅ……」
触れた唇は濡れていて熱い。柔らかくて吐息で溶けてしまいそうだった。
再び顔が見えた時、瞳が揺らいでいた。それは決心の無さではなく、昔から持つ、国王になった今でも消えない彼の甘い部分だった。
「セーラに出会った時、この世に生を受けた時からセーラ、貴方が大好きなんだ。心の底から愛してる」
ただ、マーシャの言葉の数々に喜んでしまっている自分がいる。彼の甘いところにも惹かれているのだ。心の底から。
「セーラ、好き。大好きなんだ………んっぅ」
「ん、っ……はぁ……っはあ……」
舌で彼の唇をこじ開け、淫らに踊って相手の舌を誘惑する。それが絡め合うにはすぐの事だった。
もっと聞きたい。聞いてあげたい。もっと言って欲しい。頭では分かっているのに、
【アルファを受け入れろ】
(マーシャ、こんな人間でごめん)
「……セーラ……っ!!」
勢いよく剥がされると、濡れた赤い唇を妖艶に舐め、細長い鼻筋からは汗は流れ、高揚としていた。スイッチ、上手く入れることが出来ただろうか?
「僕、我慢出来ないよ?」
「うっ……ん。いいぞ。お兄ちゃんに委ねてくれ」
委ねるのは自分の癖に。こんな時にだけ兄貴面をするオレはクソだ。
人差し指がぬぷんと音を立てて蕾に入っていく。第二関節までずっぷりと。
(違う。オレが飲み込んでいるんだ……)
すぐに二本目が、また三本目が。またたく間にマーシャの右手の半分を飲み込んでしまっていた。
「……っ、セーラ、どう?気分悪い?」
「悪く、はない……。ナカにマーシャがいるから、なんか、安心する……ぅあ…ッ!!」
途端に指が奥に進み、ある一点をとんとんと叩いた。その衝動が快楽となり、腰がシーツから浮く。
「あっ、あぅっ……!!」
「セーラ、気持ちいい?」
答える前にまたとんとんと叩く。気持ち良い。気持ち良い。波が腰から上へとやって来る。
(激しく突いて欲しい)
きっとそこを突かれたら……想像するだけで大きな悦びを味わえるのが分かった。
「気持ち、良い……からっ!!マーシャ、お願い……もう、挿入れて……!!」
真剣な顔をして愛撫する彼に両腕を伸ばしてお願いをする。もう物を入れる準備は万端だった。
男性器が入り口に当てられ、それだけでヒクヒクさせてしまう。このぬるぬるはカウパーか、それとも己の精液か。どちらにせよ興奮してしまう。
(早く、早く欲しい……っ!!)
気持ち良くなりたい。めちゃくちゃにされたい。番がいない発情期の獣であるオレの頭にはそんな欲望があった。
しかし、彼だって良心の塊ではない。言い方を変えれば何でも叶えてくれる人物じゃなかった。
「セーラ」
「……ふぁっ!あ、ぁあ…っ……」
暇を持て余していた手で胸の飾を摘まれる。先端でふにふにとされると、ピリピリと甘い痺れが。
「は、はぁ……っ、おっ……♡♡」
ぎゅっと強く摘まれると甘い声が。
「はぁ…っ♡♡ふぁぁあ、あ…っ、い……♡♡」
指の腹で乳頭を上から下へと撫でられでもすれば、自ずから顔を上げてしまう。
「セーラは昔から乳首弱いね……」
「やっ、くるくると、舐めちゃ……っうう♡♡!!」
腹で乳首を大きく円を描くように撫でられ、反対側は舌で同じように転がされる。さっきのアナル舐めとは違う舌の熱さやぬるぬるとした感触が直に伝わってきて、背筋からは快楽の電流が何度も急に流れ、腰がずくずくと激しく動かし、力のない吐精をした。
「んっあ……むぅ。んっちゅぅ……」
「お願い、マーシャ……っ。挿入れて、挿入れてよぉ……!!」
視界が涙で歪む。思っていなかった快楽によるものなのか、快楽続きによる性的な涙なのかは……分からない。
「マーシャ、オレのこと好きって、言った……っ!!いじめないで、くれ……っ♡♡」
嫌でも語尾に♡がついてしまう。これではただの変態だ。
「ごめんなさい…っ。変態でぇ、ごめんなさい…ぃ……。でも、早くマーシャのが欲しい…っ♡♡」
何度目かの懇願が聞いたのか、乳首を執拗に舐めていた彼が胸から離れた。口の端から銀色の涎が垂れている。
「セーラお兄ちゃん」
まだ、Ω性だと確定する前に呼ばれていた名だ。笑みを浮かべたマーシャの瞳からは感情が読み取れなかった。
「僕と番になるんだったら挿入れてあげるよ?」
『番』。αとΩだけが築ける絆、あるいは夫婦の関係。Ωのうなじを噛むことで成立する。
マーシャの手がそこに伸び、指が当たると心臓がどくんと跳ねる。
「マーシャ、ダメ……だ。オレはお前の兄貴だから……」
「なんで?」
左手に右手を重ねられるが、握られると痛みが走った。爪が指に食い込む。オレの汚い所を触った手。粘着質な液が指と指に絡まる。フェロモンに強い彼でも本能では噛みたくて仕方ないだろう。
「もうこの国には兄さんを"兄さん"と知る人はいないんだよ?兄さんの価値は僕が知っている。それが伝わらないのならこの国の法律だってーー」
「マーシャ」
腕を伸ばし、彼の大きな体を抱き締める。泣き虫でいつもオレの後ろを引っ付いてきたマーシャは腕一杯に広げないと背中まで届かないほど成長し、いつもその背中を、国の未来のためにと齢十八で即位し、立ち上がった姿を小さな部屋から見守っていた。
この国ーーもしくはこの城内の常識ではオレはマーシャの弟だ。皆が背けた真実ではなく、純粋にごく自然なことになっていた。
鼻から香るのはお日様の匂いとラベンダーの甘く優しい香り。この香りはオレには出せないマーシャの匂いだった。
「オレたちはダメだ。ダメなんだ……マーシャ」
頬に手をやると冷たいものが指の背を通り、落ちる。眉を寄せ、今にも顔が崩れそうだった。
やっぱり、マーシャは綺麗な人間だ。
胸を掴まれるような痛みと花が咲くようなときめきを覚えたのはもう随分と前からだ。最初に気付いたのはいつだったか。でも、その痛みもときめきも双子であるオレたちだけが知っていればいい。共感すればいいだけだ。
「でも、」
きっとでもない。絶対にオレたちは『運命の番』なのは昔から分かっていた。診断書を貰い、震えたオレの手を握ったマーシャの手の温かさは今でも思い出せる。
「オレにはマーシャ、お前だけだ。お前にしか心を奪われていないから安心しろ」
「……本当に?」
涙を拭った手に手が重なる。オレもまた上から重ねていた。
「ああ。これからも迷惑をかけるが、いい……か?きっと後悔すると思う」
「何を言うの、セーラ?そんなことはないよ。僕も、生まれた時からセーラしか恋をしていないんだよ?女の子でも異邦人でも、人間じゃなくてもΩじゃなくても……。僕がΩだったとしてもセーラだから、貴方だから好きなんだ」
「……っふ。プロポーズみたいだな」
「何言ってるの。そうだよ」
マーシャのローズクォーツは輝きと熱を取り戻していたのに、彼の瞳に映っていたのは赤いオレだった。
「こんなオレだけど、抱いてください。マーシャ国王」
「我が愛しのセーラ王の仰せのままに」
ともだちにシェアしよう!