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第3話

それから数ヶ月後――紡は両親が営んでいたような小さな町工場(まちこうば)に雇われ働いていた。 仕事はきりなくあって休みも少ない。しかしそうやって懸命に働いても、資格も経験もない紡は見習い扱いで収入はわずかだ――霧原の言った事を思い出す――高校をやめた自分には確かに大した働き口はなかった――せめて卒業できていれば。しかしどうにもならない。置いてもらっている親類の家にも進学を控えた子どもたちがいて、とても紡の学費まで賄う余裕などないのだった。 ある日、一人残業を終えた紡が、汚れた手足を工場の外にある水道の水で拭っていると、後ろからかぼそい声がした。 「……兄ちゃん」 振り返ると、守だった。 「守!?どうしたんだよ!?もう暗くなるぞ。家――遠いのに」 守が引き取られた親類の家はバスに乗らなければならない距離だ。守は疲れ切った様子をしている……まさかここまで歩いてきたのだろうか? 「だって――兄ちゃん全然会いに来てくれないから――俺、もう嫌だ、あんな家にいるの――」 守はそう訴え、顔を片腕で覆って泣き始めた。 紡は工場の裏に守を連れて行き、積んである資材の上へ座らせた。守はしゃくりあげている。 「嫌って……どうして……」 「……いじめるんだもの」 「いじめる?誰が?」 守の面倒を見てくれている親類の家には、守と同い年の息子がいる――だから紡は、自分と離れてもその子がいれば、弟は寂しい思いをせずにすむだろうと思っていた。しかしその息子が、守の転校した先の中学で、他の友人と一緒になって守をいじめるようになったのだという。守は学校で持ち物を隠されたり、陰口を言われたり、小突き回されたりしていると紡に訴えた。 「そんな……先生とかお世話になってるうちの人には?そのこと話した?」 守はかぶりを振った。 「先生やうちの人に言い付けたりしたら仕返しにもっとやられちゃう……それに、もし言ったってきっと何もしてくれないよ。俺、わかるもん……邪魔にされてるの」 守はまた泣き出した。紡はその守を抱きしめ――自分も泣きたくなった。 みんな……よその家の子供の面倒見る余裕なんかないんだ――紡は唇を噛み締めながら思った。工場で働きだして、お金を稼ぐのがどれだけ大変なことか身に沁みてわかっている。細くて体力のない紡には尚更だった。いつか弟を引き取って二人で暮らすなんて――このままじゃきっと無理だ。 抱いていた腕をほどき、紡は首に下げていたタオルで守の涙を拭いてやった。 「守、もう少しだけ頑張れ」 守が紡の顔を見る。 「兄ちゃんがなんとかする――きっとすぐに助けてやるから、それまでいじめなんかに負けるな」 紡は霧原の顔を思い浮かべながら弟の両肩を掴んで励まし、そう言った。

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