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第2話
紡と守の両親は金属部品を作る小さな町工場 を経営していた。しかし段々と取引先が減り、この数年、ずっと自転車操業だったらしい。借金も嵩み、あちこち必死に金策に走り回る日々だった。事故はその間の出来事だった――頼みに行った融資を断られ、家に戻る途中、車は道を外れて崖から落ちた――中の両親は助からなかった。
――自殺だったのかねえ……後日、葬儀に来た親類がそう小声で話すのを紡達は聞いた。
葬儀の行なわれる数日前――まだ半分は夢の中にいるような――ひどく頼りない心持ちでいる紡の前に、父の友人だという一人の男性が現れた。
まだ普通の感情が取り戻せなくて、無表情で頭を下げる紡をいたわるような目で見たその男は、霧原 と名乗り、葬儀の手配、必要な相手への連絡、借金の整理や工場の始末など、紡にとって理解の難しかった実務の全てを付き添って助言、手助けしてくれた。しっかりしなければと思いながらも、紡はついつい霧原に頼り、彼に従った。それまで全く面識のなかった霧原の方が、見知った親類より紡達兄弟に優しく接してくれたためだ――今回の事を、親類はみな厄介に感じている――
あらかた始末が済んだ頃、霧原は紡に説明した。
「……以前、お父さんの工場に少し融資した事があるんだ。その関係で僕にも連絡が来てね」
「え!?」
紡は目を見開いた。では彼は本当は債権者で――父の友人だと言ったのは自分に気を遣ってくれての事だったのだろうか。
「そ、そしたら……うち、霧原さんに借金があるってことなんですね?」
彼がここに来たのは貸した分を返済してもらうためだったのでは。なのにこんな風にさんざん手伝わせてしまって――紡は動揺した。
霧原は意に介さない様子で言う。
「まあそうだけど……こういう事になってしまったからね。君は相続放棄してるし、返済の義務はないよ」
「で、でも……あんなに助けてもらったのに……」
「気にしないで。工場を売却した分でうちにも少しは補填されるから。それより、住む家がなくなって君たちこそ大変だと思うけど……どうするんだい?」
「はい……」
紡は頷き霧原に答えた。兄弟はこれから別れ別れに親類の家へ預けられることになっている。
「そうか……兄弟離されるのは……辛いだろう」
「はい……」
紡は弟のことを案じた。守は中学生と言ってもまだまだ幼いところがある。離れて暮らして大丈夫だろうか――しかし兄弟二人を一緒に引き受けてくれる親類はいなかったから……仕方がない。
「俺、もう高校行ってられる身分じゃないからやめて働きます。そしたら――弟のこと引き取れるかもしれないし」
霧原はそう言った紡の顔を見つめた。
「高校中退では……大した働き口は見つけられないんじゃないかな。保険金は?それで卒業するまではなんとかならないかい?」
紡は首を横に振った。
「大した額じゃ……それに、後始末が済んで、もしまだ残ったお金があれば、それは全部弟の進学費用にとっときたいんです。仕事、頑張って何か探します。多少きつくてもいいから……」
「君の体格じゃきつい肉体労働なんかしたらもたないよ」
霧原は低く言った。
「僕のうちへ……来るかい?」
「えっ?」
紡は霧原の顔を見た。
「うちなら……君たち二人一緒に暮らせるよ。この町からは離れてしまうが」
紡は不思議だった。親戚でもないのに、この人はなぜそんな事を……霧原は整った顔でじっと紡を見つめている。
「そうできれば……嬉しいですけど……でもやっぱり、身内でもない霧原さんのお世話になるなんてできません……」
「そうか」
背の高い霧原は上から紡の頭に片手をやって頷いた。そのまま紡の髪を撫でる。
「わかった。でも、気が変わったら連絡しなさい」
そうして、名刺を取り出し紡に渡した。
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